大変お待たせしました。
仕事の最盛期の他にも私事で色々ごたついてしまい予定以上に再開が遅れてしまいすみません。
快晴の空の下、賑やかな声が響くのは王城の一角。
正面入り口近くにある広い広場。新年を迎えた時や祝い事の時に国王が姿を見せる場所がある。今現在、その一角では簡易舞台の上で多くの男達が乱闘をしていた。
周りでは平民の格好をした人々が口々にヤジを飛ばし歓声をあげる。会場を見下ろすように作られた木造の観客席では、貴族達もまたその乱闘の様子を楽しんでいる。
王国の建国を祝う祭事である御前試合。
その予選が今執り行われていた。
予選という事もあり、試合というよりも取っ組み合いの喧嘩といった方がしっくりくる。
最初は無差別に争いあって居た人々も、立っている人数が少なくなるとより強そうな者を協力して倒そうとするなど作戦がうまれ、観客の立場ではなかなかに見応えがあるものになっている。
そんな小細工を跳ね飛ばすように偉丈夫と見間違う程立派な体躯の女性が男二人に取っ組み合いを立ち回る。
獲物である棍棒を投げつけ、一人が怯んだ隙にもう一人を力任せに場外へと投げ飛ばす。その、女性とは思えない怪力に観客が沸く中、もう一人も首根っこを捕まえて片手でぶん投げる。
彼女以外居なくなったところで勝者が決し、勝者の名前が高々と讃えられる。
勝者が去り、舞台の上が片付けられ、また新たな一団が名前を呼ばれた後に乱闘を始める。
今回の決着は驚くほど早いものになった。開始から十秒と経たずに勝者の名前が司会から読み上げられる。
『強い! 強いぞ! モモン・ザ・ダーク!! “不死者殺し”は伊達では無い!!』
今回の御前試合は王国各地だけではなく近隣諸国からも腕に自信のある者達が集まっている。
その大人数を選別するために、今回は決勝トーナメントに進むまでに挑戦者は篩にかけられることになった。
それがこの予選なのだが、貴族推薦の者は免除されている。
平民にも解放されている中で万が一にも間違いが起こらない為、という尤もらしい理由付けであるが、その実、貴族が推薦した者が平民に敗れるなどあってはならない事だからだ。
なので本戦である明日以降のトーナメントでは観客の中心が貴族となり、その他の者達は一部の富裕層を除けば見ることはできない。
そんなこともあり、参加者の親族や友人が応援できる今日が一番盛り上がることだろう。
そんな喧騒を聴きながら、モモン・ザ・ダークことナインズは案内に従って勝利した者が向かう控え室へと進んだ。
「よう。さっきの見てたぜ色男。見た目通りのいい腕じゃねぇか! さっすがパーティも組まずにカッツェ平野で名を上げただけの事はあるな」
待機部屋に入った途端に声をかけられ、ナインズは肩を揺らす。
顔を向けた先には男と見間違う程の長身にしっかりと筋肉のついた女性が立っていた。
日に焼けた肌には重装備の鎧。ニッカリと快活に笑うその笑顔に、半年以上前に出会ったある一人の冒険者を思い出す。
「──! 貴女はガガーランさん!?」
言った後にしまったと後悔したが遅い。彼女と前あった時は確かあの巨大なトレントと戦った後、魔法詠唱者の格好でだ。
モモン・ザ・ダークが知っているのはおかしい事になる。
「おう? なんだぁ? 俺っちの名前知ってんのか」
「あ、いや、一度見かけた事があるだけだ。貴女は目立つからな」
「ふーん。あんたも十分目立つぜ。どこかであったのなら忘れるはずはねぇと思うんだが」
「本当に遠くから見ただけだからな気がつかなかったんだろうさ」
「そんなもんかね」
ナインズが座っていたテーブルの向かいに腰を下ろしたガガーランは、ニヤリと笑った。どこかに行くつもりはなく、まだ暫く相手をしなければいけないことにナインズは心の中で汗をかく。
(わー。まだモモンのキャラ固まってないからあんまり喋りたく無いんだけどなぁ。何より声聞かれたらバレるんじゃ? それはまずいよなぁ。忘れてくれているといいんだけど。あー早くどっかに行ってくれないかな)
「まあ、俺っちもあんたの事は噂では知ってるからな。破竹の勢いでランクをあげてるって王都でも話題になってるぜ。一月でミスリル、しかもパーティを組まずに一人で、なんて異例だ」
「言われすぎてなんとも思わんな。それに俺は今までこの周辺国家に居なかっただけで元々有名だったんだ」
「へぇ。じゃあなんでそんな有名な奴が、元いた場所の地位や名声を捨ててまでこんなとこまで来たんだ?」
ガガーランの声は大きい。
その声量でなされる会話に無名の優勝候補かと注目が集まる。あからさまに席を移動する者もいれば、聞き耳をたてるだけのものもいる。
あまり長く話したい相手ではないが、丁度いい機会でもある。ナインズはエリアスと共に考えた冒険者モモンの設定を話ことにした。
「なに。強い相手を探してここまできただけだ」
「へぇ?」
「正直、元の国ではもう相手になるような奴がいなかったからな。武者修行、といったところか」
「手応えはどうなんだ?」
欲しかった質問に無い口が釣り上がる。
「正直拍子抜けだ。村一番の怪力自慢だか傭兵の頭だか知らんが碌な奴がいない。それに比べるとガガーラン、お前は見込みがある」
「そりゃあ光栄だ」
「ぜひトーナメントを勝ち上がって来て欲しいものだ」
乱暴な口調で好戦的。立ち振る舞いは粗野に。
モモン・ザ・ダークは気まぐれな英雄だ、小さい頃から負け知らずで傲慢な一面を持つ。その実、認めた相手には心からの敬意を払う。モモンはナインズとはかなり味付けの違うキャラになっている。
ナインズにとってロールプレイはすっかり慣れた日常だが、今まで演じたことのないキャラクターである。魔王ロープレだったら仲間からのお墨付きもあり絶対の自信をもてるのだが、とつい後ろ向きに考えてしまう。
「言われなくれもあんたよりも俺が強いってことを見せてやるさ。…………最後のトーナメント出場者が決まったみてぇだな」
ガガーランの視線を追うと窓から見える舞台上にはひとりの男が立っていた。
短い黒髪は王国では珍しい。がっしりとした体つきに対して動きやすい胸当て付きの装備だ。チラリとこちらを向いた目もまた黒い。
「ありゃあ南方の血が入ってるな」
ガガーランの言葉にもう一度見るが、既に視線は別の方向に向けられている。金髪が多いこの世界では確かに目立つ容貌なのだろう。
「まあ、明日からの本番も気張ろうぜ兄弟」
がっちりと肩を組まれてお互いの鎧もぶつかる。母親以外でこんなに女性の顔と近くなった事がない事もあり、肩を二度叩いてすぐに離れる。
(いや、これは決して女性慣れしていないからとかじゃなくて流石に至近距離でヘルムの中を覗かれてはバレるかもしれないからであって! 別にガガーランさんの顔が近かったからとかじゃ断じてないし!)
だれに言うでもない言い訳の言葉を脳内でまくしたてていたナインズ。その肩を再びガガーランが掴む。
「なあ、もしかしてだけどあんた童貞か?」
「────! な、なにを馬鹿なことをっ!!」
あまりの不意打ちに声が裏返る。そのナインズの慌てっぷりにガガーランはいたずらな目を輝かせて舌なめずりをする。
「お? その反応当たりだな! なあ、別に明日からの戦いで当たった時に手加減してくれなんて言わねぇからよ、どうだ、これから一緒に宿屋にいかねぇか? 筆下ろし、してやんよ」
「ヒッ」
その時ナインズが感じたのは本能的な恐怖だった。レベルでも能力値でも圧倒的に勝っている相手。その相手に確かに捕食されると警鐘がなる。
「ほら、こっちだ。一緒に楽しいことしようぜ」
「だ、誰か! ここに痴女が!!」
「んな可愛い声出すなよ。ベットの上で聞いてやるからよ」
「ヒェ。は、離せ! おい! え? 意外と力が強い!? 誰か! 誰か!!」
ナインズの悲鳴に生暖かい視線が集まる。今まで偉そうな態度をとっていた分、その落差についていけないようだった。
周りの人間の助けが借りられないとわかったナインズはガガーランにされるがままに引きずられて会場を後にする羽目になった。
結局、ナインズがガガーランの魔の手から逃れられたのは無理やり宿屋街に引きずられる手前だった。街中で武装した女に引きずられる全身鎧の男の醜態を晒した末に、なんとか抜け出したナインズは物陰に逃げ込むと魔法を解いていつものローブ姿に戻った。
その後間髪入れずに魔法を使ってエリアスの屋敷へと転移したのだった。
「そ、それは災難だったね」
「もう嫌だ。明日からのトーナメントどんな顔で出れば良いんですか……」
ガガーランという伏兵に精神をやられたナインズが気を落ち着かせる為に真っ先に駆け込んだのは色々な事情を知るイエレミアスのところだった。
イエレミアスはやさぐれた様子のナインズを見ても快く部屋に招いてくれ、落ち着かせる効果のあるハーブティーを入れてくれた。
その匂いと心遣いに癒されながら、今日起こった事を訥々と話す。
「うん。まあ、確かに辛いけどここはもう堂々とするしかないよ。下手に否定した方が本当っぽいだろう?」
「それはそうですけど……。明日から三日間もあんな生温い視線に耐えなきゃいけないなんて嫌だ……!」
「そんなに落ち込む必要はないさ」
正面の席からさりげなく横に移動したイエレミアスは慰めるようにナインズの肩を叩く。
その優しさはナインズの心にしみた。
「もうこの体じゃあ童貞なんて捨てれない……。こんな事ならさっさと捨てとけばよかった」
遅すぎる後悔。あの頃は童貞を捨てる事よりもユグドラシルに課金することの方が大事だったのだ。
「貞淑なのは美徳じゃないか。ナインズ君は何も間違ってはいないよ」
「ありがとうございます。…………イエレミアスさんって女の人にモテたでしょ?」
慰め方が上手すぎる。
もし自分が女性だったら、この優しさに勘違いしていただろう。
「若い時はね。でも本当に好きな人には振り向いて貰えなかったし、色々あって言い寄ってくる人もすぐに居なくなったよ」
「でも、童貞じゃないんでしょ」
恨みがましいナインズの声にイエレミアスは苦笑する。
恨めしげな目線を送る友人への返答は笑って誤魔化したい。が、そうもいかないので別の話題を振ることにした。
「そういえば、君の影響で私にもパーティへの招待状が届くようになったよ」
「俺の影響で?」
「私をだしに君へ近づこうという腹積りなんだろうって。エリアスには参加を見送れって言われてるんだけど、一つだけどうしても行きたいパーティがあるんだ」
「どんなパーティなんですか?」
「恥ずかしながらさっき言った初恋の人が主催者なんだ。彼女にはもう何十年もあっていないのだけど、どうしてももう一度会いたい。滅多に社交の場には出てこない人だからさ。君の事も連れてきて欲しいってあるんだけれど、こういう場所は苦手だろう?」
「ええ、まあ。まだ片手の数くらいしか行ったこと無いですけど」
「うん。だから我儘に付き合わせるのは申し訳ないから断ろうかと思ってる」
一口お茶で口を湿らせるイエレミアス。その目はここではないどこかを見ていた。
きっと想い人のことを考えているのだろう。
「そんな! 俺からもエリアスさんに頼んでみますから、初めっから諦めないで下さい」
「ありがとう。ナインズ君は優しいなぁ」
イエレミアスが目を細める。そうすると目尻に笑い皺ができて、改めてナインズは自分の友達がかなり高齢だという事を実感する。ユグドラシル時代、ギルドの最高齢は死獣天朱雀さんだった。彼もきっと現実の体だったらこんな風に皺を作って笑っていたのだろうか。
この悲しみとも懐かしさとも呼べない感情を壊したく無くてしばらく無言の時間が続いた。
遠くでなる時間を告げる鐘の音に、ナインズは暇の挨拶をして部屋をでることにした。イエレミアスも引き止める事は無く、ポツンと一人広い廊下に残された気分になる。
そう言えば今日はまだ弟子であるアルシェと会話らしい会話をしていない。
明日以降もトーナメントで中々時間が作れないだろうから少し位は様子を見てみよう。
アルシェの部屋に向かうナインズの足取りは軽く、一先ずはガガーランの一件から立ち直ったようだった。