第66話 もしかしてコレの知り合い
学園祭は騒々しくてバカがバカ騒ぎするから嫌いだ。
舞草もきっとそう考えるはず。僕と同じで騒々しいのが苦手だと話していたのだ。あの煩い金房との会話を聞いたから間違いない。だから、この騒々しい学園祭の間に舞草が図書室に来るのは容易に予想できた。
待っていれば会えると思った。そしたらきっと舞草と二人きり。周りにクラスのバカ共が居なければ舞草も告白しやすいはずだ。
それなのに舞草は知らない男と一緒だった。
さしてパッとしないオッサンが僕の舞草と親しそうに会話していた。冴えない顔のくせに、舞草の気を引こうと一生懸命話しかける姿がムカつく。それなのに舞草も舞草で笑って返事をしている。僕を裏切るなんて許せない。
それとも、あれは僕の気を引くためだろうか。そうか、そうに違いない。
「あー、どう見たってあの女はあの男に惚れとるぞ。見れば分かるじゃろが」
そんな筈ない。舞草が僕のことを好きなのは間違いないのだ。時々僕の方を見てるし、僕に話しかけてもくれる。しかも笑顔でだ。僕が落とした消しゴムだって、待っていたみたいに直ぐに拾ってくれた。手渡してくれる時なんて笑顔だった。ほら、僕のことが好きに決まっている。きっと、いつも見ているに違いない。
「はあ、言葉が通じぬか。まあいいわ。ほれ、前に儂がやった術具を使え。それであの男を始末すればよかろう」
きっと、舞草もオッサンにしつこく纏わりつかれて困っているのだろう。可愛そうな舞草を僕が助けてあげねばいけない。だったら始末するのもいいかもしれないだろう。誰にもバレない最高の方法があるのだから。
「出てきた悪魔をお主が倒してみたらどうじゃ。きっとあの女もお主に惚れるに違いないて」
僕が格好良く悪魔を倒したら、舞草も僕に惚れ直すだろうか。そしたら、もう他の男を見たり話したりなんてしなくなる。そうに違いない。
だから――。
◆◆◆
図書室のドアが開かれた。とたんに騒々しくなる。
「こんな場所まで来て私に恥をかかせないでよ。それで、知り合いってのは本当にここにいるのでしょうね」
「いるはずっす! さっき窓に姿が見えたっす。だから耳放して欲しいっす。痛いっす、千切れちゃうっす!」
「バカそうな喋りをしないでよね。いえ、あなた本当にバカだったわよね。聞かされるこっちまでバカになりそうだから、お止めなさい」
「酷す!」
女性に耳を引っ張られる少年がいる。それはもちろん言わずと知れたチャラ夫だ。問題は女の方で、あろうことかNATSの長谷部志緒であった。
「「「あっ!?」」」
思わぬ組み合わせに、三つの声が揃って驚きの声をあげてしまう。その隙にチャラ夫が志緒の手から逃げ出し、受付カウンターの裏に隠れ顔だけだして様子を伺った。
「もしかして、あなたたちコレの知り合いなのかしら」
「誠に遺憾ながら、そうなんだ。そちらもコレの知り合いなのか」
「残念ながら姉をやってるの……」
「それはお気の毒にな」
亘と志緒は揃って、ため息をつき合う。
それは本人にとっては理不尽な評価だったようで、受付カウンターの裏でブウブウと言いながら口を尖らせている。
「それにしても、なんでNATSの職員がこんな場所にいるんだ。まさか、また異界騒ぎでも起きるのか?」
「いいえ、そうじゃないわ。私はここの卒業生で、OGなのよ」
亘が何か言うより、チャラ夫が横から口を挟む。
「OGってのは、つまりオールドガール。日本語にすると年老いた女っすね」
「バカは黙りなさい。それより五条さん……私の仕事のことはあまり口外しないでくれるかしら。家族に対しても守秘義務というのが発生するのよ」
「なるほど、口の軽い弟もいるからな」
「ちょっ、兄貴酷いっす。俺っちの口は貝のように固くて有名なんすよ」
「熱を加えるとすぐ開くと言いたいんだろ」
どうやら言いたかったらしく、チャラ夫が残念そうな顔をする。それに呆れながら亘は志緒に話を続けた。
「チャラ夫も――ああ悪い、弟君のあだ名だな――例のアプリの使用者で、一緒に異界で戦ってるから事情は知っている。口が軽い方はどうしようもないけどな」
「えええっ!? なんですって!」
大きく目を見開く志緒の表情を見れば、チャラ夫の姉だとよく理解できる。そう思って顔立ちを見比べてみると、随分と似ている。苗字が一緒なのだから、早めに気付けば良かっただろう。
もっとも、チャラ夫としか呼んでいなかったので、苗字のことを忘れていたが。
「この子、家でもチャラ夫と呼ばれてるの。だから呼び名は問題ないわ。いえいえ、そうじゃなくって、こらチャラ夫! なんでそんな大事なことを、お姉ちゃんに黙ってたの!」
「そんなん言う必要ないっしょ。だいたい志緒姉ちゃんこそ、NATSって何っすか?」
姉弟の言い争いを眺めつつ、亘は先ほどの陰気な顔の男子生徒に改めて感謝した。もしあそこで我に返ってなければ、七海にセクハラしている最中を見られたに違いない。危なかった。
亘が密かに胸を撫でおろす間も、姉弟による不毛な言い合いは続いている。受付カウンターを挟んでギャーギャー騒々しい。やはり姉と弟だ。
「なんでキセノン社のアプリなんか使って、異界みたいな危険な場所に潜ってるのよ。しかも異界の主まで倒したですって!?」
「そっすよ。俺っち超凄いっしょ」
「あなた勉強もしないでそんな危ないことして、バカでしょ! 本当にいつも勝手なことばっかするんだから! 私以外の家族がどれだけ心配してるか、分かってるの!」
「ちょっ! 何すか、その私以外ってのは! だいたい志緒姉ちゃんこそ警察じゃないのを黙って嘘ついてたっす!」
「ふふん。私は職務上の守秘義務があるからいいのよ。バカね」
「うぐぐぅっす! こうなったら志緒姉ちゃんの恥ずかしい過去をバラしたるっす」
「あら残念だったわね、オムツを換えてあげた私に勝てると思うのかしら? あなたが幼稚園で何回漏らしたか教えてあげましょうか? 確か小学校でも……」
「ぎゃーっす! 言ってはならないことを! 酷す!」
あまりに騒々しくて図書館の静けさが台無しだ。放っておくと、いつまでも続きそうな様子に、亘は仕方なく仲裁に入る。できれば関わりたくない気分ではあったが。
「はい、そこまで。姉弟喧嘩は家に帰ってから仲良くやってくれ。ほら、そこのホワイトボードを見ろ。アウトだぞ」
同時にホワイトボードの『大騒ぎOUT』を見て、同じ反省顔で振り向く二人は間違いなく姉弟だ。口喧嘩をするものの、仲が良いのは間違いない。
「ごめんなさいね、騒いで悪かったわ」
「いいさ。色々言いたくなる気持ちは理解できる」
亘は頷いた。チャラ夫を相手にしていると、良きにつけ悪しきにつけ、なんだかんだと口を出したくなる。人懐っこくて騒々しい性格のなせる業だろう。不思議と人の懐にスルリと入り込み、なんだかんだと構いたくなってしまうのだ。
「さっきの話の続きをするけど、異界とは関係ないわ。今日は仕事を休みにして、母校の学園祭に遊びに来たのよ」
「つまり志緒姉ちゃんは休日に一緒に出かける彼氏もいないっす。あっれー、学園祭なのに妙にめかしこんじゃって。もしかして、年下の男子高校生でも狙ってたとかじゃないっすか」
「バ、バカなこと言わないでよ。そっちこそ何よ。女子生徒に声をかけまくって、恥ずかしいったらありゃしないわ」
志緒がキョドっている。
どうやらそういう下心があったらしい。いい歳した社会人が高校生の恋人を探そうなどと、ちゃんちゃらオカシイ……笑いかけた亘だったが、自分も同じ穴の狢だったと気づいて黙る。世の中には藪蛇という言葉があるのだ。
黙る亘とキョドる志緒を見比べ、チャラ夫がパンッと手を叩いてみせた。
「そうっすよ! 兄貴、うちの志緒姉ちゃんを彼女にどうっすか?」
「「「はい?」」」
あまりの発言に空気が凍った。しかしチャラ夫には空気を読むという高度な芸はできないらしい。
「性格に難ありっすけど、このままだと行き遅れ間違いないっす。いっそ兄貴が貰ってやって下さいっす。そうすれば兄貴が俺っちの本当の兄貴になるっす! それで皆ハッピーっす!」
驚き戸惑う亘の脳内で思考が高速回転する。確かに志緒の性格はアレだが、なかなかの美人。年齢も1回りも若く、お手頃感もある。チャラ夫という余分なオマケは減点対象だが、なかなかの優良物件かもしれない。
その横で七海は無言だ。
「…………」
「ひぇっ」
志緒が七海を見て顔を引きつらせる。表情の消えた顔に何を見出したのか、大いに怯えている。
「バ、バカなことを言わないでよ! このバカ!」
「はあ、やれやれ。母ちゃんがいつも言ってるっよ。志緒はきっと行き遅れるに違いない、だから早く何とかしないとダメだって」
「あんの母親っ! じゃなくって。とにかく、私は五条さんなんて興味ないから。これっぽちもありませんから。失礼なこと言わないでよね」
志緒が、きっぱりと宣言してみせた。
そんな様子に亘は苦笑していた。苦笑してみせた。顔で笑って心で泣くと言うが、この場合は顔で苦笑して心で怒るという状態だろう。仄暗い気分を湧き上がらせ、ふつふつとした怒りを抑え込んでいた。
自分がモテないこと、好かれないことは充分すぎるほど理解している。それでも面と向かった言葉に平気でいられるほど強くもない。
子供の頃は思っていた。いつか彼女出来て、結婚して子供ができて幸せになるのだと。けれど現実は違った。知り合いや同僚に彼女ができ結婚していくのを何度も眺めてきた。そして、自分は独身でいる。
それを飲み会や雑談でネタにされ、心配するフリで揶揄されたりを何度も我慢してきた。
しだいに心はねじ曲がり羨ましさと妬ましさを抱え、結婚しない主義だとうそぶいて、ちっぽけな自尊心を維持しながら生きてきた。しかし同時に腹の中では不満を抱え込み、他の人と同じことが出来ない自分を劣った人間と思ってきた。もう少し後のネット世代に産まれていたら、炎上やら他者批判などに手を染めていたことだろう。
変わったのは『デーモンルーラー』に出会ってからだ。
異界の攻略に生き甲斐を感じる楽しい日々。相棒の従魔に、友人と呼べる仲間。冴えない人生をやり直すように、幸せ目指して頑張ろうと思えるまでになれた。
そして今日の学園祭では、疲れこそしたが人の輪に加われて、自分がまた少し普通の人間になれた気分でいた。
――氷水をぶっかけられた気分だ。
一気に元の劣った人間へと引き戻されてしまう。
それなのに、それを気取られぬよう笑ってみせる自分がいる。こんな時でも他人に嫌な顔を見せられない自分の性格が心底嫌いになる。
心底鬱屈とした気分だ。
今日はもう帰ろう。布団をひっかぶって寝てしまおう――そう決意した時、それが訪れた。
「「「えっ!」」」
「そんなに驚かないでくれるかしら。私だってね、相手ぐらい選ぶんだから。そりゃね、確かにそろそろ相手を考えないとね、いけないって分かってはいるわよ……」
志緒がぶちぶち言っている。
だが、それどころではない。驚きの声をあげた三人は、自分の身体が活性化し力が満ち溢れだす感覚に包まれていたのだ。
それは、異界の中でしか発動しないAPスキルであった。
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