第91話 戦争準備とうどん
悪いとは思っています。
エルディア軍を壊滅させた次の日、俺とマリアはサクヤの依頼によってカスタール王城で行われる、エルディア王国との戦争に関する会議に参加することになった。
正体を隠すため、サクヤに貰った『
最初はギョッとした顔をするのだが、出席者の多くは直後に納得したような顔をする。
正直な話、俺が会議に参加する意味があるのかはわからない。既に1時間以上会議をしているが、その間1度も喋っていないからな。
ああ、この1時間で話したことをまとめると大体こんな感じだ。
サクヤ:エルディアから宣戦布告された(書状はまだない)。
サクヤ:宣戦布告到着前に攻めてきた軍は勇者を含めて壊滅させた。
サクヤ:リラルカに被害が出て、掟破りまでされた以上、攻め入らない理由が無い。
参加者:話の内容が信じられない。
サクヤ:仮面の女王騎士が全てやった。
参加者:納得。
参加者:攻め入るとは言うが、勇者に勝てる見込みはあるのか?
サクヤ:仮面の女王騎士がやってくれる。
大臣:納得。←今ここ。
理由はわからないのだが、『仮面の女王騎士』と言うのが殺し文句にされていた。
それで納得してしまう参加者の方に苦言を呈したい。……それでいいのか?国家運営?
A:『仮面の女王騎士』がマスターであることをほとんどの参加者は理解しています。カスタール立て直しの際にさんざんサクヤを手助けしていましたので。当然、その理不尽さも理解しており、ある種の説得力が発生しているようです。
解せぬ。折角正体を隠しているのに……。
A:サクヤが『
正体は隠せていても、心当たりまでは隠せないと言う訳か。サクヤも詰めが甘いな。
後でお仕置きのお尻ペンペンかな?いや、これはカスタールで堂々と活動してきたことに対するツケと言うべきだろうか。でも、お尻ペンペンだけはしておこう。
「ぴっ!?」
「どうしましたかな?サクヤ女王?」
「な、何でもないのじゃ……」
俺の顔を見たサクヤが不思議な悲鳴を上げる。
人の顔を見て悲鳴を上げるとか、失礼な奴だな。よし、『お尻ペンペン』を『お尻ペンペン(強め)』に変更しよう。
「そうですか。……それでは、ジーン殿が手伝ってくれるので、冒険者の参加者を募らず、騎士団のみの参加で良いというのですな?」
会議に参加している大臣の1人が、それまでの話をまとめるように言う。
「う、うむ、その通りじゃ。裏切る可能性のある冒険者よりも、ジーン1人の方が余程攻めには向いておるじゃろうな。本来ならば、騎士団の参加すら必要ないかもしれぬ」
「それは、私達騎士団の事を侮り過ぎではないですか?」
サクヤの補足に対し、女王騎士団騎士団長のゴルドが眉を顰める。
今のサクヤの発言は、騎士団が足手まといと言っているようなものだからな。
ちなみにこの団長、以前会った時からレベルが5も上がっており、90レベルの大台に突入している。俺が言うのも何だけど、随分と人間辞めているよね。
「じゃが、お主もジーンの力は理解しておるであろう?そして、騎士団だけでは勇者を擁するエルディア軍を抑えることも出来ぬということも」
「確かに、女王陛下の言う通り、彼の実力は私達も知るところです。勇者を相手に戦争する事になれば、騎士団であろうとも勝ち目がないというのも事実でしょうな。ですが、私達は国と民を守る騎士団です。国の命運を左右する戦いに赴かない訳にはいきません」
「それはわかっておるのじゃ。じゃが、それ程の人数はいらぬ。騎士団が行うのはジーンの補佐じゃ。戦闘に関しては全てジーンが行うので、戦後処理などを騎士団が担当することになるのじゃよ。ジーンは戦後処理などに関しては門外漢じゃからな」
サクヤの言い方だと、俺が暴れることしかできない脳筋野郎に聞こえるんだが……。
まあ、戦後処理とかよくわからんのも事実だが。多分、俺1人だったらアドバンス商会任せになるんだろうな。……やっぱり暴れることしかしてないような気がする。
「なるほど、彼のように訓練を受けていない者を指揮系統に入れても混乱するだけでしょうな。それならいっそ役割を完全に分けてしまえ、と言うことですか。それならば確かに騎士団全軍で行く必要はないでしょうな」
「うむ、そして残りの騎士団は、ジーンが攻めている間の守りを固めて欲しいのじゃよ。勇者は1人でも脅威じゃ。万が一、勇者を擁する遊撃部隊でも攻めてきたときには、それだけで王都が壊滅しかねぬのじゃからな」
「そうですな。人員の配置には特に気を使わねばならないでしょう」
え?ゴルド団長も重々しく頷いているけど、勇者ってそんなに強いっけ?
A:社会的にはそれ程の強者として扱われています。
へー。でもステータスを見る限り、ゴルド団長の方が遥かに強いんだけどね。
まあ、カスタールの王都にはウチの屋敷もあるし、戦闘要員も少なくないから防衛に不足はないだろうね。
「それで、出兵するのはいつ頃になる予定でしょうか?」
「そうですな。それぞれ、準備もあるでしょうからな。ただ、今から準備を始めるとなると、エルディアに入るのは早くとも1週間後と言ったところでしょうな」
話が一段落着いたことで、次の話題になったのは出発の日程だ。
「準備が出来次第出発することになる。ああ、日程に関しては心配することはないぞ。その点もジーンに手伝いを頼んでおるのじゃ」
「またジーン殿か……」
サクヤの発言に対して、大臣の誰かが呟いた。
今回の件でエルディアに対しては堪忍袋の緒が切れた。だから、悪いけど全力で行かせてもらうつもりだ。
この国の中ではあまり意味がないけど、対外的には正体を隠しているし、ちょっと自重を忘れてみようと思う。ちょっとだけね。
「ジーンから、
「な、なんと……」
この
<始祖竜術>には、魔石からドラゴンを復活させて支配すると言う能力がある。
つい最近、
同行する騎士達には
さくらに魔法を創って貰って、大量の騎士を一気に転移させるというのも考えた。
しかし、万が一にもさくらの異能がバレると困るので、次善の策として
少々やり過ぎな気もするが、さくらの魔法よりはマシだろう。
「
ここでカスタール女王国とエルディア王国の地理について軽く説明しよう。
まず、カスタールから見て西側にエルディアがある。単純な距離だけで見れば、実はカスタールとエルディアの王都はそれほど離れていないのだ。
しかし、この間にはガラン山脈と言う巨大な山脈があり、生息する魔物も強力で、道も険しく人が通れるような環境ではなく、直接行き来するのは非常に困難なのである。
リラルカの街はカスタールから見て北西方向にあり、ガラン山脈を迂回するような経路となっている。
故に勇者を含むエルディア軍もリラルカ経由でエルディアに攻めてきたのだ。
そして、サクヤの言う通り、余計な犠牲が出ないというのも大きな利点だろう。
俺としてはエルディアのトップと勇者さえ潰せれば、一般市民はどうでもいいからな。
「じょ、女王陛下は、エルディア王国を滅ぼすおつもりなのですか……?」
大臣の1人がそんなことを呟く。何を今更……。
しかし、他の参加者たちも同様に困惑した様子だ。
「うむ、当然じゃ。相手は勇者を戦争に駆り出した。つまり、引く気は無いということじゃ。勇者を出して戦争に負けた、手を引いたとなれば、権威の失墜どころの話ではないからの。落としどころを探ることなどできまい」
「な、なるほど……」
自信満々に尤もらしいことを言うサクヤだが、昨日はエルディアを滅ぼすことに消極的な態度だったじゃないか。ああ、臣下の前でそんな態度は見せられないか。
「ですが、勇者を害してしまえば魔族との戦線に影響が……」
「安心するのじゃ。今、エルディアに協力している勇者は約200人、全体から見れば少なくはないが多くもない。それに隣国との戦争に躊躇なく参加してくるような勇者ならば、いてもいなくても変わらんじゃろう?」
「ど、何処からそのような情報を!?」
エルディアの勇者事情はアルタによって調べられたので、大臣達も知らなかった様子。
「ジーン関係じゃな」
「またジーン殿ですか……。もう何でもアリだな、はあ……」
数多くの参加者達が深いため息をつく。
アルタがやった事なので、
「エルディア王国の今後についても草案がいくつかあるのじゃ。今から、その辺りの話をしようと思う」
そう言ってサクヤは『エルディア王国を滅ぼした後』について説明していく。
正直、あまり興味がない内容なので、軽く聞き流すとしよう。仮面をつけているので、ぼーっとしていても気付かれ難いからな。
結局、会議が終了したのは正午を過ぎた後の事だった。
結構長引いたな。途中から話を聞いていなかった俺の言うことでもないけど……。
会議が終了した後、参加者達はそれぞれ慌ただしく会議場を出て行った。色々とやることが多いのだろうな。
特に忙しそうなのはゴルド団長だ。
ああ、補足しておくと俺の用意した
「これから3日間は自由時間だ。3日後、本格的にエルディアを攻めることになる」
「少し間が空くのですわね?」
カスタールの屋敷に戻った俺は、広間でメンバーに会議のあらましを伝えた。
この3日間は戦争の(後片付けの)準備と、
計算上、3日間訓練したとしても、陸路を進む何倍も速くエルディアに進軍できるからな。
「
「あ、ご主人様、戦時中なのに普通に観光するんだ……」
「肝が太いというか、ご主人様らしいですわね」
俺の発言にミオとセラが苦笑する。
アルタに頼んで、街レベルの警戒は続けてもらっている。万が一、勇者やエルディア軍が攻めてきた時、対処できるようにな。
しかし、そのためだけに俺達がカスタールに缶詰めになる必要もない。
3日間と言うのも微妙に半端ではあるが、折角空き時間が出来たのだから、観光の1つでもしたいと考えている。
釣りでもしながらのんびりするのも、有りと言えば有りなんだけどね……。
「仁君、折角なのでイズモ和国に行きませんか……?丁度、戦争のせいでイズモ和国行きが中断されてしまいましたから……」
「あっ!さくら様、それナイスアイデアです!ご主人様、折角の空き時間だからイズモ和国でのんびり日本文化を楽しみましょう?」
「それもいいな……」
さくらとミオはイズモ和国に行きたいようだ。もちろん、俺も否はない。
時間に余裕がある訳ではないけど、3日(今が昼すぎだから実質2日半)あれば多少の観光くらいならできるだろう。
「日本文化、仁様達の故郷の文化ですよね。凄く、楽しみです」
《おいしいものあるかなー?》
「私もそれが気になりますわね」
マリアは俺に関する文化という意味で、ドーラとセラは食べ物という意味でイズモ和国が楽しみなようだ。
「イズモ和国の『ポータル』は首都から少し離れた場所に設置したし、そこから馬車で街に向かえば、10分以内で着くだろう。もうお昼時だけど、少し我慢してイズモ和国で昼食を取ろうと思う」
少し補足をすると、俺達がイズモ和国に行けるようになったのは、『
しかし、そこで問題となるのは『竜の門』の設置場所である。
驚くべきことに、『竜の門』はイズモ和国の首都に繋がっていたのである。
幸いなことに人気は少なかったし、<無属性魔法>の『
さすがに『ポータル』を人気のある場所に設置するわけにもいかない。
仕方がないから、一旦首都を出て少し離れた場所に『ポータル』を設置したのだ。
そこから馬車に乗れば、パッと見は普通の旅人にしか見えないだろう。
「やったー!早速和食が食べられるー!これでまたレパートリーが増えるわね」
「味見は任せてほしいですわ!」
《ドーラも食べるー!》
あまり人の事は言えないが、欲望に忠実な連中だな……。
うん、全く人の事は言えないよね。
「仁様、馬車での移動と言うことは、御者としてアーシャも連れて行くのでしょうか?」
「マリアの言う通り、御者はアーシャに任せよう。彼女が一番馬の扱いが上手だからな」
「馬に乗るのが上手いってことね!」
「人が言わないように気を付けていたというのに……」
「え、マジで?」
しかし、ミオが言ってしまったので台無しになった。
ミオとは下らない部分で気が合うんだよなー……。
「じゃあ、そろそろ観光の準備を……」
「主様、馬車の準備が整っております」
話が終わったので、イズモ和国観光の準備をしようとしたら、広間に入ってきたメイド長のルセアがそんなことを言った。今、話が終わったばかりなのだが……。
「早いな……」
「主様をお待たせするわけにはいきませんから」
迷いなき瞳でそんなことを言われても、正直困るのだが……。
と言うか、メイド達は俺に何もさせたくないのか?俺が屋敷の中で何かをしようとすると、すぐにメイドがやって来てその作業を勝手に進めてしまうのだ。当然、俺よりも上手に……。
A:マスターが自身の趣味、望みだけに没頭できるようにとの配慮です。
それは過保護……という言葉だけで済ませていいのか、判断に迷うところだな。
それを完全に受け入れると、ダメ人間一直線じゃないか?今でも、少々危ないと思っているのに……。
A:明確に拒絶すれば、メイド達に拒否権はありません。
それもそうか。よし、度を越えたら手伝いを拒否しよう。
「すでに馬車はイズモ和国の方に転送させております。同じく、アーシャも転移済みです。後は主様達が転移すればすぐにでも出発できる状態にしておきました」
「お、おう……」
至れり尽くせりの度合いが尋常ではないな。
既に度を越しているような気がするのは、きっと気のせい……だよね?
ルセアに案内されるまま、俺達は『ポータル』でイズモ和国へと転移した。
「さて、じゃあアーシャ、馬車の御者は任せたぞ」
「うん、わかったよ。首都に向かえばいいんだよね?」
「ああ、そうだ」
「了解」
俺達が馬車に乗ったのを確認すると、御者のアーシャが馬車を走らせた。
御者とアーシャと馬車って語感が似ているよね。
アーシャが馬車を走らせてから10分もしない内にイズモ和国首都へと到着した。
ちなみにアーシャの奴、地味に従魔を増やしつつあるらしい。流石、<魔物調教>を専門としているAランク冒険者なだけはあるな。
今も御者をしているアーシャの隣には、テイムしたであろう1匹のスライムがたたずんでいる。……何でスライム?
A:タモさんと模擬戦をした結果、アーシャはタモさんの事を『理想の魔物』と考えるようになりました。そのため、まずはスライムをテイムして育てることに決めたようです。
タモさんの影響力、パネぇ。
まあ、今もタモさんはこの馬車に乗っているんですけどね。
ほら、天井付近に張り付いているでしょ。あれ、俺達の視界に入らないように気を使ってくれているんだよ。
さて、イズモ和国の話に戻そう。
イズモ和国の首都の名前は『エンド』。
江戸から取っているのだろうか?それとも
どちらにせよ、中々に洒落ている。そして、完全に日本人の発想だわ。
マップ上で見る限りでも、色々と面白そうなものが盛り沢山だ。
エンドはまさしく俺達がイメージする『城下町』そのままだった。
水の張られた巨大な掘りで周囲を囲まれており、いくつかの橋が交通を支えている。
町の中心は坂になっており、その頂にはこれまた立派な日本風の城が建っている。
堀の周囲にも中心部程ではないが、いくつもの集落があり、活気付いているようだ。
それらの集落は田畑とセットになっている。恐らく、この集落や田畑が食料事情を支えているのだろう。堀の中心部にはあまり田畑が見られないからな。
門がある訳ではないが橋には関所があり、首都に入るには関所で手続きをしなければいけないようだ。
「よお、アンタら外国から来たのかい?」
アーシャが馬車を関所に近づけると、関所で受付けをしている男が話しかけてきた。
男はがっしりした体格で和服を着こんでいる。そして、金髪碧眼である。
そう、このイズモ和国はほぼ全て和風のくせに、人種だけは日本人らしくないのだ。むしろ、黒髪黒目を全くと言っていいほど見かけない。
そしてもう1つ目を引くのが、男の額にある小さな1本の角である。そう、この男は鬼人種なのである。
鬼人種とは、パッと見は人間とそう変わらないが、額などの頭部に角を持った鬼の種族である。身体能力は人間を凌駕するものの、魔法の扱いが苦手な脳筋種族である。
ちなみに、イズモ和国はその人口の約半数を鬼人種が占めている脳筋国家でもある。
「うん、そうだよ」
「ほお、そいつは遠路はるばるご苦労なことだ。1番近い国でも数カ月の海の旅だろ?物好きだねぇ」
実はイズモ和国は島国なのです。……いや、十分に予想は出来たと思うけど。
昔の日本のように鎖国をしているわけではないが、交通の便が良くないイズモ和国に向かう船もあまりなく、滅多に人が入ってくることもない。
故に和服だらけのこの国で、洋服に近い服装をしているとひたすらに目立つ。
「まあね。それで、7人分の手形を発行してほしいんだけどいいかな?」
「おう、7人分だな。ちょっと待ってろ」
そう言って受付の男は7枚の木札を用意した。これがこの国、町の通行証だ。
「1枚2000円だから1万4000円だな。外国人ならゴールド支払いでも構わないぞ。レートは1ゴールド1円だからな」
「レートが同じなら、通貨を共通にした方が良いんじゃないの?」
当然の疑問をアーシャが投げかける。
しかし、『円』とは思い切ったことをするな……。後、江戸時代は通貨単位『円』じゃないです。いや、江戸時代に合わせると通貨単位が面倒なのはわかるけどさ……。
「ああ、それは皆が思っていることだな。だが、この国を建国した初代の殿様がゴリ押してきたんだよ。偉大な方だとは聞いているが、いくつかの無理を通したことも有名だな」
多分、その『無理』っていうのは日本文化に合わせようとしたせいなんだろうな。
どんだけ日本風の国を作りたかったんだよ……。
「へー、そうなんだ。はい、これ代金ね。後、ゴールドを円に替えて欲しいんだけど?」
「そういうことなら、橋を渡ってすぐのところに両替所があるぞ。そこで替えてもらうといい。ああ、多少は手数料を取られるからな」
「わかったよ。ありがとうね」
そう言って受付を済ませた俺達は、ついにイズモ和国首都『エンド』へと入ることになったのだ。……いや、転移したときに中に入ったんだけどね。
橋を渡り、近くにあった両替所でゴールドを円に替え、馬車を預かり所に預けた(タモさんはこっそり残る)俺達は、いよいよ本格的な観光に乗り出すことにした。
「おー、まさしくEDOって感じね!」
「時代劇でしか見たことがない景色です……。あの道具は何に使うのでしょう……」
見覚えのある風景を前にして、ミオとさくらのテンションも急上昇中だ。
周囲をきょろきょろと見渡している。まるで御上りさんである。
首都と言うだけあって、かなりの人で賑わっている。
その結果、当然と言えば当然なのだが、異国文化溢れる俺達の服装も目立っている。
「どこかで服を買った方が良いかもしれないな」
「そうですね。不用意に目立つのは良くありません」
俺の発言に、常に周囲を警戒し続けているマリアが言う。
ああ、そうか。人が多いということはそれだけ警戒する相手が多いということだからな。
……完全に気にしすぎだけど。
「そう言えば、さくらとミオは前に和服……、着物を貰ってなかったっけ?」
カスタール女王国の村でユカリさん(初恋の人とは別人)からお古の着物を貰っていたはずだ。本当に時々ではあるが、屋敷で着ているところを見かける。
「持っているけど、アレ結構いいものだから、町中をうろうろするときに着たくはないかな」
「はい、だから服を買うのなら、その時に私達の分も買ってほしいです……」
「了解。それで、昼食と服、どちらから行く?」
「「《昼食(ですわ)!》」」
ドーラ、ミオ、セラの3人が一斉に言う。だよね!
ちなみに、マリアは俺の安全のために「服屋」と言いかけていたが、3人の声にかき消されていた。
これはしばらく後の話になるが、和服の準備を忘れていたということで、マリア、ルセアとメイド達100名程が俺に対して土下座をすることになった。
「見てみて!ご主人様、うどんよ、うどん!」
「そう言えば、うどんはミオちゃんのレパートリーにないですね……」
食事処を探していた中で、ミオが目ざとくうどん屋を発見した。
さくらの言う通り、ミオのレパートリーにパスタ系以外の麺類はなかったよな。
「パスタ以外の麺類は麺から作らないとダメでしょ?前世でも流石に麺づくりまではしなかったからね。パンくらいなら作ったんだけど……。でも、折角だからここらで覚えるのも有りかな」
「麺づくりを本格的にやるなら、いずれはラーメンとかにも手を出して欲しいな」
「おっけー、いずれチャレンジしてみるわね」
まあ、この世界のどこかにラーメンのレシピがある可能性は低くないんだけどな。
日本人がここまで転移してきているんだ。料理に関しては妥協のない日本人の中に、ラーメンを再現した者がいても不思議ではない。いや、いるに違いない。
「じゃあ、とりあえず昼食はうどんにするか」
「さんせー!」
「よくわからないですけど、ミオさんがそう言うんでしたら、間違いはないのですわよね」
《うどんたべるー!》
反対意見も無いようなので、昼食はうどんで決まりだな。
「おっ!おにーさん達、うどん食べるの?だったらウチに来ない?美味しいうどん屋だよ」
そう言って近づいてきたのは12歳くらいの美少女だった。
少女は花柄の着物を着て、赤い髪をポニーテールにしている。
ふと、ステータスが気になったので確認してみる。どれどれ……。
名前:ハンナ・ハットリ
LV49
性別:女
年齢:24
種族:人間
スキル:<暗殺術LV4><暗器術LV5><忍術LV7><料理LV3><調剤LV4><房中術LV1><忍び足LV5><隠密LV5>
称号:服部忍軍上忍
どうしよう……。久しぶりにツッコミ所が多すぎるステータスが来たよ。
……よし!
「じゃあ、そこにするから、案内してもらえるかな?お嬢ちゃん」
「はーい、7名様ごあんなーい。あ、私の名前はアトリって言うの。よろしくね」
まさかの完全スルーです。
いや、マップでユニットの色を見たところ、無関心を示す緑色だったので、今すぐ何かイベントが起こる訳ではなさそうだからな。
怪しいと言うだけで排除するほど、野蛮な神経をしているわけではありませんから。
偽名を使っているみたいだし、多分、潜入任務か表向きの立場ということだろう。
とりあえず一言。最近よく忍者に会うなー……。
アトリ(ハンナ)の案内で、大通りから少し外れたところにあるうどん屋へと向かった。
そうだよな。隠れた名店って言うのは、隠れていないとな(不思議理論)。
「おじさーん、7名様ご案内だよ~」
「おお、ハン「ゴホン!」……アトリちゃん、ご苦労様!」
引き戸を開けて店に入ったところで、アトリがよく通る声で店主と思しき
そして、思わず余計な事を口走りそうになったおっさんをアトリが咳で制する。
どうやら、このおっさんも忍者の関係者のようだ。
店内は木製のテーブルと長椅子がいくつも並べられたオーソドックスな食事処である。
お客はチラホラいるだけで、そこまで繁盛しているわけではないようだ。
「おすすめはあるのか?」
「基本はかけうどんで、トッピングを後で選ぶ形式だから、品名としてのおすすめはないよ。ただ、トッピングではきつね、海老天あたりが人気かな」
俺の質問に淀みなく答えるアトリ。
しかし、トッピングを選ぶタイプのうどん店って、江戸時代にあったのだろうか?いや、あってたまるか……。
店内にあるトッピング一覧を見ると、それなりにトップピングの種類は多そうだ。
「とりあえず、トッピング全部乗せで頼む」
トッピングと言われると全部乗せたくなるのは仕方がないことだろう。
そこ、子供っぽいとか言わない。
「そんなのありなんですの!?じゃあ、私もそれでお願いしますわ!」
《ドーラもー!》
「えっと、全部乗せ1つと……きつね、海老天、わかめを乗せたうどんを1つ……、麺を少な目でお願いします……」
セラとドーラも当然のように全部乗せを選ぶ。
ドーラは喋れないので、その分はさくらが伝える。
「私はきつね、海老天をお願い。でも、トッピングは別のお皿で頂戴。まずは素うどんの味を見極めたいから」
ミオは完全に料理人の目線である。
マリアとアーシャもトッピングを選び、注文を終える。
「あいよ、10分くらいでできるからな!」
そう言っておっさんは調理に取り掛かっていった。
俺達が席に付くと、エプロン……違う、割烹着を着たアトリがお冷を持ってきた。
「はい、これお冷ね。お兄さん達、見ない格好しているけど、外国の人?エンドには何しに来たの?」
興味津々と言った表情で聞いてくるアトリだが、その目の奥には密かな真剣さが窺える。
なるほど、アトリの役割が見えてきたな。例えば、見るからに怪しい俺達のような集団が首都に入ってきた場合、さりげなく近づいて情報を収集するのだろう。
そう考えると、客引きの対象がうどん店だけと考えるのは偏り過ぎていて不自然だ。客のニーズに合わせて、いくつかの店を紹介できるような状態にあるのではないだろうか。
A:忍者経営の店舗が周囲にいくつもあります。
アルタの発言と共にマップ上の建物のいくつかにマーキングがされる。
数は……10以上あるな。むしろ、入り口付近の食事処のほとんどが忍者関連か。
忍者たちの表の顔は料理人ってことだな。アトリに<料理>スキルがあるのも納得だよ。
「ん、観光だよ、観光。この国の文化は色々と面白いって聞いているからな」
「ふーん、観光のために態々高いお金払って来るなんて、物好きだねー」
「ああ、旅と観光は俺の趣味みたいなものだからな」
この世界に来てからの行動は概ね旅と観光だからな。
一応、持ち家もあるけど……。
「このご時世に観光が趣味だなんて、おにーさん変わってるね」
「よく言われるよ」
その後もアトリと雑談(と言う名の調査)をしていたら、あっという間に10分が経った。
「アトリちゃん、うどん7つ出来たよ!」
「あ、はーい。じゃあ、おにーさん達のうどん取ってくるね」
おっさんに呼ばれたアトリは厨房の方に歩いていき、お盆にうどんを乗せて戻って来た。
7つもうどんを乗せていながら、お盆は一切揺れていない。うん、持ち前のバランス感覚が(忍者的な意味で)如何なく発揮されているね。
「いただきます」×6
《まーす!》
アトリによってうどんが並べられた後、俺達は早速うどんを食べる。……伸びるからな。
「ごちそうさまでした」×6
《したー!》
うん、日本で食ったうどんにも負けないくらい美味かった。
ミオも満足げに頷いているくらいだしな
ただ、アトリがずっと俺達を観察しているのは少々気になったけど……。
第6章はエルディア戦争編と言ったな。アレが嘘だ。
数カ月前から投稿タイミングを計算して、4/2の本編投稿と同時に章タイトルを変える。
かなり規模の大きい嘘になったと思います。
本来のエイプリルフールの使い方でないのは承知の上です。
エルディアとの戦いの決着は7章に持ち越しです。盛り上がってきたところなので、本当に申し訳ないと思います。でも、仁ならば時間が出来たら(戦時中でも)観光するとも思います。