2019年08月22日

アニメ『けものフレンズ2』は新たな「動物園」を創出したーーホイジンガ『ホモ・ルーデンス』をふまえた一考察

アニメ『けものフレンズ2』でキュルルの行動原理としてホイジンガ『ホモ・ルーデンス』が参照されているのは、 木村監督・ますもとたくや氏のインタビュー記事、そしてBD特典の沼田P・ますもとたくや氏対談記事でも明らかですが、 この記事ではそれをフレンズ一般、ひいてはジャパリパークという超巨大総合動物園、さらには『けものフレンズ』という作品そのものへのメタ的理解にも敷衍していこうという試みです。

まず『ホモ・ルーデンス』の主張を概観してみます。

遊びというものは 動物と人間両方に見られる、本来は非理性的行動 です。 よく遊びから文化が生まれたとか、遊びが文化に発展したなどと言われることがありますが、 筆者はそのような主張に与せず、 遊びのなかにこそ文化がある、あるいは遊びがあるところに既に文化が存在する なのだと言います。 つまり遊びは全ての文化の内包、あるいは基底とでも解釈できましょうか。

では遊びとはどういうものなのか。 筆者は遊びの要素が3つあると言います。

一つ目は 遊びは自由である ということ。 つまり、他人から命令・強制されてやる行為ではないということです。

二つ目は、 遊びは日常生活上の必要や欲望の直接的満足から別離したものである ということ。 遊びという行為は、その帰結や報酬のために行うのではなく、 その行為そのものに集中したり、その行為自体から何かを得ようとする ものであるということです。 つまり、 遊びでは遊ぶという行為そのものが自己目的化している と言えるでしょう。 ここで、遊びというものはふざけてやるものにとどまらず、 全く真剣になって、全身全霊をうちこんで遊ぶことも含むとされています。

最後は、 遊びはそれ自体で完結しており、時間・空間的に限定されている ということ。 これは前の要素を加えて、「遊びの共同体」というものを形成することを示唆しています。 つまり、日常生活の共同体(村落、町、都市、国家)とは区別された 遊ぶ者たちだけで構成され、場を占有し、遊びのための特別な秩序で統制されるような集団です。

またこの「遊びの共同体」内部の秩序を、遊びが美学的領域に含まれている理由とし、 その美的因子として、 緊張、平衡、安定、交代、対照、変化、対立、結合、分離、解決 を挙げています。 そして、その秩序を破壊する「遊び破り」は、遊びの「いかさま」よりも 激しく、強く断罪されるのであると言います。

遊びの機能には大きく分けて二つあるとします。

一つは競技・闘争。 すなわち、競争に打ち勝って褒賞を得るという過程です。

もう一つは表現。 すなわち、他の何かを表すという過程です。

以下は、このような競技と表現の機能が含まれる遊びを基底とする文化であると 本書で紹介されているものです。

  • 模倣(ごっこ遊び)
  • 祭祀・儀礼
  • 競技・闘争(決闘、戦争)
  • 投機(博打、投資)
  • 裁判(訴訟、法律)
  • 知識(謎とき、学問、哲学)
  • 芸術(音楽、舞踏、造形)

まさに、これらは人類の社会を形成するために必要不可欠のものであると言えましょう。 ここではこれ以上詳しくは触れませんが、 興味のある方は是非実際に当該書籍を読んでほしいと思います。

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さて、このような遊びと、アニメ『けものフレンズ2』の行動がどのように結びつくか、 表にしてみました。

話数 主体 行動 遊びの種類
全話 キュルル スケッチ 芸術(造形)
第1話 カルガモ 先導・教育 表現(労働の模倣)
第1話 キュルル 崖の飛び越え 闘争(試練)
競争(サーバル、カラカルと)
第2話 レッサーパンダ
キュルル
サーバル
カラカル
遊具の再建 知識(謎とき)
第3話 バンドウイルカ
カリフォルニアアシカ
パフォーマンスと褒賞 表現・競技(褒賞)
第3話 キュルル パフォーマンス方法の提案と実践 遊び(方法の洗練)
第4話 アリツカゲラ 物件紹介 表現(労働の模倣)
第4話 アードウルフ
アリツカゲラ
キュルル
サーバル
カラカル
パズル 知識(謎とき)
第5話 ゴリラ
キュルル
サーバル
カラカル
恐怖の演技 表現(演技)
第5話 ヒョウ
イリエワニ
クロヒョウ
メガネカイマン
紙相撲 競技
第6話 かばん
アフリカオオコノハズク
ワシミミズク
研究活動 知識(謎とき、学問)
第6話 キュルル
アフリカオオコノハズク
ワシミミズク
海底火山の仮説と調査・証明 知識(謎とき)
第7話 プロングホーン
チーター
G・ロードランナー
サーバル
カラカル
リレー 競技
第8話 マーゲイ
キュルル
サーバル
カラカル
オープニングアクト 表現(演技)
第8話 PPP ライブ・パフォーマンス 表現(音楽・舞踏)
第9話 イエイヌ
キュルル
フリスビー投げ 遊び
第9話 オオセンザンコウ
オオアルマジロ
探偵活動 知識(謎とき、解決)
競技(褒賞)
表現(労働の模倣)
第9話 イエイヌ
ビースト
決闘 闘争(決闘)
第10話 カンザシフウチョウ
カタカケフウチョウ
キュルル
問答 知識(謎とき)
競技(問答)
第10話 リョコウバト 旅行 遊び
第10話 オオミミギツネ ホテル経営 表現(労働の模倣)
第10話 ハブ おみやげ屋営業 表現(労働の模倣)
第10話 ブタ 清掃 表現(労働の模倣)
第11話 全員 セルリアンとの対決 闘争
第12話 全員 セルリアンとの対決 闘争
第12話 キュルル パークを自分の居場所と宣言する 儀礼(宣誓)
第12話 サーバル
かばん
再会の約束 儀礼(契約)

さてここで、遊びを文化の基底とするのであれば、 これらフレンズたちの遊びもまた文化となるものです。 それはすなわち、ジャパリパークの文化を形成するものだと言えます。 ここで、 ジャパリパークは既存の動物園とは全く異なる遊びの共同体(「動物園」)となる のです。

既存の動物園とは、人間が動物を管理飼育する施設でした。 それがたとえ動物が主役であり、動物を基本とする倫理が支配する場ではありますが、 それでも人間の功利主義が強く反映されていることは否めません。

それに対してジャパリパークとは、 人間から独立したフレンズたちが自立・共同して善き秩序をつくり楽しく暮らす「動物園」 なのです。 ここで 特性や主義主張が全く異なる(歌詞では「十人十色」)フレンズが、 その秩序を創出し、維持し、それを守ることを動機づけるものこそ遊びである のです。 フレンズ=アニマルガールという擬人化によって動物園の性格が全く変貌したとも言えるでしょう。

さらに言えば、フレンズ=アニマルガールとは、 本来互いに相反し、対立する関係にある「動物」と「人類」との両性をひきつぐ新しい存在 です。 その矛盾する存在を止揚し統合するものこそ遊び なのではないでしょうか。

ここで、セルリアンとの対決(闘争)もまた、フレンズの遊びであることを明らかにしましょう。 セルリアンとは輝きを奪う機能を持つ存在です。 セルリアンはフレンズを殺すわけではありません。 つまり、フレンズ=動物の生存そのものには何ら関わりがあるものではなく、 日常生活上では戦う必要がないのです。

では、なぜ戦うのか それは、セルリアンがフレンズの遊びを否定する存在、 すなわち上記の 「遊び破り」 をするものだからです。 そのことを以って、 セルリアンとはアンチ・フレンズである ともいえます。

さらに言えば、セルリアンの女王は「輝きを永遠に保存・再現する」旨(ネクソン版) を発言しています。 ところが、遊びは、その完結性・限定性ゆえに、本質的に保存できるものではなく、 また永遠に続くものでもありません。 これに対してフレンズたちが実際に遊ぶことによって輝きを増して、 セルリアンとの闘争に勝つことになります。 セルリアンがアンチ・フレンズ、なおかつ遊びのアンチテーゼであり、 フレンズたちはそれに対して、 さらに遊ぶことによってセルリアンとの闘争に勝つというジン・テーゼを 遂行するのを見ることになりますが、 ここで、 セルリアンとの闘争すらも再帰的に遊びである と言えるのです。 なぜサーバルが本来セルリアンであるはずのセーバルを仲間(フレンズ)にすることができたのか といえば、まさに 闘争すらも本質的に遊びであるから なのです。

もっと話を大きくしましょう。 私がここでジャパリパーク=新しい「動物園」に見たのは、 ハイエクの言うところの 「ノモスとしての自生的秩序のルール」 です。 つまり、ジャパリパークという巨大な遊びの共同体そのものが、 一個の自由な社会の例として提示されているように思えるのです。 上記の通り、 法律もまた遊びである というテーゼを参照してください。 ハイエクに詳しい人は、市場を遊び場、商取引を競技とみるのも面白いかもしれません。

もう一つは、マルクスの 土台と上部構造 です。 土台=食料の供給(舞台参照)と、 上部構造=遊び⊃文化 という図式を見ました。 舞台ではフレンズたちが稲の育成と収穫(農業)を行ないますが、 それは一見労働に見えながら、実のところは遊びであり、 その境界が不分明であるように思えます。 マルクスに詳しい人はこの辺りも考察ポイントになるのではないでしょうか。

そして、なにより、 この記事を書いていること自体が遊びなのです。

まとめましょう。 アニメ『けものフレンズ2』は擬人化という漫画的方法によって 動物園とは全く別の新しい「動物園」を創作・提示したのです。

『けものフレンズ』全体を見ても「遊び」が主題であることをさらに敷衍し、 その世界観を洗練させてプロジェクトの一里塚となった素晴らしい作品です。

私はアニメ『けものフレンズ2』を世に出した全ての関係者の方に深く敬意と感謝を表します。

タグ:論述
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