Life is what you make it   作:田島

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協議

「というわけで、八本指を始末しようと思う」

 宿の部屋、ラキュースが馬車で家へと連れて行ったのでツアレは既にいない。そう話を切り出したモモンガに対するクレマンティーヌとブレインの反応は両極端だった。クレマンティーヌは明らかに喜色を浮かべ、反対にブレインは怪訝そうに眉を顰めた。

「おい、何がというわけだ。全然話が繋がってねぇぞ。大体そんな目立つ事したらお前さん白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)に会った時何て言うんだよ、王国最大の犯罪組織をぶっ潰しましたけど自分には害はないですとでも言うつもりか」

「私はだいさんせーです。モモンガさんが表に出なければいい話だし、一杯殺れそうだし。私には対抗できないって風花の調査で分かってますけど六腕でも出てきてくれたらちょっとはいい勝負ができるかもしれないなー」

 クレマンティーヌ、お前は遠慮なく人を殺したいだけだな、うん、サイコパスめ。思いつつもモモンガは口には出さなかった。折角賛成してくれているのに賛成意見を潰すなど全くもって意味のない行動だからだ。

「クレマンティーヌの言う通り俺は表には出ないよ。王国の戦力を動かす方向に持っていきたい。そこでだ、八本指の拠点の情報を蒼の薔薇に渡して、そこ経由で王家に話を通して動いてもらう。拠点の情報は入手の目処が立ってるし、蒼の薔薇は八本指と戦ってるっぽいしラキュースは王城に登城できる格の貴族だ。実現不可能なプランじゃないと思うけど?」

「お前は直接手を下さないんだな?」

「基本的にはね。蒼の薔薇以外の方面から王様に働きかけてもらうためにガゼフに協力をお願いしに行こうかな位は考えてるけど」

「それなら、まぁ。にしても何だって急にそんな事言い出したんだよ」

「ツアレみたいに酷い扱いを受けてる人がいるなら許せないだろ?」

「……まるっきりの嘘ってわけでもないだろうが、お前はそんな単純な正義感だけで動く奴じゃねぇよな? 何を考えてる」

 モモンガを見つめるブレインは内心を見通そうとでもするように目を眇めた。この程度の言い訳では誤魔化せない位には見透かされちゃってるのか、と自分の事を理解して貰えたのが嬉しいような困ったような微妙な心持ちをモモンガは覚えた。

「モモンガさんがやりたいって言ってるんだからアタシ達はそれに従うだけじゃない? モモンガさんが許してるとはいえブレインちょっといい気になりすぎ」

「お前はそうだろうが俺は違うんだよ。納得できる理由ならちゃんと協力する」

 食い下がるブレインにクレマンティーヌが不穏な空気をちょっと醸し出し始めているが、ブレインも引き下がる気はないようだった。どうしてそこまでモモンガの行動の理由をブレインが気にするのか、という疑問はあるのだが早めに何とかしないと部屋の中で斬り合いが始まってしまいそうだった。

「理由、そうだな。ツアレの妹のニニャはカルネ村からエ・ランテルまでの旅で親切にしてくれた。というか人間の中では個人的にニニャは割と気に入ってる。ニニャは貴族に妾として連れ去られたツアレを救い出す為に冒険者になった、そのツアレの末路があれだ。そういう風に弱者を食い物にする八本指という奴等の存在がどうにも我慢ならんし、何より俺の気に入ってる人間の身内に手を出したらどうなるのか思い知らせてやりたい、というのが理由だよ」

「一番最後が本音だな……いいぜ、本当にお前が手を出さないってんなら俺も異存はない」

「八本指には俺は手を出さないよ。お前達二人に任せるつもりだ」

「それだが、俺は八本指の方に回る気はないぜ」

「えっ何で?」

 八本指を潰す話なのに何でブレインは八本指を潰すのに参加しないのか。六腕とかいう奴等が出てきたらブレインが必要になるだろ、と言いかけてこちらを見透かすように薄く笑ったブレインの表情にモモンガは気付いた。何を見透かされてるんだ? という疑問が募る。

「お前が手を下すまでもない有象無象の処理役は必要だろ?」

「いや別にいいよ、自分でやるし」

「ほらやっぱり何かやる気なんじゃねぇか、一人では行かせらんねぇな。お前が自分でやったら目立ちすぎんだろ」

 しまった、誘導尋問だったのか。簡単に引っ掛かってしまったモモンガは軽い屈辱感に呻いた。

「ほら俺って死霊系特化の魔法詠唱者(マジックキャスター)だし……得意の即死魔法ばっかり使えば全然目立たないよ?」

「後で騒ぎになる、そしてお前のそのマスクはとても目立つ。まさか全然関係ない目撃者まで一々全部消すつもりじゃねぇよな?」

「ぐっ……」

 バレてたか……〈嘆きの妖精の絶叫(クライ・オブ・ザ・バンシー)〉とか使って一気に処理するつもりだったってバレてたか……。どこまで俺を見透かしてやがるんだこいつは、とブレインに対しモモンガはやや薄ら寒い気持ちを抱いた。

「まあ六腕の相手に回れないのは悪いと思うけどよ、それは蒼の薔薇辺りにでも頑張って貰えばいいだろ。第一クレマンティーヌがいりゃ俺はいらん気がするぞ」

「さすがのアタシも外れを引いて六対一とかの状況だったら分が悪いかも。でも一対一だったらどいつ相手でも絶対負けないけどね、三対一位までなら何とかなるかなー? それにモモンガさんが手を下すまでもない有象無象の処理役が必要なのは賛成」

「二対一……多数決で負けなら従わないとな……それがアインズ・ウール・ゴウンの掟だ」

 クレマンティーヌまでブレインの意見に賛意を示したのでがっくりと肩を落としつつもモモンガは従う事にした。まあ別にブレインがいるからって困る事があるわけじゃない、と思ったのもある。目的さえ果たせればそれでいい。

 それにしてもブレインはどうしてこんなにもモモンガの行動の理由を知りたがったり、八本指や六腕を差し置いてまで着いてくると言ったりするのだろう。その理由が今一つモモンガには分からなかった。クレマンティーヌのような忠誠心はブレインにはない筈だから、単純にモモンガの身を守る為に、とかそういう訳ではないだろう。

 ブレイン側は強くなれる、モモンガ側は常識を教えてもらえて寂しくない。ブレインとはお互いにそういったメリットで結ばれた関係だし、何かモモンガの不利益になるような事をするとは考えづらいのだが、狙いが分からないのはどうにも据わりが悪い。しかしあのこちらを見透かすような笑みを思い出すと、普通に聞いたところで理由を教えてはくれないのではないか、という予感もする。

 一体ブレインは何を考えているんだろう。知りたかったけれども、知ってしまうのが怖いような気持ちもモモンガにはある。そうやって恐れて決して深入りはしなかった、あの頃は多数決をとるばかりで自分の意見なんて言わなかった、だから誰とも深い関係を築けず、結果として誰も残らなかったのかもしれない。そんな後悔があるから一歩踏み出すべきなのかもしれないとは思ったけれども、どうしてもその勇気が出せない。第一、どうやって切り出せばいい? 何て言い出せばいい? それがモモンガには分からなかった。

 臆病者の鈴木悟は未だに臆病者のままだ。

 クレマンティーヌのように忠誠で慕って従ってくれているわけではないから、ブレインはいつ去ってしまっても不思議ではないのだ。メリットで繋がる関係ならば、デメリットが勝れば関係を断とうとするだろう。結局自分はそんな浅く薄い関係しか他人と築けないのだろうか、そんな苦い思いさえ浮かんできてモモンガは息をついた。

 

 翌日、〈伝言(メッセージ)〉でカジットから聞き取った八本指の拠点の場所をモモンガが復唱しクレマンティーヌに書き取らせる。さすがズーラーノーンは広く深く人類圏に根を張っているだけあって、八本指の中にもかなりの数の構成員が潜伏していた為拠点の把握は容易だった。襲撃の際には内応までしてくれるらしいのでこれなら拠点の制圧も簡単だろう。頭目クラスの主な居場所も判明している。完璧な情報だった。やるなズーラーノーンとカジット、有能だ。心のなかでこっそりとモモンガは舌を巻いた。

『死の王よ、一つお願い事がございます』

「何だ、言ってみよカジット」

『王都に潜む我等の同志にも、その神々しいお姿と威光と威厳を示していただきたいのです。さすれば御身の偉大さに触れた者達が喜んで御身の前に跪きその為に働くでしょう』

「うむ、構わぬぞ。私はどうすればよい」

『日時と場所を調整いたしますので、また後程、夕方頃にでもご連絡いただければと思います。最後にお伺いしたいのですが……』

「何だ?」

『御身がその尊い手を下してまで八本指を誅殺する狙いとは何なのでしょうか? 愚かなこの身に教えていただければ幸いです』

「ふふ……簡単な話だ。腐った果実は食えぬであろう? 今の王国は今にも枝から落ちんとする腐り切った果実よ。私が手にする時には、美味なるものである方が良いではないか」

『成程、納得いたしました。先を見通される慧眼恐れ入りましてございます』

「世辞はよせ。ではまた夕方以降に連絡する」

 〈伝言(メッセージ)〉を切断し、溜まりまくった精神的疲労から肩を落とし首を回す。骨しかないのだから凝ったりはしないのだが、何となく気持ちが楽になる気がするのだ。

「……怖、キャラも声も変わりすぎだろ、ていうか王国征服する気なのかよ……」

「しねーよ! カジットがそう思い込んでるから合わせてるだけ! 誤解を解く方法があったらこっちが教えてほしいよ!」

 横で聞いていたブレインが初めて見る死の王ロールにドン引きしている。中々の完成度なので普段とのギャップに驚いているのだろう。死の王ロールを崩さずにカジットの誤解を解く方法を本当に心から知りたい、その願いはモモンガの願いの中ではアインズ・ウール・ゴウンの皆と再会したいという願いの次位には間違いなく今の所来ている。

「麻薬栽培してる畑の場所のリストも用意してくれてるっていうからそれは後日蒼の薔薇に渡せばいいだろ。さて、蒼の薔薇に会いに行くにしてもラキュースは今日登城してるんだったっけ……というかまずはアポ取るか。〈伝言(メッセージ)〉」

『……モモンガか?』

「やあイビルアイ。ちょっとお願いというか提案が蒼の薔薇にあって相談したいんだけど、ラキュースさんっていつ頃戻ってくる? というか今日も天馬のはばたき亭にいるの?」

『何だ、ラキュースがいなければできん話か? 他の者は宿にいるが』

「やっぱリーダーであるラキュースさんがいた方がいいかなと思って。結構重要な相談だからさ。八本指の事でちょっとね」

『……何故お前が八本指の話を? 提案とは何だ』

「一気に根こそぎ叩き潰す相談、と言ったら?」

『…………すぐには答えられん話だな。ラキュースに確認をとってこちらから連絡する、少し待て』

 イビルアイのその言葉の後〈伝言(メッセージ)〉が一旦切断される。しばらく待っているとイビルアイと繋がる感覚があった。他人から〈伝言(メッセージ)〉を送られるとこんな感じがするのか、と初めての感覚にモモンガは軽く感動を覚えた。

『待たせたなモモンガ、ラキュースに伝えたが話を聞きたいので王城まで来てほしいとのことだ』

「えっ王城? やだよそんな堅苦しそうなとこ……」

『子供かお前は。まあ私もあそこは好かんがラキュースは今王城で八本指対策の話をしている、まとめて話したいという事なのだろう。私達も向かうからお前も来い』

「うーん……まぁどっちにしろ行かないといけなかったからいいか……分かったよ、王城前で合流しよう」

『了解した、ではまた後程な』

 イビルアイの了承の後〈伝言(メッセージ)〉が切断される。こんな不審者が王城なんて入れるのだろうか、不安で一杯だが貴族であるラキュースが何とかしてくれるかもしれない、そうすればもう一つの目的であるガゼフとの接触もやりやすくなるだろう。前向きに考えるしかない。

「さて、王城に行くけど」

「俺ぁここで待ってるぜ、行ってきな」

「ダメに決まってるでしょぉ? アタシは情報収集があるからブレインがモモンガさんに着いていってよね。役割分担ってヤツだからさぁ」

「マジかよ……」

 クレマンティーヌの言葉にブレインがげんなりした顔を見せるが、一人で行くのは不安なのでモモンガとしては誰か着いてきてほしい。ので止めない。

 リストを持ち宿を出てクレマンティーヌは一人情報収集に、モモンガとブレインは王城へと向かう。広大な国土を持つ人口九百万人(とクレマンティーヌが教えてくれた)の王国の王城だけあって立派な建物で高さもあるので土地勘のないモモンガでも向かうのは然程難しくはない。大通りへと出て王城の方角へと歩いていく。

 王城前では蒼の薔薇の面々が既に待っていた。ガガーランとイビルアイの他に、初対面の顔が二人いる。双子のようで、差し色が赤と青で違う他はそっくり同じな体にぴったりとした露出の高い服装で、見分けが付かない同じ顔をした二人の少女だった。

「よう、モモンガ、待ってたぜ」

「どうもガガーランさん、イビルアイ。そちらの二人は初めましてだね、モモンガといいます。こっちはブレインね」

「私はティア」

「私はティナ」

 まるでステレオスピーカーだ、声までそっくりだ。今自己紹介されたばかりだというのにどちらがティアでどちらがティナなのか既に分からず、モモンガは大いに困惑した。

「……うーん、ごめんね、名前は覚えたけど正直見分けが付かない」

「問題ない、モモンガはどちらも対象外だから」

「……? 対象外?」

 双子の謎の発言にモモンガが首を捻っているとイビルアイがこれ見よがしな溜息を大きくついた。

「この変態双子の事は気にしなくていい。さて、ラキュースが迎えに来てくれるという話だったが」

 そのまましばらく待つと、門からラキュースが出てきた。昨日の動きやすそうな服装ではなく見事なドレス姿だ。

「遅くなってごめんなさい、奥にいたものだから移動に時間がかかって」

「いえ、こちらこそ急にすみません、蒼の薔薇の皆さんもご足労いただき感謝します」

「お話は中で伺います、聞かせたい人がいますので。じゃあ行きましょう」

 ラキュースの先導で王城へと入ろうとするものの当然の如くモモンガは止められた。だがブレインの仮面の呪いの説明と貴族であるラキュースの口添えで何とか事なきを得て、城門で各自武器を預け無事王城へと足を踏み入れる事に成功する。

 幾つかの立派な建物を通り過ぎ王城の敷地内を奥へと進んでいく。最も奥まった所にある三つの建物の内一番大きなものへとラキュースの先導で向かう。ちょっと待て、話を聞かせたい人ってこんななんか凄いとこにいるの……? と内心激しく動揺しているものの話を聞いてもらうにはとりあえず着いて行くしかない為、モモンガは内心の動揺を隠しながら蒼の薔薇の後に続いた。

 王宮の最奥にある立派な建物に入ろうとして勿論衛兵にモモンガは止められたが、先程同様の手順でやり過ごす。その時にラキュースがとんでもない事を言った。

「第三王女、ラナーがこの人を呼んでいるのよ。信じられないなら確認を取って頂戴」

 ……は? 聞いてないんですけど? 王女?

 思わず素でモモンガは言いそうになったので必死に抑えた。ラナー殿下と親しいアルベイン様の仰る事ならば、とか衛兵が納得してるけどどういう事だ。聞いてないぞ。えっもしかしてここって王族がいるの? ラキュースってここ顔パスできるの? 俺今から王女に会うの? 疑問が次々に湧き出てくる。あまりの動揺に精神が沈静化された位だ。

 沈静化され落ち着きを取り戻した思考で改めて考えれば、王族に直接話を出来るのは悪い事ではない。王族に話を通すのはラキュースに丸投げして楽をするつもりでいたが予定が変わっただけだ。直接説得できる方が都合がいいといえばいい。ここは前向きに考えるべきだろう。

 微動だにしない近衛兵がそこかしこに立つ宮殿をラキュースはずんずん奥へと進んでいく。幾度か階段を登り奥へ奥へと複雑な経路で進んで、奥まった一室の前でようやくラキュースは立ち止まった。

「ティエール、戻ってきたわよ」

 ラキュースがノックをしてそう声をかけると、ドアが開いて白銀の鎧を身に着けた少年が姿を見せた。

「お待ちしておりました、どうぞ、アインドラ様、蒼の薔薇の皆様方……あの、そちらの、仮面の方は?」

「さっき言っていた八本指を潰す提案を持ってきてくれた人よ、クライム。今から彼の話を聞くから、入ってもいいわよね?」

「ラナー様がご許可されている事に異存などございません。お引き止めして大変失礼いたしました、皆様どうぞ」

 少年が脇へと下がり、一行は部屋の中へと入っていく。外側の一面に透明なガラスを嵌め込んだ窓が数多く並び光に満たされたその部屋には、陽光にも負けない眩しい美貌の少女が微笑みを浮かべて座っていた。

 そもそもこの世界は顔面レベルが高い。鈴木悟の世界であればテレビや映画でスターになれるような美貌を持った男女が街を歩いていればそこら中を普通に歩いているし、ブレインとクレマンティーヌにしてもモモンガから見ればかなりの美男美女だ。蒼の薔薇だってラキュースを筆頭に美女揃いだし、ガガーランも全体的に造りが大きくてごついだけで造形自体は整っている。アンデッドの体になって性欲が失われていなければクレマンティーヌとの旅は正直相当辛かったと思う。

 そんな高い水準の顔面レベルのこの世界の人間の中でも、恐らくは王女と思われる目の前の少女の美しさは群を抜いて際立っていた。さらさらとした手触りが容易に想像できる艷やかで細いプラチナブロンド、美しい曲線を描いた頬は健康的な薔薇色で、小振りの唇も程良い濃さのピンク色、上向いた長い睫毛に縁取られた濡れたような明るい碧色の瞳が印象を強く残す。にこやかに笑んだ少女が愛らしく口を開いた。

「皆様、ようこそお越し頂きました。どうぞお好きな席へお掛けください」

 声まで可愛いわ……完璧な非の打ち所のない美少女じゃないか……そんな思いをモモンガは浮かべながら下座と思われる席に腰掛けた。椅子が足りないのでブレインはモモンガの後ろに立っている。

「椅子が足りませんでしたか……今持ってこさせますね」

「おっと、お気遣いは無用。俺はこいつの付き添いなんでね、話には参加しませんから」

 後ろに控える少年兵へ追加の椅子を申し付けようとする王女をブレインが押し止める。参加しろよ! とブレインにツッコみたくなったが王族の前でそんな態度をさすがに見せるわけにもいかず、絶対に後で文句言ってやるぞとモモンガは心に誓った。

「ご存知の方もいらっしゃいますが、初対面の方もおられますから自己紹介を。わたくしはリ・エスティーゼ王国第三王女、ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフと申します」

 上品に名乗り王女は微笑んだ。そこから自己紹介が始まりモモンガの番になる。

「モモンガと申します。一介の魔法詠唱者(マジックキャスター)でして王族の方とお話できるような礼儀作法の心得がございませんので、ご無礼の段がございましてもご容赦頂ければ幸いです」

「ご安心下さい、堅苦しい席ではございませんから言葉遣いも楽にしてくださって結構ですよ。お名前は以前より伺っております。ガゼフ・ストロノーフ戦士長を狙った法国の特殊部隊、陽光聖典でしたっけ? をお一人でほぼ全員降伏させた凄腕の魔法詠唱者(マジックキャスター)とか」

 ラナーのその言葉に蒼の薔薇一同が驚きを見せる。

「よくご存知ですね、武勇を誇るようでお恥ずかしい限りです」

「いえ、そんな方のご提案という話でしたので是非ともお聞きしたいと思ったのです。それで、モモンガ様の提案というのは一体どんな内容なのでしょうか?」

「まずはこれをご覧ください」

 そう告げてモモンガは身を乗り出しテーブルの上にクレマンティーヌに書き取らせたリストを置いた。

「……これは?」

「八本指の拠点のリストです。首魁の主な居場所も判明しております」

「モモンガ、お前はどうやってこれを手に入れた、これの信頼性は如何ほどのものだ」

「かねてより付き合いのある、とある組織から情報を提供してもらいました。組織の構成員が八本指に潜入しておりまして、襲撃の日時さえ決めれば内応してくれる手筈となっておりますので拠点も容易に制圧できるでしょう。信用されるかされないかはご随意に。ご希望であれば後日麻薬を栽培している畑のある場所のリストもご用意しますよ」

 イビルアイの問いに対するモモンガの答えに、ラナーとブレイン以外の者が息を呑んだ。

「……お前がそこまでする理由が分からないな、何が狙いだ」

「私は憂えているのですよ、この国の現状を。旅をして今回初めてこの王国を訪れ、弱き者の生き辛さを見ました。弱者が強者に喰われるのは確かにこの世の理、それでも面白半分に弱者が虐げられるような事はあってはならないと愚考いたします。単刀直入に申し上げるなら、極めて不愉快なのですよ、八本指という強者気取りの愚か者共の愚行が」

 淡々と述べたモモンガの言葉に誰も返事を返さなかった。蒼の薔薇の面々はモモンガの怒りが向く事の恐ろしさが恐らく一端とはいえ分かっているから、ラナーはどうしてかはモモンガには分からない。

 しばしの沈黙の後、ラナーが口を開く。

「提案、という事でしたが、このリストをご提供頂いて提案するのであれば八本指を一網打尽にするという事ですよね。それは勿論わたくしとしても望むところなのですが、何分わたくしには動かせる兵力がございません」

「是非とも王にご提案頂けませんか。王国を蝕む巨悪を王都から根絶したとあれば王の権威と力も増すでしょう、利のない話ではないと思いますが」

「そう簡単な話ではないのモモンガさん……八本指と繋がって甘い汁を啜っている貴族は派閥を問わず数多いですから、八本指を潰せば王への貴族の反発はそれだけ強くなるんです。和を尊ばれる王は強権を発動する事を好まないでしょうし……」

 ラナーの質問にモモンガが答えるが、ラキュースの反応からすると王を動かすのは難しいようだった。しかし拠点の数からしても多くの兵士が必要になるだろう、王やそれに準じる数の兵力を動かせる者の協力は必須だ。

「なればこそ王に動いて頂く意味があるのでは? 王女たる方の前で失礼かとは存じますが、和を尊ぶといえば聞こえはよろしいですがその実王は優柔不断な所があり、貴族派閥と王派閥どちらにもいい顔をしようとしてかえって派閥間の対立を深める一因となっていると聞き及んでおります。ここで断固たる態度を見せれば王を見直す貴族も多いでしょうし、滅びてしまえば八本指から受ける利益ももうありません、強い王の前では内心はどうあれ貴族も黙るしかないのでは?」

 派閥と王の話は勿論クレマンティーヌ情報だ。強い王の前では黙るしかないというのは鮮血帝の話の記憶から今考えついた。鮮血帝は名前からして怖いがそれ位強気でいかなければ国をまとめる事などできないという事なのかもしれない。

「分かりました、お父様にはわたくしからお話してみます。ただ、派閥間のバランスを取りお父様を助ける事に苦慮しておられる方もおりますので、その方にもお話を通しておいた方がよろしいでしょう。恐らく兵力などのご協力もいただけますしね」

「そのような方がおられるのであれば是非ご協力頂ければ心強いですね、お任せします。私の方からは本日は来ておりませんがクレマンティーヌという戦士をお貸しします。六腕とも対等以上の闘いが出来る事は保証致します」

「モモンガ様は参加されないのですか?」

「私は他にやる事がございまして。それに私が力を振るう事で要らぬ不安を煽りたくはございませんので」

 モモンガのその言葉にラキュースとイビルアイが僅かに俯いた。ラキュースの顔色には確実に安堵の色があった。

「ただ、蒼の薔薇とモモンガ様からお貸し頂く方だけでは六腕への対抗戦力としては数的に不安ですね……」

「それであれば、私は死霊系統の魔法を修めておりますので、六腕と戦って十分勝算のあるアンデッドをお貸しできますよ。勿論私の命令に絶対服従ですので八本指以外に危害を加える事はありませんし、例えば現場の指揮官の命令を聞くようにする事も可能です」

「如何ほどの数ですか?」

「十二体ですね」

 そのモモンガの答えに蒼の薔薇の面々は一様にぎょっと驚愕の色を見せた。

「六腕と戦えるアンデッドを十二体ですか……? 同時に?」

「そうですが、少なかったですか?」

「多すぎるんです……ただ、アンデッドですと兵士達が動揺するでしょうから、その案の採用は難しいかと……」

「やっぱりそうですよね……」

 ラキュースの答えに予想はしていたもののアンデッドへの人間の忌避感の強さを再確認させられモモンガはがっくりと少しだけ密かに落ち込んだ。

「ならば、私が遊撃として上空で待機しよう。六腕がいた拠点を担当する隊は蒼の薔薇やモモンガの所の戦士がいない場合には発煙筒を使ってもらい、私が向かって順次制圧していく、というのでどうだ」

「イビルアイなら確実ね、それでいきましょう」

 イビルアイの案があっさりと採用される。モモンガには強さがよく分からないのだが、ブレインより強いのだからイビルアイは恐らくこの世界では相当の強者なのだろう。ならばクレマンティーヌより恐らく格下の六腕となら勝算十分というところなのだろう。

「ブレイン・アングラウス、お前は来ないのかよ」

「俺はこいつのお守りをしなきゃならないんでね、すまんな」

 ガガーランの問いにブレインが軽い調子で答える。お守り言うな、と言ってやりたいのはやまやまだったがさすがにこんな場所でそんな事はできない。後で言う文句に追加だ。

「話は纏まりましたね、後はお父様の説得だけです。それではクライム、お願いがあるのですが」

「はい、ラナー様」

「レェブン候をここへ呼んできて頂けますか? つい最近の会議におられたので、まだ王都内にいらっしゃる筈です」

「レェブン候は派閥間を飛び回る蝙蝠って聞く、利益があればどちらにでも付く男、八本指からの金でも動く」

「そこから情報が漏れるなど考えたくもないぞ、王女」

 ラナーの呼んだ人物にティアかティナのどちらかとイビルアイが批判を向ける。ラキュースも懐疑的な表情でラナーを見やった。モモンガは領地を治める当主としては先進的な良君とクレマンティーヌから聞いているが、どうやら一般的なイメージとしてはフラフラ派閥間を飛び回る蝙蝠らしい。しかしラナーは先程、協力者は派閥間のバランスの調整に苦慮していると言っていたような記憶がモモンガにはある。この差は一体どういう事なのだろう。

「ねぇラナー、レェブン候には良いイメージがないんだけど、信頼していいのかしら?」

「確実とは言い切れないし、それに彼は八本指からある程度の見返りを貰っていると思うわ。でも、レェブン候が皆さんの言うような方だったとしても八本指から受ける以上の利を示せば動いてくれるのではなくて? それに金銭を貰っていても八本指に協力する意志のない人物だっている筈でしょう。候の策謀がわたくしの想定を上回っていればどうなるかは分かりませんけど、賭けですね。クライム、レェブン候にモモンガ様が八本指について情報を提供して下さったという話をして下さい、それで会って下さると思いますから」

「かしこまりましたラナー様、それでは行って参ります」

 クライムと呼ばれた白金の鎧の少年は一礼すると足早に部屋を出ていった。さて、と言い置いてからモモンガも席を立つ。

「差し当たってのお話も終わったと思いますので私はこれで失礼したいと思います。王のご説得の結果や決行の詳しい日時や段取りなどはイビルアイさんを通してお伝え下されば幸いです」

「大変有意義なご提案をありがとうございました、モモンガ様。わたくしも王族としての務めを果たす為及ばずながら出来る限りの努力をさせて頂きたいと思います」

「色々とご無礼もあったかと思いますが寛大なお心に感謝いたします、王女殿下。それでは失礼致します」

 深く一礼してからブレインを伴ってモモンガは王女の部屋を辞した。ドアを出てから、道が分からないという事に気付いた。

「……ブレイン、外までの道覚えてる?」

「誰か付いてないとやっぱ危なっかしくていけねぇなお前は……付いてこい」

 どうやらブレインは道を覚えていたようで、淀みなく先を進んでいってくれる。〈妖精女王の祝福(ブレス・オブ・エターニア)〉をダンジョンでも何でもない城で使うとか格好悪い事にならなくて良かった、ブレインがいてくれて心から良かった……とモモンガは深い感謝を覚え先程心に刻んだブレインへの文句を忘れる事を決めた。

 建物の外まで出て衛兵に戦士団が詰める場所を聞く。というかブレインに聞いてもらった。戦士団がどこにいるのか衛兵の説明ではモモンガにはよく分からなかったのだがブレインは理解したようで、やはり淀みなく城の敷地内を進んでいく。しばらく進むと、カルネ村で見たカスタマイズされた鎧姿が複数道の先に見えた。

「モモンガ様でいらっしゃいますか? お久し振りです。覚えていらっしゃらないかもしれませんが、カルネ村で助けていただいた内の一人です」

 戦士団の一人がこちらに気付いて声をかけてくれる。声に応えモモンガは軽く頭を下げた。

「その節はどうも。ガゼフ殿にお会いしたいのですが、今どちらにいらっしゃいますか?」

「戦士長は今訓練中です。お呼びしてきましょうか?」

「いえ、大事な訓練を中断させてしまうのも心苦しいですから終わるのをお待ちしたいと思います。どこかお待ちできる場所はございますか?」

「了解しました、それではご案内します」

 団員は城の尖塔の一つの中にある部屋にモモンガとブレインを案内してくれた。部屋には椅子とテーブルと何が入っているのか分からない木箱があるだけで簡素だが、人を待つのには十分だろう。団員がガゼフに声を掛けに行ってくれたので椅子に腰掛けガゼフを待つ。

 四半刻も待っただろうか、ひょっこりとガゼフが姿を見せた。

「お待たせして申し訳ないモモンガ殿、ブレイン。本日はどうされたのだろうか? 何故王城に?」

「お仕事中でお忙しい中すみません。実は今日、ラナー王女殿下とお会いしある提案をして参りました。その事についてガゼフ殿にお話があります。お時間は大丈夫でしょうか?」

「……王女殿下が関わる程重要な話ならば、時間を割いてでも聞かねばなるまい」

 表情を引き締めるとガゼフは椅子に腰掛け話を聞く体勢を整えた。一つ頷いてモモンガは口を開く。

「提案というのは八本指についてです。彼の者達の王都内の拠点について情報を得る機会がありましてね、兵力さえあれば王都から一挙に一掃する事も可能です」

「それは誠か! いや、そんな嘘などつかれる方ではないな、モモンガ殿は。で……私に何を望まれる?」

「王女殿下には王が動き兵を動かすよう説得して頂く事をご提案いたしました。ガゼフ殿からも、是非王を説得してほしいのですよ。勿論実行の際にはガゼフ殿も戦力として加わって頂ければ心強いです」

「説得か……口の回る方ではないので荷が重いが……」

「回る口など必要ではありません。ガゼフ殿の真心を感じさせる言葉があれば、王の心も動くのでは? 王が八本指を王都から排除したという実績をもって権威と力を回復されれば、王に対する貴族の信頼も強くなり結果として派閥争いも王側の勢力が強くなるのでは? 貴族派の反発はあるでしょうが、強き王であれば表立っては逆らえますまい。そしてガゼフ殿も王の為に働きやすくなるでしょう。カルネ村の時のように碌な装備もなく陽光聖典と戦わされるような事態もなくなるのでは?」

 モモンガのその言葉にガゼフは目線を伏せしばし黙り込んだ。ガゼフの言葉には恐らく力がある、嘘をつけない男だと誰もが知っているから信頼度が違う。不器用者だと自分では言っていたが、だからこそその言葉は人から信頼されるのだ。

「……王国を蝕む麻薬の害を例に出すまでもなく八本指の排除は急務、それを王自らが為すのが一番の良策なのは確かだ。派閥間のバランスがどう動くか分からず宮廷が混乱に陥るかもしれないという懸念はあるが……モモンガ殿の言われる通り強き王であれば貴族達も概ねは従うだろう……分かった、私からも王にお話してみよう。ただ、上手くできるか全く自信はないのだが」

「ガゼフ殿のそのような所を王も評価され重用されているのだと思いますよ、ですからその言葉も必ずやお耳に入れて下さるでしょう。無理なお願いを聞いて頂き感謝いたします」

「よして下さいモモンガ殿、貴殿に受けた恩義に比べればこの程度の事何という事もない。戦士団の装備では天使達には為す術もなく部下が殺されていた、あの巨大な天使に至っては対峙すれば私も生きてはいられなかった。今私があるのはモモンガ殿のお陰なのだから」

「ふふ、その恩はこうして返して頂くのですからもう十分ですよ。それでは、話も終わった事ですしお仕事を邪魔しているかと思いますので我々は退散いたします。また後日、この件が片付いたら是非お宅を訪ねさせてください」

「是非とも来訪をお待ちしている」

 モモンガは椅子から立ち上がると一礼しブレインを伴って部屋を出た。尖塔を出てから道が分からずブレインに先を歩かせたのは当然といえば当然の結果だった。

 

 モモンガという男は、人ではないかもしれない。それがラナーの分析だった。

 八本指に対する不快感の表明の言葉、言葉の内容こそ強い怒りを感じさせるが、声色は極めて軽かった。道端の小石を蹴るような軽さだ。

 モモンガの発言に対するラキュースの反応も気になった。モモンガが八本指への攻撃に参加しないと宣言した時、明らかにラキュースは安心していた。参加されたら大変な事になる、とでも言わんばかりに。そして、表情こそ見えないものの人ではない力を持つイビルアイもラキュース同様の安堵を微かに見せていた。

 国堕としが恐れる存在が果たして人だろうか。否、例え人間という種であったとしても人ではない力を持つ者だろう。

 どうせならこの国を滅茶苦茶にしてくれれば、王家など存続できないようにしてくれれば、私はただのラナーとしてクライムと結ばれる事が出来たのに。その意志があのモモンガという魔法詠唱者(マジックキャスター)にない以上、不要の接触は危険を招くだけだろう。王家は崩壊させてほしいがラナーは死にたくない。わざわざ虎の尾を踏む事もない。

 危険、という事を覚えておけば大丈夫でしょう。馬鹿なお兄様が尾を踏んで虎に噛み殺されてしまえば面倒が減るのですけれども。

 闇に沈んだ夜の街を窓から眺めラナーは考える。ああ、どうすれば私はクライムと望む形で結ばれる事が出来るのだろうか、と。


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