#エピローグ
そこはうち捨てられた倉庫だった。
元は何を収める場所だったのか、隅に置かれた段ボール箱の『背教率0%』という文字から推測することは難しい。
月明かり(を模したライト)が窓から投げかけられる中、集まった人々は不安げにしていた。
「なんだ? じゃあ、俺らの存在に気が付いたのは通信ログを解析した結果なのか?」
両腕をきつく縛って止血されたトリプルポチ(名前にツッコミ入れたいと何度思ったことか)は、どうやって俺達が例の隠れ家の存在を察したか聞いて、あんぐりと口を開けていた。
「ええ。アンヘルが」
「UD!(※注:
同じ事を教会にやられたら、もっと早く破滅してたわけじゃねぇか」
「無理だと思いますよ。こいつはアンヘルだからできたことです」
使い終わった救急キットを片付けているのは、スーツ姿の若い女性。
ビームが出そうな鋭い眼光、斬れ味良さそうなポニーテール、悪の大企業の有能冷徹な社長秘書めいた雰囲気。
人間ではない。クラウド上に存在するAIが遠隔操作するアンドロイドボディ。俺の頼れるサイドキックだ。
「私は世界運営支援システム。今は『
私はこの方舟のメインフレームに属する管理AI。神を補佐し、その治世を助ける事が存在理由にございます」
「電子戦でアンヘルに勝てる奴は居ません。この世界の全てのサーバーを合わせたより高い処理能力、オーバーテックのハッキングプログラム……
どんな厳重なセキュリティも、アンヘルにとっては子どもが作った砂山の砦です」
「オゥ、なんてこった……アナログ偏重の統治システムと、徹底的にネットワークから切り離された本部のコンピュータ。
教会が怖れた『電子の妖精』。そういう事か」
トリプルポチ(本当になんなんだよこの名前)さんはいろいろと知っている側の人間らしく、ひとりで納得していた。
「では失礼して……」
俺はスティレットとの戦闘後に回収した物体を取り出す。
様子を見ていた人が「ひいっ」と息を呑んだ。
「おい、ちょ……持ってきたのか?」
「ええ」
布をほどけば、そこにあるのは……ちょっとグロいが、切り落とされた2本の腕!
スティレットが切ったトリプルポチの腕だ。
「こんなもんどう……」
「まあ、見ててください」
「おい、まさか」
床に腕を並べた俺は、両手を額の上で交差させる。
左手の甲にはダミーの
トリプルポチの腕がふわりと浮かび、それを迎え入れるかのように腕の包帯が解ける。
生々しい傷があらわになったと思ったのも束の間、切断された腕がガシーン! とくっついた。
血の気の失せていた腕は即座に息を吹き返し、次の瞬間にはもう、ピクリと指先が動く。
「おおお!」「なんということだ」「奇跡だ!」
固唾を飲んで様子を見ていた皆様からもご好評。
こういうのはそう簡単にできることじゃない。
……神とその眷属を別とすれば。
「マジか……ついに腕までサイバネかと覚悟してたってのに」
わきわきとタイピングするように指を動かしながらトリプルポチが言った。
「参ったな。こいつはどう考えてもあんたらが本物じゃないか」
お手上げのポーズで苦笑するトリプルポチさん。
周囲の皆さんも目を輝かせていらっしゃる。
「俺は培養肢をオススメするが、その必要もなくなっちまったな」
ジャック氏が肩をすくめた。服にはまだレーザー銃創から滲んだ血が付いているが、体の傷の方は塞いでおいた。
「あの、すいません、ちょっといいですかね……」
そしてジャック氏は、ふと何かを思い出した様子で、ちょっと言いにくそうに聞いてくる。
「んな、かしこまんなくていいですよ。
俺は別にそんな大層なもんじゃなんですから」
「いや、ごめん。
……できるなら逃げた先でクローン培養肢の研究を続けたいんだけれど、そういう需要ってある?」
「もちろん」
今は人を逃がして匿うのが最優先になっているが、いつまでもそれだけじゃあいけない。
もし教会側と平和的交流ができないなら(そしてその可能性は100%と言ってもいいが)、自分らでちゃんと社会を構築して回していかなくちゃならなくなる。
そのために必要なものは限り無く多い。研究・学術機関もそのひとつだ。
「お、俺はスマホの修理ができるぞ! そういうのってどうだ!?」
ほっとした顔のジャック氏の後ろから身を乗り出すように、別の避難者が聞く。
そして、皆が堰を切ったように続いた。
「インプラントコンピュータの手術は!」
「施設さえあれば鍛冶をやるぞ!」
「女性型アンドロイドの太もも造形だけなら!」
「ジャイアントスラッグの世話なら!」
「わしゃあ他人の鼻毛を切ることだけは誰にも負けんのじゃあ~」
怒濤の如く押し寄せる、得意技の嵐!
「お、俺は……そんな、特別なことは何もできないけど、真面目に働くだけなら……」
流れに乗れなかったお兄さんがひとり、控えめにつぶやく。
「ストップ、ストップ。大丈夫ですよ。
悩み迷える方、悩みの無い方。
働く方、働けない方。
秀でた知識や技術を持つ方、普通の方。
真の神の下へ馳せ参じるべく来る方。
……そして、俺達にすら疑問を持つ方。
『
来る前から身構えてちゃしょうがない。俺はなるべく柔らかく語りかけた。ちなみに俺がこういうことをやるとものすごく胡散臭く見えると評判なのだが、幸いにも俺を見る皆さんの目は希望に満ちている。
さて、長々とお喋りをしている時間は無い。
俺はギリギリまで『天罰』を使わなかった。何故なら、どこに神が居るかの目印になっちまうからだ。
『天罰』は方舟のどこにでも落とすことができるけれど、どうしても自分の近くで使うことが多い。『天罰』を観測し次第、教会はその周辺を調査して俺を探す。俺の相手をするに足るだけの戦力を動員して、だ。さすがにそんなもんの相手をしながら避難民を連れて逃げるのは難しい。
一応、カモフラージュで無関係な場所に数発打ち込んでおいたけど、教会軍の動きを照らし合わせれば、連中がここに気付くまでの時間的猶予は長くないはずだ。
「では皆さん、適当にその辺にお座りください」
俺が額に手を当てて
驚きざわめき、あるいはワクワク全開という様子で席に着く人々。しかしまだまだこんなもんじゃないよ。
「ここの持ち主にゃ申し訳ないが……」
指揮者のように、俺は空いた右手を振る。
ベギン!
「うわっ!」「何だあ?」
「ご安心ください! 皆さんを運ぶための乗り物を用意しようと思いましてね」
バラバラと何なのか分からない破片が天井から降ってくる。
廃倉庫の屋根がパカッと開いて月光ライトが差し込んだ。
ベキ、バキ、ゴキン、ビキ、ボキ……
巨人が整体を受けているかのような名状しがたい音と共に廃倉庫は崩れる……いや、形を変える! お客さんこってますね。
夜風が吹き込んで、周囲の視界が開ける。そこは街はずれの寂れた倉庫街。前方には荒野が広がっている。
「おい見ろ、建物が……!」
誰かが代表して驚いてくれた。
廃倉庫は今や全くもって形を変え、赤さび色の折り紙で折った船のような形になっていた。
そう、船だ。石と錆びたトタンからできた船は、救いの手と言うにはちょっとみっともないけどね。
「では、これが皆さんにとって自由への船出となりますよう……
轟! と風が吹き付け、周囲からは歓声が上がった。
石と鉄の船が地面の上を滑るように動き始め、荒野へ船出したのだ。と言うか原理としては地面をベルトコンベア状に動かしてるんだけどね。
このまんまじゃ寒いかと思った俺は、ちょっと船の形を操作した。パタパタとペーパークラフトのように壁と天井が組み上がる。天窓の向こうには満天の星空。ロマンチックな一時をお楽しみください。
「ありがとう。俺がやりたかったのに、どうしてもできなかった事だ」
肩の荷が下りたとでも言うように、トリプルポチさん(何故だろう、この名前には「さん」付けせざるをえない)は長い溜息をついていた。
「お礼を言うべきは俺の方ですよ。あなたのような人が居るから、俺はそれを助けられる」
「と言うと、俺みたいなアホがこの世界にはまだ居るのか?」
「多くはないですが、少なくもないです」
「なんてこった。……まだまだ世の中捨てたもんじゃねぇな」
「ふたりとも、ちょっといいかな」
話に割り込んできたのはジャック氏だ。何やらあらたまった様子で神妙な雰囲気。
「なんです?」
「なんだい?」
「……ありがとう。俺と、俺達一家が生き延びられたのはふたりのお陰だ。
トリプルポチさん。マサシ君。……本当にありがとう」
なんとなく俺とトリプルポチさんは顔を見合わせる。
それから、ふたりして気持ち悪くにやけた。
「なんだ今更。俺の方こそずいぶん稼がせてもらったよ」
「っと、そうか言ってなかった。それ偽名です。
本当は俺、マサルってんですよ。マサル・カジロ」
「そうだったのか。ありがとう、マサル君」
「いいんですよ……俺がやったのは所詮、最後のひと押しです。それまでずっと頑張ってたのはジャックさんじゃないですか。レーザーガン構えてタンカ切ったの格好良かったですよ、
「あれは……なんだその、もう必死でな」
ジャック氏は何やら恥ずかしいようでぱたぱたと手を仰がせた。
と、その時だ。
「……パパ?」
「ルーク!?」
「ルーク、目が覚めたのか! 大丈夫か!?」
隅に寝かされていた息子さんが起き上がり、親たちはそっちへ駆け寄って行った。
あの子は幸せだな、となんとなく思った。
……結局、誰しも自分が守り切れる領域の広さってもんがあるんだと思う。その中で戦った人がヒーローなんだ。
何の因果か、俺の場合それは世界丸ごとだった。
別にヒーローになりたくてやってるわけじゃないけれど……
自分にやれることならやらなきゃあウソだろ。差し当たって、俺が戦う理由はそれで十分なのだった。
お読みいただきましてありがとうございます!
引き続き本編をお楽しみください。