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異世界転移で女神様から祝福を! ~いえ、手持ちの異能があるので結構です~ 作者:コーダ

第6章 イズモ和国編

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第96話 追跡と禁忌

一応言っておきますが、失禁ネタは作者の趣味です。

……それ、前書きで堂々と言う事か?

 殺人鬼を追跡しているメイドから提供された情報によると、殺人鬼は首都から見て東側にある村に潜伏しているそうだ。

 しかも厄介なことに、その村唯一の医者として村民から慕われているらしい。もちろん、周囲の村では殺人鬼の被害が出ているのに、その村だけは被害が出ていない。


「何と言うか、殺人鬼が品行方正な医者って言うのもどこかで聞いたような話だよな」


 普段は真面目で品行方正な医者を演じており、村人達は誰も殺人鬼だなんて疑っていないようだ。


「そんな相手を追い立てたら、村人から恨まれないでしょうか……?」

「まあ、恨まれる可能性は十分にあるよな」

「それでも、放って置く訳にもいかないのだぞ。出来れば、討伐してほしいのだぞ。その村だけ無事でも意味がないのだぞ」

「そりゃそうだ」


 殺人鬼の恩恵を受けている村があったとして、それ以上の被害を出している殺人鬼を見逃す理由にはならない。

 村人達には悪いが、平和と聖剣の試し切りのために殺人鬼には滅んでもらう。


 若干、『聖剣の試し切り』と言う点に問題がある気がしないこともないが……。

 ……いや、イズモ和国としては世間を騒がせている殺人鬼が倒れ、俺としては聖剣の力を知ることが出来る。うん、これは良い事だ。良い事。


 そんな風に自己弁護をしながら、潜入メイドが用意した『ポータル』に向けて転移をする。

 アルタ曰く、村の外、隣接エリアに潜入メイドは待機中らしい。


「仁様、お待ちしておりました」


 転移した先にいたメイド(服装は村人っぽい)はそう言って頭を下げた。

 ん?よく見たらこのメイド、ナルンカ王国に先行していた冒険者メイドじゃないか?


A:はい。潜入能力や情報収集能力が高いので重宝しています。


 数多く存在するメイド達の中で、アルタにここまで言わせるということは、本当に優秀なのだろう。名前を覚えておこう。


「追跡ご苦労様。現在の殺人鬼の様子を教えてもらってもいいか?」

「はい。どうやら今から村の外に出かけるようです。恐らく……」

「次の事件を起こそうってつもりか……。いや、むしろ丁度いいのか?この村の中で殺人鬼を追い詰めるよりは、他の村とかで現行犯討伐をした方が説得力とかがあるだろう」


 この村の中で医者でもある殺人鬼を追い詰めると面倒なことになりかねない。

 だったら、他の村で事件を起こす直前に取り押さえるのが1番穏便に済むだろう。その時、襲われた女性には尊い犠牲になってもらおう(怖い思いをするという意味で)。


 よし、まずは恒例のステータスチェックだ。


名前:ジャック

LV49

性別:男

年齢:29

種族:鬼人

スキル:<暗殺術LV6><医術LV5><話術LV4><身体強化LV6>

称号:殺人鬼

装備:魔剣・ユニコーンホーン


 一体どこまで寄せてくれば気が済むんだよ……。と言うか、和風の名前はどうした?


A:和風ではない近隣国の人間とのハーフです。


 そうか。マジでどうでもいい情報だな……。

 とりあえず武器もチェックしておこう。


魔剣・ユニコーンホーン

分類:細剣レイピア生きた武器リビングウエポン、呪い

レア度:秘宝級

備考:自己再生、殺人衝動増加、ユニコーンの加護(女性を殺すたびに攻撃力が増加する(永続)。処女を殺した場合、上昇値増加。処女以外を攻撃する場合、攻撃力増加(攻撃時のみ))


 コメントに困る武器だな……。

 ああ、少なくともこれだけは言っておこう。


 刀じゃないのかよ・・・・・・・・

 和風の国に来て、刀の聖剣を入手して、その相手の魔剣が細剣レイピアとは何事だよ……。そこは刀で揃えておけよ……。


A:申し訳ございません。


 いや、アルタに文句を言うつもりもないけどさ……。

 ただ、なんて言うか、こう、釈然としない……。止め止め、気にしてても仕方がないから、次行こう、次。


 えっと、生きた武器リビングウエポン……。ああ、迷宮で会った魔族ゼルベインも持っていた奴だな。生物としての特性も併せ持つ魔剣か。


A:剣の素材がユニコーンの角です。鉱物ではなく生物の一部故に<聖魔鍛冶>の影響で生きた武器リビングウエポン化したのだと考えられます。


 なるほど……。<聖魔鍛冶>って不思議なスキルだね。

 ちなみにこの世界ではユニコーンは討伐すべき魔獣として扱われている。まあ、ユニコーンの生態を考えれば、魔獣と扱う方がしっくりくるんだけどな。剣の効果もそれっぽいだろ?


 聖剣の初陣として相応しいか?と聞かれると、正直言って微妙である。

 もちろん、倒しておくべき相手だとは思うけど……。


「あれが……、他の……魔剣……。不愉快な……効果です……」


 同じく魔剣のステータスを確認していたミミが呟く。


「それほど頭のおかしい効果じゃあないな。魔剣としてはむしろ普通か?」

「あ……、アレで……ですか……?」

「仁様がお持ちの魔剣をいくつか見せてあげても良いでしょうか?」


 驚くミミを見てマリアがそう提案する。


「その方が手っ取り早いか。わかった許可する」

「はい、ありがとうございます」


 そうして、マリアが取り出した魔剣を見たミミの感想は「うわぁ……」だったとさ。



 ジャックが村を出て、北側にある大きめの町へと馬で向かっていくのを確認する。

 当然、魔剣・ユニコーンホーンを持った状態である。どう考えても人を殺しに行くようにしか見えない。


「いやー、空から追跡すると楽だなー」

「ふふーん、もっと頼ってくれていいのよ!」


 と言う訳で、俺達もブルー達に乗って空からジャックを追いかける。

 最近、ブルー達を飛行用に使っているせいか、『不死者の翼ノスフェラトゥ』の出番が全くないな。短距離をちょっと飛ぶくらいにしか使わなくなったよ。


「私がいるんだから、<飛行>は私に任せてよね!」

「はいはい」


 まるで心を読んだかのように言うブルーに相づちを打つ。


「扱いが適当!」

「余も適当に罵ってほしいのだぞー!」


 とりあえず、変態ドM王女は放って置こう。相手にすると無駄に疲れるからな。


「ブルーちゃん、ご主人さまを乗せられて羨ましいですよー」

「はい、出来れば代わっていただきたいです」

「絶対にダメよ!ご主人様を乗せるのは私の!私だけの仕事なんだから!」


 リーフとミカヅキが羨ましそうに言うが、ブルーは取り付く島もない。


「わかってますよー。ブルーちゃんがどれだけご主人さまに入れ込んでいるかはー」

「ええ、ですから本当にたまにでいいのです。お願いできませんか?」

「そ、それくらいなら……。でも、うーん」


 頭を揺らしながら思いっきり悩んでいるブルー。飛行中にあまり悩まないで欲しいのだが……。


《ドーラもりっこうほするー?》

「や、止めて!ドーラが参戦して来たら、私の立場が危ういから!」


 さすがのブルーもドーラを相手にする自信は無いようだ。

 いや、だからドーラを騎獣にすると虐待にしか見えないんだって……。


「仁様、そろそろ殺人鬼が町に到着するようです」

「普通に入り口から入るんですね……」


 竜人種ドラゴニュート同士のほっこりするやり取りを聞いていると、マリアから報告があった。

 マップを確認してみると、丁度ジャックが町の入り口で手続きをしているところだった。

 殺人鬼のくせに、町に入るのに正規の手続きを踏んでいくのか……。



 町の近くに降り立った俺達もジャックと同じように通行料を払って町へと入っていく。

 一応、補足しておくと、町に入る前に目立たないように着物に着替えて、ブルー達には屋敷に戻ってもらった。


「悪いな。移動するときだけ利用するようで……」

「気にしないでいいのよ。騎獣って言うのはそう言うものでしょ」


 さばさばとした口調でブルーが手を振る。

 ミカヅキ、リーフも頷きながらそれを肯定する。


「そーですよー。ご主人さまの役に立ててうれしいのですよー」

「皆、同じ気持ちですので、これからも移動の際には是非私達をお呼びください」

「ああ、なら遠慮なくそうさせてもらうよ」


 ブルー達が帰る前のやり取りの一部だが、どうやら騎獣的には『ちょっとした用事で使われる』と言うのは全然有りな様子。

 『俺の旅に同行したい』よりも『俺の役に立ちたい』の方が上と言う事らしい。

 ご主人様冥利に尽きるというものだ。メイド?……あれは完全に俺の手を離れているだろ?迂闊に発言すると、どこまでやってしまうのか予想も出来ないし……。


A:何でもやります。どこまででもやります。


 …………。


 さて、そんなこんなで殺人鬼ジャックと同じ町に入った俺達だが、1つ予想外の出来事が起こった。

 それは、ジャックの奴が宿で普通に休みを取っているのだ。

 どうやら、日中から通り魔殺人を犯すつもりは無いようである。トオル曰く、今までの殺人も深夜帯、もしくは雨天時にしか行われていなかったというのだ。

 考えてみればある意味当然なのだが、俺はあえてこう言いたい。早よ言えや。


「ごめんなのだぞー!」


 しかし、天は俺に味方した(大体いつも味方)。

 ジャックと俺達が町に入ってから2時間。俺達が昼食の天ぷらそばを食べ終わった頃、何と雨が降ってきたのだ。まさしく恵みの雨である(長時間の待機をしなくていいので)。


 それからしばらくして、思っていた通りにジャックは町へと繰り出していった。

 もちろん、その手には『魔剣・ユニコーンホーン』を持っている。

 ついでに言うと、鼠色のローブを着こんで、顔が見えないようにしている。


 ジャックが向かったのはどうやら歓楽街のようだ。と言っても和風の国なので、吉原的なアレであるのだが……。

 若干方向性が違うとはいえ、そんな部分までジャックさんにならなくてもいいんだよ?


 雨天につき人通りは少ないものの、歓楽街故に人気が全くないと言う訳でもない。

 そんな中、20くらいの女性が和傘を差しながら、人気のない裏路地を通って近道をしようとする。

 我らがジャックさんはそんな女性に気付くと、同じように裏路地に入る。

 その瞬間、常人では考えられない程の脚力を持って、『魔剣・ユニコーンホーン』を腰だめに構えた状態で一気に女性へと接近する。


「きゃ、きゃあああああああああああ!!!!!!」


 女性は足音に気付いて振り返り、その姿を確認すると大きな悲鳴を上げた。

 その声を聞き、ジャックは愉快そうに口元を歪める。

 その剣先が女性の腹部数cmにまで迫ったところで……。


「はい。そこまで」


-バキン!-


 垂直に振り下ろされた『聖剣・メサイア』が、『魔剣・ユニコーンホーン』の刀身を半ばからへし折った。

 なんてことはない、近距離転移魔法の『ワープ』で接近しただけだ。


「ぐああああああああああ!!!」


 持ち主には攻撃を一切加えていないのに、ジャックの方が大きな悲鳴を上げる。


A:魔剣に侵食されており、魔剣側からのフィードバックがあるようです。


 ああ、そう言えば効果に『殺人衝動増加』って言うのがあったな。精神に影響を及ぼす魔剣ならそんなことが起こっても不思議じゃあないか。


「な、なんなの?これ……?何が起きているの……?」


 殺されるところだった女性は腰が抜けたようで、その場にへたり込んでいる。良かったね。雨だから目立たないよ。


「あいつ巷を賑わす殺人鬼、お姉さんその被害者候補。おーけー?」

「ひっ!?あ、あれが噂の……」


 へたり込んだまま後退ろうとする女性だが、力が入らずにジタバタしている。

 うーむ、殺人未遂の決定的現場を押さえるためとはいえ、助けに入るのがちょっとギリギリすぎただろうか?


「このまま取り押さえるから、出来れば衛兵なりなんなりを呼んできて欲しいんだけど?」

「む、無理よ……。立ち上がれないわ」

「まあ、そうだろうなー。仕方ない、そこで大人しくしていてくれるかな?」

「わ、わかったわ」


 そう言うと女性は這いずりながら裏道の端の方に寄っていった。

 女性と話している間に殺人鬼の方も少し落ち着いた(?)みたいだな。


「キ、キさマ……、よクもこノオレをキずつケテくれタな……」


 血走った目で俺のことを睨み付けながら、ジャックはそう言った………………え、なんだって?もっかい言って?

 声がくぐもっていて、イントネーションもおかしいので滅茶苦茶聞き取りにくい。


A:「貴様、よくもこの俺を傷つけてくれたな」だそうです。


 ああ、そうなのか。アルタ、翻訳ありがとう。引き続き頼む。


A:お任せください。


 そう言えば、『この俺』って言っていたけど、何で魔剣目線なんだ?

 もしかして、魔剣の侵食が進んで意識を魔剣に乗っ取られているとか?


A:若干違います。魔剣の意識とジャックの意識が混ざり合った状態になっています。


 それは元に戻るのか?後、ジャックは魔剣の被害者なのか?


A:どちらの問いも『いいえ』です。どうやら、かなり親和性が高いようで、かなり深いレベルで融合しています。そして、ジャックの同意がなければ、ここまでの親和性は発揮されません。


 この結果はジャック自身が望んだものでもあると言う事か。なら、遠慮はいらないな。


許さないユるさナイ絶対に許さないゼっタいにユるサナい必ず殺してやるかナラずコろしテヤる!」


 リアルタイム翻訳か。マジで助かる。

 ん?よく見ると折れた魔剣の切断面から、黒い瘴気のようなものが噴出しているな。それと同時に殺人鬼ジャックの方が少し老けたような気が……。


A:能力の自己再生が発動しているようです。持ち主の生気を吸収して魔剣が再生します。


 ふむ、確かにさっき折ったはずの刀身が少し伸びているな。


殺すコロす殺すコロす殺すコロす殺すコロす殺すコロす殺すコロす殺すコロす殺すコロす殺すコロす殺すコロす殺すコロす殺すコロす殺すコロす殺すコロす殺すコロす殺すコロす殺すコロす殺すコロす殺すコロすぐぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎ!!!」


 殺意に満ちた目で俺を睨み付けながら呟いていたジャックが急に高笑い?のようなものを上げた。あ、壊れた。……元からか。

 ジャックが本格的に壊れ始めたのと同時に、魔剣から溢れていた黒い靄のような瘴気が爆発的に膨れ上がり、ジャックの身体を全て覆った。


「ぐぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ」

「何よ!何なのよー!」


 後ろで見ていた女性が泣き叫ぶ。

 マップのおかげでわかるのだが、今ジャックの奴は魔剣との融合がさらに進み、人の姿を捨てた化け物へと変化している最中だ。


 ヤバい。これはヤバい。落ち着け、俺。ダメだ……。ダメだ……。ああ……。


「破魔一閃!!!」


-ズバン!-


「ぎゃぎゃ……ぎゃ……!?」


 次の瞬間、俺は鞘から聖剣を抜き放ち、頭に浮かんだ技名を叫びながらジャックにまとわりつく瘴気を切り裂いていた。

 聖剣の持つ『瘴気除去』の影響だろう。聖剣に触れた全ての瘴気はその場で雲散霧消し、後に残されたのは力を失って倒れているジャックだけだった。


 やってしまった……。

 つい、我慢が出来ずに『変身中の敵に攻撃を仕掛ける』と言う禁忌を犯してしまった。


 本当はお約束に則り、変身が終わるまで待とうとしたんだ。

 しかし、ジャックはあまりにも隙だらけ過ぎた。以前、始祖神竜エルが<変化へんげ>を使った時は、時間稼ぎをしつつ俺から距離を取り、ある程度の安全を確保したうえで<変化へんげ>を使った。

 それならば俺も『攻撃する余裕がないから敵の変身を許してしまった』という言い訳が出来たのだ。


L:妾が<変化へんげ>出来たのはますたーの主義のおかげじゃったのか……。


 エルが疲れたような声(念話)を出す。

 そうだな。ちょっと頑張れば、『ファイアボール』の10や100発は当てられたと思う。


L:それをされると妾、跡形も残らないのじゃ……。


 いやー、流石に跡形くらいは残るんじゃないか?完全耐性もあるし……。

 ところでアルタ、エルが勝手に話しているけどいいのか?


L:な、何故そこで余計な事を言うのじゃ!?また、アレ・・をされてしまうのじゃ!

A:構いません。エルの話題が出ていましたし、タイミング的にもマスターを不快にさせる可能性がかなり低いと判断いたしました。


 なるほど、アルタの判断基準はそこにあるのか。

 ところで、エルが慌てていた時に言ったアレ・・って何の事だ?


L:い、言えないのじゃ……。

A:平たく言えば調教です。常識も知らない、疑似人格の流儀も知らない、無知で愚かな野良ドラゴンを躾けています。

L:言われてしもうた……。うう、その通りなのじゃ……。妾は無知で愚かな野良ドラゴンなのじゃ……。

A:それで良いのです。


 アルタさんが全く容赦ないです。

 エルの姿が見える訳じゃないけど、俺のイメージの中では、エルは四つん這いになってアルタの椅子をやっている。

 やはり、完全な上下関係が構築されているらしい。


 閑話休題。


 さて、話を戻そう。

 エルですら<変化へんげ>の際には時間稼ぎをしたのに(L:その扱いは酷いのじゃ)、今回のジャックは時間稼ぎの1つもしていない。ただ、(触れると危なそうな)瘴気で身体中を覆っていただけだ。それだけで何とかなると思ってしまったのだろうか?

 ジャックは知らないかもしれないが、俺の手には何がある?そう、瘴気を払う聖剣だ。瘴気を盾にするというのは悪手以外の何物でもない。


A:補足すると、あの瘴気は触れるだけで普通の人間ならば精神に異常をきたします。もちろん、マスターには無効になります。通常ならば、それなりの盾になったと思われます。


 要するに瘴気による守りを過信していたか、そんな事にも気が回らなくなるくらいにぶっ壊れていたかのどちらかだろう。


 俺は求道者や格闘家ではないので、『相手が強くなるのを待ってから倒す』なんて面倒なことはしない。変身を待つのは『お約束』だからだ。そして、言い訳ができるとき限定だ。

 目の前に動かない敵がいて、その敵がある種の弱点をオープンにしていて、自分の手には超絶相性の良い武器があるというのに、『攻撃しない』ための言い訳が出てくる訳はないだろう。故に『攻撃したい』という欲求を抑えきれなかったのだ。


「……まあ、変身させて余計な被害を出させるよりはマシだよな」


 裏路地はあまり広くないし、変身させたら不要な被害を出していた可能性もある。お約束を守って被害を増やす方が馬鹿のすることだろう(割とそういう話をよく聞くが)。


 ちなみに、倒れている変身途中のジャックを見ると、剣が身体のあちこちから生えてきており、まるでハリネズミのような姿になっていた。これが暴れたら被害増えそう……。

 なお、先程の斬撃で魔剣本体もついでに断ち切られていたようだ。魔剣も今度は完全に死んだようで(死んだ生きた武器リビングウエポン再び)、再生をする様子は見られない。

 呆気ない幕切れだが、所詮は女性を狙う事しか出来ない小物。まあ、こんなものだろう。



「仁様、お疲れ様です」

「仁君、お疲れ様です……」


 戦闘が終わったのを確認して、雨傘を差したマリアグループとさくらグループが近づいてきた。


 ジャック戦の最中、マリア達が何をしていたか。一言で言えばバリケードである。

 裏路地に余計な一般人が入ってこないように、マリアとミミ、さくらとドーラとトオルの2組に分かれて路地を通せん坊していたのだ。

 マリアは<結界術>で物理的に道を通れなくして、トオルは貴族の坊ちゃん然とした態度で路地を塞いで心理的に道を通れなくしていた。……意外と面白いこと考えるな、アイツ。


《ごしゅじんさまのかちー!》


 ドーラが走り寄ってきて抱き着いてきたので、そのまま持ち上げて肩車をする。


「素晴らしい……斬撃です……。聖剣も……本望でしょう……。羨ましい……」


 ミミが恍惚とした表情で言う。

 それにしても、振るわれることの何が羨ましいというのだろうか?


A:マスターに使われていることです。マスターの役に立っていることです。マスターの身体に触れていることです。


 ……忘れかけていたけど、コイツも既にガチな信者化しているんだよな。

 マップの表示も真っ黄色しんじゃだし……。


「結局、2回しか使っていないけどな」

「それだけで……十分です……。その2回だけで……、私の人生が……報われた気がします……」

「そ、そうか……」


 流石にそれは言いすぎだと思う。

 ガチな信者さんの考えることはわかりません。あ、横にいるマリアも含めてね。


「あ、貴方達は一体……?」


 渦中の人物のはずなのに、今まで蚊帳の外に置かれていた女性が、正気を取り戻して俺達に尋ねてきた。


-チッ-


 女性の方に顔を向けたところで、ミミの方から舌打ちが聞こえてきた。

 そのままミミの方に顔を戻すと……。


「何でも……ありません……」


 ミミは何事もなかったかのように笑顔を向けてくる。


A:『自分が仁様とお話をしている時に横から入ってくるな』だそうです。


 ……どうやら、ミミはガチな信者の中でも、特にガチな方のようだ。

 ミミの頭をポンポンと撫でてから女性の方に向き直る。向き直る直前に見えたミミの表情は蕩け過ぎてかなりヤバかったです、はい。


「俺達は通りすがりの冒険者だよ。巷を騒がす殺人鬼が雨の日に活動をするって聞いていたから見回っていたら、丁度お姉さんが殺されかけているところに出くわしたんだ」


 はい。これが今回の言い訳です。

 一応、筋が通っていないこともないだろう。もちろん、アリバイ的なモノを確認されると簡単にボロが出るんだけどね。


「そ、そうなの。……あ、助けてもらっておいて、お礼がまだだったわね。私の名前はミユキ。近くの歓楽街で働いているわ。助けてくれてどうもありがとう。貴方は私の命の恩人よ」


 そう言って女性、改めミユキは頭を下げた。


「ところで、その殺人鬼は殺したの?まだ生きているのなら、縛り上げた方が良いと思うのだけど……」


 若干怯えたような目をしながら、倒れ伏すジャックを指さす。

 殺されかけた恐怖はそう簡単には抜けないようだ。


「一応、生きてはいるけど、当分は目を覚まさないと思うぞ。そうだな、トオル、衛兵を呼んできてもらえるか?マリア、殺人鬼の奴を縛っておいてくれ」

「わかったのだぞ」

「はい。わかりました」


 俺が指示をすると、2人は言われたとおりに動き出した。

 なお、ジャックを縛る際に、ジャックの身体から生えた剣をマリアが斬り落としていた。確かにあんなんが生えていたら縛りにくいことこの上ないもんな。


「手際がいいのね。そう言えば、命の恩人さん、貴方の名前を教えて欲しいのだけど、構わないかしら?」


 さて、ここで本名を名乗っても良いものかどうか……。

 一応、今もハンナは馬車を追跡しているみたいだし、あまりあちこちに出没すると、転移魔法を気取られる可能性がある(かなり今更な感想)。

 殺人鬼を衛兵に突き出したらこの街を離れるんだし、1回名乗るくらいなら問題ないかな。


「ああ、俺の名前は仁だ。横にいるのは……」

「あ、他の子はいいわ。私が知りたかったのは、ジンの名前だけだから」


 あっさりと言うミユキ。

 名乗らなくていいというのならこちらとしても有難いのだが……。


「そうだわ。ジンにはお礼がしたいから、明日にでもウチのお店に来てくれないかしら?はい、コレ名刺。来てくれたら精一杯のサービスをするわよ、私、これでも店の1番人気なんだからね」


 そう言って色っぽくしなを作りながら名刺を手渡してくるミユキ。どう見ても風俗店の名刺である。

 周りに女性がいる状況で渡すようなものでもないだろうに……。


「………………仁様を誑かす害虫が」

「かひゅっ!」


 そう呟いたマリアから、圧倒的な殺気がほとばしる。

 マリアの殺気はその全てがミユキに向けられており、その直撃を受けたミユキの口からは空気の漏れる音だけがした。


「仁様は偉大なお方です。貴女のような方が誘惑していい存在ではありません。もちろん、仁様も若い男性ですから、性欲だってあるのは当然です」

「くひゅっ……」


 ミユキは崩れ落ちて喉を押さえている。

 どうやら、恐怖のあまり呼吸困難に陥ってしまったようだ。


「ですが仁様の寵愛を受けるにもそれに相応しい格が必要になります。貴女にそれがありますか?全てを投げうって仁様に捧げるというのならまだしも、あくまでも客の1人としてサービスなどと言う貴女には、仁様の寵愛に相応しいとは思えません」

「けひゅっ……」

「マリア、ストップストップ」


 ボケっと見ている場合じゃなかった。

 マリアを止めないとミユキが窒息死する。折角助けた(囮として使ったことは棚に上げる)のに、マリアが殺してどうするというのだ。


「申し訳ありません。つい取り乱してしまいました」

「かふっ!ぜえ、ぜえ、ぜえ……」


 一瞬でマリアの殺気が消え、ミユキも呼吸を取り戻す。

 有体に言ってミユキは酷い有様だったので、『清浄クリーン』の魔法を発動した。呼吸困難に陥った人間と言うのは色々あるのです。


「先程のお話は理解していただけましたか?」

「は、はい……」


 何とか正気おちつきを取り戻したミユキの前にマリアが近づいて問う。

 ミユキはマリアが近づいただけで「ひっ!」と小さな悲鳴を上げるようになっていた。

 完全にトラウマになっていますね……。


「お礼と言うのなら、何か別の物にしてください。わかりましたか?」

「は、はい!もちろんです!」


 蛇に睨まれた蛙と言うのはこういうのを言うのだろうか?

 それから衛兵が来るまでの数分間、ミユキは裏道の隅で小さくなって震え続けていた。



 その後、トオルの連れてきた衛兵が殺人鬼ジャックを逮捕し、俺達も事情の説明をしに詰所まで向かった。

 怯え切ったミユキを見て、衛兵達は殺人鬼に対する恐怖だと勘違いしていた。……すまん、ミユキの恐怖の対象、ウチのマリアなんだわ。


 それはさておき、どうやらジャックは以前もこの町で殺人を犯していたようで、その時の関係者の証言からジャックが殺人鬼であるとの証明が早々になされた。

 そのおかげで俺達の拘束時間も非常に短く済み、無事に報奨金を貰うことが出来た。

 なお、魔剣の残骸については捜査資料と言う事もあり、衛兵の方が預かることになった。


 ジャックは近隣の村の医者と言う事もあり、少なからず知っている者もいたようで、それなりの騒ぎにはなりそうだ。

 村の人間に恨まれるのも面倒だし、衛兵達には名前を公表しないことを約束させた。

 まあ、どれだけ効果があるのかはわからないが、念のためと言う奴だ。


 衛兵への説明が終わり詰所から出た後、お礼をしたいというミユキの申し出を断って、首都へと戻ることにした。

 いや、あんな恐怖に引きつって泣きそうな顔でお礼とか言われても、素直に受け取れないって……。


マリアの地雷を踏み抜くミユキさん(単発キャラ)。

マリアの方が処女厨でした。でも対象が仁と言う不思議……。

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