第560話 成功報酬

「ということがあってね?」

「それは大変でしたね」

「わたしは別に気にしないのになー」


 その日の夜、俺はフィニアとミシェルちゃんと一緒にお風呂に入って、昼間の惨劇を伝えていた。

 三人組は死なない程度にしごかれ、クラウドの取り成しで解放されていたのだが、これに懲りて冒険者を引退しないか気になるところである。

 しかしこれも師匠の役目だ。クラウドのアフターケアに期待して、任せておくことにした。これも経験である。


「ミシェルちゃんは、もう少し気を付けた方がいいと思うよ」

「えー、でも弓を射る時とか弦が当たって痛いんだから、いいことばかりじゃないんだよ?」

「お、それは皮肉かな? コルティナが聞いたら怒りに震えると思うなぁ」

「やめてよぉ。コルティナ様に睨まれたら、わたしもひどい目に遭っちゃうじゃない!」

「それも報告しておくね?」

「やめて、本当にお願いだから!」


 洗い場で石鹸を豊富に使いながら、泡だらけになってそんな話をしていた。

 ガドルスの宿はこれでも結構有名な宿なので、この程度の石鹸などはサービスとして常備されている。

 さらに浮きワカメの洗髪剤も置いてあるので、女性の冒険者にすこぶる評判が良かった。

 しかし今は、俺たち三人以外には人がいない。この人気宿にしては、珍しいことだ。


「あの人たち、冒険者辞めちゃうかな? だとしたら、少し可哀想かも」

「ミシェルちゃんは優しいね。三人が辞めるかどうかは、運次第ってところじゃない?」

「でも私もミシェルちゃんと同意です。さすがにこれはヒドイかと」

「フィニアもかぁ。しょうがないね、一応明日にでもみんなに警告しておくよ。あまり聞く耳持ってくれないかもしれないけど」

「そうしてくださると、助かります」

「うんうん。やっぱりみんな仲良くだよねぇ」


 ミシェルちゃんはドヤ顔のまま体を洗う作業に戻る。ツンと顔を逸らしたまま、軟らかめのスポンジで腕をこする。

 これはタオルだと肌が痛むとか、そんな理由かららしい。

 幼い頃から、フィニアやマリアから、女性の肌は優しくと散々教え込まれてきた俺の影響である。

 できるなら素手で洗うようにと、俺はしつこく言われていた。それをミシェルちゃんに伝えた結果、彼女もこの洗い方をするようになったのだ。


「まあ、気持ちもわからないでもないけどねぇ」


 左手で右腕を洗うミシェルちゃんの胸は、両腕に挟まれるようにしてムニムニと形を変えている。

 隣に座る俺は、その様子が手に取るように見える。


「ん、なぁにぃ?」

「いや、なんでも」

「ミシェルちゃんもたいがいですけど、ニコル様も結構なモノですからね? いい加減自覚してください」

「うぅ、最近剣を振るのに邪魔になるんだよ」


 さすがにミシェルちゃんやマリアほどではないが、俺もかなり大きくなっており、最近は下着だけではなく布などでしっかり固定しないと、戦闘に支障が出る状況だ。

 そのおかげか、野郎からの視線もさらに強くなってきている。最初は眼帯の力が効いていないのかと思ったくらいだ。

 その眼帯は、今も外せていない。風呂でも外せないというのは、少々不便である。

 だがこれをしないと、フィニアは元よりミシェルちゃんまで魅了の虜になってしまうので、やむを得ない。


「それはそれとしてぇ……」


 溜息をつきながら体を洗う俺に向け、ミシェルちゃんが悪戯っぽい視線を向けていた。

 途端に背筋に悪寒が走る。こういう時の俺の感覚は、まず狂いがない。


「あの人たちの依頼は終わったんだから、もう報酬もらってもいいよね?」

「報酬? それはすでに分配したと思うんだけど」

「そっちじゃなくって! ほら、模擬戦で」

「あっ!?」


 そこまで言われ、俺は過去の失態を思い出した。

 確かセバスチャンたち三人とミシェルちゃんの模擬戦で、ミシェルちゃんが勝利すれば俺の胸を揉んでいいと言ったことを。


「そういえば、私にもその権利がありましたよね? 大丈夫です、いつものマッサージの延長だと考えていただければ」

「フィニア、なんでこんな時だけ積極的に……」

「私とニコル様の間で、遠慮なんて今さらでしょう?」

「そうそう、わたしも遠慮のない親友だしぃ」

「そこは少しは遠慮して!?」


 手をワキワキさせながら、ミシェルちゃんとフィニアが迫る。

 とっさに逃げ道を探そうとしたが、前は水道の通った壁で逃げ場がなく、左右は左にミシェルちゃん、右にフィニアとこれまた逃げ場がない。

 残る背後に逃げようかと思ったが、洗い場の低い椅子に座ったままでは、満足な機動も取れない。

 それにフィニアたちもそっちはすでに警戒している。


「や、やめ……?」

「遠慮しなくていいよー、痛くしないから」

「そうですよ、最近のニコル様はなかなかお身体に触れさせてくれませんので、この機会にぜひ」

「毎日のようにマッサージしてるじゃない!」

「それ以外での話です」


 一瞬、眼帯がズレているのかと顔に手をやるが、その様子はなかった。

 ということは、この二人は正気である。正気の状態で、この状況なのだ。


「ど、どういうことなの!?」

「うふふふ、ニコル様が悪いのですよ。お預けなんて食らわせるから」

「そーそー、我慢は身体によくないよねー」

「ミシェルちゃんも、冗談はそれくらいに――」

「もんどうむよー!」


 ミシェルちゃんはついに、こちらに向かって飛び掛かって来る。

 それに対応すべく身体を向けた俺に、背後からフィニアが羽交い絞めにしてきた。

 身動き取れなくなった俺の胸元に、ミシェルちゃんが飛び込んできて、ぐにぐにと頬擦りをして来る。


「や、やめ――んひゃ!?」

「んふふー、ニコルちゃんも大きくなったねぇ」

「それはどこを指して言っているのか!」

「え、いろんなところだよ? それより覚悟してもらおーか。わたしに模擬戦をやらせたことを!」

「もう言いませんから許して!」

「だぁめ」


 いつの間にか、羽交い絞めしていたフィニアの手も、俺の胸元へ伸びている。

 力尽くで抜け出そうと試みるが、足元が泡で滑ってまともに動けなかった。

 それに背中に感じるフィニアの柔らかさと、お腹に感じるミシェルちゃんの双球の感触も、俺の抵抗の意思を削ぎ落としていく。これは天国か?


「フフフ、助けなら来ませんよ? 入って来る時に清掃中の看板を出しておきましたから」

「な、周到な!?」


 この時間帯に人がいないのも納得だ。最後に風呂場に入ってきたフィニアは、すでに人払いのために手を打っていたということである。

 もはや、助けは期待できまい。ガドルスに至っては、男なので脱衣所に足を踏み込むことすらできない。

 こうして俺は、二人から好きなだけ、もみくちゃにされたのだった。


「うぅん、ちょっとだけ気持ちよかったかも……」

「ニコル様、目覚めてもいいんですよ?」


 俺の中身を知るフィニアは、こっそりとそんなことを耳打ちしてきたりした。

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