アルベドさん大勝利ぃ!   作:神谷涼

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 選ばれた実験台。

 途中で切るとどうしても中だるみするので、いつもより長いです。



20:わけがわからないよ

 

「ヒルマ・シュグネウスと申します」

 

 軽く礼をし、艶めいた笑みを浮かべて見せる彼女は、モモンガが初めて見るタイプだった。

 女性にしては背が高く、肉付きはやわらかい。

 アルベドよりは、モモンガに近い肢体の持ち主である。

 だが、全身から退廃的な色香を溢れさせ、目に見えるほどの自信をまとっている。

 

「ほう――同じ女淫魔(サキュバス)でも、随分と違うものだな」

 

 ローブを着てナイトテーブルに座るモモンガ。

 魔法のティーポットから冷めぬ茶をカップに注ぎ、席を勧める。

 

「では、失礼をいたします」

 

 小さく会釈し、勧められるままに席に着く。

 その時も、かすかな誘惑と色香を織り交ぜておく。

 女淫魔(サキュバス)となったヒルマには、あらゆる香りが敏感に感じられる。

 茶は、高級娼婦として多くの貴族の屋敷を訪れた身とて知らぬ、豊潤なもの。

 また、部屋は甘い淫らな香りで満ちている。

 ヒルマにも、そうした相手を望んでいるのだろう。

 その気のない同性間ではありえぬ視線が這うを、感じる。

 女性相手はあまり経験がないが……できぬわけでもない。

 

「高級娼婦だったというヒルマの口に合うかわからんが……」

 

 茶を勧め、自ら先に口をつける。

 格式ばった様子もない、砕けた自然体だ。

 傲慢や劣等感でない、生まれながらの上位者の振る舞い。

 少なくとも下衆の類ではない。

 相手が恐るべき実力を持ち。

 美しさにおいて、()()()()()()()己と同じかそれ以上とわかっていても。

 娼婦として呼ばれた以上、ヒルマには娼婦の矜持を捨てる気はなかった。

 

「かつての……いえ、かつてより美しい姿にしていただけたこと、真に感謝を。選ばれし身として、モモンガ様には、けして後悔させません」

 

 その感謝に間違いはない。

 かつての全盛期か、それ以上に美しい姿を与え。

 人ならざる――本当の意味での“力”をくれた。

 しかも、服従を強いられてもいない。

 八本指で麻薬部門を支配した時より、よほど晴れ晴れしい気分だ。女としての自信に満ちている。

 もっとも、好き勝手できるわけではない。

 女淫魔(サキュバス)の本能が、目の前の相手を逆らうべからざる上位者だと教えてくれる。

 そんな相手を蕩かせ、己に溺れさせるには……対等で振舞わなければならない。己が対等の恋人やパートナーだと、錯覚させねばならない。高級娼婦として経験を積んだヒルマなりの、処世術である。

 もちろん、愚かな小物には媚びて見せもするが……目の前の相手は、違う。

 

「いや。私こそ、お前には期待している。皆の前ではそうもいかないが……他の者がいない時は、砕けたもの言いでかまわん」

 

 微笑み、軽く手を振るモモンガ。

 当たりだ、と。

 ヒルマは内心で快哉をあげた。

 妙なプライドに凝り固まらず、変に恰好をつけようともしない。目下を思いやる器量もある。

 露骨な傀儡とするには、周りが恐ろしすぎるが。

 取り入って、いくらか融通してもらうのは容易だろう。

 

「ありがとうございます――いえ、ありがとう。モモンガさんとお呼びしても?」

 

 少し距離を詰めてみる。

 これだけ実力の差があれば、失敗でも許してくれるだろう。

 許さなければ、狭量の証となってしまう。

 

「モモンガでよい。私も呼び捨てているのだからな。むしろ、仕事を思えば、ヒルマが私の上に立つ時もあるだろう」

 

 少しだけ警戒をした。

 ちょろすぎる。

 当人に演技は見えないが……監視はされていると見るべきだろう。己の屋敷にあっさりと忍び込み、己をさらってきた手際……最近の仲間や貴族の失踪。少しだけ見せられた、地獄落ちの者ども。

 そんな中、ヒルマは娼婦としての経験を評価され、選ばれたのだ。

 実際には、失敗しても問題ない身として、種族変更の実験台になったのだが。

 ヒルマ自身は、能力を評価され選ばれたつもりである。

 

「それで……あたしには何を? モモンガに会って来るよう、デミウルゴス様やアルベド様に言われただけなんだけど」

 

 気安い口調にする。

 二人の態度から、この集団のトップをモモンガと判断していた。

 

「うむ。それなのだが……私に、娼婦としての技術を教えてほしいのだ」

 

 恥ずかしそうに言う様子は、いかにも初々しく愛らしい。

 熟れた体と相まって、男には大いに喜ばれるだろう。

 ヒルマも、そんな風に考えながら――ふと、言葉の意味を反芻した。

 

「えっと、夜の技術を磨きたいってことかい?」

 

 モモンガが、こくんと無言で頷く。

 愛らしくも艶めいて、実際に娼婦なら相当の人気が出るだろう。

 とはいえ、貴族の夫人が勘違いして聞いて来るなど、高級娼婦には少なからずある。

 己を役立たずにせず、かつ上手く話を持って行かなければならない。

 

「あたしも女淫魔(サキュバス)になったから、アレが大事なのはわかるけど……とりあえず、相手は特定の一人かい? それとも不特定かい?」

 

 そんな時は、夜の技巧があれば恋人に捨てられないと思っている可能性が高いのだ。

 モモンガもやはり、小さくぽつりと一人だと言った。

 

「それはモモンガの好きな人なんだね?」

 

 また、頷く。

 

「名前や立場を言いにくい人なのかい?」

 

 無言で頷くなら、そのあたりを説明しづらいのか。

 あるいは一方的な恋なのか。

 当人は恋のつもりで、ただ弄ばれている時もある。

 

「そんなことは……ない。アルベドとはちゃんと結婚、したし……」

 

 おずおずと言う様子には緊張感があり。

 相手からの想いに不安を抱く様子がうかがえた。

 

(えっ、アルベド様? あんな恐ろしいのと……いや、でもこの子の方が立場は上だったね) 

 

 ヒルマにとって、アルベドは恐ろしい存在である。

 名前を聞いただけでも、恐怖に震えんばかり。

 デミウルゴスと共に、おぞましい地獄の光景を見せ、己がそこに行かず済んだこと、何度も感謝させられた。

 女淫魔(サキュバス)に変わってからは、格の違いを見せつけられ、屈服せざるを得なかった。

 知性、暴力、残虐、すべてにおいて敵わぬ存在。

 

 一方で、目の前の同族からは、そんな威圧感を感じない。

 むしろ、妹分のような愛らしさを感じる。

 

「じゃあ、その相手と……自身について、なるべくでいいから客観的に教えてくれるかい? 関係や相手によって、するべき振る舞いも違うからね」

 

 惚気(のろけ)話を聞くことになるだろうが、その程度は馴れている。

 貴族の阿呆な自慢話よりはよほどマシだろう。

 

 

 

(なるほど……こりゃ、マズイね。アルベド様が会ってくれって言うわけだよ)

 

 惚気話を語りながら時折、瞳に暗い、怨念めいた影が宿る。

 ヒルマは、こうした目で恋を語る女を、少なからず見て来た。

 多くは騙されて娼婦になった女であり。

 ろくでもない破滅をしていった……ヒルマからすれば、弱者だ。

 そして問題は、目の前の強者(らしき存在)が、同じ目で同じように恋を語っていること。

 おかしい、間違っていると断じても解決しない。当人が納得しない。

 格上相手に指摘すれば、怒った相手に殺されかねない。

 格下相手でも、同僚がおせっかいを焼いて刃傷沙汰になった時もあったのだ。

 

「……で、アルベド様は他の女と関係を持てっていうのかい?」

「ああ。ヒルマもきっと、そういう意図で送られてきたのだろう?」

 

 うっそりとした目を向ける。

 望んでいないが、相手のために抱かれるという意識が見える。

 

「指南役だよ。どんな相手とどんなことしてきたんだい?」

 

 聞いてみて少し後悔した。

 バケモノの巣窟だけあって、まともな行為ではない。

 スライムに全身飲み込まれるプレイとか、理解を超えている。

 

「……モモンガ、結論から言うとね。どれだけベッドで上手になっても、相手は惚れてなんてくれないよ」

 

 女淫魔(サキュバス)はまた違うのかもしれないけどね、と続ける。

 

「えっ? ならどうすればいいんだ?」

 

 心底驚いたように目を見開く。

 体は十分熟れて、色事の経験も偏ってはいるが己以上に思えるが。

 ひどく初心で、恋愛について何もわかっていないのだ。

 

「いろんな客を相手にする娼婦ならともかく、固定客相手の――あたしみたいな高級娼婦は、ちょっと違うのさ。アンタだって、大事なのはアルベド様に惚れてもらうことで、気持ちよくすることじゃない。そうだろ?」

 

 モモンガは何回も大きく頷いて見せる。

 見つめて来る目も熱を帯びて、男なら勘違いするだろう。

 そんな彼女が愛らしく思えて、ヒルマは髪を撫でる。

 目下からそうされても、くすぐったそうにするだけで嫌がらない。

 

「あたしはアルベド様を、ちらっと見た程度だけどね。仕事で忙しくなさってるんじゃないかい?」

 

 仕事で張りつめたタイプ、有能なできる女に見えた。

 モモンガを撫でながら、聞いてみる。

 

「そうなんだ……でも、私はいつもそばにいてほしくて……」

 

 少し、暗い光を目に灯している。

 

(拘束はしたいけど、しない分別はまだあるんだね。閉じ込めたいとか言わないなら、まだ目はあるか)

 

 冷静にモモンガを観察し、分析しつつ。

 ごく自然体を装って、言葉を紡ぐ。

 

「なら、側にいる時はしっかり休ませてやりなよ。モモンガはアルベド様の前じゃ、はしゃいじゃいないかい?」

「う……確かに」

 

 心当たりがありすぎて、落ち込んでしまう。

 

「男女に限らず、ちょっと遊ぶなら派手な相手を選ぶもんさ。若けりゃそんな相手とも、けっこうな時間を遊んでられるだろうよ。時間の余ってる身なら、なおさらね」

 

 モモンガは、真剣な目で話を聞いている。

 言葉だけで突然、殺されたりはしないだろう……と、ヒルマは言葉を続けた。

 

「けど、仕事ってのは疲れるもんさ。疲れたなら……休みたいだろ? だからね、長く関係を続けられる相手ってのは、いっしょにいて安心できるってことさ。モモンガはアルベド様にお熱なんだろ? 傍にいたら、周りが見えなくなっちまったりしないかい?」

 

 言葉を切って反応を待つ。

 

「…………」

 

 モモンガは何度も躊躇して……重々しく、頷いた。

 

「別に悪いことじゃないさ。恋ってのは、そういうもんだからね」

 

 ヒルマとて、恋の一つもせずに生きて来たわけではない。

 

「けど、相手も熱くなってないと、ろくな結果になりゃしないよ」

 

 軽く、現実を告げてみる。

 

「えっ……」

 

 得体の知れない、部屋の気温が下がるような何か。

 かつて見知った女たちと同じ、情念の揺らぎ。

 ヒルマとしては正直、避けて通りたかったが。避けられない相手なら、何とかするしかない。

 人を超えた力を受け取った代価としては、十分に己の領分であり。

 安い。

 

「モモンガが好きなアルベド様は、今どこにいるんだい?」

 

 意識を、少しそらす。

 

「え……? た、たぶん執務室……かな?」

 

 きょとんとした顔。

 見た目は高級娼婦か人妻か、というのに。

 中身はおっかなびっくり、ふらつきながら初恋を手探りする小娘。

 

「そうだね。つまり、アンタの中にいるわけじゃない」

「そんなことはわかっている」

 

 憮然として言うモモンガだが、ヒルマの目には――

 

「いいや。わかってないね」

 

 強く、断定した。

 

「そんな――」

 

 何か言いかけるモモンガを、封じるように畳みかける。

 

「アルベド様に嫌われるとか、捨てられるとか、飽きられるとか、本人が言ったのかい? アンタが勝手に決めてるだけじゃないのかい? 嫌わないで、捨てないで、飽きないでって、アンタはちゃんと言ったのかい?」

 

「言えるわけない……そ、そんなこと言ったら……」

 

 本当に、捨てられるかもしれないと。

 口に出すすら怖くて、モモンガは口ごもる。

 

「相手を気遣って言いたいことが言えなくて、モモンガはだんだん苦しくなってく。どんどん苦しくなってく」

 

 独り言のように、他人(ひと)事のように、言う。

 実際、他人事だ。

 

「…………」

 

 モモンガは黙り込んでしまう。

 

「アンタは我慢する。ずーっと我慢して、我慢する自分が偉い、すごい、努力してるって思う」

 

 モモンガを見ないふりをしつつ、目の端で慎重に観察する。

 加減を間違えれば殺されかねないと、ヒルマは自覚している。

 

「本当に捨てられる時――こんなに我慢してる、努力してる自分の何が悪くて捨てられるのかわからない」

 

 びくっと、怯えるように震えた。

 初恋かと思ったが……過去にも何かあったのだろうかと、見るが。さすがのヒルマにも、そこまでの詳細は読めない。

 とりあえず、これ以上攻めるべきではない、と勘が囁いた。

 言葉の矛を収める。

 

(臆病者のふりをした、傲慢で自分勝手な人間だって……自分で気づけりゃいいんだが)

 

 押し方を、変える。

 

「アンタは……大切な相手には、行動よりも言葉をもっと伝えるべきじゃないかい? 結婚して、なんだかうやむやになってる点はないかい? ベッドじゃなくて素面(しらふ)で、ちゃんと告白したかい? あんたの勝手な憶測じゃなく、アルベド様自身の言葉を聞いたかい?」

 

 質問を重ねる。

 答えさせない。

 当人の中で自問自答に、持ち込む。

 その質問を――ヒルマが選ぶのだ。

 

「アンタ自身ならどう思う? 仕方なく別れる時、別に好きな相手ができた時、仕事があって待たせる時……あっさり許されて嬉しいのかい? 引き留められたり、悔しがられたり、怒られたりしたくないのかい?」

 

 痛そうなところを、適当につつく。

 

「それ……は」

 

 言い返しかけた。

 ヒルマに、鬱屈した敵意が向かないよう……そらす。

 戦いで言うならば、間合いを取る。

 

「――小手先の技で留めても、便利な女にしかなれないよ。アルベド様に支えて欲しいなら……モモンガもアルベド様を支えなきゃいけないんだ」

 

 モモンガの目はどこか遠くを見ている。

 けれど、悪い目ではない。

 過去の何かを、思っているのだろう。

 今は、考えさせるべき時間だ。

 ただし。

 

「じゃあ、私はアルベド様を呼んでくるよ。二人できちんと話し合いな」

 

 時間制限は必要だ。

 

 ヒルマは席を立ち……うつむくモモンガの額にキスをした。

 そして、部屋を出る。

 反撃を受ける前に逃げて、冷静になる前に直面させてしまおう。

 

 

 

 扉の外には、赤毛のメイドがいた。

 

「随分と早いっすね。モモンガ様、ダウンしちゃったんすか?」

 

 にやにや笑いながらメイド――ルプスレギナが下世話な探りをしてくる。

 彼女はいかにも、娼婦向きでわかりやすい。

 

「いえ、そういうわけでは……アルベド様と話をする必要があります。申し訳ありませんが、時間を取っていただきたく……」

 

 軽く頭を下げ、言ってみる。 

 

「……へぇ? 種族が変わったからって、偉くなったつもり?」 

 

 こちらが本性なのだろう。獣じみた凶悪な目で威圧される。

 わかりやすい。

 反応パターンが、昔の先輩娼婦たちと同じだ。

 つまり、己は後輩、この組織の下っ端も下っ端ということ。

 

「いえ。モモンガ様について、アルベド様ほど知っておられる方はおりません。今後、指導するにもアルベド様から裏付けを得たく……序列を考え、後といたしますがルプスレギナ様にも、同じく教えを乞いたく」

「なるほどー。そーゆーことっすか。りょーかいっす、アルベド様に時間を割けるか聞いてみるっす」

 

 少し持ち上げれば、容易に機嫌をよくしてくれる。

 

「皆さまそれぞれ、モモンガ様の異なる面を知っておられると思いますので……一人ずつ話を聞きたいのです」

 

 少し色香を漂わせる。

 色香に、自身の欲求を交えれば、己自身すら騙す演技となる。

 若返って女淫魔(サキュバス)になって以上、心を読めようとも見破れまい。

 

「ほーん、じゃあ私も――個別ってことは、モモンガ様に試してみたいこと、ヒルマちゃんにさせてもらってもいいっすかねー?」

 

 下卑た笑みを、演技臭く浮かべてくる。

 

「そ、それもまた、必要でしたら……」

 

 それなりに切れ者でもあるのだろうが……モモンガやアルベドに比べれば単純な相手だ。

 しおらしく見せ、先ほどは満たされなかった疼きを前に出せば……容易に情欲を前に見せる。

 ただ。

 

(ここって、女同士ばっかりなのかね。男がいないわけじゃないみたいだが……)

 

 首をかしげつつ、アルベドの元に向かう。

 あちらと語り合う方が……ヒルマとしても恐ろしく、恐怖もある。

 とはいえ、この仲人(なこうど)を成功させねば、命もあるまい。

 内心で溜息をつきつつ、ルプスレギナの後を追うヒルマであった。

 





 前回は真面目だったし、エロ回にするつもりで娼婦を出したら、人生相談回になってしまった……。
 わけがわからないよ。

 間違いなく悪人だけど、設定的に苦労もしてそうで、人間力は高そう……ということでヒルマさんをチョイス。サキュバス化によって二十代前半程度に若返ってます。美貌や体のエロさは、本来よりアップ。
 言葉では屈させてますが、性的には何もしてないので、ヒルマさんは特に経験値とか受け取っていません。「アドバイザー(一般)」のクラスを獲得した……かも、程度?

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