#プロローグ
気がつけば俺は、何の脈絡も無く、
草が生い茂る、なだらかな斜面。そこで5メートルくらいありそうな人型のロボット(パイプ! ピストン! 噴き出す蒸気!)と、4人の少年少女が戦っている。
ロボットは巨大な腕を振り回し、肩の機関銃を乱射し、背負ったミサイルポッドから小型のミサイルを放ってクレーターを作る。ゴリラを思わせる分厚い胸甲には『神罰』の文字。
対する少年少女は、ちょっとガチめの登山に来ました、みたいな格好。……便宜的にAさんBさんCさんDさんと名付けよう。
四人は奇妙な力で神罰ロボに対抗していた。左手の甲に埋め込んだ、赤い……宝石? それが光るたびに、衝撃波が草を舞い上げてロボを押し戻し、銃弾を防ぎ、ミサイルの爆発をはねのけた。まぁ、なんつーか、魔法だな。魔法。
そんな、日曜朝の男のロマン的光景を、俺は何故かグーグルアースのごとき真上からの視点で見ていた。
……なんだコレ。なんの番組? 撮影? そもそもそれを上空から見てる俺って、どういう状態?
とか考えているうちに、機関銃を防御しきれなかったサッカー部系男子・Bさんが……赤くて汁気が多い有機的な物体に!
カメラを逸らすとか、モザイクが掛かるとか、謎の光(ブルーレイ版では消滅します)で隠されるとか、そういう配慮は一切無し。日朝からアングラの世界へ急転直下だ。
「いやぁぁっ!」
戦っていたうちのひとり、黒髪ロングの女の子・Dさんが悲鳴を上げた。
リーダーっぽい長身の男子……いや、青年? よく見りゃ金髪金目の白人なんだけど、外人の歳は分からん……とにかくAさんだ。Aさんも、手の平からバカスカと衝撃波を飛ばしながら、苦しげな顔になる。
「……っ! サカキ! お前ひとりで祠まで行け!」
「えぇっ!?」
Aさんが切羽詰まった様子で叫ぶ。喋ってるのは明らかに日本語じゃないのに、何故か、その言葉が俺には理解できた。
驚いた声を上げたのは、さっき悲鳴を上げた黒髪ロングの子。Dさんあらため榊さんだった。
こっちは見た目も名前も日本人っぽい。
「お前の
うーん、えっと、推測するに少年少女4人(既に3人だけど)は、なんか『神様』とかいうのを蘇らせようとしているらしい。
祠とか言ってるけど、要はそこに『神様』が封印でもされているのかな。
そんで、『神様』を蘇らせちゃえば、この変なロボットを倒せると。……ん? じゃあなんでロボットに『神罰』とか書いてあるんだろ。
しかし、命令された榊さんは承服しがたい様子。
「ですが、それでは……」
「……考えてもみろ、俺たちを追って来たのは、
聞いてる俺には意味不明だが、Aさんの言葉を聞いた榊さんは、はっとした様子。
未練を断ち切るように決然と、戦いの場に背中を向けた。
「必ず……必ず戻ります! どうか、無事で!」
そして榊さんは走り出す。
そこで俺の意識は不自然に途切れた。
* * *
次に俺が見たのは、山の中みたいな光景だった。上空からの視点なのは相変わらず。
山に半分埋もれるように、いかにも『超古代文明の遺跡の入り口でござい』、みたいな黒い金属製のゲートがあった。うっそうと茂る緑の植物に、ほとんど覆い隠されている。
まるっきり隠しダンジョンだ。でなきゃ隠し部屋。ストーリー上取らなくても大丈夫な宝箱とか隠してある感じの。
そこに、さっき見た榊さんが走ってくる。髪を振り乱し、脇腹を押さえ、汗だくで息も絶え絶え。
たぶん少なく見積もっても、さっきのシーンから10分は後で、その間、榊さんは全力で走り続けたのだと思われる。仲間の命が掛かってるとなれば当然か。ちょっと痛ましい。
「や、やっぱり……ハァ、ハァ……だれ、も、いない……見張りが……」
苦しげで切れ切れの言葉だけれど、それでも口調から読み取れるものがある。榊さんは間違いなく、天地がひっくり返ったかのように驚き、同時に、宝くじで5000兆円くらい当たったかのように喜んでいた。
おぼつかない足取りで、榊さんは謎のゲートの中へ入っていく。すると、俺の視点は室内に切り替わった。
壁も床も、入り口ゲートと同じ黒い金属で、幾何学的な青白く光るラインが浮かんでいる。同じような部屋と開けっ放しの扉がいくつもあって、榊さんはそこを奥へ進んでいった。きっとここが、さっき『祠』って言ってたやつだよな。
奥へ、奥へ。そして、最深部。大して広くも無い部屋の真ん中に、円筒形で緑色をした不思議なオブジェがあった。
よく見ればそれは蛍光グリーンの液体が満たされたシリンダーだ。
分かりやすく言うとアレだ、悪の秘密結社の秘密基地で、生物兵器が入って泡がボコボコ言ってそうな天井から床までの透明な筒、あるだろ。アレ。
『神様』とか言う割りに、なんかやたらハイテクだな。神秘の欠片も無いって感じ。
でも榊さんは、その生物兵器格納容器の前で膝を折って、言葉も無い様子で感激していた。
「あぁ……神様、神様……」
榊さんは這いずるように、シリンダーの手前にある、自動改札機のごとき装置に手をかざす。
「お願いです、神様……どうか、私達を……この世界を、お救いください!」
ヴン……
電子音が響き、榊さんの左手に埋め込まれた宝石が輝く。ゴウンゴウンとポンプの音がして、シリンダーに満たされた液体がどこかに排水され始めた。発ガン性の食品添加物で着色してそうな、蛍光グリーン液の水位が下がっていく。
あの巨大ロボを倒せるという『神様』……それは古代のオーパーツ兵器か? イアイアクトゥルフの化け物か? それとも膨大な妖力を持った狐耳のロリババアか?
シリンダーの中に姿を現したのは……
ボサボサめの黒い短髪、生えるがままの眉、ちょっと尖り気味の鼻、あんまり肉が付いてない頬……寝てるのか死んでるのか微妙な表情で目を閉じている若い男。
『神様』という言葉のイメージからは、かなり遠い。普通の男子高校生。
目を閉じてるという一点を除けば、鏡の中でしょっちゅう見てる顔だった。唯一、違うところと言えば、デコっぱちのど真ん中に、大きな赤い宝石みたいのが埋め込んであること。
…………俺? 最終兵器俺!?
自分の顔を見た瞬間、幽体離脱めいた第三者視点は途切れ、急に自分の体の重さを感じた。
まぶたを開けば、そこは透明なシリンダーの中。水位は肩まで浸かるくらいだけれど、徐々に下がっていく。
あぁ、やっぱり今見たのは俺だったんだ、と思った瞬間、俺は思い出した。
自分が死んだはずだった、という事を。
* * *
覚えているのは、健康診断を受けに来た病院で、前のめりに倒れて床が近づいてきたところまでだった。
なんでか分からんけど倒れた瞬間の痛みとか、そういうのは特に感じなくて、気がつけば何も見えなくなってた。ガヤガヤ騒ぐ声がやたら遠くから聞こえてきて、そうか俺死ぬのかとぼんやり考えた、気がする。
別に未練は無かった。我が人生に一片の悔い無し。
……と、言えれば良かったんだけど大ありだ。ありまくりだ。未練をかき集めて一山いくらでワゴンセールできるくらい未練がある。
何せこの俺、
第一に母さんへの恩返し。いや、恩とかそう言うレベルじゃないな。俺が高校へ行く学費だって苦労して捻出してる状況だ。高校を出たらすぐに働く予定だったんだけど、そんな俺の収入が無きゃ、弟の
回らない頭に浮かぶのは、家族のこと。
ああ、母さんごめん。先立つ不孝をお許しください。親より先に死んだって事は、賽の河原で石を積んでは、鬼に崩される生活になるんだろうか。俺の芸術的積み石テクニックで鬼をうならせてやる。『ダメだぁ! 俺こんなもん崩せねぇ!』とか言わせてやる。いつか三途の川に母さんが来た時に神代賢展覧会になってるよう頑張るよ。
猛、すまん。お前を大学に入れてやるって言ったのに、兄ちゃん、約束守れそうにない。本当は十八禁だからNGな、俺秘蔵の薄い本コレクションやるから許してくれ。ブルマとパイズリに偏りすぎな気がするけどバイト先のあんちゃんに貰ったやつだから俺のせいじゃない許してくれ。いや、その前に母さんに処分されちまうかな……俺の趣味じゃないんです母さん無実です。
そんな思考も、闇の中へ水没していった。
あの世とかあるのかよ、俺消えるのかよ、怖いよどっちだよコンチクショー、とか思いながら。
* * *
そして俺は病院のベッドでもあの世でもなく、蛍光グリーンの液体が満たされたシリンダーの中で目が覚めたわけだ。
水位はだんだん下がっていって、シリンダーの置かれている小さな部屋が見えてくる。
謎の幽体離脱視点で見た通りの、黒い金属に発光する青いラインという、SFかオカルト超古代文明か分からない場所。
シリンダーの前には、床から突きだした台の上に操作用のパネルみたいなものがあって、で、さらにその前には……女の子。
さっきまで見ていた『榊さん』だ。登山かフィールドワークにでも来たような格好で、山の中を走ってきたせいか、長い黒髪は汚れて乱れている。
こうして近くで見てみると、たぶん中学生くらい。図書委員会とか入ってそうで、手芸部とかやってそうで、顔が可愛いから男子には人気があるけど会話は無くて、人付き合いが苦手だから女子からはハブにされてる、みたいな感じの子。
たぶん化粧はしてないし、特にアクセサリーなんか身につけてないのに、左手の甲にでっかいルビーみたいなものを付けているのがアンバランスだった。
徐々に下がっていく水位を体で感じながら彼女を見ていると…………俺は凄くヤバいことに気がついた。
……ちょっと待て! おい! 俺全裸じゃねーか!
しかも、そのタイミングで水は抜けきり、『プシュー』とか音を立ててシリンダーの透明な筒部分は下降開始、台座に収納されちまった。
ただでさえ半透明のシリンダーすら無くなって、股間を遮るものは無し。
もはや女の子と全裸の俺を隔てるものは……俺の理性のみ。
ぼーっとこっちを見ていた女の子も、どうやら俺が産まれたままの姿だという圧倒的事実と、なりなりてなりあまれるマーベラスな物体の存在に気付いてしまったようで、真っ赤になって慌てて顔を覆う。
「ち、違う! これ違うから! 猥褻物陳列罪とかじゃないから! あ、でも定義的にはそうなのか!? 少年法ってどうなってるんだっけ!? とりあえず弁護士呼んで!」
ここで彼女が『痴漢よおー!』とか叫んだら、言い訳の暇も与えられず有罪懲役一直線、未成年だから実名だけは報道されないぜヤッホーイ! とか言ってる場合じゃねえ!
見せてはいけない部位を抱え込むように丸くなって、社会的尊厳と地位を守ろうとする男一匹、神代賢。
そんな俺に彼女が掛けた言葉は、ある意味予想通り、ある意味予想外だった。
「も、申し訳ございません、神様。その、男性の体など見るのは初めてでしたので……」
「……待って。ワンスモアワンスモア。リピートプリーズ」
わー、見た目通り声も可愛いなー、とか考えてる場合じゃない。
思わずエセアメリカ人になる衝撃的フレーズ。
アナタハー、カミヲー、シンジマスカー?
「今、俺のことなんて呼んだ?」
「え……? 神様、ですよ?」
「神様って……」
そうだ、さっき見てた映像が本物なら、『榊さん』は神様とかいうのを探してここへ来たんだ。
だけどそこで見つけたのは俺(全裸)という……なんだこれ。
ちなみに俺は無信仰。
葬式仏教なんて言葉もあるけどまさにそれで、クリスマスにはメリークリスマスと叫んでケンタを食い、お正月には神社へ初詣してお守りを買い、法事にはお寺へ行く平均的日本人である。
神様なんて言われても、聖書で悪魔が10人殺す間に240万人殺した奴だとか言うネット知識くらいしか思い浮かばない。
「えっとさ……なんで俺が神様なの?」
「だ、だってここは神の祠で……再生の儀式によって、あなたは再生したんですから、神様かと……」
何かが変だ。
『榊さん』は本気で戸惑ってるみたいで、ここまで言われたら俺が何か間違ってるんじゃないかとすら思えてくる。
そんな時、どこからかノイズ混じりの声が唐突に降って来た。
『おはようございます、神
「は!? なんだこのアナウンス!」
『榊さん』も驚いた様子で、アナウンスの源を探す。
『駐車券をお取りください』にとっても近い語調。インカムを付けたクール眼鏡のお姉様が脳裏に浮かぶ声色。
天井の隅にあるスピーカーからアナウンスが鳴り響いていた。
『もし、ご用命、あるいは現状に関するご質問などございましたら何なりとお申し付けください』
「服をくれ!」
俺は即答した。フルチンで。
あ●まん●大王とは関係ありません