分かっていた。
知っていた。
目の前に立つアインズ・ウール・ゴウンという存在はバザーをはるかに上回る存在なのだと、万に一つの勝ち目も無いのだと。
だが―――それでも、思ってもなかった。
この世界、バザーが生まれ、生きてきた世界にこれほどの存在がいるという事実を。
有り得ない。そんな言葉を何度も何度も心の中で叫ぶ。
しかし、どれほど目を背けようとも太陽を陰らせ、空間を凍り付かせるような圧倒的なオーラが消えることはない。
恐怖、そして絶望という感情が壁となり、刃となり、バザーを貫き、押し潰そうとしてくる。
「……お前は全て見せてくれたんだな?であれば―――もうお前と戦う必要はなさそうだ」
終わった。いや、終わっていた。
アインズ・ウール・ゴウンという存在を前した地点でバザーの全ては終わりを迎えていたのだ。
だが、それはバザーとしての終わりであり、豪王としての、全バフォルクの上に君臨する愚かで無能な王としての終わりではない。
だからこそ、バザーは押し寄せてくる恐怖の中でも動く事が出来た。
ガシャンガラン。
手にしていた剣を、盾を放り出し、魔導王の前にひれ伏した。
その時バフォルクの誇りである角が土で汚れる。しかし、それがどうしたというのだろう。誇りなら、もう充分踏みにじられた。今更後生大事に飾り立てるような物ではない。
「負けた身で愚かなことを言う俺を許してくれ。だが! どうかどうか一つだけ、俺の願いを聞いて貰えないだろうか」
魔導王は口を開かずに先を促す。
「感謝す―――します。願いというのは我が種族バフォルクの助命です。貴方様は、これからヤルダバオトと……あのくそったれの悪魔と戦われるおつもりなのでしょう? もし、貴方様があのヤルダバオトを滅ぼせたのなら、その時、生き残っているバフォルク達に僅かばかりの御慈悲をかけて頂きたいのです。何卒、何卒!!」
そう叫ぶとバザーは地面しか見えなくなるほど深く、深く顔を下げた。
だが―――沈黙。
魔導王も、従者の人間も一言も発さず、辺りを支配する静寂が恐怖へと形を変え、バザーの身体を精神を振るわせる。
バザーの身に纏う鎧から鳴る僅かな金属音が響く中、永劫にも感じられる一瞬が過ぎていった。
そして、魔導王がゆっくり口を開く。
「……それで、お前の配下の者達を助ける事で私にはどんなメリットがあるんだ?」
「全てを! 俺の持つ全てを差し出す。それに俺の出来ることなら何でもする。それと……望むなら部族の貯えから差し出せるだけの財産を差し出す。 だから、頼む。それで部族の、仲間の命を、買わせて欲しい!!」
顔を跳ね上げたバザーが早口でまくし立て、言い終わると共に、再び角を地面に擦り付ける。
すると、直ぐに頭上から声がかかる。
「顔を上げよ。バザー」
バザーが恐る恐る顔を上げた時、魔導王の滲んだ血のような真紅の眼光に明るい色が混じっいる気がした。
「なるほど、全てか。それでは貴様自身の命ならばどうだ? 差し出せるのかな?」
瞬間、バザーの表情にこの日初めて喜びの色が浮んだ。
「そんなもので良ければ今すぐに差し出してみせる! だからどうか、皆の命を……」
再びまくし立てようとしたバザーは魔導王が片手を上げているのを見て口を閉ざした。
「分かった分かった。バザー、お前の願いを聞き入れよう」
「ほっ本当か!?」
「あぁ我が名にかけて誓う」
喜びや安堵など無数の感情が爆発したバザーは未だ吹き付ける恐怖も忘れ、何度も何度も頭を下げ、感謝を示した。
「そ、それで。俺は、何をすれば良い?」
「すぐには浮ばないな。だが、後ほど命じるとしよう。今は取り敢えず、じきにやって来る聖騎士達を刺激しないためにお前を拘束する。落ち着いて私の魔法を受け入れろ」
魔導王の骨の指が向けられるが恐怖は感じない。ただ、敬虔な信徒のようにひれ伏していた。
「