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異世界転移で女神様から祝福を! ~いえ、手持ちの異能があるので結構です~ 作者:コーダ

第8章 配下編

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第120話 猶予期間と迷宮散歩

迷宮編のアフターみたいなものです。

 のんびり4日目。


 本日は特に予定していたようなイベントは存在しない。

 あえて言うのなら、ラティナが起きたら今後の話をすることくらいだろうか。


 1夜明けたがラティナはまだ気絶から目を覚ましていない。魔物使いテイマーであるアーシャも狂化した後はしばらく目を覚まさなかったし、そう言うものなのだろう。

 ただ、呪印カースを無効化して対処した月夜と常夜は問題なかったので、対処の仕方によるのかもしれない。

 ラティナに至っては、呪印カースを直接殴り壊すと言うかなり乱暴な手段で狂化を解除したので、身体への負担も相当に大きかっただろう。

 長く目を覚まさないのも無理はないかもしれない。……正直、やり過ぎた自覚はある。


 ラティナの件以外は予定が無いので、家でゴロゴロモフモフするも良し。昨日考えていたようにイズモ和国に行くも良し。何をするのも自由である。

 もし、ゴロゴロモフモフするのなら、ミオに頼んで昨日テイムした仔神獣のミャオも混ぜてみようか……。アイツは中々にモフり甲斐がありそうだった。

 イズモ和国に行くのなら、エンドの復興を確認した後、前回は行けなかった『ウンディーネの泉』と『サラマンダーの火山』を散策したい。


 そんなことを考えていたら、アルタからの報告があった。


A:エステア迷宮のキャロから、マスターの判断を仰ぎたい案件があるそうです。


 はい、今日の予定の1つが決まりました。

 アルタの報告と言う時点でお察しである。もちろん、嫌と言う訳ではない。


 早速エステア迷宮へと転移する。

 エステア迷宮は俺にとって第4の家と言っても良く、家用のラフな格好で転移しても何の問題も無いレベルである。なお、第1の家は元の世界の家。第2の家はカスタールの屋敷。第3の家はエステアの屋敷である。


 今回の同行者だが、ミオとセラは食道楽(ミオは『勉強よ』と言っていた)、さくらは図書館行きと言う事で、マリアとドーラの2人がついてくる。

 ドーラは家用のゆったりした服だが、マリアはビシッと冒険者としての格好をしている。

 相変わらず、真面目だねぇ。


 俺がエステア迷宮の屋敷(51層)にある執務室に転移すると、兎獣人にして主任迷宮保護者チーフキーパー、俺が放任主義なので事実上のトップ、であるキャロが俺を出迎える。


「お待ちしていました、ピョン。ジン様にお伺いしたいのは、彼女の扱いです、ピョン」

「ああ、なるほど……」


 キャロの示す人物を見て、キャロの要件が何となく分かった。

 確かに判断を仰ぎたくなるような相手だよな。


「仁さん、マリアさん、お久しぶりです。まさか仁さんが迷宮の主だとは夢にも思いませんでしたよ」

「俺もこんなところで会うとは思わなかったよ、エリンシア」

「お久しぶりです、エリンシアさん」

《おひさー》


 そこにいたのは、エステア王国の貴族にして騎士であるエリンシアだったのだ。



 エリンシアはエステア王国、リーリアの街に駐在している騎士で、王家とも遠い血縁関係にあるエリート中のエリート貴族騎士である。

 俺とはエステアに来たばかりの頃に出会い、何だかんだで頻繁に会っていた。


 何故、そんなエリンシアがエステア迷宮の管理者用区画である51層にいるのか?

 それは当然、エリンシアが迷宮保護者キーパーになったからである。


「仁さんをエステアで見かけなくなったので、迷宮の攻略を止めてしまったのかと思っていたのですが、まさかとっくに攻略済みだったとは思いませんでした」

「悪いな。報告できるような内容でもなかったからな」


 それなりに親しいとはいえ、部外者に説明できるような内容でもない。


「それは仕方がありません。ここでキャロさんに色々な話を聞いたのですが、仁さんの功績は表に出せない物ばかりですから」

「まだ途中ですけどね、ピョン。今話したのは、この国に限定した話だけですピョン」

「まだ、あるのですか……?」


 キャロのセリフにエリンシアが驚愕の表情を浮かべる。


「ちなみにどんな話を聞いたんだ?」

「迷宮の全権を持ち、カトレア様を配下に加え、アドバンス商会の支店をエステアに進出させ……、あれ?もしかしなくても、エステアは仁さんに支配されていませんか?」


 王族を従え、経済的にも強い発言力を持ち、屋台骨である迷宮を管理している存在。

 はい、進堂仁です。


「いえ、むしろ僥倖と考えるべきでしょうね。事実上支配されたと言っても、仁さんは玉座には興味がないご様子。そもそも、エステアの国力の源である迷宮を押さえたのです。その気になれば今の王から玉座を奪う事すら容易なのですから」


 少し考えた結果、俺の支配下に置かれるのはむしろ幸運と言う結論に至ったエリンシアが続ける。


「迷宮にしろ、アドバンス商会にしろ、仁さんの支配下に置かれてからの方が色々と上手く行っているくらいです。そもそも、我が国の王族は、国力の源である迷宮に対して影響力を持ちません。国益を考えれば、迷宮の支配者たる仁さんが玉座に座るべきでは……」


 王族<国益であるエリンシアが少々物騒なことを言っています。

 この騎士、王に対する忠誠心は欠片も無いのか?

 ……ああ、そう言えばあの王様、微妙に駄目人間っぽかったよな。


「仁様は王位に興味がないそうです。仁様が望めば、エステア以外の国でも王になれます」

「……本当に、とんでもない方でした。まだ、仁さんのお力を測りきれていないようですね」


 マリアの補足を聞き、エリンシアはお手上げと言わんばかりに諸手を挙げた。


 おっと、いつまでも雑談をしていないで、そろそろ本題に入ろうとしようか。


「それで、エリンシアはどうして迷宮保護者キーパーになったんだ?」


 迷宮保護者キーパーになると言う事は、迷宮で死にかけたと言う事だ。

 エリンシアは結構な実力者だし、そもそも迷宮にはほとんど潜らないと言う話だ。


「その件ですか……。油断しました。まさかリーリアの街の貴族に裏切られるとは思いませんでしたからね。私もまだまだ未熟なようです」


 エリンシアによると、エリンシアの部隊が駐在するリーリアの街で、貴族の子息が誘拐される事件があったそうだ。

 実際には誘拐は狂言であり、エリンシアを嵌め殺すための罠だったらしい。何でも、以前エリンシアの裁きを受けた者の関係者がいて、復讐の機会を狙っていたのだとか……。


 身代金の受け渡しに迷宮を利用し(いい迷惑である)、エリンシアをおびき出したところで、狂言犯の貴族は30名以上の私兵でエリンシアを取り囲んだそうだ。

 エリンシアはその私兵を全滅・・させたものの自身も深い傷を負った。

 死を待つばかりだったエリンシアの元に迷宮保護者キーパーが現れ、迷宮保護者キーパーへの勧誘をしたのである。

 当然、エリンシアは迷宮保護者キーパーになることを受け入れ、今ここに至ると言う訳である。


「キャロさんを始め、迷宮保護者キーパーの皆さんには感謝していますし、迷宮保護者キーパーとしての業務を遂行する事にも否はないのです。エステアにとって迷宮はなくてはならない存在ですし、その保守を受け持つと言うのなら、私としても本望ですから」


 元々、エリンシアは国益第一に行動をしていた。

 王族よりもエステア王国全体の利益を優先するエリンシアなのだから、エステアの屋台骨である迷宮の管理者になることが本望と言うのも理解は出来る。

 そして、キャロが判断を仰ぎたいと言っているのは、そこから先の話なのである。


「勝手なことを言っている自覚はあるのですが、迷宮内で死んだ扱いとするのはしばらく待っていただけないでしょうか?せめて、後20、いえ15年でいいのです」


 頭を下げてエリンシアが懇願してくる。


 迷宮保護者キーパーの多くは迷宮内で行方不明、実質的に死亡した扱いとなっている。

 迷宮保護者キーパーとなった者は不老の存在となるので、安易に表舞台に出るわけには行かなくなるのが主な理由である。


 しかし、迷宮保護者キーパーの中には、探索者のフリをして地上で活動をしている者も存在する。彼女達の仕事は、地上の動向を直接探ったり、迷宮が不愉快な犯罪に利用されそうな時に、それを未然に防ぐことである。

 後者の例を挙げると、親が子供を迷宮で殺そうとしたときに助ける、と言ったモノである。

 ちなみに、エリンシアが嵌められ、殺されかけたのを未然に防がなかったのは、探索者の資格を持っているからである。自己責任で迷宮に入った探索者まで救うつもりはない。

 あくまでも、自らの意思と関係なく迷宮に入った、入れられた者のみを助けるのだ。


 話を戻そう。

 地上で活動する迷宮保護者キーパーには2つのパターンが存在する。


 1つはエルフなど、長い期間若い姿を保てる者。彼女達は迷宮保護者キーパーによる<不老>が無くても老けにくいので、地上で活動しても違和感を持たれ難い。

 もう1つは家族がいる者だ。迷宮保護者キーパーとして生きていく以上、家族にすら真実は打ち明けられない。だから、まで、数カ月から1年くらいの猶予期間を与えるのである。

 その間に可能な限り孝行をさせ、それと並行して迷宮保護者キーパーの活動もさせる。


 つまり、エリンシアは後者の猶予期間を15年欲しいと言っているのである。


「とりあえず、理由を教えてくれないか?理由も聞かずに不用意な判断は出来ないからな」

「はい。理由は簡単です。お腹の子が成人するくらいまでは、母として側にいたいのです」


 そう言って、エリンシアはお腹を優しく擦った。


 ……なるほど、そりゃあ迷宮なんかに籠っていられないわ。


「エリンシア、結婚していたのか?」

「ええ、割と最近。仁さんをエステアで見かけなくなってからですね。それなりに有力な貴族の次男を婿養子に迎えました。有体に言って政略結婚です」


 俺が尋ねるとエリンシアはあっけらかんと答えた。

 まあ、あれだけ国益国益言っていた人間が、政略結婚に文句を言う訳もないか。


「と言うか、妊娠していて誘拐事件を解決しようとしていたのか?」


 普通に考えれば在り得ないのだが、『エリンシアならもしかして』とも思ってしまう。


「いえ、妊娠を知ったのは迷宮保護者キーパーになった後、キャロさんに教えられてです。さすがの私も妊娠を知っていたらそこまで無茶はしません」

「担当者も迷宮保護者キーパーにした後で気付いてビックリしました、ピョン。そうとわかっていたら、普通に治療するだけにしていたのですけど……ピョン」


 エリンシアの回答を聞き、キャロが少し気まずそうに言う。

 生まれる前の子供など、無実と無垢の代表格のような存在である。それを助けるのに理由はいらないだろう。


「いえ、先程も言いましたが、迷宮保護者キーパーになること自体に否はないのです。国益になることを考えれば、むしろ誉れだとすら思います」


 エリンシアは躊躇なくそう言い放った。

 見ればわかるが、本心からそう言っているようだ。


「ただ、私の両親は子宝に恵まれず、私以外に後継ぎがいないのです。家を断絶させる訳にも行きませんし、子供を産んですぐに母親が行方不明になるのも良くはありません。なので、子供が成人するまでの15年、地上で活動する迷宮保護者キーパーにしていただけないでしょうか?母も年の割に若いので、15年くらいなら私も誤魔化せると思います」


 エリンシアは20歳くらいだから、15年で35歳前後。30過ぎでも20代にしか見えない女性もいるから、誤魔化すことが出来ないと言う事も無いだろう。


「私もエリンシアさんの言い分は理解できますし、出来れば望むように過ごさせてあげたいのですが、事が事だけにジン様の許可なく判断する訳には行かないのです。……ピョン」


 そう言う理由があって、俺がこの場に呼ばれたと言う訳である。納得である。


「わかった。許可を出そう。エリンシアには15年以上、年齢を誤魔化すのに限界を感じるまでは地上で活動することを許そう」

「年齢を誤魔化せる限界……。15年よりは長くなると思いますけど、構わないのですか?」


 自分の希望よりも長くなりそうなので、エリンシアが首を傾げて聞いてきた。


「子供、1人で済むとは限らないだろ?」

「あ! ……ご配慮、ありがとうございます」


 第2子を産む可能性に思い至ったエリンシアが深々と頭を下げる。


「それに、もしエリンシアが望むなら、迷宮保護者キーパーの契約を解除してもいいぞ。迷宮支配者ダンジョンマスターである俺の権限で出来るからな。その場合は口止めのために俺の配下、もしくは奴隷になってもらうぞ」


 本来、1度迷宮保護者キーパーになった者が迷宮支配者ダンジョンマスターにその権限を剥奪されると、その瞬間に死亡するという恐ろしいルールが存在する。

 しかし、<拡大解釈マクロコスモス>により強化した<迷宮支配>のスキルがあれば、そのルールを無効化することが出来るのである。ホント、何でもアリだな<拡大解釈マクロコスモス>。


 今後、他の迷宮保護者キーパーにも、迷宮保護者キーパーを止め、俺の普通の配下になる道と言うのも提示してあげるべきだろうか?

 そうすれば、少なくとも家族の元で過ごすことは出来るから。

 流石に希望者全員と言う訳にはいかないかもしれないけどね……。迷宮保護者キーパーがいなくなるとそれはそれで困るから……。


 しかし、エリンシアは首を横に振った。


「いえ、子供を育てた後、迷宮保護者キーパーとして生きると言うのは、既に決めた事ですので結構です。もちろん、仁さんが『要らない』と仰らない場合に限りますけど……」


 本人がここまで乗り気な以上、俺から言える事は無くなるな。


「わかった。気が変わったらいつでも言ってくれ」

「重ね重ね、ご配慮ありがとうございます」


 再度、深く頭を下げるエリンシア。



 エリンシアが地上に戻って行った後、折角なので迷宮内を散歩することにした。

 迷宮保護者キーパーになったエリンシアもそうだが、迷宮支配者ダンジョンマスターである俺は迷宮内を自由に転移できるのだ。

 転移できないマリアとドーラは『召喚サモン』で呼び出す。


「よっ!元気しているか?」

《げんきー?》

安全地帯セーフティエリアで休憩している者が、元気だと思うのか……?」


 俺は33層の安全地帯で休憩している最中のルージュ達に声をかける。

 真紅帝国の皇女であるルージュは、現在33層まで到達している。以前は32層で足踏み状態だったことを考えると、多少は成長しているのだろう。

 尤も、現在は戦いを繰り返した後のようで、疲労困憊と言う色を隠せていないが……。


「それより、迷宮内に仁様が来るなんて珍しいな。私達に何か用でもあったのか?」

「いや、久しぶりに迷宮に来たから、散歩ついでに配下に声でもかけようと思ってな……」

「そんな理由で迷宮深部を移動できるのは仁様だけだぞ……」


 当然の話ではあるが、迷宮の魔物は俺に攻撃をすることが出来ない。

 設定によって、俺の同行者にも攻撃が出来ないので、マリアもドーラも攻撃されることはない。されたところで、返り討ちなのは間違いが無いのだが……。


「それより皆さん、今がチャンスです!仁様がここにいるので本当の意味で安全地帯になりました!仁様がいるうちにしっかりと休みましょう」

「おー」×6


 そう言うのはルージュパーティの良心。巨乳ことミネルバである。

 俺が近くに居れば魔物に襲われないと言う事を知っているので、この機会に警戒度を下げて休もうと提案する。

 配下であっても迷宮の探索者を優遇しないと言う俺の方針を知りつつ、折角の機会と利用することを考えるミネルバの思想は嫌いではない。

 ミネルバが居なければ、どこかのタイミングでこのパーティは全滅していただろう。


「仁様、折角の機会だから、1つ聞いてもいいだろうか?」

「何だ?」


 安全確保目的で俺をこの場に引き留めるために、時間稼ぎの質問をすると言うのは悪くない手である。

 もちろん、脳筋のルージュがそこまで頭が回る訳がないので、完全に偶然のファインプレーと言う奴だ。その証拠にミネルバがガッツポーズをしている。


「仁様は本当に真紅帝国に行く気があるのか?機会が無かった訳ではないだろう?そんなに行きたくないのか?」

「あー、そう言う訳じゃないんだけどな」


 ルージュの疑問に対し、苦笑気味に答える。

 真紅帝国に行くと言い始めてからかなりの時間が経過した。真紅帝国がエステア王国に戦争を仕掛けるまでには時間的猶予がありそうだが、いくらなんでも放置し過ぎである。

 一応、個人的な考えではあるが、理由はある。


「何と言うか、『縁』が無いんだよ。最初は偶然行かない理由が出来ただけだったんだけど、それが何回か続いて、気付いたら行く機会を失っていた」


 最初は偶然でも、それが何度か続くと『縁』の無さを感じるようになる。

 まるで、『行かない方が良いよ』とでも言われているような感覚に陥るのである。

 なお、正面から『行くな』と言われたら俺は行く。このひねくれ者が。


「こうなったら、いっそ状況が動くのを待とうかと考えるようになったんだよ」

「それは、戦争が始まるのを待つと言う事か?」

「いや、それは流石に待ちすぎだ。キナ臭くなったら帝国に乗り込むくらいの気持ちだな」


 待ちすぎて状況が手遅れになったら本末転倒だ。

 状況が一歩でも動いた時点で俺も動くつもりだ。各地にいる配下のメイド達が状況の変化を教えてくれるだろう。


 1度動く気になったら、その後の速さには自信がある。

 相手が織原でもなければ、裏をかかれる可能性は限りなく低いだろう(慢心)。逆に言えば、織原相手だといくら気を付けても無駄になる可能性が高い(傷心)。


「だから、状況によってはルージュの案内で真紅帝国を旅することは無くなるかもしれない。どうなるかは未定だけど、一応頭に入れておいてくれ」

「わかった。そう言う事なら、私はもうしばらくは迷宮で探索者を続けさせてもらおう」

「そうしてくれ。それなりに実力も付いて来ているみたいだし、もしかしたらシンシア達の次に迷宮の50層に到達できるかもしれないな」


 以前は階層ごとに相性のいい装備品でガチガチに固めつつ、レベルの高さでゴリ押すと言う実力不要な戦術だったルージュ達だが、現在の装備は汎用性重視で階層に合わせた装備はほどほどに抑えられている。

 戦い方を見た訳ではないが、この装備で到達階層を増やせたと言う事は、実力も付いて来ているに違いないだろう。


「シンシアか……。あっという間に到達階層で抜かれてしまったな」

「アレは無理ですよ。仁様のサポートを受けられる者を相手にするのは無理です」


 ルージュが無念そうに言い、それをミネルバがフォローする。


 ルージュ達は仮にも真紅帝国所属と言う事になっているので、俺のサポートをほとんど与えていない。

 通常、俺の配下が魔物を倒した場合、<生殺与奪ギブアンドテイク>によって奪ったステータスの一部は魔物を倒した者に還元される。ルージュ達にはそれが無いのだ。

 一方、シンシア達には普通にステータスの還元があるし、<迷宮適応>スキルによって迷宮内で迷わないと言うおまけ付きだ。勝てる訳が無い。


「一応、ルージュ達の還元分はストックしているから、真紅帝国の件が片付いたらステータスに反映してやるつもりだぞ。それまでは我慢してくれ」


 アルタがルージュ達が倒した魔物の還元分をストックしてくれているので、真紅帝国をどうにかした後に渡すつもりだ。


「そうは言っても、その時期も伸びるのだろう?また私達が貧乏くじを引くのか……」


 俺の方を恨みがましい目で見つめるルージュ。


「仁様のなさることに何か文句でもあるのですか?」

「いや、そんな気は全くない!ただ、シンシア達が羨ましかっただけだ。私達も仁様の配下なのだから、少しくらいサポートが欲しいのだ。あくまでも要望であり、文句ではない!」

「それならばいいでしょう」


 マリアに睨まれ、ルージュが慌てて弁解をした。


「確かに、配下になった経緯が経緯とは言え、ルージュ達に対するサポートが薄すぎるかもしれないな。時々、屋敷に飯を食いに来ているみたいだが……」

「うむ。その点は世話になっている。本当に屋敷の食事は美味いからな」


 各国の王族が当たり前のように食事をとる風景、そんな非日常がウチの屋敷の日常です。

 カスタールのサクヤ、エステアのカトレア、真紅帝国のルージュ。最近、イズモ和国のトオルとカオルも顔を出し始めたとか……。見事なものである。ああ、エルディアのクリスティア女王は入れないよ。入れさせないよ。


「戦闘で役立って、あまり目立たないようなサポート……。そうだな、念話を使えるようにしてやろう」

「本当か!?それはとても助かる!」


 ルージュ達には<契約の絆エンゲージリンク>による念話能力も与えていない。

 俺やアルタと念話をすることはあるが、それは俺かアルタが許可を与え、限定的に使えるようにしているだけなのだ。

 その念話をルージュパーティの仲間内でも使えるように許可を出そうと思う。これだけで戦闘中の連携が飛躍的に向上するはずだ。


「そうですね。大分実力は付いてきましたけど、まだ連携には不安点もあります。念話を使わせていただけるだけで、大分違うと思います」


 ミネルバが言うと、他のメンバー達も頷いた。

 満場一致で念話能力が欲しいそうなので、与えることに決定した。与えた。



「よし!そろそろ休憩を終わるとするか!」


 念話を与えた後、30分くらい休憩したところでルージュがそう切り出した。

 見ればルージュ達の疲労感も随分と軽減されているようだ。俺がいると言う事で、見張りを立てずに全力休憩したのが効いたのかもしれない。


「仁様、ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました」


 ミネルバが頭を下げて礼を言う。


「念話も貰ったからな。念話を絡めた連携の訓練もしなければならないな」

「そうですね。この階層で試していきましょう。難しいようなら、一旦戻って訓練をしてから来ると言うのも手かもしれません」


 早速、ルージュとミネルバが念話を踏まえた戦い方について話し合っている。

 人数が多いと念話の指示の仕方にも多少のコツがいる。8人パーティのルージュ一行なら、ある程度は練習が必要だろう。


 ルージュ達が出発の準備をしている様子を眺めていると、俺達の近くに迷宮保護者キーパーが転移をしてくるのを感じた。これはキャロかな。


「ルージュ様、少々お話よろしいでしょうか?ピョン」

「むっ、仁様ではなく、私に用があるのか?」


 転移してきたキャロがルージュに声をかける。

 俺もキャロが転移してきた目的は俺にあると思っていたので、少々肩透かしを食らった気分だ。


「はい、ルージュ様にお願いがあってまいりました、……ピョン」

「お願い?何をさせようと言うのだ?」


 迷宮保護者キーパーだけで対処できない問題を、ルージュが対処出来るとも思えない。


「現在、この階層にはルージュ様達の他に、もう1組探索者のパーティが来ていますピョン」

「ふむ、奴らも33層に降りたのか」


 確か、32層時点で3組のパーティがトップ集団に名を連ねていた。

 ルージュ達以外の1組が33層に到達したと言うことだろう。


「知り合いなのか?」

「ああ、本気で迷宮の攻略を目指す者同士、何度か話をしたことがある。もう1組32層に到達しているパーティがあるのだが、そちらは本気の攻略は諦め、効率の良い20層台後半で活動をしているから、現時点では唯一のライバルと言っても過言ではないだろうな」


 俺の質問にルージュが答える。

 ライバルとは言っても、広大な迷宮の中で出会う事はなく、専らエステア王国の探索者ギルドで会うくらいだそうだ。

 1つの迷宮ではあるが、入る地点によっては進みやすいルートが全然変わってくるからな。


「そのライバルともども、シンシア達にあっさり抜かれたけどな」

「それは言わないでくれ……」

「じ、仁様、ルージュ様いじりはその辺にしていただけないでしょうか……」


 しょんぼり落ち込むルージュとそれを慰めるミネルバである。


「その彼らなのですが、運の悪い事に魔物部屋モンスターハウスを引き当て、処理をし切れずに敗走、現在は細い通路に逃げ込み、盾持ちが何とか防いでいる状態です、ピョン」

「それは……ご愁傷さまとしか言えない状況だな。この階層で魔物部屋モンスターハウスを引き当てれば、流石に厳しいだろう」


 ルージュが気の毒そうに呟く。


 32層を突破した実力派探索者パーティでも、運が悪いと全滅をするのが迷宮だ。

 特に30層より先は、50層到達を防ぐ為に作られているので、甘さが一切なくなるのだ。

 なお、30層までは国を豊かにする資源の確保が目的なので、明らかに甘い。

 余談だが、30層台の魔物部屋モンスターハウスはアンデッド系の魔物がわんさか……、みっちり詰まっている。


「それで私達に頼みたい事とは?」

「はい、ルージュ様達には彼らの救援をお願いできないでしょうか?彼らは相当な実力者で、リソース確保の為にも出来れば死なせたくありませんピョン」


 迷宮のリソースは、迷宮内に強い力を持った者が滞在することで蓄積されていく。

 有象無象の探索者ならともかく、33層到達するほどの実力者なら、相当な量のリソースを供給してくれているだろう。確かに、そんなうっかりで死なすには惜しい人材だ。

 本来、迷宮保護者キーパーを含めた迷宮の管理者側が、探索者に直接手を貸すのは良くないことだ。しかし、キャロもあまりにも勿体ないと感じ、配下仲間であるルージュに頼むことを思いついたそうだ。


「奴らとは少なからぬ因縁もあるし、恩を売れると言うのならやってみるのもいいか。しかし、魔物部屋モンスターハウスクラスが相手となると、装備が若干心もとないな……。あまり気は進まんが、相性の良い装備を出すしかないか」


 そう言って、ルージュはアイテムボックスから白い鎧や武器を取り出した。

 墓地エリアたる30層台の魔物と相性の良い、光属性の力を宿した装備達だ。武器の性能に頼り切るのは止めたのだろうが、いざという時のために持ってきてはいるようだった。


「そうですね。仕方がないと思います。……それでキャロさん、場所はどこですか?」

「はい、ここから南東に向かった先にある通路です、ピョン。目印は……」


 ミネルバも装備を切り替えながらキャロに尋ね、キャロがいくつかの目印を示していく。


「ルージュ達にも予定が入ったみたいだし、俺達はそろそろ帰るとするよ。ルージュに同行する訳にもいかないからな」


 管理者側が直接助けられないからルージュに手を借りているのに、最高責任者おれが手を貸したら何の意味もないだろう。


「慌ただしくしてすいません、ピョン」

「いや、気にすることじゃない。面白半分でルージュ達の元に来ただけだからな」

「まあ、それでも私達は疲労を回復できて随分と助かったのだが……」


 体力を回復したルージュが白い鎧を身に着けて言う。


「話を聞いておきながら、最後がわからないのはモヤモヤするから、救出が終わったら顛末を教えてくれないか?」


 ここまで話を聞いたのだから、オチくらいは聞いておきたい。


「ああ、わかった。私が報告しよう」

「いや、ルージュは説明下手そうだから、ミネルバかキャロで頼む」

「何と言う酷い扱いだ……」


 がっくりと項垂れるルージュを尻目に、俺達は33階層を後にするのだった。

 ちなみに報告はミネルバがしてくれるそうです。



 後で聞いた話なのだが、ルージュ達は無事に他の探索者達を救出できたようだ。


 ミネルバがしっかりと交渉をして、救援の対価をせしめる事に成功したそうだ。

 この階層だと、魔石がほとんどとれないので(アンデッド系の魔物を倒す≒魔石を砕く)、代わりの対価を要求しなければ丸損になってしまうからな。


《がっつり儲けました。命には代えられないと言って、火竜の初回討伐特典ファーストドロップを分捕りました。相手のリーダー半べそです!》

《お、おう……》


 凄く嬉しそうな声でミネルバが言うのを聞く。

 何でも、30層の火竜フレイムドラゴンを最初に討伐したパーティの後継者と言う立場らしく、初回討伐特典(不死者の翼ノスフェラトゥの同類)を所持していたそうだ。

 完全なユニーク品なので、相当な価値を持っているはずだが、命の対価としてそれを差し出させることに成功したようだ。かなり、足元を見ている。


 なお、話に出た火竜フレイムドラゴンの初回討伐特典はタフネスリングと言う腕輪で、腕につけると<物理攻撃耐性>のスキルが付与される魔法の道具マジックアイテムだ。

 東の趣味なのか、初回討伐特典は次のエリアで役に立つスキルを付与する魔法の道具マジックアイテムばかりだ。

 アンデッドの何が厄介かと言うと、一体一体は弱くても数が多い事だ。物理攻撃の相手も多く、<物理攻撃耐性>があれば相当に有利なのは間違いがない。


《あんまり、恨まれるようなことはするなよ》

《多分、大丈夫です。彼らは無駄に真面目なので、自分達の力不足を嘆くことはあっても、こちらに恨み言を言うような人達ではありません》

《なんか、ルージュ達よりもそっちを応援した方が良い気がしてきた……》

《ちょっ!?》


 ミネルバが慌てた様な声を出す。


 俺、基本的に真っ当な人の事は嫌いじゃないから。

 ルージュ達と違って、相性の良すぎる装備でガチガチに固める様な情けない真似もしてなかったし(マップで確認済み)、役割がしっかり分担されたいいパーティだったよ。

 そう考えると相性の良い装備で固め、ルージュの<取得経験値増加>でゴリ押していた頃のルージュパーティって、俺の趣味からは程遠いよな。


シンシア「迷宮編って聞いたので、出番があると思ってたのです!」

ケイト《見事にスルーされましたね。まさか迷宮編の脇役の方に出番があるとは……》

カレン「残念だね、ソウラちゃん」

ソウラ「無念だね、カレンちゃん」


次回、精霊編。仲間になるなりどっか飛んで行ったアイツが帰還。

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