第554話 芋掘り

「ともあれ、休憩は終了。ほら、芋掘りを始めるよ」

「うぇーい」


 俺の号令に、三人組はおろかクラウドまで気の抜けた声を返す。

 マッサージを終えた後、フィニアの用意した食事が、これまたいい出来だったせいだ。

 ここまでの道中で採取した野草や根菜、果実などを使って、干し肉を戻したものを加えた、ボリュームたっぷりのスープ。

 クラウドでなくとも満足感を味わえる素朴な料理だ。

 そこに焼いたパンにチーズを載せ、トロトロになるまで炙ったものがついてきたのだから、このまま食休みに昼寝でも決め込みたい気分になる。


 だからと言って依頼を放り出すわけにもいかない。

 俺は折りたたみ式のスコップを担ぎ、ツタの根本をゆっくりと掘り進めていく。

 しかし、セバスチャンたち三人組は違った。


「おっし、やるぞ、オルァ!」


 勢いよくザックシと持ってきたスコップを突き刺し、力ずくで掘り進めようとしていた。



「このおバカたちが!」


 そんな乱暴な掘り方では、芋が途中で折れてしまう。商品価値が下がってしまえば、達成報酬を削られてしまうことは充分に考えられた。

 なのでその辺を教え込むべく、俺は例によってオシオキ棒を三人の頭に叩き込む。


「いってぇ! 姐さん、なにすんだよぉ」

「なにすんだよ、じゃありません。芋が折れたらどうするの!」」

「あ、忘れてた」

「忘れんな!」


 この頃になると、俺もそろそろ理解していた。

 彼らが敵を前にして、それまでの注意点をすっぱりと忘れる点。今回のように芋掘りというのに乱暴にスコップを突き立てる点。

 これらは共通の欠点より生まれ出ているということに。つまり……


「想像力の欠如と、感情制御の甘さ。つまり自己抑制ができていない」

「はい?」

「君たちはこれをすればどうなるか、考えずに行動してしまう。また衝動に任せて行動してしまうのも、同じ根に端を発している」

「姐さん、難しいことはわからねぇっす」

「つまり君たちは、行動する前に一旦考えるという過程が、すっぱりと抜け落ちている!」

「俺らが考え無しってことですかい?」

「ハハッ、そりゃ言えてらぁ!」

「自慢げに胸を張るな!」


 もう一度スパンと頭を叩いて黙らせる。こういう類の輩は、一度痛い目を見ないと反省しない。

 いや、反省はしているのだろうが、身になっていない。

 これを矯正するには、一度危険な目に合わなければならないのだが、そのバランスを調整するのが難しい。

 命の危険を経験しないと学ばないのだが、そこでうっかりやり過ぎてしまうと、本当に死んでしまうからだ。


「どうしたもんかなぁ?」


 俺は彼らの教育法に腕を組んで頭を悩ませていたが、当のミシェルちゃんとクラウドは気楽なモノだった。

 本来、彼らの指導がメインのはずだったのに、いつの間にか俺が頭を悩ませている。

 この辺りの、無駄におせっかいなところが、生前の失敗に繋がっているのだろう。


「どうかしたの、ニコルちゃん?」

「ミシェルちゃんは楽しそうだね」

「うん。いつもと違う人たちと冒険できて、とっても新鮮」

「最初は『ぴゃ』とか悲鳴上げてたのに」

「み、見慣れてみたら、そんなに怖くないもん!」

「見慣れるまでは怖かったんだね」

「うん」


 真剣な顔で頷くミシェルちゃんに、衝撃を受けたようなセバスチャンたち三人。

 お前ら、あの風体で怖がられないと思っていたのか?


「とにかく慣れないリガス芋掘りで余計に時間を食ってるんだから、早く済ませちゃお」

「はぁい」


 それから一時間ほどかけて、俺たちは芋を掘り出した。

 三人組に一人ずつ着いて、二人一組になって一株を左右から掘り進める。

 一時間経った頃には、ようやくフィニアの担当した芋が姿を現した。

 二人一組なので、一人余る計算になる。その間、ミシェルちゃんには周囲の警戒をお願いしておいた。

 なぜ彼女だけ外れてもらったのかというと、非情に目の毒だからだ。

 両腕を前に回し、スコップをリズミカルに動かすと、その間に挟まったモノがグニグニと動く。

 それを反対側から真正面に見る男など、俺が許せるはずがない。

 続いて、クラウドの担当していた芋が、さらに俺の掘っていた芋が掘り終わる。

 全部で三本だが、これでは少々物足りない。できるなら、あと三本は欲しいところだ。


「少し休憩したら、もう一本ずつ掘ろう。それだけあれば、依頼人も満足するはず」

「掘って来いって依頼なんだから、一本でもよかったんじゃないすか?」

「それは最低条件だよ。冒険者として生きていくなら、依頼人に満足してもらえるプラスアルファを提示して、名前を覚えてもらわないと」

「そういうもんすかね」

「そういうもんすよ」


 とはいえ、一時間の繊細な穴掘りは、非常に疲れる。

 少し休憩を挟まないと、本業の芋掘りではない俺たちは、精神が参ってしまう。


「ミシェルちゃん、悪いけどお茶入れてくれる? フィニアは水を出して、みんなの手を洗おう」

「承知しました」

「りょーかい!」


 これはミシェルちゃんが見張り担当だったので、手が汚れていないからだ。彼女も冒険者家業が長いので、野外でお茶を淹れるくらいのことはできる。

 そしてフィニアの四属性魔法は、ここでも便利に使うことができる。


「ん……?」

「どうかしましたか?」

「フィニアって陥穽トンネルの魔法が使えたよね?」

「はい。使えますよ」

「だったらさ、芋の周囲に魔法で穴を掘って、側面の土を削るようにして掘り出せば、手っ取り早いんじゃないかな?」

「あ、そうですね。やってみましょう」

「あ、今は休憩が先だから。この後にお願いね」

「わかりました」


 はっきり言って、魔法使いのいない三人組には、この方法を再現することはできない。

 なので勉強にはならないと思うかもしれないが、『使えるモノはなんでも使う』ということを教えることはできるだろう。

 楽をするためなら、頭を使わねばならない。


 こうして、一休みした後は再び芋掘りを再開した。

 そしてフィニアの魔法は、ここでも絶大な効果を発揮すしてくれた。

 結局その後はペースアップして、合計十本の芋を掘り出したところで、切り上げることにする。

 そして折れないように木の枝などで支え、背嚢に詰め込んでいたところで、俺の感知能力に何かが引っかかった。

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