JINSEI STORIES

滞仏日記「フランス人に差別されたという人の共通点」 Posted on 2019/08/24 辻 仁成 作家 パリ

 
某月某日、親しくなったドニの店にガレットを食べに出かけた。ヴィレルヴィルの中心地は半径100メートルくらいだろうか。2~30軒のバーやカフェやレストランが並んでいる程度の本当に小さな村、観光客はほぼいない。となりのトゥールヴィルまで行けば、何でも手に入る。車で5分なので買い物はトゥールヴィルかその隣のドーヴィルまで行くしかない。でも、あまり多くの人間に囲まれたくないので、僕は海岸線で潮干狩りをして貝を集めたり、釣りなどで食材をゲットしている。朝、浜辺を歩けばアサリのような貝がごろごろしてるのだから、大儲け。

釣りをしていたら、息子から「携帯のキャパをあげてほしい。恋人と連絡がつかない」と連絡があったけれど、さわやかに無視。Wi-Fiがあればいくらでも連絡は出来る。若いうちから贅沢はさせない。(ちなみに、今月からお小遣いを毎月出すことにした。一週間7ユーロである)
 

滞仏日記「フランス人に差別されたという人の共通点」

 
ドニが作るガレットがとっても美味い。まず、そば粉の質がよそとは違う。香り高く、味に広がりがある。僕は「スーパーコンプレット」という、お好み焼きでいうところの全部載せみたいなものを頼んだ。ハム、半熟卵、チーズ、クレームフレッシュ、サラダ添えのガレットだが、手打ち名人の田舎蕎麦のようなものか。シードルを一緒に頼み、その後、小一時間世間話をした。今日からビアリッツでG7がはじまるので、安倍晋三さんの顔がやたらテレビ画面に出てくる。
「世界中の指導者があつまってベアリッツは大変だよ。観光客が入れなくて閑古鳥」
とドニ。
「なにもこのバカンス時期にビアリッツでやらないでも、パリはガラガラなのにね」
と僕。
「その通り。ホテルやカフェの経営者がみんな泣いてる」

日本人は珍しいみたいなので、話がつきない。パリで暮らしだして本当にこれは有難いことに、フランス人で日本人を嫌いな人に会ったことがない。リスペクトがあり、文化についてもよく知っている。二人の話は大きくそれて、北海道の山伏について意見を求められ、知らないとは言えないものだからさ、適当に答えておいた。途中でハーレーに乗った同年代くらいの元暴走族みたいなかっこいいおっさんがやってきて、ドニが今度は彼と話をしはじめた。画家なのだという。こんな画家見たことないなぁ。僕はコーヒーを頼み、文芸春秋社に頼まれた新作の構想を練るために、2時間くらい通りを眺めながら過ごすことにした。
 

滞仏日記「フランス人に差別されたという人の共通点」

 
日本人の友人らがパリに来るが、「差別を受けて頭にきた」と言って怒って帰る人もいる。しかし、それはちょっと違うのだ。有名人が番組で怒っていたのを見たことがあるが、その差別をしたのは本当にフランス人?

正直に言えば、言語感覚の違いが一番の問題だし、もっといえば文化の違いで、もののとらえ方、接し方、自由度、距離感が明らかに異なる。彼らは別に日本人を軽視していない。誰も軽蔑していない。彼らが牙をむくのはこちら側がフランス的な礼儀を無視した場合だけで、悪いが世界中旅をしてきた僕から言わせてもらうとフランス人はそういう差別にはそもそも関心がない。それでも差別を受けると怒る在仏日本人もいた。僕はそれはあなたに問題があるんじゃないのか、と言っておいた。

日本人はおもてなし態度がちょっとやり過ぎな印象を受ける。個人主義が徹底する欧州の人たちは日本的なおもてなし行為はしない。逆をいえば、気遣う、気を使う、へりくだる、阿ることも一切にない。親しければ親しいほど、普通でOKというのがこの国の一番のおもてないかもしれない。

はじめて会った日に、僕はドニと親しくなった。それは友達になったのとは違う。ただ、お互いにリスペクトがあった。だから、僕は彼のクレープを食べに来る、ただ、それだけのことだ。それでいいんじゃないの?
 

滞仏日記「フランス人に差別されたという人の共通点」