アルベドさん大勝利ぃ!   作:神谷涼

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 有能なアルベドさんの舞台裏回です。タイトルがよくわからなくなってきてますが、アルベドさんは勝利を諦めず努力を続けています。


19:屈しない!

 ナザリック地下大墳墓、第五層。

 氷結牢獄。

 真実の部屋。

 人間ならば身の毛のよだつ、悲鳴と絶叫に満ちた場所。

 だが、今の来客らには最も落ち着く妙なる調べであった。

 

「それはまた、贅沢な悩みだね」

 

 長身の悪魔が皮肉げに笑い、肩をすくめる。

 

「私個人の悩みなら、話さないわよ。けど、私一人に固執なさるのは、ナザリックにも、モモンガ様ご自身にも、よくないでしょう?」

 

 対する女淫魔(サキュバス)は真剣な表情。

 

「御身の寵愛を一身に受けて、守護者統括殿は何を悲観するのかな?」

 

 悪魔は薄く笑い、問う。

 理由がわからぬではない、ただもう一人に説明させるためだ。

 

「そうよそうよん! シャルティア達ばっかりずるいわッ! 私だって、仲間に入れて欲しいのよん!」

 

 響いていた悲鳴が止まり、異形が会話に割り込んだ。

 特別情報収集官ニューロニストである。

 

「私だって、あなたも紹介したのよ。でも、あの姿になったせいか……モモンガ様は、あなたを愛らしいとは思っても、そういう対象には思えないそうなのよ」

 

「な、なんですってェーッ! じゃあペット! ペットはどうなのよん!?」

 

 必死である。

 至高の御方のペットは、ナザリックの誰もが憧れる地位なのだ。

 

「今はルプスレギナと、新しく入れた人間の女で手一杯……って様子ね」

「キィーッ! あの泥棒犬! それに何よ人間って! 至高の御方々に酷いコトした連中じゃない!」

 

 その言葉に、笑いながら会話を聞いていた悪魔――デミウルゴスの尾が床を叩く。

 アルベドの翼も、びくりと跳ねた。

 かつて骸骨の魔法使い(スケルトンメイジ)だったモモンガを、人間種プレイヤーが何度もいたぶり殺したという。それだけでは飽き足らず、同様の人間種プレイヤーどもは、三人の創造主――いや、至高の御方全員に、同様の非道を働いていたのだとか。

 あの日、モモンガの語った中でも最大の衝撃の一つである。

 ナザリックのNPCならば、誰もが気の狂いそうな怒りに駆られる逸話だ。

 もし、その人間がいるなら……世界もろとも滅ぼさねばと思えるほどに。

 彼らですらそうなのに、当事者だったモモンガら至高の御方の胸中はいかばかりか。

 

「よしたまえ。モモンガ様もおっしゃられた通り……人間種全てを憎んでは、モモンガ様を害した連中と同じだよ」

「それに今のところ、連れて来た人間はどれも、モモンガ様に気に入られているでしょう?」

 

 ニューロニストのみならず、己自身にも言い聞かせる。

 デミウルゴスもアルベドも。

 彼の件について、冷静でいるのは難しいのだ。

 そしてちょうどその時、囚われ拷問を繰り返されていた男の一人が口を開いた。

 幾度も拷問を受けた男のその精神力は、相当なもの……かもしれない。

 まさに奇跡的な、福音とも呼べるタイミングだった。

 

「ぐ……うう……そ、そこの女、この拘束を解けっ……この俺の側室にしてやる……」

 

 三人の視線が、その男に向いた。

 拷問を受ける者たちは、全裸にされている。

 アルベドに欲情したのか、その下半身では下劣な肉塊が隆起していた。

 

「これは?」

 

 アルベドが、至高の御方には決して見せない冷え切った目を向ける。

 おそらく至高の御方に向けても、悦ばれるのだろうけれど。

 

「あー……王国の第一王子、だったかな?」

「そうねん。かわいがってあげても、それしか鳴かない子よん」 

 

 三人の怒りが、ある意味で抑えられた。

 

「女! 助けろと言っているのがわからんのかッ! この俺を誰だと思っている! リ・エスティーゼ王国第一王子バルブロだぞ! 解放すればこの怪物どもを皆殺しにし、お前に俺の側室となる栄誉を――」

 

 アルベドの体を舐めるように凝視しながら叫ぶ様子は、まさに言葉を吐く下等生物。

 

「今ばっかりは、アルベドに同情するわねん」

 

 ニューロニストが助手たる拷問の悪魔(トーチャー)を手招き、差し向ける。 

 それが近づくだけで、男は野太い悲鳴をあげた。

 切れ間にまだ何か言っているが、三人は互いに肩をすくめる。

 

「なるほど。驕り高ぶった末はこうなると」

「力があるからと、人間種全てを見下せば……ね」

「確かに、ああはなりたくないわねん」

 

 互いに深く頷き合う。

 己が不覚を取った時、あんな風にナザリックの名、御方の名を使って命乞いをするとしたら。

 いや、命乞いですらない、現実を直視できず上位者気取りで振舞い続けるとしたら。

 それこそ、御身を害した連中の姿そのものではないか。

 

「反吐が出る」

 

 誰が言ったか、三人にもわからなかった。

 モモンガ様を救った、たっち・みー様は屑どもから風評被害を受け続けたと聞く。

 一方で、至高の御方と友情を育み、敬意を捧げてきた人間種プレイヤーもいたという。

 

「……やはり、至高の御方の言葉は正しいということだね。人間種という括りで、単純に判断してはならないということだ」

 

 どこか晴れ晴れとした様子で、デミウルゴスが言った。

 他の二人も、頷く。

 玉座の間に招かれたニグン、カジットは、これに比べれば遥かに好感の持てる傑物だった。

 クレマンティーヌという女も、思いのほかモモンガと仲良くしている。

 一方で、こんな()()を、至高の御方の目に触れさせてはなるまい。

 人間種は、個体によって大きく異なると認識すべきなのだろう。

 

 以来、バルブロ王子の扱いは変わった。

 

 人知れず拉致され、拷問を繰り返されてきたが、彼の誇り(だけ)高い魂は、いかなる苦痛にも屈さず。

 命乞いに金を差し出す言葉しか吐けぬ貴族や汚職官吏とは、一線を画した扱いを受けるようになる。

 より時間をかけてじっくり苦しむよう、懇切丁寧に拷問されるようなったのだ。

 これに、彼がどれほど自尊心を満たしたかは不明である。

 ただ、その後も彼の心が折れなかったこと、間違いない。

 彼は重要な()()となったのだ。

 人間種全体を憎みがちな守護者たちに、その愚かさを教える啓蒙者として。

 彼は人間種の中で、ナザリックのNPCの意識改革に最大の影響を与えたと言えるだろう。

 彼のおかげで、NPCたちは人間種殲滅という考えを捨てたのだ。

 姿を消して、むしろ少なからぬ人間に喜ばれたバルブロ王子だが。

 これは、歴史に刻まれるべき英雄的功績と言えるだろう。

 

 読者諸氏も、この世界に生きる人類ならばこう言わねばなるまい。

 ありがとう、バルブロ王子――と。

 

 閑話休題。

 

「さて、先の問いの続きだが。御身の寵愛を得て、何が問題なのかね?」

 

 デミウルゴスが再度問うた。

 ニューロニストは、その本業たる芸術的拷問に戻っている。

 

「寵愛ならいいのよ。でも、あの方は私に固執しているの」

 

 溜息。

 

「おやおや、随分と自己評価が高いようだね」

「茶化さないで。問題なのは、今のモモンガ様が……ご自身より、私を優先しかねないことよ。そして優先されるのは、私自身じゃなくて……御身の中にいる私なの」

 

 再び、溜息。

 

「そこまでかね。女冥利に尽きそうなものだが」

「くふーっ! もっちろんね! そりゃもちろん、嬉しいわよ! シャルティアにざまぁ!って言ってやったわよ!」

 

 モモンガの前では崩さなくしている相好が、だらしなく歪み、裂けんばかりの口がうにゃうにゃと妙な曲がり方をして笑みを刻む。

 

「ま、とはいえ御身を犠牲にされてはそうも言えまい」

「……そうなの。それに私を貪って来るならいいけど。モモンガ様は、私に貪られたがってるよの。いえ、私に限らず、シャルティアやソリュシャンにも」

 

 瞬間芸の如く、真面目な顔に戻るアルベド。

 これと真顔で会話し続けるデミウルゴスは、相当な胆力(?)の持ち主と言えるだろう。

 

「だから、人間のペットかい」

「その人間にも、好きにされたがってるけどね」

 

 アルベドは真顔になると溜息しかついていない。

 それだけ、懸念も大きいのだろう。

 

「ふむ……不遜な考えと言われること、承知で言うが。モモンガ様は、支配を望まれておられないのではないかな」

「でしょうね。私に支配されたがってるみたい――私のことを、“アルベド様”なんて呼ぶのよ」

 

 最後は小声で言う。

 アルベド自身、不敬を承知。後ろめたいのだ。

 だが、デミウルゴスは、なんでもなさげに続けた。

 

「どうも統括殿は、モモンガ様だけに視点を注ぎ過ぎているようだね」

「……どういうこと?」

 

 冷静な悪魔も、不快に思うだろうと覚悟しただけに……アルベドが首をかしげる。

 

「私は“支配を望まれていない”と言っているのだよ。“支配されたい”ではない」

「え? ――いえ、そういうことなの?」

 

 アルベドが目を見開いた。

 

「先日、我々に真実を語られ、忠誠を試されただろう。あれは試したわけでなく……私たちに巣立ちを促したのだと思っている」

「つまり、私たちやナザリックに君臨する気がない……?」

 

 悔やむように、デミウルゴスが頷いた。

 

「私たちは甘え過ぎていたんじゃないかな。御身にとって、我らの上に立つことは負担なのだろう。だからこそ、あの話をされ、己を見限ってもよいなどとおっしゃられたはずだ」

「……そうね。モモンガ様も、甘えたいのかしら」

「キミの目から見て、どうなんだい」

「そう……かも」

 

 思い当たる点は……多すぎる。

 だとすれば、支配者でいてほしいと考えるこそ、甘え。

 アルベドが下を向く。

 

「先日の料理も、感激と共に食しておられた。語られた“リアル”の惨状から見るに、至高の御方々は、この世界の人間どもより酷い環境で暮らしておられたはずだ」

「……そうね。お風呂もすごく感動してらしたわ」

 

 おいたわしい……と、二人で悔やむ。

 しかも、ここに居ない残る40人は今も苦しんでいるのだから。

 

「だから今は、様々な娯楽を味わっていただくべきだろう。我々は御身の子として、今までの労苦をいたわり、支えるべきだと思うよ」

「だからこそ、好きにしてほしかったのに……モモンガ様は、好きにされたがるのよ」

 

 アルベドが悩ましく眉を寄せた。

 

「人間の娼館などで得た知識だが……支配者でいることに負担を覚え、ベッドで奴隷になりたがる者はそれなりにいるらしい。モモンガ様もそうではないかな? 玉座におられる時は、良き支配者として振舞われておられるように見えるが」

 

 キミの婚礼の日を除いて、とは口にしなかった。

 

「なるほど……あれは、ああいうプレイなのね。なら私を様付で呼ぶのも、寝室では受け入れないと……」

 

 アルベドとしても、そう言われればわからぬではない。

 そして、支配者として在るが負担なら、なるべく部屋に留めるべきなのだろう。

 

「そうだね。そういった嗜好と考え、キミたちの方で受け入れた方がいい。まあ、統括殿への固執については、御身の側室や愛妾を増やせば解決しそうだが」

 

「そうね……その点だけど、やっぱり私たちではプレイでもモモンガ様を奴隷扱いなんて恐れ多いし……適当に価値のある人間や、特殊技術のある人間で、モモンガ様が好みそうなのをまた確保してもらえる?」

 

「あのカジットやクレマンティーヌ程度でも、外ではかなりの実力者なんだが……お好みも把握しきれていないし……女性の方がいいのかい?」

 

 デミウルゴスが首をかしげる。

 さすがに、房事の好みについては、アルベド以上に把握する者はいまい。

 

「たぶん……ね。でもカジットの扱いを見るに、お相手以外でも現地の人材を求めてるみたいだし。ああいう汚物じゃなく、使えそうで己をわきまえる賢さのある人間は……なるべく、お会いいただきましょう」

 

 チラッとバルブロ王子に目を向ける。

 アルベドの気分は、引きこもりの子を持った母親である。

 

「なるほど。なら連れ去るに限らず、同盟を結べそうな人間も見繕っているから、会っていただくべきかな」

「ただ、野心が強すぎるなら、寝室に招かない方がいいわね」

 

 冷たい目で、アルベドが言った。

 

「どういうことかな」

 

 これが本当の本題か、とデミウルゴスも目を光らせる。

 

「モモンガ様が受け身な以上……ベッドの上とはいえ、人間に屈するでしょう? その時に、どうやら相当の経験値を与えるようなの。先日のクレマンティーヌは40レベルを超えたわ」

 

「なんと! では、『強欲と無欲』を装備すれば――」

 

 ノーリスクかつノーストレスで、相当の経験値を得られるのでは。

 

「軽く提案してみたけど、叱られてしまったわ」

 

「どうしてだい。今後の防衛、また攻勢においても、経験値の貯蓄はいくらあっても――」

 

 モモンガの超位魔法の実験もしなければならない。

 

「経験値目当てで抱かれたくないんですって。その点は、個人として私も賛成ね」

 

「女心だね」

 

 デミウルゴスが苦笑した。確かに、彼の思い描く至高の御方とは異なる。

 

「そうね。でも、そういうところが、モモンガ様はかわいいの……くふーっ!」

 

 アルベドの憂いを帯びた表情も、最後で台無しだった。

 

「それはそれは、ごちそうさま」

 

 肩をすくめるデミウルゴス。

 

「でもね、現地人のレベルアップ実験と検証は必要でしょう? 種族変更の実験も。あのカジットという男に種族変更をおっしゃってたけど、当分無理そうだし……それともう一つ、あなたにも頼まなければいけないわ」

 

「失敗してもよく、成功してもそれなりに有益な人材だね。いいだろう……頼みとは?」

 

 地獄に落とす候補者たちを、頭の中で眺めつつ問う。

 

「基本種族を集めても仕方ないもの。大悪魔(アーチデビル)のスキル、〈悪魔の昇格〉を試してほしいの」

 

 それは召喚等で使役する悪魔系モンスターを、より高位の悪魔に変更するスキル。

 通常は第三者に使用したりできない。

 だが、この世界なら服従させ、受け入れさせれば……と考えたのだ。

 

「なるほど。小悪魔(インプ)を増やすより、女淫魔(サキュバス)にしてモモンガ様の相手に、ということかな」

「そういうこと。適当な人間に試してもらえる?」

「かまわないよ。私も個人的に興味がある。現地で特殊な悪魔が発生するかもしれないしね」

 

 そして二人は互いの持ち場に戻る。

 後には、無数の悲鳴と――未だ屈しないバルブロ王子のうめき声が残った。 

 




 今後も、バルブロ王子は、ニグンさんやカジットさん、クレマンさんがいかに立派(マシ)な人間なのか、ナザリックの面々に教えるべく、高圧的で下劣な命乞いをし続けるのでした。
 王国貴族は既にあらかた処置済です。

 一方で、ここのモモンガさんはレベル、経験値、呪文、レアアイテムへの関心も薄いです。システムやデータの検証もほとんどしてません。
 比較的頭のいいNPCのみんなが、そのあたりのユグドラシルとの差異検証をがんばってます。検証結果や世界とのズレは、報告書としてアルベドが受け取り、ソリュシャンと二人で頭に入れるようしたり。モモンガさんが困った時は、横から教えてくれます。
 原作ですぐわかったのに未だ知らないこともあるでしょうが……話がややこしくなるので、幕間で教えてもらってるものと思ってください(字が読めないとか、オリジナル呪文あるとか)。

 なお、モモンガさんはベッドの外でもアルベド様って呼びたがってます。

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