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23代目デウス・エクス・マキナ ~イカレた未来世界で神様に就任しました~ 作者:パッセリ

第一部 神なる者、方舟に目覚めしこと【更新中】

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#1 とんでもねぇ、あたしゃ神様だよ

 教会軍第一層西方面大隊は、その名の通り、三層に分かれた『方舟八号棟』の、第一層西地区を主な所管とする。

 軍、とは言うが、その性質は武装警察と表現した方が近い。なにしろここは、西暦時代の地球(もう700年は昔の話だ)ではないのだ。軍を擁する『教会』は、この世界唯一の政府。閉ざされたコロニー『方舟八号棟』の支配者。他所から攻め込んでくる敵国なんてものは存在しない。その武力は害獣まものの駆除や、無法地帯にはびこる重武装犯罪組織の鎮圧、あるいは暴徒(民主主義者とか)への対策に向けられている。


 しかし、それだけではなく、たまには不可解な仕事をすることもあった。


「うちの基地から鋼鉄執行官アンテノーラの出撃だなんて、久しぶりだな……」


 教会軍第一層西方面基地所属の下っ端整備士・グレイは、人型戦闘ロボット・鋼鉄執行官アンテノーラのボディに付いた有機的な汚れを高水圧洗浄機で落としながら呟いた。


 今回の出撃は、武装したカルト的異端信仰者を鎮圧するためのものだったと聞いている。

 だが、それ以外の情報は、下っ端のグレイの所までは全く降りてこない。

 人型の、しかも大型兵器なんて、お偉いさんはコストの問題であまり出撃させたがらないものなのに、今回はそれが動いた。これは何か事情がありそうだな、と、勘ぐっていた。

 まあ、だからと言って事情を詮索するような気はない。出撃が有ろうと無かろうと、どんな事情があろうと、給料のために整備をするだけだ。


「お仕事中すいません、おじさん! ちょっといいですか!?」


 高水圧の噴射音に負けないよう、ほとんど怒鳴るような声を掛けられて、グレイはノズルを取り落としそうになる。

 慌てて洗浄機を止め、振り返ると、そこには15かそこらの子どもがふたり、立っていた。

 男女ひとりずつ。共に、黄色人種の特徴が濃い。


 男の方は15か6か。精悍ともひょうきんとも言える2.5枚目の顔立ち。短い黒髪は自分で鏡を見ながら切ったようなボサボサぶり。何故か作業着みたいな紺色のジャージ姿。

 オシャレのひとつもすれば女の子にモテるだろうに、身だしなみに頓着しないせいで台無しになるタイプという印象だ。基地の勤務で、訓練漬けの筋肉ダルマばかり見ているグレイの目には、頼りなくやせているようにも見えたが、一般的な基準から言えば『細マッチョ』の部類だろう。

 怪我でもしたのか、額には包帯が巻かれていた。


 一緒に居る女の方は、もうちょっと幼い。何故かトレッキングにでも来たような格好。野暮ったいロングの黒髪と、おどおどとして定まらない視線から引っ込み思案な印象を受ける。左手に包帯が巻かれていた。


 何にせよ、教会軍基地の整備用ドックという場所には似つかわしくないふたりだった。

 基地を見学しに来た将官息女……辺りが妥当かも知れないが、だとしたらもう少し、それらしい格好をしていそうなものだ。


 何故こんな場所に? とグレイは思ったが、ふたりを疑おうとは思わなかった。

 もしこのふたりが怪しい者であれば、基地のセキュリティが通すわけない。ここに居る以上、ここに居ても構わない子なのだろうと、グレイは単純に考えた。


「『おじさん』は傷つくなあ……俺、まだ25だぜ」

「それはすいません。……にしても大きいですね、これ」


 少年が指し示したのは、今まさにグレイが洗浄を行っている巨大な人型戦闘ロボット、鋼鉄執行官アンテノーラだ。


「汚れてるみたいですけど、今帰ってきたところですか?」

「ああ、そうだが……」

「異端者をぶち殺して来たんでしょう」


 少年の言い方が、皮肉るような調子だったのが、グレイには不思議だった。


「俺と同じくらいの少年少女。魔法コマンド……だっけかな? それが使える以外、ほぼ非武装の罪無き子ども達をミンチに変えてきたんですよ。この鉄クズは」

「……何の話だ?」

「四人のうち、BさんとCさん……じゃねーや、ふたりはコイツに殺されました。Dさんひとりは逃げて、使命を果たしました。だから俺がここに居るんです」


 少年が何を言っているのか、グレイには分からなかった。隣に居る少女はうつむきがちに、服の裾を掴んでいた。

 そもそも、この鋼鉄執行官アンテノーラがどんな仕事をしてどんな戦果を上げたのか、グレイだって知らない。秘密色の強い任務だったようだし、その子細な経過など、下っ端整備士にわざわざ教えてはくれないのだ。

 なら、どうしてこの少年は知っているのか。


「あとひとり。最後まで戦ったAさんリーダーが、こいつの手に握り込まれて捕獲され、基地に連れ帰られたそうじゃないですか。捕まってると思うんですけど、どこに居るか、知りません?」

「え? いや、知らな……な、なんで?」


 噂を聞きかじって、知ったかぶっている?

 それにしては、少年の態度は確信に満ちていて……


「おい! どうしてこんな所に子どもが居る!」


 グレイが戸惑っているところに、高圧的な怒鳴り声が響いてきた。

 ブルドッグの干物みたいな厳めしい顔をして、アサルトライフルを担いだ警備兵が四人ほど、ドックの入り口から慌ただしく駆け込んできたのだ。

 そしてたちまち少年少女に、銃口を向けて包囲する。


「な、な、な……!?」


 ここで慌てたのは、銃を向けられた少年ではなく、相手をしていたグレイの方だ。ようやくグレイは、少年達が侵入者だと気付いて青くなった。

 しかし、当の少年は、こんなの予測のうちだと言わんばかりの涼しい顔だ。


「何者だ貴様!」


 誰何すいかの声にも怖じ気づく様子すら無く、少年は……笑った。

 怒り猛る獣のごとく獰猛に。奸智を巡らす詐欺師のごとく不適に。


「か・み・さ・ま」


 少年が額に巻いた包帯の下で、何かが、赤く鋭く輝いた。


 次の瞬間、少年に向けられていた四丁の銃は、兵士達の手の中で、見えない巨人に握り潰されたように折れ曲がったスクラップと化した。


 * * *


 ほぼ同時刻。

 司令室では、基地を預かる司令官であるナム・ヴァン・グエンが、教会本部から派遣された高司祭であるグレゴリオ・メッセンジャーに、異端狩りの経過を報告していた。


「では、未だ残るひとりの消息は掴めていないと」

「は……申し訳ありません」

「とにかく。鋼鉄執行官アンテノーラとの戦闘から離脱した例の少女を、一刻も早く始末していただきたい」

「承知しております」


 苛立たしげなグレゴリオに対して、ナムは平身低頭で当たっているが、本音は、何故グレゴリオがこれほど必死なのか疑問に思っていた。

 実は基地の司令官であるナムすらも、今回の作戦については全てを知らされていない。

 いきなりお偉いさんがやってきたかと思ったら、詳細も告げずに異端狩りをしろと命令してきて、しかもその後も作戦内容にちょくちょく口を挟んでくる。だいいち、片手の指で足りるほどの異端者を狩るのに、いくらでも武装と人員をつぎ込めだなんて意味が分からない。鋼鉄執行官アンテノーラの出撃さえやりすぎだと思っていた。

 立場上逆らえないし、ここで恩を売っておけば今後美味しい思いができる可能性もあるとは言え、いい気はしなかった。


 もちろん、そんな考えはおくびにも出さず、ナムは殊勝な態度を心がける。


「兵を大規模に投入し、山狩りを行っております。まあ、半日はかからぬかと……」


 言いさした所で、耳障りなビープ音が司令室に鳴り響いた。緊急事態発生の報と、緊急通信だ。


「失礼。……こちら、ナム・ヴァン……」

『ぎゃあああああっ!』


 通信機を起動したナムだったが、名乗りを遮るように悲鳴が聞こえて、通信機を取り落としそうになった。


「お、おい!? どうした? どうしたと言うのだ、おい!」


 返事は無い。しかし、代わりに司令室の壁に埋め込まれたモニターが起動した。

 映像付きの通信として発信されていたのだ。


 モニターには、粗悪なカメラを通して整備ドックの様子が映し出されている。

 帰還したばかりの鋼鉄執行官アンテノーラの足下に、警備兵達が倒れていて……


 そこには、今まさに捜索しているはずの異端者の少女と、見知らぬ少年が立っていた。


「なんだこれは? 山の中に逃げたと思ったら……異端者のガキめ、ひとりだけ仲間を連れて、復讐にでも来たのか? いや、愚かにもほどがありますな」


 ナムは心底から馬鹿にして、そう言った。


 当然ながら、この映像はナムだけでなく、同じ司令室にいるグレゴリオも見ている。

 背後のグレゴリオが何も言わなかったので、ナムはそれを、沈黙による同意だと解釈した。

 違う。グレゴリオは顔面蒼白で愕然としていたのだ。


 ノイズ混じりの映像の中で、少年は、額に巻いていた包帯をほどく。

 そこには、赤い宝石のようなものが埋め込まれていた。


 魔法コマンドを使うための道具、魔晶石コンソールだ。

 これを体に埋め込んだ人間は魔術師ウィザードと呼ばれ、魔法コマンドの力を使うことができる。

 ただ、魔晶石コンソールは体のどこに着けてもいいのだが、それを首から上へ埋め込むことは、普通やらない。

 額に魔晶石コンソールを持つのは、この世の管理者にして導き手である神の証。一般人がそれを真似るのは、不敬罪とまでは行かないが冒涜行為だ。

 この『方舟』において、額に魔晶石コンソールを持つことが許されるのは、明日、教会本部で神に即位・・する予定のシャルロッテ様ただひとりだ。


((なるほど、異端カルトのやりそうな事だ。教会の神の権威を貶め、自分たちの信仰を正しきものと主張するため、額に魔晶石コンソールを埋め込んで神を演じるか))


 ナムはそう考えて納得した。

 だが、たとえ神を真似たとて、あんなガキに何ができる。兵と兵器のぎっしり詰まった基地に正面から乗り込んでくるなんて、馬鹿としか言いようがない。


「飛んで火に入る夏の虫とは、このことだ。頭のおかしい異端者のガキごとき、すぐにでも捕らえてご覧に入れましょう」


 おべっかを使う調子で、ナムは力強く言った。

 しかし……教会の高官であり、数少ない神の真実を知る者のひとりであるグレゴリオは、返事をするどころではなかった。動揺をナムに悟られないよう、何食わぬ顔をしているのが精一杯だった。


((そ、そんな、馬鹿な……! 目覚めた? ……真の神が!))


 まさか。よもや。何故。

 『目覚めの使者』をひとり逃がしてしまったのは、確かにミスと言えたが、すぐに探し出して殺せば問題無いはずだった。

 よりによって、未発見の『神の祠』がこんな場所にあったなんて! しかも、それが今回の覚醒場所に選ばれていたなんて! 教会はほとんどの『神の祠』をとっくに制圧しているというのに、信じられないほどの不運だ。

 そして、真の神が誕生したと言う事は……神の誕生を阻み続け、偽の神を押し立てて世界をまとめていた『教会』の治世そのものが崩壊しかねないことを意味する。


 グレゴリオは、どうすればこの基地から巧く逃げられるかの算段を、必死で立て始めた。

 もはやこの基地も、内部の兵器も、兵も、全て失ったも同然。仕事を放棄して逃げ出した自分の地位もどうなるか分かったものではないが……知ったことか。どうせ自分に地位を与えている教会すら、本部が更地にされてしまうかも分からないのだ。

 だいいち、生きて明日の朝を迎えられるかも分からない今、人生設計など考えても意味が無いのだった。

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