閑10話 以前苦戦した

 今回の異界はチャラ夫と攻略する予定で、集合も異界の中としていた。まだ合流する前で、程度を抑えながら悪魔を倒している。

 現れるの悪魔の中にオークの姿もあるが、以前苦戦したことが嘘のように軽々と倒せてしまう。そのおかげで亘は自分のレベルアップ具合を実感していた。

 DPアンカーの棒で自分の肩を数回叩きながら笑う。

「はははっ、随分と強くなったもんだな。もちろん油断する気はないが、かなりのもんだよな」

「そだね、ボクも大分強くなったよね。でもさ、ここいらの敵だとなかなかレベルが上がんなくなっちゃったよね」

「まあ確かにそうだよな。ただコツコツと敵を倒し、そしてレベルアップを目指すことが大事だからな」

「マスターってばさ、本当に考えが地道だよね……んー? これはチャラ夫とガルちゃんの気配だね。来たみたいだよ」

 神楽が振り向いた先を見ていると、息をせきらせ走るチャラ夫とそれに併走するガルムの姿が現れた。その姿はまるで犬の散歩をする少年みたいだ。

「兄貴、お待たせっす、ぜえぜえ」

 どうやら駆け通してきたのか、チャラ夫は立ち止まるや金属バットを杖替わりにハアハアしだした。ガルムの方は平然としていて、神楽がやぁと挨拶をするとペコリと礼儀正しく頭を下げてみせた。


 亘は肩に担いでいた棒をチャラ夫に突きつけた。

「出おったな、大トロイーターめ」

「ぜえ、何か酷い、はあ、言われようっす。ぜえぜえ」

「自分の胸に手を当て、この間奢った寿司屋での行動をよく考えてみるんだな。まあ、それはそれとして、よく来た」

「うぃっす。呼ばれてチャラ夫参上っす! ふっふっふ、実は俺っち毎日頑張ってコツコツ戦ってたっすよ。ぐふふっ、もうすぐレベル10っす! そしたら、今までの俺っちとは一味違う、スーパーチャラ夫にジョブチェンジっすよ!」

「へー、そうなんだ」

「これで七海ちゃんにも、もう一息で追いつくっす! もうヤムチャラ夫だなんて言わせないっすよ!」

「そ、そうか」

 亘は口ごもった。大張り切りするチャラ夫には悪いが、七海はさらにレベルアップしている。せっかく頑張ったのに、さらに差が開いているとどうして言えようか。

 気の毒過ぎて黙っている亘の横で、神楽がアハハッと明るく笑う。

「あのねー、ナナちゃんなら、こないだまたレベルアップしちゃったよ。なんせマスターと一緒に主を倒しちゃったからね。もうレベル12になってるよ」

「はあぁ! それまじっすか! 俺っちハブにされて二人で主退治したっすか。酷す!」

「待て。それはだな……偶然とんでもない事件に巻き込まれたせいだ。チャラ夫もこないだ、新藤社長が美術館で事件に巻き込まれたニュースは知ってるな?」

 亘は誤魔化すことにした。まず深刻な表情をしてみせて、さも重大なことを告げるように声を潜めてみせる。

 その様子に、たちまちチャラ夫がごくりと唾を呑み込んだ。

「知ってるっす。後で学校の連中と現場を見に行ったっす。それがどうしたっすか?」

「実はあの事件はだな。何者かが人為的に異界を発生させたせいなんだ」

「マジっすか!」

「それでだ、美術館にいた自分と七海、その他の見学者が強制的に異界へと引きずり込まれたんだ。大勢の人々を救う為、やむなく異界の主を倒してレベルアップしたわけさ。だからな、決してチャラ夫をハブにしたわけでは無いんだ。お前なら分かってくれるよな」

 そして事件の真相を説明していくとチャラ夫は驚きに目を見開いた。NATSの存在や新藤社長や藤源次の応援に話が及ぶと、さも残念そうに自分も居たかったと悔しがっている。

 上手いこと話をそらせた亘はほくそ笑むが、もちろんそんなことはおくびにも出さない。

「人為的に異界なんて、誰がやったんすかね。もしかして前の、キセノン社の異界もそうだったかもしれないっすよね」

「ほう、チャラ夫にしてはなかなか鋭いじゃないか。社長もその可能性を口にしてたな」

「いやー、それほどでもあるっすよ」

 誉めたつもりはないがチャラ夫は得意そうに笑いをあげた。もうすっかり、先ほどまでの文句など忘れてしまっている。あまりのチョロさに亘と神楽は呆れて顔を見合わせ、足下のガルムが情けなさそうに頭を振っていた。

「あれ? でも、なんで七海ちゃんと兄貴が一緒に美術館に居たんすか?」

「……あー。それはだな、何と言うかだな。色々とあってだな」

「それはねー。マスターとナナちゃんがデー、むぎゅう」

 亘は慌ててお喋りな神楽を捕獲し握りしめた。ジタバタと暴れる神楽を後ろ手に隠すと、誤魔化すように笑ってみせる。

 いくら何でもフリとはいえど、七海とデートしていたと知ったら、チャラ夫が発狂しかねない。

「デー? っすか」

「デーデー……美術館ときたらデーッサンに決まってるだろ、当然だな。ちょっと美術館でデーッサンの練習をしてたんだ。デーッサンすると、戦闘において敵の動きを察知することに役立つんだよ」

「そっすか、さすが兄貴っすね。今度、俺っちもデーッサンに挑戦してみるっす!」

「はははっ、そうかそうか。今度気が向いたら行こうじゃないか。さ、そんなことより悪魔を倒して経験値を稼ごうか」

「了解っす!」

 なんとか誤魔化した亘はチャラ夫を促し悪魔狩りを再開した。握りつぶされかけ、怒る神楽を宥めるため銃器の使用を許可したり、その銃についてチャラ夫に説明したり、またDPアンカーの説明をしたりと何だかんだと忙しかった。


 そうしながら次々とコボルトやオークを狩っていると、神楽が鋭く声をあげる

「DP濃度が低下してきたよ」

「ほう、それなら主が現れるってことか」

「ねえねえ、ボクが銃を使ってもいいよね。主相手なら使ってもいいよね。ねっ?」

「ああ、好きにしろ。ただし、射線を考え誤射だけはしてくれるなよ」

「もちろんだよ。いやったー! 蜂の巣にしてやるー!」

「兄貴、アレ大丈夫なんすか。何か性格が変わってる気が……」

「……大丈夫じゃないと思ってる。早いとこ主を倒さないと、こっちが危ないかもしれんな」

 チャラ夫は何かヤバげな物を見るように軽機関銃を構える神楽を見やった。ふと見ればガルムは神楽を見上げ、尻尾を股に挟んでいた。存外に気が弱いらしい。

「主が出現したよ! サーチアンドデストローイ!」

 異界の主の出現を告げ、神楽は弾かれるように突撃しだした。その速度ときたら、APスキルで大幅に身体強化された亘が何とか付いていけるぐらいだ。後を追うチャラ夫などは徐々に置いてかれてしまう。

「ちょっと待て、勝手に突撃するな!」

「ボクにお任せなのさー! さあ、蜂の巣にしてくれるー!」

 異界の主は人狼だった。獣毛に覆われた筋肉質の体躯、鋭い眼差しや牙に爪と、以前倒したニホン人狼に似ている。異界の主に相応しい風格はあるが、狼とまではいかない。せいぜいハスキー人狼といった感じだろう。

 そのハスキー顔を口を軽く開け、奇声をあげて突撃する小さな存在を驚きをもって見つめている。

「てやぁ!」

 金属音と共にマズルフラッシュが煙を噴く。今回はトタタンットタタンッと間隙のある音だった。一応は消費を考えてくれているのかもしれない。

 その主の周囲を旋回しながら射撃で、コボルト相手のように肉体を穿つ程ではないが、獣毛から鮮血が飛び散り着実なダメージを与えていることが分かる。

 ハスキー人狼は襲い来る銃弾に怯み、腕で顔を庇いながら一旦跳び退った。針のように襲い来る銃弾を警戒し、意識は神楽へと向いている。

「ふんっ!」

 亘は駆けて来た勢いそのままに、辻斬り的に胴を狙って振り払った。誤射が恐かったが、さすがの神楽もそこまで暴走はしていない。

 APスキルの強化を加えた一撃はかなりのもので、ハスキー人狼は口から血を吐きながら膝をつく。それでもなんとか立ち上がろうとする。

「だらっしゃぁっすぅ!」

 そこに一足遅れ到着したチャラ夫がジャンプしながら全体重を載せた金属バットを振りおろした。肩口に打撃をくらい地に伏したハスキー人狼。

「あはははははっ! とどめだよ!」

 そこに狂笑めいた笑い声をあげる神楽が銃弾をばら撒く。異界の主は頭部に集中した凶弾に倒れてしまった。思ったよりあっさりだ。

「やったっすよ! これで大量のDPゲットでレベル10になったっす!」

「こちらも丁度レベルアップしたな。お互い良かったな……さて、神楽。何か言うことは?」

「えっと……ボク大活躍?」

「指示も聞かず勝手に突撃して反省もなしか。よし! 銃の使用は当分禁止だ」

「えー! そんなー!」

 亘と神楽がやいのやいのと言い合う横で、チャラ夫は大量DPゲットにホクホク顔だった。やはりコツコツ戦うより、一発ドンっすと叫んでいる。

「やっぱ、兄貴と異界に来るといいっすね。俺っちこれで新しいAPスキルを手に入れるっすよ」

「ああ、そうするといい。だが、その前にガルムに何か買ってやったらどうだ。ほら、何だかイジケてる様子だぞ」

「ガルちゃんどうしたっすか。しゃーないっすね、後でおやつのホネを買ってあげるっすよ。ほら嬉しいっすか、そうですかー。良かったっすねー」

 全く出番がなく、ションボリ下を向いていたガルムだが、チャラ夫に撫で回されるとたちまち尻尾を振り大喜びの様子だ。主従とも同じようなチョロさではないか。ペットは飼い主に似ると言うが、それは悪魔と契約者も同じらしい。

 しかし、神楽の哄笑を思い出し、似てるとは思いたくない亘だった。

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