第55話 覚悟完了殺る気満々

「誰の仇だよ、誰の。勝手に殺さんでくれよな。大体勝手に攻撃しおって」

 亘がジロリと目を向けた先で、神楽がどんなもんだと胸を張っている。最近は巫女姿が戦闘服に思えてしまうぐらい好戦的だ。

「マスターを攻撃しようとしたんだもん。そんなの当然だよ。大丈夫、一応手加減しておいたからさ。でも、死んだって異界の中だから問題ないよ」

「なんだか最近、お前の考えが怖いんだがな」

 亘は倒れた女性の首に手をやって脈を確認し、ほっと安心する。さすがに死なれたら寝覚めが悪い。

 改めて女性を見ると、せっかくの美人が白眼を剥いた変顔になっている。亘は笑いを堪えながら、その懐に手を入れ身体をまさぐった。ペタペタと服の上からボディチェックをしだす。

 横で見ていた神楽と七海が揃ってギョッとした。

「マスター!? 何してるのさ」

「身体検査だ。ひょっとすると他にも武器を持っているかもしれないだろ」

「もう何考えてるのさ。いくら何でも、気絶した女の人にそれはダメだよ!」

「わ、私がやります。五条さんはダメです!」

「そだよ、マスターは離れてなさい」

 亘は女性陣からあがる非難の声に傷ついた。安全を考えての行動で、疚しい気持ちはなかったのだ。ちょっとだけ不貞腐れながら手を引っ込め脇にどいてみせる。

 すかさず七海が膝をつくと女性の身体検査を始めた。起伏の少ない女性の身体の上をアルルが転がっているので、何かあっても大丈夫だろうが念のためアドバイスしておく。

「いつ目を覚ますか分からないから油断しないようにな。拘束するなら、そいつの服を脱がせて下着姿で縛るといい。足の方もズボンを脱がせて縛っておこうか」

「マスター、それ酷いよ」

「そうですよ。せめてベルトで手を縛るだけとかですよ」

 解せぬ、と亘は首を捻った。なぜ非難されねばならないのか、さっぱりだ。


 女性を調べることは七海に任せ、床に転がった拳銃を拾い上げる。それはずっしりと重い。

「うーむ、やはり本物かな」

 しげしげと眺めまわす。本物を見たことはないが、きっと本物だろう。銃口を覗き込むようなバカな真似はしないが、ちょっと構えて射撃の真似をしてしまう。

 日本で銃を手に入れられる人間は限られている。そうすると、この女の素性が気になるところだ。いきなり銃を向けてきた様子からすると、凶悪な犯罪者に違いない。そうなると、その犯罪者が一体どうして異界にいたのかは謎だ。

「犯罪者なら悪魔の餌にしてやろうか。よし神楽、食べて良いぞ、お腹空いてるだろ」

「えー、ボクこんなの食べたくないよ、やーだよ」

「ご、五条さん。あの……こ、これ……」

 女性の上着の内側を探っていた七海が震える声で何かを差し出してきた。

 そのチョコレート色のパスケースのようなものを受け取った亘だが、それを確認してギョッとする。赤青金の記章の下に『公安』の二文字があった。

 中を開いて確認すると、名前は長谷部志緒とある。添付されるキリッとした顔写真と、白眼を剥いた変顔を見比べ違うと言いたくなるが、確かに同一人物だ。

「……どうしよう。これは公務執行妨害とかになるのかな」

「謝ったら許してくれるでしょうか……ダメですよね。私達は、逮捕されちゃうのでしょうか」

「いや、少なくとも捕まるのは自分だけだろ。七海は無関係を装えば大丈夫だろう。はははっ、参ったな。これで自分の人生もお終いか」

 しゅんっとなった七海を安心させるように亘は笑ってみせた。だが、もちろん内心ではオロオロだ。自分でもどうしたものかパニック状態である。せっかくデーモンルーラーを手に入れ人生が上手いことなりだしたのに、これだ。いつも、何かが上手くなりだすと問題が発生する。

 七海が決意に満ちた表情を浮かべる。

「……分かりました。ここは異界です、証拠隠滅しましょう」

「あのさナナちゃん、何言ってるのさ?」

 神楽が驚きの声をあげ、いつもと様子の違う七海の声に困惑の表情を浮かべた。女性の顔をのぞき込む七海の表情は見えないが、何かダークな雰囲気が漂っているように感じられた。

「だって五条さんが逮捕されてしまったら、ずっと会えなくなっちゃうんですよ。ずっと会えないだなんて……」

「えぇっ! マスターに会えなくなっちゃうの! ずっと!?」

「神楽ちゃんだって、五条さんと会えないのは嫌ですよね」

「そんなのヤダ! そんなの絶対ヤダよ!! ボクも証拠隠滅する」

「だったら逮捕されなければいいんですよ。幸いここは異界ですから……」

 くすくすと七海が暗い笑いをあげている。いつもの様子とはまるで違う雰囲気に、亘はその頭をコンッと小突いてしまった。痛くもないのに、痛そうに頭を抱えた七海の様子はいつも通りだ。

 けれど、その間に神楽が志緒という女性の元へと滑空していき、手を上に向かって上げていた。魔法を放つポーズだ。

「とりあえず、とどめ刺しとくよ」

「ストップ、止めろ。話せばきっと分かってくれるから待て。七海も冗談は大概にしてくれよ、神楽が本気にするだろ」

「冗談? ……そうですね。冗談ですよ」

 小突かれた場所を押さえる七海は、いつもと同じ笑顔のはずだ。でも何かしら様相が違うようにも見えた。思わず亘が戸惑っていると、七海の視線が気絶したままの志緒へと向かう。

「そうですね、この人が起きたらお話ししましょう。それからでも遅くありませんよね」

「あ、ああ、神楽もそれでいいな」

「マスターがそう言うなら、そうするよ。とりあえずだけどね」

 神楽も笑顔だが、七海と同じようにいつもと様相が違う笑みに見える。なんだか凄く嫌な予感のする雰囲気に亘はゴクリと喉をならした。正直に言って、びびっている。


「うっ、っつつ」

 タイミングよく志緒が意識を取り戻した。

 微かな呻き声をあげ、頭を振り額に手をやりながら身を起こしている。しばらくぼんやりと床の上に座り込み、周囲を見回すと亘の手にある銃に目が止まった。

「あなたは……っ! 私の銃を返しなさい!」

「はいどうぞ、お返ししますよ。あと手帳もどうぞ」

 志緒は拳銃と手帳を奪い取るように受け取った。そのままジリジリと亘たちから距離をとる。手帳を懐にしまい、拳銃をどうするか迷って、そしてホルスターへとしまうことにしたようだ。

 賢明な判断だろう。知らぬとはいえ、覚悟完了殺る気満々で待機している悪魔がいるのだから。亘はそちらを気にしながら志緒に尋ねる。

「手帳を見せて貰ったけど、公安警察の所属なんだな」

「くっ! 人の物を勝手に!」

「どうして、その公安に所属する人が一般人に銃を向けるのかな。悪魔が出てパニックになったにしては、タチが悪いと思うな」

「一般人ですって? あなたみたいに異界で平然とした一般人なんているわけない……ひっ!」

 ずいっと前に出た神楽の姿に志緒が小さく悲鳴をあげる。頭を抱え怯えた姿はプルプルしていて、まるで小動物みたいだ。

 第一印象がきりっとした美人だっただけに、なんだかがっかりである。白眼を剥いた変顔を見たので第一印象は完全に崩れ去っているが、それにしたって残念美人だ。

「神楽よせ。少し下がってやれ」

「ふーんっだ」

 神楽は頬を膨らませながら少しだけ志緒から離れるが、まるで獲物の様子を伺う獣のように周りをぐるぐると飛んでいる。

「さて、異界と口にしたところからすると、悪魔の存在も知ってるみたいだな。だったら話は早い。『デーモンルーラー』ってアプリは知ってるか? 当然、公安警察なら知ってるよな」

「……キセノン社の開発したDP対策アプリのことね……つまりあなたは、その使用者なの?」

「ああそうだ、その使用者なんだ」

 亘は取り出したスマホを振ってみせた。そして敵意が無いことを示すため、床にどっかと座り込み傍らに棒を置いた。志緒の方もおずおずと、そして上を飛び回る神楽を気にしながら座り直す。

「まず状況を説明させて貰おうか。自分たちは美術館にいたが、そこで偶然異界に入り込んだ。同じように入り込んだ人たちを助けようとしていた」

「そっ、そうなの……」

「そもそも、警察とかって最初に手帳を見せるなり、自分の所属とか氏名を名乗るものじゃないのか。いきなり銃を突きつけるのが公安流ってわけなの。そこんところ、どうなの?」

「すいません……」

 相手を追いつめる言い方は職場の課長から日々鍛えられているため、すらすらと口から出て来る。自分があの課長と同レベルになったようで、ちょっと悲しい。

 しかし効果は抜群で、志緒はしょんぼりとなった。さらに険呑な目をした神楽が威嚇すると、耐え難い威圧に涙目となってしまう。土下座でもしそうな様子だ。

「ごめんなさい! お願いだから銃を向けたことは内密にしてください」

「はははっ、それならお互いさまということで手を打とうじゃないか」

「本当ね、よかったわ。これで課長に怒られないですむわ……」

「よし、じゃあ神楽も七海もそういうことだから、手を出すなよ」

「分かりました。これで安心ですよね」

「そだね。あははっ、そこの志緒ちゃん命拾いしたね」

 神楽の言葉に志緒がおずおずと顔を上げた。キョトンとした顔だ。

「あの、どういうことかしら」

「大したことじゃないさ……場合によっては、異界の中に消えて貰うつもりだっただけだから」

 逮捕されることはなさそうだと判断して亘は微笑した。

 不思議そうにする志緒に先程の会話の内容を教えてやると、顔色は真っ青にさせガタガタ震えていた。

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