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23代目デウス・エクス・マキナ ~イカレた未来世界で神様に就任しました~ 作者:パッセリ

第一部 神なる者、方舟に目覚めしこと【更新中】

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#8 バカと煙と権力者

 三層構造になった、方舟八号棟一般居住区域の中で、唯一層状になっていないのは、吹き抜けとなっている中央区域だ。


 四角い大地の中央部分が切り抜かれて、そこには(後から人間が設置したものではなく、方舟のシステムとして運航されている)モノレールのような公共交通機関が階層移動するための複雑で立体的なレールが絡み合い、さらにそのど真ん中を三階層ぶち抜きで、鈍色の巨塔が貫いている。


 最下の第一層に入り口が有るだけでなく、二層や三層の大地からも、レールを躱すように吹き抜けを横断する橋が掛けられ、出入り可能な塔。これこそが、方舟八号棟を統治する『教会』の本部だった。

 塔のほとんどは、管理者領域バックヤードの建物や方舟の外枠と同じ『流体変成金属』で構成され、もはや神の手でもなければ形を変えることが不可能な建物だったが、その上へ無理矢理継ぎ足すように木材と石材で増築が計られ、第三層の天井にすら届かんとしていた。


 その最上階に近い場所。

 贅を極めた調度品が並び、円卓が置かれた、広い会議室があった。

 机を囲んでいるのは、壮年とか高齢者とか言わざるを得ないような人ばかりで、誰も彼もが、聖職者の証であるガウンを着込んでいた。


 これが教会の最高意志決定機関、枢機卿会議だった。


 誰の顔にも焦燥の色が濃い。

 それも当然の話で、彼らにとってさえ、生まれた時から既に『教会の時代』だったと言うのに、今になって『本物の神』が現れたのだ。いかに海千山千、曲者揃い、政治巧者の枢機卿たちと言えど、未知の事態なのだから。


「……我ら教会が誇る、150年の安泰が、ついに崩されるのやも」

「弱気はいけませんぞ」

「祭司のウジ虫どもめ。余計なことを」

「だからもっと残党狩りに力を入れるべきだと言っていたのです!」

「落ち着きなされ。今はこの事態にどう対処するか決めるのが先決」

「うむ、それは確かだ」

「だがいたずらに兵をぶつけたところで意味は無い」

「兵士もタダではないからな。遺族への見舞金が財政を圧迫する」

「やはり聖戦の触れを出し、殉教者の名誉と引き替えに見舞金を節約する策を講じておくべきでは」

「殉教者が増えすぎるのも、教会統治の権威を揺るがしますぞ」


 出口も答えも無い議論が、延々と続く。

 ただ、全員に共通しているのは、教会による支配を終わらせてはならないという考えと……そのためなら、金銭的・人的・その他諸々的な、多少の犠牲・・はやむを得ないという考えだった。

 もちろん、その犠牲というのも、彼らが身を以て被る気はゼロ。どこに犠牲を押しつけるかという話でしかないのだが。


「……少し、いいだろうか」


 議論が堂々巡りする中、先程から一言も発さずに話を聞いていた男が、口を開く。

 鈍器による殴打のように重い彼の言葉を聞き、議論に白熱していた全員が一斉に黙りこくった。

 視線が、男に集中する。


 この場に居並ぶ枢機卿は、いずれも、蟲毒のごとき教会組織の中でのし上がってきた怪物達。

 だが、その中でもこの男は別格だった。

 老人とは思えないほどの隆々とした体格。皺深い顔に埋もれていても、炯々と輝き辺りを射すくめる双眸。不動の心を体現するかのごとき、一種異様なまでの覇気。

 筆頭枢機卿、エーリック・ハセガワ。

 次代の神(もちろんまさるではなく、教会が押し立てる神だ)の就任と同時に、教皇の地位に就くことが内定している、実質的に教会権力の頂点に立っている男だった。


「我ら教会は、この時のため、ずっと策を練ってきた。いかにして神と戦うか、それを我らは考えて来た。ならば、そのプランに乗っ取り、粛々と対処するのみ。計画を変えるべき要因が見つかるまで、我らの出る幕は無い。

 ……枢機卿会議は教会の最高意志決定機関。戦略を考える場だ。細々とした戦術は、あらかじめ作られた計画と、現場の指揮官に任せればいい」


 これには枢機卿達も言い返せない。

 エーリックがどのような男であるか、全員が承知していたはずであるが、皆、彼に対する評価を上方修正するか、あるいは頭がイカレていると考えた。

 神の出現という前代未聞、未曾有の事態に面しても、この男は未だに泰然としているのだ。


「そんなことよりも、この場で議論すべきは、神の就任の儀式についてだろう」

「……ハセガワ卿!? このような時に、予定通り事を進めるというのか!? いくらなんでも……!」


 そう、教会の神は現在空位であり、新たな神を押し立てるのは、まさしく明日を予定していたのだ。

 つまりそれはエーリックが教皇となる日でもある。

 今、そんな事を考えている場合では無いだろう、というのが、反論した枢機卿の意見だった。


 しかしエーリックは、これにも揺るがなかった。


「逆だ。このような時だからこそ、そうせねばならん。

 仮にその、『真の神』とやらが世界の修繕を始めたとしよう。その時、教会に神がおらなんだら、どうなる?

 こちらにも神が居れば、新たな神の恩寵として天災が静まったのだと言い張れるだろう。で、なくばどうなるか、言うまでもないな」

「『真の神』が……奇跡の力を見せつけて、民衆を味方に付けるやも知れぬと言うのですか!」

「そうとも。……いや、もしかしたら、特に打算も無く人を救って回るかも分からんな。結果としてそこに人望が付いてくる。計画的にやられるより、よっぽど手に負えぬわ」


 これにはぐうの音も出ない。と、同時に枢機卿達は己の不明を思い知らされた。

 彼らは皆、『目覚めた神は祭司の一族を率いて教会に戦いを挑む』ものと決めてかかっていた。

 まさかこの状況下でのんきに世界の修繕なんかやっているはずが無いだろう、という固定観念があったのだ。


「それ故に、我らは考えねばならん。奴の動きに先回りできる戦略を、な」


 エーリックはそう言って締めくくる。

 この男が教皇となるのは必然だったのだと、他の枢機卿達は理解した。


 * * *


 枢機卿会議が終わり、皆が退室した後の部屋に、エーリックは独り居残っていた。


「まさか、この私が教皇となる今この時に、146年振りで、真の神が生まれようとはな」


 床から天井まである窓のカーテンを開き、エーリックは外を見る。

 この部屋からは、第三層の大地を見渡せるだけではなく、わずかながら第二層や第一層も見下ろせる。

 エーリックはこの眺めが好きだった。高いところから大地を見下ろして喜ぶなど、子どもか阿呆のすることだと言われそうだが……そして自分でもそう思うが、それでも。枢機卿となってこの部屋から初めて見下ろした景色、その時の胸の高鳴りは忘れない。


 神を失い汚れた大地に、それでも民は力強く栄え……そして、それを統治しているのは教会なのだ。


「来るがいい、哀れにして愚かな人造の神よ……我ら人間の力と奸智、思い知るがいい」

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