新刊の『上級国民/下級国民』(小学館新書)では、欧米先進国を中心に、「白人」や「男性」などこれまで社会の主流派(マジョリティ)とされていた一部が中流階級から脱落し、下層(アンダークラス)に吹きだまっていることを述べた。日本でも欧米から半周遅れで同様の事態が起きており、これを表わすネットスラングが「上級国民/下級国民」だ。
アメリカの白人が「知能」によって新上流階級と新下流階級に分断されていることを指摘したのは政治学者のチャールズ・マレーで、トランプが大統領に選出されて世界を驚かせるより前(2012年)に、『階級「断絶」社会アメリカ』(草思社)で、「知識社会」からドロップアウトし貧困に陥る白人たちの苦境を報告している。
[参考記事]
●アメリカ社会は人種ではなく“知能”によって分断されている
マレーは行動計量学者リチャード・ハーンスタインとの共著『The Bell Curve(ベルカーブ)』で白人と黒人のIQを比較し、悪名を轟かせていたために、「白人の分断」という指摘もリベラル派からかんぜんに無視されてきたが、トランプ大統領誕生後、リベラルな研究者やジャーナリストらが精力的に行なったラストベルト(錆びついた地域)の研究は、すべてマレーの後追いでその正しさを追認するものだった。
たとえば、先ごろ翻訳されたアメリカの政治学者ジャスティン・ゲストの『新たなマイノリティの誕生 声を奪われた白人労働者たち』(弘文堂)では、所得や教育にもとづく棲み分けがアメリカ社会において歴史的な前例を見ないまでに加速してきていると述べたうえで、それがさらなる社会経済的な固定化につながる理由を、「多様な種類の人々が混ざりあうために社会的上昇の機会が減少するからでもあり、またおそらくは、チャールズ・マレーが論争的に主張するように、社会が知能指数によって分断されているためでもある」と述べている。
そのアメリカで、いま新しい社会現象が起きている。それが「ワーキャンパーworkamper」で、「work(働く)」と「camper(キャンパー)」の造語だ。その大半は貧しい白人高齢者で、彼ら/彼女たちはキャンピングトレーラーとともにアメリカじゅうをドライブし、キャンプ場で暮らしながら季節労働者として働いている。まさに、「アメリカの知られざる下級国民」だ。
キャンプ場で暮らしながら季節労働者として働く「ワーキャンパー」
ジャーナリストのジェシカ・ブルーダーがワーキャンパーに興味をもったのは、そこに男性だけでなく、高齢の女性もたくさんいることに気づいたからだ。彼女たちは大型RVを運転しながら、たった一人で放浪生活をつづけている。
そんな女性ワーキャンパーを取材したのが『ノマド 漂流する高齢労働者たち』(春秋社)で、原題は“Nomadland Surviving America in the twenty-First Century(ノマドランド 21世紀のアメリカをサバイバルする)”だ。
なぜ、すべてを捨ててノマド(放浪者)になるのだろうか。
大自然に恵まれたアメリカではキャンプがさかんで、ひとたび都市を離れれば大型キャンピングトレーラーを牽引する車をいたるところで見かける。夏はコロラドやワイオミング、冬はフロリダや南カリフォルニアの自然のなかで、ヘンリー・ソローの『森の生活』のような暮らしをするのが退職後の理想とされている。
優雅なキャンパーとワーキャンパーのちがいはどこにあるのか。それは、ワーキャンパーには家がないことだ。彼ら/彼女たちは、家賃や住宅ローンを払わない暮らしを自主的に選択したのだ。
現代の「ワーキャンパー運動」を主導するのは、ボブ・ウェルズというアラスカ出身の元セイフウェイ商品管理係だ。
1995年、ボブは13年間連れ添った妻と離婚し、クレジットカードを限度額まで使い切って3万ドルの負債を背負い込んで自己破産した。離婚後のボブは、2人の息子と暮らす妻に2400ドルの月収の半分を渡していたが、そうなると職場のあるアンカレッジにアパートを借りることができず、家を建てようと何年も前に買っておいた土地から毎日80キロの通勤を余儀なくされることになった。
そこでボブは、古いピックアップトラックにキャンパーシェル(荷台に取り付ける脱着可能な居住部分)を載せて、職場のセイフウェイのすぐそばに車を停め、週末だけ自宅に帰ることにした。すると上司たちは、ボブの奇行を気にしないばかりか、勤務時間になっても姿を見せない者がいると、その分の仕事もボブに回すようになり、思わぬ時間外収入が入ってきた(ボブはいつでもすぐ目の前にいたのだ)。
この経験からボブは、一生このスタイルでやっていけるんじゃないかと思うようになった。そして、中古のシボレーの箱型トラックを500ドルで買い、ボックス部分にベッドを運び込み、居住可能に改装した。ボブは40歳にして、箱型トラックに暮らすようになった。
次いで、合材と木材で二段ベッドを作り、座り心地のいいリクライニングチェアを置き、プラスチック製の棚を壁にネジ止めした。アイスボックスとコールマン製のコンロをキッチン代わりにし、水はコンビニエンスストアのトイレで大きな容器を満杯にした。
壁と屋根に断熱材を入れ、気温がマイナス34度以下に落ち込む冬も暖かく過ごせるように触媒ヒーターと40ガロン入りのプロパンガスのタンクを買った。夏の暑さ対策には、換気扇つきのシーリングファンを取り付けた。発電機と蓄電池、インバーターで照明を確保し、電子レンジとブラウン管テレビも備え付けた。
こうして新しいライフスタイルに満足すると、ボブは2005年に「安上がりRV生活」というウェブサイトを立ち上げ、車上生活の体験とノウハウを提供しはじめた。
2008年の金融危機後、ボブのサイトへのアクセスが爆発的に増えた。「失業した人、貯金をすべて失った人、家の差し押さえが決まった人たちからeメールが毎日のように届いた」とボブは述べている。そんなひとたちを励ましているうちに、ボブは車上生活のエヴァンジェリスト(伝道者)になっていった。
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