第558話 悪戯
クラウドは俺が彼らに教えることを期待していたようだが、だからこそ自分にその役が振られて、断ることができなかった。
三人組は、見かけは悪いが性根はそれほど悪くない。
言うなれば悪戯好きな子供が、そのまま大きくなって、やることがエスカレートしてしまったような連中だ。
きちんとこちらが上だと理解すれば、素直に従うようになる。
「まあ、押しかけ弟子だった俺が言えた義理じゃないか。俺でいいなら、修業をつけてやるけど?」
「構いません。強くなれるなら」
「じゃ、この話はそれで終わりね。ご飯の最中に面倒な話はしたくないし」
それに久しぶりのミシェルちゃんの料理である。無粋な話題は避けたかった。
「ご飯できたよー」
タイミングを計っていたかのように、ミシェルちゃんから声がかかった。
香辛料の効いた香りの茶色い色合いのスープ。それを米に掛けただけの単純な料理。
しかしこういった料理はシンプルゆえの美味さがある。
小皿に炊いた米をとりわけ、そこになみなみとスープを掛けたモノを皆に配る。
皆にいきわたったところで、容赦なく匙を突っ込み、口に運ぶ。
雑な夜営料理で煮込み具合が足りないが、そこは仕方ないところだろう。
代わりに、香辛料を擦り込んだ干し野菜や干し肉のうま味がスープに染み出しており、意外と深い味わいがある。
新鮮な野鳥の肉も、歯応えがあってうまい。何よりこの白い肉の味わいがいい。
「おお、ミシェルの姐さんも料理できるんっすね!」
「うめぇっすよ。フィニアの姐さんと同じくらいうめぇ!」
「ガツガツガツガツ」
セバスチャンたち三人も絶賛である。後、最後の奴はなんか喋れ。
スープの中には干し肉と野鳥の肉の他にも、もう一つ入っていた。
鶏肉と同じような白身の肉なのだが、細長く繊維の感じは非常に似ている。どちらかというとカニのような海産物に似た食感だが……
「ミシェルちゃん、これなんの肉?」
「ん?
「ブホォ!?」
ミシェルちゃんの答えを聞き、フィニアが口に含んだ物を盛大に噴き出していた。
俺も思わず咀嚼を止めて硬直してしまう。たしかあの時、ミシェルちゃんは昆虫系は苦手だと言っていたような?
「うん? 昆虫系はあまりおいしくないっていったんだよ。でもほら、カニとかおいしいし、蜘蛛もおいしいかもしれないじゃない」
「いやいや、なんでこんな時に挑戦するの!?」
「え、こんな時だからだよ? 新鮮な素材が入ったんだから、すぐに料理しないと」
「それで珍しく料理番を名乗り出たのか!」
「えへへ、フィニアお姉ちゃんは苦手そうだったから」
そりゃ蜘蛛が苦手なフィニアに、蜘蛛を料理しろっていうのは無理な話だ。
当のフィニアは不平を言わずに、スープから蜘蛛肉を弾く作業に移行していた。料理してくれたミシェルちゃんに配慮して、何も言わずにやっているところがいじらしい。
「へぇ、これ蜘蛛だったんですかい? 冒険者はなんでも食べるって、本当だったんですねぇ」
「ミシェルちゃんを冒険者の基準にするな。いろんな意味で規格外だから」
「そうなんで?」
彼女の射撃能力も、食欲も、標準的な冒険者の枠を大きく超えている。
同時にその純朴さも、一般的な冒険者は持っていないものだ。今回のこれは彼女にとって、ちょっとした悪戯みたいなものかもしれない。
すべてにおいて、ミシェルちゃんという存在は『普通』とはかけ離れていた。
「ごめんね、フィニアお姉ちゃん。無理だったら残していいから」
「その、これはこれでおいしいのですけど……やっぱ無理ですから、残しますね。せっかく作ってくれたのに、ごめんなさい」
正直これは、フィニアが怒り狂ってもおかしくないレベルの悪戯だ。それでも謝罪を口にするフィニアは、実によくできた性格と言える。
それにしてもミシェルちゃん、こんな悪戯を仕掛けてくるとは、三人組に変な影響を受けているんじゃないだろうな。
「俺はやめとけっていったんだけどなぁ」
「そういえばクラウドは、素材剥ぎ取ってた時に一緒にいたっけ。その時に気付いてた?」
「うん」
フィニアの苦手な蜘蛛肉をこっそり取り出していたのなら、一緒に作業していたクラウドが気付かないはずがない。
「つまり、クラウドも共犯だったってことだね?」
「え、いや、それは……そうなるのかな?」
俺に問い詰められ、クラウドの視線が途端に泳ぎ出す。
フィニアよりもむしろ俺の怒りを受けて、ミシェルちゃんもアワアワと慌てだした。
何より、フィニアが嫌がるとわかってやったというのが、性質が悪い。
「二人ともちょっと正座」
俺は二人を正座させ、オシオキ棒を取り出して仁王立ちになった。
さすがに今回の二人の悪戯は、やり過ぎである。
きちんと反省してもらうためにも、ここは心を鬼にしないといけない場面だ。そうしないと三人組のようになりかねない。
俺の前に大人しく正座するミシェルちゃんとクラウド。
しかしなぜ彼女は、手を足の間に挟むようにして正座するのだろうか。
おかげで腕に挟まれた部分が左右から潰されて谷がエライことになっている。
この渓谷の深さは、コルティナでは決して生み出せない深さだ。いやアイツの場合、いくら寄せても谷ができないのだが。
しかも下から上目遣いに見上げてくるミシェルちゃんの子犬のような目。
「あーもう! この親友は反則過ぎるでしょ!」
フワフワの栗色の髪に覆われた頭を掻き抱き、俺はお説教も忘れてその頭に頬擦りをする。
その感触はコルティナの尻尾に負けないくらいのサラフワ具合だった。
幼い時から使用している『白いの』特製の整髪料のおかげだろう。
「に、ニコルちゃん?」
「ニコル様、ずるいですよ。私もぎゅってしてください」
「フィニアはあとでね。うん、子犬の匂い~」
「これ、お説教なのかなぁ?」
「クラウドは黙ってろ」
俺に一蹴されたクラウドは、大人しく俯いて黙り込む。こいつも、こういう行動は子犬っぽいんだよな。
そういうところがウケているのか、街のお嬢様方には結構評判がいいらしい。世の女性陣はもっと見る目を鍛えた方がいいだろう。
それはともかく、今は彼女の説教が先である。存分にミシェルちゃんの抱き心地を堪能した後、気を取り直して再び仁王立ちの体勢を取った。
この一件で俺は珍しく、ミシェルちゃんの頭にオシオキ棒を落としたのだった。
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