敵アンデッド部隊、都市内侵入。
市壁からの伝令役が転がり込みながら伝えた一報にバザーは驚きを禁じ得なかった。
「アンデッド? 人間の軍ではないのか?」
そんな呟きは慌てふためく部下達の喧噪の中へ消えていった。
精鋭を集中配置した市壁を破られ、都市内に侵入された時点でバフォルク側の敗色は濃厚。故にバザーを含めた少数精鋭の殿軍を残し、本隊は南西の大都市に避難。
このような緊急時の対応策はあらかじめ話し合いで決定し、都市内の全バフォルクに徹底させていたのだが、撤退準備完了の報告はおろかバザー以外の殿軍も集合地点に姿を見せない。
つまり、今己の種族は豪王バザーですら統制が取れないほど追い詰められているということ。
その事実を理解したバザーは士気の回復を諦め、武装に身を包む。
角にケースをはめ、指輪、ネックレスを装着。鎧とマントは既に装備しているし、武器も手近に置いている。そして最後に机の上に置かれたなんの魔力も持たない装飾品に目を向ける。
ファッションというのは大切だと二番目の妻に言われたし、部下達も絶賛してくれていた。
だが、よくよく考えてみたら、これから命をかけた戦いに赴こうという時に見てくれを気にする必要は無いのではないか。しかし、その一方で命をかけた戦いであればこそ王として整った身なりでいるべきだという考えも頭をよぎる。
しばらく考え込んだ後、バザーは装飾品を放置したまま広場へ向かった。
着けるべきだったのかもしれないが、この装飾品は腰から下げる関係上脚にぶつかる可能性が高い。
王としてではなく戦士として、見てくれを気にしてハンデを背負うぐらいなら不細工で構わないと思ったからだ。
…………
広場に現れたバザーに向け非実体のアンデッドが襲いかかってくる。
複数のアンデッドがバザーの周囲を飛び回ると言いようのない不安感が溢れた。不安が恐怖へと変わり、恐怖が意識を覆い尽くし―――
瞬間、装備したマジックアイテムによって恐怖が抑え込まれる。
バザーは一度その身を震わすとアンデッド達を睨み付ける。だが、アンデッド達はバザーに直接攻撃する意図は無いらしく、そのまま散り散りに飛び去っていった。
そして、アンデッドが飛び去った方向からは恐怖に駆られた無数の
助けに行きたい。
そんな角を引かれる想いを、意思の力でねじ伏せる。
アンデッド達の動きは妙に整っている。まるで、誰かから命じられているかのように。
もし、アンデッド達を指揮している者がいるなら、そいつを倒せばアンデッド達の動きが止まる、上手くいけばアンデッド達が消滅するかもしれない。
勿論、バザーがそいつに勝てるという保証は無いし、そいつ自身がここに来るという保証も無い。
だが、バザーは待った。僅かな可能性を信じて。
広場にやって来た侵入者は僅か二人だけだった。
前を行くのは闇が一点に凝固したかのような、漆黒のローブに身を包んだアンデッド。堂々と歩を進めているが動きを見る限り戦士の類ではない。服装的には魔法詠唱者のようだが、ならば何故先陣を切っているのか分からない。
後ろに付き従っているのは意外な事に人間だ。
その手に携えた弓は見事な逸品だが、持ち主に相応しいとは言えない。
前を歩くアンデッドと違って動きは戦士に近いようだがそれほど習熟しておらず、大した脅威は感じない。
なにより、人間があのアンデッド達を召喚したとは思えないのだ。
ならばと、バザーは新手のアンデッドに剣を向ける。
「我が部族をここまで追い詰めた生きとし生けるものの敵よ。貴様の名を聞こう」
「いや、私たちの主人はこっちだ」
「……何?」
バザーは困惑するが、それ以上に困惑している者がいた。
「い、いや! ちょ、ちょっと待ってください! 魔導王陛下!!」
慌てる人間に向けてアンデッドが笑い声を上げているところを見ると、今のは冗談の類だったらしい。
事実前に向き直ったアンデッドは『覇者』と言うに相応しい風格を漂わせていた。
「さて、つまらない冗談を言った。お前の言う通り私がお前達にアンデッドを差し向けた存在であり、ここより北東の国、魔導国を支配するアインズ・ウール・ゴウンである。お前の名はなんという?」
「アンデッドの王。なるほど、かくも世界とは広いものだな。申し遅れた。我が名はバザー―――バフォルクの王、”豪王”バザーだ。ところで魔導王殿、そちらの人間は監視役か何かか?」
「彼女は私の従者だよ」
「なるほど」と答えながらバザーは考え込む。
生きる者全ての敵である筈のアンデッドが人間の従者をおく、ならば目の前の存在はアンデッドの異端という事か。もしそうならバザーにも彼の部下達にもまだチャンスが残されているかもしれない。
「それで、どうするかね? 殺されたいか? それともひれ伏すかね。好きな方を選ぶと良い」
どうするべきか。答えなど一つしかない。
だが、バザーは迷っていた。だから、迷いを素直に言葉にした。
「ひれ伏す、べきなんだろうな。だが……あぁ、そうだな」
辺りに転がる同朋の遺体に目を向ける。敗北を喫した王に付いて来てくれた者達に。そして、バザーは最後の迷いを断ち切り、武器を構える。
「王として! 友のため、部下のため、子らのため、頭を下げるのは一度で充分だ!」
戦闘態勢に入ったバザーを目の前にして魔導王に慌てた様子は微塵も無く。顎に手を当てながらじっとバザーを見つめていた。
「ふむ……そうだな。それが王というものだな。無粋なことを聞いた。すまなかったな」
「謝らないでくれ魔導王殿。俺こそ貴殿の好意を無下にしてすまないと思っている」
戦いを前にして亜人種族の王とアンデッドの王はどちらも笑顔を浮かべていた。
そして、両者共に真剣な表情を浮かべる。
「では、始めるぞ」
「瞬殺されないよう努力するとしよう」
突如、魔導王の手に漆黒の大剣が現れる。
魔導王が武器を構えるのに合わせ、バザーも身体を深く沈めていく。
動きを見た時は戦士としての技術は感じなかったが、油断は出来ない。剣を手にした魔導王の姿は堂に入ったもので熟達した技術を感じさせる。
戦士の技術と魔法を同時に持つ者をバザーも知っている。
だが、魔導王の装備はそういった能力を持つ者として適した装備とは言えない。
ブラフなのか、それとももっと別の―――バザーにとって都合のいい事情などがあるのか。
そして、バザーは嗤う。
目の前の存在に勝とうなどと考えている愚かな己を。
確かに魔導王からはヤルダバオトのような圧倒的強者の気配は感じない。それでも、少し考えれば分かる。魔導王という死が形作った様な存在に自分が勝てる可能性は限りなく低いという事は。
先程送り込まれたアンデッドはバザーをして難敵と感じられる相手だった。ならば、バザーをはるかに上回る力を持つ存在という事。
バザーに魔法の才は無いが知識はある。
それによると魔法や特殊技術による召喚で呼び出せるモンスターは術者より格段に弱くなる。そしてそれは同時に召喚する数が増えれば増えるほど弱くなっていく。
もっとも、召喚に特化した場合はその限りではないらしい。結局、相手の能力が分からない限りは作戦のたてようが無いのだ。
だが、分かったとしてもどうにも出来なかっただろう。
『豪王バザー』
対立続きだった複数の部族を纏め上げ、その頂点に君臨したバフォルクは己の敗北を、死を悟っていた。
だが―――だからこそ、ただ真っ直ぐに前だけを見つめて戦いに挑む。死も恐怖も全てを受け入れて。
それが最後に残る者の務めだと信じているから。
「いざ、参る!!」
自分で言うのもなんですが、原作のバザーと人格像がかなり違う気がしてきますね。
ただキャラクター説明を見る限り、本来のバザーはこんな感じなのかな、と思うので。
本作ではこういうキャラという事で行かせてもらいます。
ご了承ください。
ウキヨライフさん誤字報告ありがとうございます