揚げ物は難しい、と思われている方は多いのではないでしょうか? でも、実は揚げるという調理法は焼くよりも簡単です。フライパンの温度を調節するにはコツが必要ですが、揚げ物はたっぷりの油さえ使えば比較的簡単に温度を安定させることができるからです(家庭ではたっぷりの油を使う勇気はなかなか出ないのですが)。
揚げる料理のメリットは簡単なだけではありません。昔、お盆などの人が集まる場面では野菜の天ぷら(精進揚げ)が定番でした。揚げ物は一度にたくさんの量を短時間で調理できるからです。食材を油に沈めると、全体から均一に加熱されるため、加熱効率が非常にいいのです。
『揚げる』は油の中で食材を加熱する調理法。油の中で加熱すると水分が抜けていき、そこに油が入り込み、さらに水分が抜けていきます。これを調理科学の世界では油と水分の交換と表現します。
つまり、揚げる料理の本質は水分を抜くこと。この部分さえ理解できれば揚げ物は攻略できます。脱水することでカリッとした食感を出すのですから、水気の多い食材は揚げ物に向いてないことがわかりますし、油に入れる前や衣をつける前に素材の表面の水気を除去しておくことも大事。
衣をつけずに、そのまま揚げる調理法が〈素揚げ〉です。素揚げの代表、ポテトチップスを手づくりしてみましょう。スライサーがなかった時代は家庭でつくることが難しい料理でしたが、今では手軽に挑戦できます。ポテトチップスは油で揚げることでジャガイモの水分を5%以下にしたもの。揚げるという調理の本質を理解するのにぴったりです。
揚げる調理の本質は脱水 ポテトチップス
2.170℃に熱した油に少しずつ入れていく。火加減は弱火。きつね色に色づき、カリッとしたものから順番にとりだし、キッチンペーパーで油を切る。
3.塩を軽く振ればできあがり。
ジャガイモを水にさらすのは、ジャガイモに含まれる糖分(ブドウ糖や麦芽糖)を洗い流すためです。糖分を除去することで、揚げ色も軽くなりますし、水分と結びつく性質のある糖分をとりのぞくことで脱水がうまく進みます。
揚げる前にジャガイモの水気をキッチンペーパーかタオルで、しっかりとふきとることも大事です。そのまま揚げると表面の水が蒸発するときに周囲の熱を奪っていくので(=気化熱)均一に揚がりません。
170℃という温度にも根拠があります。180℃以上だとメイラード反応が急速に進んでしまい、脱水する前に焦げてしまいます。しかし、温度が低すぎると水分が蒸発しません。したがって160℃〜170℃くらいがポテトチップスを揚げる適温ということになります。
170℃に温めた油にジャガイモを投入すれば、160℃くらいまで温度が下がるので、そこからは火加減を調節して温度を維持しながらじっくりと揚げていきましょう。強火で油の温度を上げたら、あとは弱火で揚げていくのが基本です。
ジャガイモを入れると、泡が立つのがわかると思います。これはジャガイモから水分が蒸発している証拠。たくさん入れるとこの蒸気が邪魔して上手に揚がらないので、油に投入するときは重ならない程度に加減してください。
しばらくすると泡が小さくなってきます。ジャガイモの水分が抜け、カリッとしたらとり出します。時間がかかると思いますが、気長に少しずつ揚げていきましょう。
自家製のポテトチップスはジャガイモの風味が魅力。いつも食べている市販品とは一味も二味も違うはずです。
二度揚げすることでカリッとした食感に フライドポテト
2.150℃の油で7〜8分間揚げて、一度網にとる。15分以上冷ます。
3.170℃以上の油で表面がカリッとするまで揚げる。
お馴染みのフライドポテトも要領は一緒ですが、こちらは二度揚げという工程が必要です。はじめにやや低温150℃の油で揚げていき、ジャガイモに火が通ったところで一度、引き上げます。そして、網の上で冷ましてから、今度はやや高温、170℃くらいの油でカリッとするまで揚げるのが二度揚げです。
「なんでこんな面倒なことをしなきゃいけないの?」
と思われるかもしれませんが、ジャガイモは水分が多いので、さっと油で一度揚げするだけではやがて内側の水分が表面に浮いてきて、しんなりしてしまうのです。そのため、一度網で冷まし、ジャガイモの水分が外側に出たところで、もう一度、表面の水分を飛ばしてカリッとさせる必要があります。はじめに低温で揚げることで表面のデンプンが溶け出し、それが衣となるので高温で揚げたときにカリッとした食感になります。
二度揚げは水分の多い食材を揚げる場合に用いる調理法です。鶏のから揚げをおいしくつくりたいときも二度揚げがおすすめ。効率がいいのはあらかじめ低温で揚げたものを室温に置いておき、食べる直前に高温でさっと揚げる方法です。
カリカリの秘密は小麦粉と卵と余熱 トンカツ
野菜や肉を揚げ物にする場合は衣をつけて揚げることもあります。これを「衣揚げ」と言います。衣は高温の油が食材に直接触れず、表面を保護する断熱材の役割を果たします。パン粉をつければフライ料理、小麦粉の衣を使えば天ぷらやフリッターになります。
例えばトンカツについて考えてみましょう。豚肉をそのまま揚げると肉が高温にさらされるので、焦げた頃には中が生という事態が起きます。しかし、パン粉をまぶせば、肉の表面は保護され、パン粉に含まれる水分が蒸発する際に熱を奪うので、じっくりと加熱することができるのです。
2.豚ヒレ肉に小麦粉をまぶして、卵をからめる。パン粉を入れた皿に入れて、手で軽く抑えて衣をつける。これをくりかえす。
3.170℃に熱した油で、表面がきつね色になるまで揚げる。網かキッチンペーパーの上で油を切る。
トンカツを家で簡単につくるなら、ヒレ肉が扱いやすいかと思います。
買ってきた豚のヒレ肉の片面だけに塩、コショウを振るのは、あとでソースをかけるから。両面に塩を振ると塩味が強すぎる場合があるので、片面だけにとどめておくのが最初のコツ。
切ったヒレ肉に小麦粉、卵、パン粉の順番につけていきます。小麦粉と卵はパン粉をつけるための接着剤ですが、役割はそれだけではありません。
パン粉がカリカリに揚がったトンカツはおいしいですが、逆にパン粉が湿ってしまったら嫌なものです。揚げることによってパン粉から水分が抜けてカリカリになりますが、失敗すると肉から出てきた水分によってパン粉が湿ってしまうことがあります。それを防ぐのが最初に表面にまぶした小麦粉と卵です。この二つの食材が肉の表面に浮いた水分を吸い込んでくれるので、カリカリ感が持続します。手抜きしないで丁寧にまぶしましょう。
もう一つカリカリに揚がらない原因は加熱のしすぎ。肉のタンパク質は60℃を超すと水分が出てきて、衣が湿ってしまうので、その前に加熱を止める必要があります。そこで170℃に熱した油できつね色になるまで揚げたら、あとは余熱を使って火を入れるのがセオリーです。
衣がついた肉を油に入れると、パン粉から盛大に泡が出ます。さきほど、ジャガイモを揚げたときと同じで、これは水分が抜けている証拠。
泡立ちがおさまってくるにつれ、パン粉がきつね色に変わっていきます。おいしそうな色合いになれば引き上げて、網かキッチンペーパーの上で油を切り、余熱で火を通しましょう。たっぷりの油をつかえば温度の変化もゆるやかなので、弱火にかけておけば油の温度は一定に保てますし、食材の温度はそれ自身が持つ水分がコントロールしてくれます。だから、揚げ物は簡単なのです。
卵の量を控えるだけでカリッと軽い食感に 天ぷら
2.天ぷらの衣をつくる。卵半分に冷水を足して250㏄にして、よく混ぜる。ふるった小麦粉100gを入れてざっくりと混ぜる。
3.170℃の油を用意し、野菜に衣をつけて揚げていく。はじめはあまり触らずに表面がカリッとするまで揚げて、網やキッチンペーパーで水気を切る。
最後に天ぷらのコツを少しだけ。天ぷらは家庭ではあまりつくらないかもしれませんが、外で食べるよりははるかに安上がり。お店で食べるような高品質のエビやイカなどの魚介類は入手できないかもしれませんが、野菜なら簡単です。
天ぷらの衣には卵が入りますが、この卵と水の割合につくる人の個性が出ます。卵を入れることで衣が膨らみ、タンパク質が固まる際に水分を押し出すのでカリカリ感が出ますが、量をあまり増やすとケーキと同じで、今度はふっくら感が強くなってしまいます。
おすすめの配合は卵半分に対して水250㏄を加えたもの。既存の料理本に掲載されているレシピの多くは卵の量が多いので、カリカリ感が出ません。卵が余ってしまってもしょうがないから……とつい卵1個分入れたくなりますが、そこを控えるだけでプロの味に近づけます。
小麦粉はグルテンの量が少ない薄力粉を使います。
ここでグルテンという聞き慣れない単語が出てきました。小麦粉に液体を混ぜると、小麦粉の中の2種類のタンパク質「グルテニン」と「グリアジン」が水分によって結びつき「グルテン」を形成します。グルテンは弾力性や伸縮性のあるタンパク質で、いわゆる粘り気。うどんの腰や粘り、パンのモッチリ感もグルテンの性質によるものです。
グルテンは水分を抱え込む性質もあるので、「カラッと」揚げたい天ぷらではグルテンをあまり出さないようにする必要があります。
そのためのコツは三つ。
1 小麦粉と水を冷やしておくこと
冷やすことでグルテンの生成は抑えられます。つまり小麦粉は冷凍庫に入れて冷やしておき、氷水かペットボトルの冷水で溶きましょう。氷水を使うことは知られていますが、小麦粉の温度まで気を配っている人はまだ少数。ここでかなりの差が出ます。
2 混ぜる回数は最小限に
うどんはしっかりと捏ねてグルテンをつくり、腰を出しますが、天ぷらはその逆。箸や泡立て器でざっくりと混ぜることで、グルテンの生成を抑えます。
3 衣をつくったらすぐに揚げる
グルテンの生成には水分が関係しているため、衣をつくってから時間をおくとグルテンが増えてしまいます。
衣を準備して、揚げ油を170℃に熱したら準備完了。野菜に小麦粉をまぶしてから、衣をつけて鍋に少しずつ入れていきます。
最初にまぶす小麦粉を打ち粉と言いますが、これは表面の水分を除去し、天ぷら衣を野菜につける接着剤の役割です。しっかりと打ち粉をすることで素材の水分が外側の衣を湿らせることを防げるのでカリカリ感も増します。
あとの要領はポテトチップスと一緒。あまりたくさん入れずに鍋の表面積の半分程度に抑えて、一つ一つカラッとするまで揚げていきます。フライドポテトと同様に、揚がった天ぷらは野菜から出る水分ですぐにしんなりとしてしまうので、その前に食べるのも大事。塩か天つゆをつけて、急いで食べましょう。
ちなみに天つゆは油の質が悪かった時代、油を落とし食べやすくするための工夫なので、ちょっといい天ぷら屋さんは天つゆよりも塩を薦めることが多いようです。どちらでも好みで選べばいいと思いますが、個人的には野菜やエビは塩で、穴子は天つゆで食べるのが好みです。
<今回のまとめ>
●「揚げる」料理の本質は水分を抜くこと
●フライドポテトや鶏の唐揚げは二度揚げすることでカリッとした食感になる
●天ぷらは卵の量を控えるだけでお店の味に近くなる
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