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異世界転移で女神様から祝福を! ~いえ、手持ちの異能があるので結構です~ 作者:コーダ

第6章 イズモ和国編

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外伝第9話 ダンジョンマスターの追憶①

短いです。東の短編です。近々東が出ると言う訳ではありません。

本当は別の短編を考えていたんですが、思いのほか上手く進まず、この短編を出すことになりました。


 その日、進堂仁、東明、浅井義信の3人は、電車を乗り継いで2時間の場所にある湖へと遊びに来ていた。


 その目的は、先日の話し合いで決定した新しい趣味、『釣り』を始めることにある。

 事前準備は別々に行った方が面白いという通例に則り、相談をせずに道具を揃え、現地集合によってこの日を迎えたのである。

 一応、家の近くにも川はあるが、最初だからと湖を目指したのである。大物が釣りたかったのである。


「いやー、初めてやってみたけど、思っていたよりも釣りって簡単なんだなー」


 そう言いながら釣り竿を引っ張るのは進堂である。

 引き上げた釣り糸の先には、当然のように魚が釣れている。

 先ほどから、釣り糸を垂らす→魚がかかる→引っ張り上げる→魚を外す→餌を付ける→釣り糸を垂らす、と言うのを1回1分ペースでひたすら繰り返している。


 進堂はルアー釣りが性に合わないと判断し、餌釣りを選択した。

 所有欲の強い進堂は、ルアー釣りによるルアーの紛失を嫌がったのである。

 もちろん、運のいい進堂のルアーが紛失するような事態は、天地がひっくり返っても起きないのだろうが……。


「いや、そんな風に釣れるのお前くらいだからな?見ろよ、周りの釣り人達、皆口を開けて呆けちまってるぞ」


 呆れたように言うのは浅井である。

 進堂とは異なり、彼が選択したのはルアー釣りである。


「おっ、来たな!よっと!」


 浅井がリールを回して引き上げたのはブラックバスである。

 そのエラにルアーが引っ掛かっている。邪道である。


「いや、浅井だって俺とそんなに変わらないペースで釣ってるじゃん」

「俺はジンとは違って技術で釣ってるぞ。お前のは完全に運だろ。このチート野郎」

「お前が言うな。そもそも、水中の魚のエラを狙ってルアーを引っ掛けるのは、釣りって言わないだろ?」


 浅井の視力は尋常ではなく、水中の魚の動きまでしっかりと目視できているのである。

 その並外れた視力によって、ルアーを魚のエラに引っ掛けて釣りあげるという離れ業を繰り出しているのだ。

 進堂曰く、人間ソナーである。……その能力は視力の延長線上にあるのだろうか?


 ちなみに魚のエラにルアーを引っ掛けて引き上げた場合、基本的に釣果として扱わない。


「じゃあ、口を狙ってルアーをぶっ込めばいいのか?」

「……出来るのか?」

「エラよりは難しいが出来る」

「マジか……」


 余談ではあるが、周囲で釣りをしていた釣り人は、進堂のみならず浅井の釣り方にもドン引いていた。どちらも人間業ではないので当然である。


「そういや、トーメイはどうなったかな?」

「東か……。気になるし、ちょっと行ってみるか」

「ああ、そうだな」


 進堂と浅井が隣接したポイントで釣りをしているのに対し、東だけは別のポイントで釣りをすることを選んだ。

 事前にこの湖のことを調査し、気温や水温、その他条件を考慮したベストスポットを計算によって割り出していたためである。


 いつもの事ではあるが、この3人は趣味に対して本気ガチ過ぎる。

 チート能力の無駄遣いとも言う。



 『本日のベストスポット』で釣りをしている東の元に、進堂と浅井の2人が歩いて近づいてきた。


 なお、釣った魚は既に逃がしてある。

 完全に趣味の釣りのため、持ち帰って調理すると言う事を考えていないからである。

 余談だが、この3人の中で料理が出来るのは浅井だけである。


「よっ!どーだ東、釣れている……か?」


 進堂の声が徐々に小さくなっていったのは、東の持っているケースの中に魚が1匹もいなかったからである。


「釣れていません。おかしい。間違いなく本日最高の釣果が期待できる場所なのに……」


 心なしかぐったりした様子の東に、かける声を失う進堂と浅井である。


「僕が計算を間違えるはずがありません。一体何が……」

「なあ、トーメイ」


 意を決した浅井が東に声をかける。


「何ですか、浅井?計算を間違えた僕を笑いますか?」

「何を卑屈になっているのかは知らないが、俺と進堂の存在はその計算の中に入っているのか?自慢じゃないが、俺達の方は入れ食いに近い状態だったぞ」

「……あ」


 運だけでバカみたいに釣る進堂と、魚を目視して釣り上げる浅井、こんな2人が同じ湖で釣りをしていて、東の導き出した計算結果が意味を成すのだろうか?


「入っていませんでした。進堂と浅井が釣りをしていた場所と2人の性質を計算に入れると……、なるほど、ここでは全く釣れませんね!ちくしょう!」


 その後、東の導き出した『進堂と浅井がいる場合のベストスポット』で3人仲良く釣りをした結果、合計で300匹を超える釣果を叩き出したのだった。

 なお、本日の1位は主を釣り上げた進堂である。




「久しぶりに釣りがしたくなりました。折角なので、20層台は広大な湖型のダンジョンにしましょう」

「アズマ様、何を仰っているのですか?20層台は火山エリアにする予定ですよね?」

「きゅい!」


 ダンジョンマスターである東の唐突な発言に対し、迷宮保護者キーパーであるカナが冷静にツッコミを入れる。横には角付きウサギホーンラビットのシロも一緒だ。


「いえ、少々夢を見ましてね。懐かしい元の世界の夢です」

「一体、どんな夢を見たら火山エリアを湖エリアにするようなことになるんですか!?」


 時々、途中経過を省いて突拍子もない事を言うので、初めは遠慮がちだったカナも大分ツッコミに慣れてきた。


「友人と釣りをしたときの夢ですよ」

「っ……」


 東は元の世界の友人達の事を今でも大切に思っている。その事は東と少なくない期間を過ごしてきたカナにはよくわかっている。

 故に友人達の事を引き合いに出されてしまうと、カナとしても強く言うことは出来ない。


「いえ、すいません。馬鹿なことを言いましたね。ここで迷宮の構造に変更を入れるとなると、折角の計画が台無しになってしまいます。火山エリアにはこの国の鉱物採掘の未来がかかっているんですから、余計なことは出来ません」

「…………」

「きゅー……」


 懐かしい夢を見てしまい、寝起きでボーっとしていたせいか、ついつい私情に流されそうになってしまったと、苦笑しながら東は取りなす。

 確かにその通りだとカナは思う。東が建国したこのエステア王国には、東のダンジョンマスターとしての力が不可欠だ。しかし、カナが東と出会ってから今まで、過去に思いをはせた時以外で東が笑顔になったところを見たことがない。


 東のおかげで、この辺りの村の住民が疫病や魔物を原因に死ぬことは少なくなってきた。ダンジョンマスターの能力のおかげで各種物資の貯蓄すらできている。周囲の村の者達は皆東のおかげで幸せになったと言っても過言ではないだろう。

 しかし、東の幸せはどこにある?元の世界に帰れもせず、この世界でダンジョンマスターとして生きて行かざるを得なくなった東を幸せにするにはどうすればいい?


(私がアズマ様を幸せにするんだ……)


 東に命を救われ、全てを与えられた者として、カナには東を幸せにする義務がある、彼女は本気でそう考えていた。

 そして、今の自分は無力な少女ではない。見た目は迷宮保護者キーパーになった時から変わっていないが、出来ることはあの頃よりもだいぶ増えている。

 全ての望みを叶えることは出来なくても、ほんの一時幸せにするくらいなら、今の自分でも出来るはずだ。



「どうしたのですか?急に遠出しようだなんて……」


 次の日、東はカナに連れられて湖へとやって来ていた。

 東達の主要な行動範囲に大きな湖はないため、少々遠くまで来てしまった。


「アズマ様が釣りをしたいようでしたので、少しでも気が紛れればと思いまして」

「そうですか。それはお気遣いありがとうございます。……この湖、結構大きいですね。確かに、元の世界でやった釣りを思い出します」

「きゅい!」


 東もまんざらではない様で、カナの準備していた釣り竿を構える。

 シロは残念ながら釣り竿が持てないので、カナの頭の上に乗っている。


「ベストスポットなんて考えず、時間がゆっくり流れるのを楽しむのもいいですね」

「はい。このところ忙しかったですから、たまにはこういうのもいいと思います」


 2人(と1匹)並んで釣り糸を垂らし、ゆっくりと時が過ぎるのを楽しむ。


 ダンジョンの作成や周辺の村への支援など、東はかなり忙しい毎日を続けていた。カナも手伝ってはいるのだが、如何せん東でなければ出来ないことが多すぎる。

 息抜きも必要なので、今後も時々東を連れてゆっくり釣りでもするのがいいだろう。とカナは考えていた。


 そんな中、東の竿が急に揺れ動いた。


「おっと、当たりが来ましたね。これは、結構な大物だと……」


-ザバアアアア!!!-


 彼らの平穏は、無情にも巨大な水しぶきによって中断されることになったのだ。


「何ですか!?大きな魔物!?」


 カナが叫び、持っていた短刀を構える。

 東達の前には、口から釣り糸を垂らした巨大な蛇のような魔物が宙に浮かんでいた。


「これは……大海蛇シーサーペントですね。何故このようなところに……」

「そんな事よりも魔物です!倒さなければ!」

「きゅきゅい!」

「そう慌てないでください。と言っても、向こうも大分怒っているみたいですね。話が通じるとも思えませんし、このまま釣るとしましょうか」


 平然とそんなことを言う東に対し、カナの方が驚いてしまった。


「釣るんですか!?」

「ええ。だってまだ糸は切れていませんし、釣ったとは言えないでしょう?」

「それは、そうですが……」

「おっと、来ますよ。避けてください」


 東達の都合などお構いなしに突っ込んできた大海蛇シーサーペントの突進を、2人は軽やかに避ける。

 東もこの世界に転移してから、結構な修羅場を潜り抜けてきた。もちろん、常に同行していたカナも同様だ。今更、魔物の1匹2匹で動揺したりはしない。


「『ファイアボール』」


 避けられ、方向転換して再度突進をしようと思っていた大海蛇シーサーペントに向けて、東が得意の魔法を放つ。通常の『ファイアボール』と比較して、そのサイズは3倍以上大きい。

 その火球は大海蛇シーサーペントに向けて真っ直ぐ進んでいく。

 これに驚いたのは大海蛇シーサーペントだ。今まで見たことも無いような巨大な火球が迫ってくるので、相当に驚いただろう。


 大海蛇シーサーペントは全力で動くことで何とか火球を回避した。


「GYAU!?」


 しかし、それこそが東の狙いだった。全力で動くことで体勢の崩れた大海蛇シーサーペントを釣り竿を思い切り傾けることで地面に引きずり倒したのだ。


「これで、釣ったと言っても問題ないですよね。では、そろそろ止めを刺しましょうか。『ファイアジャベリン』」


 釣った後は容赦がないとばかりに魔法を唱える東。

 東の前に現れた巨大な火の槍を見て大海蛇シーサーペントが後ずさる。


「言葉が通じるか知らないですが、一応言っておきます。今逃げるのなら、止めまでは刺しません。10、9、8……」

「GYA、GYA U!?」


 東はあまりウナギが好きではない。

 そして釣っても食べない魚はリリース、と言うのが3人での取り決めだったので、1度はチャンスを与えようと考えた。

 もちろん、このまま戦うことを選ぶというのならば流石に容赦は出来ない。


 東のカウントダウンを聞き、大海蛇シーサーペントが我先にと逃げ始めた。

 どうやら、湖に帰るつもりのようだ。


「止めは刺しませんが、これはちょっとした意趣返しです」


 そう言って東は大海蛇シーサーペントが湖に飛び込んだ3秒後、湖に向けて『ファイアジャベリン』を放った。

 当然、その火力でもって湖の水は熱せられる。


「GYUOOOOOON!?」


 かなり熱かったようで、大海蛇シーサーペントの叫び声が湖の底から聞こえてきた。

 叫び声が聞こえたと言う事は、死んではいないと言う事だ。


「アズマ様、申し訳ありません。あのような魔物がいるとは思いもせず」


 大海蛇シーサーペントが逃げた後、カナはすぐに東に向けて頭を下げた。


「いえ、気にしていませんよ。それよりも、あれ程のヌシ?が釣れた事の方が嬉しいですからね。進堂や浅井でもあれ程の大物は釣ったことがないでしょうし……」


 東は少しだけ誇らしげに笑う。

 そのことにカナは少しだけ複雑な心境になってしまった。


 東が笑ったことは良い事だ。それを成したのが自分だと言うことも良い事だ。

 しかし、過去を追憶して笑わせる事しか出来なかったのは残念なことだ。


(シンドウ様、アサイ様。貴方達には絶対に負けませんから!)


 いずれ、自分だけで、この世界だけで東を笑顔にして見せる。

 カナはそう強く心に誓うのだった。


大海蛇シーサーペントがメープルかどうかはご想像にお任せします。

メープルの自己紹介にヒントが(61話)。


①とあるように、続く予定です。

元の世界の日常パート→その内容に関連のあるダンマス東パートになります。

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