第十二話:回復術士は競争する
出発の準備を整えた。
新型飛行機が中庭に用意されている。
そして、中庭には滑走路が作られていた。
今まで、離陸は魔術によって上昇気流を生み出し、浮かび上がるという力技を使っていた。
しかし、効率が良くない上、着陸の際はどうやっても機体を痛めるという問題があった。
だからこそ、滑走路を作り機体下部にタイヤを取り付けた。
これがあれば、地上で加速することによって浮力を生み出すことができるし着陸の際にも役立つ。
今回の設計、その大前提にあるのは、誰でもとは言わないが一流の魔法使いであれば問題なく運用できる……つまり、量産が前提の設計だ。
「ケアル様、新しい飛行機かっこいい。銀色のきらきら」
「グレン的には前のやつのほうがぬくもりがあってよかったの」
今回、魔族領域に向かうのはイヴの他にはセツナとグレンだけだ。
フレイア……いや、フレア。そして、クレハとエレンは留守番する。
これから、魔族領域との和平に向けて、仕事が山積みでありエレンは動けない。
絶対にエレンを失うわけにはいかない以上、俺を除いた最強戦力であるクレハも置いて行かねばならない。
そして、カリスマ性があり、求心力があるフレアも同じくだ。
フレアは俺と違って影武者が用意できない。
見た目や話し方、そういったものは、俺の【
それらは技術や理屈じゃない、ギフトとしか言えないもので再現できないのだ。
だからこそ、フレアは国の安定化のため置いていく。
というわけで、連れていくのはセツナとグレンだけになった。
グレンも宗教の新規立ち上げに必要だと思ったが、そっちは下準備に時間がかかるということで、今回の旅には同行させる。
「ふっふっふっ、いいのかな。三人乗りで重くなった機体で私に勝てるとでも」
飛行機の隣にはイヴがいて、話しやすいように飛んで目線を合わせていた。
「まあ、どうにかなるさ。そっちだって、重りがあるだろう。……その腹の中に」
そして、その腹は服を着ていてもわかるぐらいにぷっくりとしていた。
太ったわけじゃなく、ただの食べ過ぎだ。
イヴはまんまと俺の用意したごちそうを山程食べて、そうなっている。
「そんなにじろじろ見ないでよ! 恋人にこんなお腹見られるの恥ずかしいんだからね!」
「そう思うなら、少しはセーブしろ」
「だって、美味しかったんだもん……料理は魔王城より、こっちのほうが絶対美味しいよね」
「こっち、っていうか俺の料理だな」
ジオラル城と違い、この城の食事は、よくも悪くも質素で素朴。
だからこそ、俺がいない間の食事にエレンは辟易していたのだ。
もともとここは、王都ほど裕福で文化的な都市でなかった。しかも、流通網の再構築もできておらず高級食材は集まらない。
ただ、知恵と工夫でありきたりな材料もごちそうにできる。
そのために多数のレシピを料理人たちに叩き込んだ。
「だから、あんなに懐かしい味だったんだね」
旅の途中も随分餌付けしたせいか、こんな意見まで飛び出した。
「まあ、それはそれとしてレースだ。賭けを忘れていないだろうな」
「それはこっちのセリフだよ。絶対勝って、言うこと聞いてもらうからね。ちょっと食べ過ぎたぐらいハンデでもなんでもないんだから」
「だろうな」
イヴは、さきほどからぷかぷかと宙に浮いている。
今までのイヴにとって、宙に浮くというのはそれなりに疲れる、特別なことだった。
だが、今のイヴにとっては浮いているのが当たり前。
生物としての次元が変わっている。俺たちが歩いたり、走ったりする感覚で空を飛べる。
「合図は任せるよ」
「いいのか。こっちが有利になるぞ」
「別に数秒ぐらい損したっていいよ。大差をつけて勝つから」
いいだろう。
舐めてくれるのはこちらとしても都合がいい。
「わかった。なら、スタートの合図はこのコインが地面に落ちたらだ。いくぞ」
指でコインを弾く。
高く空に舞い上がったコインは、落ち始めた。
そのコインは回転しながら、飛行機とイヴの間を落ちていき、地面に落ちて、硬質な音をひびかせる。
それと同時に俺は風を起こす。
その風が機体を押し出し、車輪が回り、走り始める。
翼に受けた風が揚力を生み出していく。
壁がどんどん近づいてきた。
「ご主人さま、なにやってるの!? このままじゃぶつかるの」
「安心しろ、そろそろ離陸だ」
「そろそろっていつなの!? もう、ほんとうにやばいの! いいこと思いついたの。壁にぶつかる前に、爆発魔術で壁をぶっ飛ばすの」
「やったら、三日間肉抜きだな」
「それは、やーなの。でもっ、もう、ぶつかっちゃうのおおおお!」
グレンが絶叫する。
実際、彼女が言う通り、もはや壁は目の前。
グレンのキツネ尻尾の先で火がちりちりと燃え始めたころ、機体が浮き上がり、離陸。
ぎりぎりで壁を越えた。
その後は風を生み出し、安定飛行に移る。
「ぎりぎりすぎて心臓に悪いの! もっと余裕を持つの!」
「珍しくセツナもグレンに合意、ちょっと壁と擦れてた」
「おかしいな。試算上はもっと楽に飛べるはずだった。……あっ、そうか。計算したときは機体重量だけで搭乗員の重量を計算していなかった。危ない危ない、あと一人乗ってたら壁にぶつかっていたな」
茶化すように笑い声を上げる。
どうやら、完成を急ぎすぎて視野が狭くなっていたらしい。
もう少し、滑走路を延長しよう。
「これはお肉で償ってもらうしかないの!」
「……セツナはそんなこと言わない。でも、悪いと思っているなら、いつもより愛してもらえると嬉しい」
「今回のことは俺が悪いし、グレンにはとっておきの肉をやるし、セツナをいつも以上に愛してやる」
そう言ったとたん、キツネの尻尾と狼の尻尾が揺れる。
もう、さきほどの恐怖は吹き飛んだみたいだ。
「へえ、勝負の最中にそんな話をするなんて余裕だね」
いつの間にかイヴが隣を飛んでいた。
表情を見る限り、飛行機に並走することをまったく苦にしていない。現段階でもそこらの飛竜には負けない速度なのだが。
「余裕っていうわけじゃないさ。ただ、これが風で飛ぶ速さの限界だな」
「へえ、なら私の勝ちだね。本気の私はもっと速いよ。ふふふ、じゃあ、魔王城で待ってるね。すっごいこと頼んじゃうから」
そう言うなり、黒い翼で大きく羽ばたいた。
そして、圧倒的な加速。
凄まじい。
飛竜の中でも風を操る最速の竜種、風竜並の速さ。
それでも無理をしているわけじゃないようだ。
今のイヴなら、あの速度のまま魔族領域までたどり着いてしまうだろう。
……あの速度、ただ風を使っての飛行ではどうやっても追いつけない。
なにせ、あまりにも重量が違いすぎる。
同じ、魔力を動力にしている者同士、重量の違いというのは決定的な差になり得る。
「ご主人さま、このままじゃ負けちゃうの!」
「別に負けてもいいけど、ケアル様には負けてほしくない」
グレンとセツナが騒ぎ始め、俺は苦笑する。
「まあな。俺も負けるつもりはない。あくまで風で飛ぶなら今の速度が限界ってだけだ。風で飛ぶってのは、シンプルで安定性がある。だがな、速さを求めるならもっといい方法があるんだ。そのための機構がこいつにはある」
竜素材の飛行機と、今回のミスリル製の飛行機、そのシルエットには大きな違いが二つある。
一つは、離着陸用のタイヤが用意されていること。
もう一つは翼に取り付けられた筒だ。
それこそが、速さを得るための新機構。
風の魔法を一度止める。
そして、新たに、風と火の混合魔法を筒内を起点に発動する。
すると、爆発的な加速が起こった。
「うわぁ、速いの!」
「んっ、イヴに追いつく」
「これが新しい飛行機の推進システムだ」
ただ、風を起こすのは効率が悪い。
新型では、風魔術で筒内に大量の空気を取り込み超圧縮、それを炎の魔術で燃焼させ、超高温・高圧ガスを噴出させることで、従来とは比べものにならない速度を得る。
……これは、竜素材ではできなかったことだ。強度と耐熱性能に不足があった。
ミスリルでなければ、この超高熱に耐えきれない。
この機構があれば重量増など気にならなくなる。
あっという間にイヴに追いつき、追い抜く。
「先に行く!」
「あああああああ!」
振り向くとイヴが、悔しそうな顔をして、必死に加速しようとするが追いつけてない。
「これなら、楽勝なの」
「ケアル様、すごい」
「まあな。だが、二人とも気を抜くなよ。今の速度で、機体が耐えられるぎりぎりだ。ちょっと力むだけで大変なことになる」
「一応聞いてあげるの。ちょっと力むとどうなるの?」
「ばらばらになって墜落だ」
「なんで、そうぎりぎりなの!」
少しでも重量を減らすため。
あくまで量産前提の機体なので、俺やフレアでないと出せない出力に耐えられるような設計は必要なく、むしろ重量増になって害悪だ。
……まあ、壊れたらそのときはそのときだ。
竜素材と違って、ミスリルは錬金魔術で分解して再構築すればいくらでも直せる。
さあ、気を引きしめないとな。
完全勝利をして、イヴを涙目にしてやらないと。
◇
思った以上に、風と炎の魔術を併用するのは負担がでかく、途中からペースを落とさざるを得なかった。
おかげで、イヴに一度追いつかれたが、イヴも追いつくのに相当無茶をしたらしく、ばてて失速していった。
結果的には圧勝だ。
魔王城に着き、見知った面々に出迎えられる。
挨拶をして、世間話をして盛り上がっていると、三十分ほどしてようやくイヴがやってきた。
全身汗だくで、食べすぎで膨らんでいたお腹も凹んでしまった。
「はあはあ、何が魔王城まで三日はかかるだよ。嘘つき!」
「新型だと言っただろう? 俺もここまでうまくいくとは思ってなかった」
ほとんど思いつきで設計したのだが、ここまでうまく行くとは……。
「……じゃあ、えっと、お城の中はいろ。ケアルの使っていた部屋、そのままにしてるからね。あと、ケアルに会いたいって言ってるひといっぱいいてね」
イヴは作り笑いで、俺を引っ張って城に入ろうとする。
……明らかに賭けをごまかそうとしている。
だが、俺はそれを許すほど甘くない。
耳元で、イヴに賭けで俺が望むことを伝えると、真っ赤になり、涙目で振り向く。
「ケアルのエッチ! 変態!」
「否定はしない。でも、楽しそうだろ」
「私はそんなことを楽しそうって思う変態じゃないよ!」
俺が頼んだのは魔王城で、魔王相手じゃないと楽しめないこと。
いつもなら絶対に許してもらえないことだが、これは勝者の特権だから拒否することは許さない。
狙い通り、涙目になっているイヴが可愛くて仕方ない。
「いじわる」
「ははは、そんなことより、さっそくやろうか」
俺の辞書に遠慮という文字はない。
こういうことで手心を加えるほうが逆に失礼なのだ。
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