エピローグ:暗殺者は誘いに乗る
風を通して地上の様子を伺う。
レールガンは間違いなく、のっぺらぼう魔族の紅い心臓を砕いた。
だからと言って油断はしない。
風の探査魔法の他に土の探査魔法を併用して、徹底的に周囲を探る。
「……問題はないようだな」
間違いなく、あの魔族を倒すことができたと言っていい。
息を吐いて、集中を解く。
念のため、獅子魔族を倒したあとのように、聖域にある魔族像が砕けたかも確認して置かなければ。
万が一にも、一瞬で街一つを地中に引き釣り込む魔族を見逃すわけにはいかない。
そして、困ったことが一つある。
『この力の高まり、……完成してしまったようだな』
氷で固めた水面の下からとんでもない力を感じている。
そいつは翡翠色の発光をしていた。
レールガン発射の直前にそいつが完成した瞬間、少しずつ吸われていた周囲の魂が根こそぎ持っていかれた。
俺自身すら危険を感じたほどだ。魔力で守らなければ、魂をもっていかれただろう。
……そいつの正体は一つしかない。
魔族たちが万を超える人間の魂を材料に作り上げる、魔王復活のキーアイテム、【生命の実】。
あののっぺらぼう魔族は、鎧となる地中竜を破壊され、こいつの完成を放棄して逃げようとした。
しかし、皮肉なことにタルトとディアが足止めしたからこそ【生命の実】が完成してしまった。
「ほんとうに、情報網があってよかったな。あれがなければ、戦うことすらできなかった」
もし、情報網と改良型のハンググライダーがなければ、俺たちが来るまえに【生命の実】が完成して、地中竜は姿を消していただろう。
どれだけ強くなろうと、すみやかに敵を見つける目と耳、間に合うだけの速さの足がなければ意味がない。
……状況次第ではこの魔族に一度も追いつけずに、魔王が復活することすら考えられたのだ。
「【生命の実】をどうするべきか」
そう言いながら魔法を使う。
まず、氷を砕いてから、風の魔法で【生命の実】を水中から取り出し、宙に浮き上がらせる。
それは翡翠色の宝石で、鉱物じみた外見のくせに生物のように脈動している。美しくさと不気味さが同居している。
だが、そんな感想より、もっと先に感じた印象がある。
『うまそうだ』
口元から、ヨダレが溢れる。
どんなご馳走を見たときでも、どれほど飢えていたときだろうと、ここまで食欲を刺激されたことがなかった。
体中の全細胞が、あれを喰らいたいと叫びをあげている。
その衝動を理性を総動員して止める。
……食べるどころか触れるだけでもかなり危険だ。
しかし、感情を支配し、理によって行動する術を身に着けた暗殺者である俺ですら、おかしくさせるほどの何かがあれにはある。
理性を振り切って、手が伸びてしまう。
ナイフを引き抜いて、太ももを刺した。
血が吹き出て、激痛が走り、少しだけ気が紛れた。
だが、長くはもたない。
空中に浮き上がっている【生命の実】を対象にして、土魔術を使う。
周囲をアルミニウム合金で包んでしまう。
不思議と銀を混ぜたアルミニウムには魔力を遮断する効果があるため、魔道具を運ぶときは、これを使う。
分厚く囲むとだいぶ食欲が収まって楽になってきた。
その状態を【鶴皮の袋】に収納する。
そこまでして、ようやく【生命の実】の誘惑が消えた。
「危ない危ない。一歩間違えれば、今頃、【生命の実】は胃袋の中だ」
魔王復活に必要な、万単位の人間の魂を使った代物なんて喰らえば、おそらく俺は破裂するか、化け物に成り下がっていただろう。
……だが、疑問はある。
実は人間の本能というのは、それなりに優秀なのだ。
本能に従っての行動は、倫理観を無視すればおおよそ正しい場合が多い。
食いたいと思うものはたいてい食えてしまう。体が欲するものこそが、本能で食べたいと感じるものだからだ。
俺の本能が、それを求めたのなら、【生命の実】を食べることがプラスになる可能性もあった。
ただ、そんな可能性に賭けるなんて真似はできない。
なにせ、賭けに負ければ死ぬか化け物だ。
冗談ではない。あまりにもリスクが大きすぎる。
また、他人を使った人体実験も難しい。
【生命の実】を与えた瞬間、抑えることができない規格外の化け物になるかもしれない。
そもそも、これの使いみちは多い。調べることで魔族や魔王の生態をより深く知れるだろう。蛇魔族ミーナとの交渉材料にも使うことができる。
あるいは壊してしまうというのもありだ。
いずれにしよ、即断はするべきではなく、現時点で正しいのは持ち帰る……つまり保留のみ。
「まずは上に行こうか」
風がタルトとディアが穴に向かって駆けてきていると教えてくれた。
彼女たちと勝利を喜び合うのが最優先でいい。
とりあえずは、【鶴革の袋】に【生命の実】を封印できたのだから。
◇
地上にあがると、タルトとディアが胸に飛び込んできた。
ディアはともかく、こういうことに照れるタルトが躊躇しなかったのは、【獣化】の副作用だろう。
ふたりとも無傷なようで安心する。
「お疲れ様です。ルーグ様」
「今回は、ほんとうまく作戦がはまったね」
「ああ、全員がきっちり役割を果たしたな。チームとしての勝利だ」
誰か一人でも失敗すれば、終わりという状況で完全に機能した。
俺たちは間違いなく最高のチームだ。
抱き合うことで、お互いの無事を喜び離れる。
すると、ディアが目を細めた。
「……なんか、ちょっと変だよ。ルーグにおかしな魔力が絡みついてる」
「それなんだが、どうやら【生命の実】が完成してしまってな。そいつを回収する際に、いろいろと当てられた」
食べはしなかった。
だが、近くにいただけで、【生命の実】が放つ波動に当てられた。
【鶴革の袋】に入れてからは一切力が漏れ出ていないとはいえ、【鶴革の袋】の中身がどうなっているかは不安だ。
そのリスクはわかっていても、【生命の実】を置き去りにするわけにもいかず、かといって手持ちで運ぶわけにもいかなかった。
「それ、大丈夫なの?」
「この程度なら、放っておけば散る。……とはいえ、二人に何かあったらいけない。しばらく俺から離れたほうがいい。タルト、ディアをおまえのハンググライダーに乗せて、先に帰ってくれ」
そう言うが、二人は離れない。
「ルーグに何かあるかもしれないんだったら、近くにそれをなんとかする人が必要でしょ? 離れられるわけないよ」
「私も一緒にいます。それに、ルーグ様が大丈夫って言ったなら大丈夫です」
「……ありがとな」
一蓮托生。合理的とは言えないが、この二人とならそれもいいかと思える。
「タルト、ディア、離れてくれ」
そんな二人を背後にかばう。
常に用意している探査魔術に反応があったのだ。反応があった方向に体を向け、胸元の銃に手を伸ばす。
「ずっと観客を決め込んで、今更のご登場か……ノイシュ」
俺の友人であり、蛇魔族ミーナの手で、人間を止めてまで力を手に入れた男がそこにいた。
以前出会ったときより、さらに強化されている。
それはより、取り返しがつかなくなっていることにほかならない。
「僕も戦いたかったが、ミーナ様の命令だ」
ミーナ"様"か。
以前は、あくまで対等な関係としてノイシュはミーナと接していた。
それが、様付け。
心まで支配されている。……だが、一応は人類のために戦いたいという意識は残っている。だからこそ、魔族と戦いたかったなんてことが言える。
「そうか。さっさと本題に入ってくれ。今になった出てきたんだ。俺たちに話があるんだろう?」
「ついてきてほしい。ミーナ様が待っている」
そう言ったノイシュが指差した地面から、大蛇が現れる。
ノイシュがその頭の上に乗り、手招きする。ノイシュだけでなく、俺たち三人も頭の上に乗れるふざけたサイズ。
「もし、嫌だと言ったら?」
「僕は君と戦わないといけなくなる」
ノイシュが魔剣を引き抜いた。
……前よりもノイシュが強くなったとはいえ、勝つことはできる。
だが、手加減して勝つのは不可能なぐらいに強化されており、戦えばノイシュを殺してしまうだろう。
俺は彼を友人だと思っている、それは避けたい。
それに、ミーナとは話をしたいと思っていたところだ。
「わかった、行こう。蛇での移動は初めてだ。……タルト、ディア、俺から離れるなよ」
「言われなくても離れないよ。蛇苦手だもん」
「……ちょっと怖いですね」
二人が俺の裾を掴み三人で蛇の頭の上に乗る。
蛇の頭でつるつるすべるかと思ったが、以外にもしっかりとした足場があり、つかみやすい角が何本も生えており、それに掴まった。
全員乗ると、ノイシュが何かを言う。
それは人の言語ではなかった。
大蛇が反応し、馬車など比べ物にならないスピードで発進する。
……おそらく、目的地はミーナの魔族としての拠点。
人の皮をかぶって住んでいる街に、こんな大蛇で乗り付けさせるわけがない。
『ミーナは確実に、地中竜、いやのっぺらぼう魔族の動きを知っていた』
それなのに、あえて俺になんの情報を渡さなかった。
その理由、しっかりと聞かせてもらわなければならない。
状況によっては、ミーナとの協力関係は破綻するだろう。
……そして、そうなった場合、彼女の巣から生きて抜け出すのは苦労しそうだ。今のうちに、その準備もして置こう。
最悪を想定する。それが暗殺者というものなのだから。
今日で五章が終了。次から六章が始まります。
ここまでで「面白い」「続きが読みたい」などと思っていただければ、画面下部から評価していただけるとすごく嬉しいです。
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