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23代目デウス・エクス・マキナ ~イカレた未来世界で神様に就任しました~ 作者:パッセリ

ティザーストーリー

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#7 儚きものたち

「映像データ照合完了。93.141592%の確率で背教的集団の元締め『トリプルポチ』本人と推測されます」


 隊長らしき兵士が金白装飾の神聖タブレットスマホでデータを確認し、司教に告げる。


 ジャックは助かったと思った。

 同時に、いくらトリプルポチと言えどこの状況で何ができるのかと不安に思った。

 そして、最後まで彼に頼りきりであることを申し訳なく思った。


「……これは重畳にして祝福的。

 最重要のターゲットが自らノコノコと出て来るとは」

「うちの客を返してもらいに来たぞ」

「捕らえろ。抵抗すれば殺しても構わん。だがその場合はなるべく脳を傷つけるなよ。培養液に浮かべてデジタル尋問を行う故な」


 司教の意を受けて兵士達が動き始める。

 金白に輝く神聖ジュラルミン盾を構えた兵士が最前列に立ち、盾に守られた二列目の兵士がサブマシンガンをしまってレーザーガンを抜く。抜きざま、『OFF/制圧用/祝福的』の三段階になっているツマミを『OFF』から『制圧用』に流れるような動作で動かし、そして……


「撃てぇっ!」


 Zap! Zap! Zap!


「トリプルポチさ……ん?」


 レーザーガンから放たれた閃光がトリプルポチを貫く……かと思われジャックは一瞬目をつぶった。

 だがしかし、トリプルポチは倒れない。発射された光線はトリプルポチを中心とする透明な球体上に幾何学的な模様を描いて這い回り、やがててんでんばらばらの方角へと飛び去った。


「ギシュウウウウウ!!」


 どこかで流れ弾に当たったホタルイカが悲鳴を上げた。杉ゾンビが拾い、炙って食うだろう。


 レーザーの余波に吹き飛ばされたトリプルポチのサングラスの下からは冒涜的な素顔が顕れた。

 まるで鋭い刀で両目を切り裂かれたかのような傷痕があり、右目は暗視ゴーグルのような異形のサイバネアイ、左目は、なんと義眼の代わりとでも言うように魔晶石コンソールが埋め込まれている。


魔術師ウィザードか!」


 レーザーなどのエネルギー兵器は、ある程度魔法コマンドの訓練すれば受け流せるようになる。エネルギー兵器の致命的弱点だ。

 これだけレーザーガンが普及した世界で実弾兵器が廃れずにいる理由だった。


「眼に魔晶石コンソールだと!?」

「涜神の徒め!」

「額じゃねぇんだから勘弁しとけ!」


 驚き訝る兵士達にトリプルポチは言い返す。

 魔晶石コンソールは体のどこに埋めても問題無く利用できる。だがそれを首から上に埋めることは普通しない。

 額に魔晶石コンソールを着けるのは神の証だから、首から上に魔晶石コンソールを着けるのは背教者と行かないまでも冒涜的であり、狂人の所行とされていた。


「対魔術師ウィザード装備を……」


 隊長らしき兵士が指示を飛ばす。だがトリプルポチの次の行動が早かった。


「何の備えも無くあんな場所を運営していたとは思わないで欲しいな!」

『インキジターモード、起動。たいへん祝福的です』


 ジャゴガッ!


 七号君の無骨なドラム缶ボディの理由を

 【①知っていた ②今知った】


 ジャックは後者だった。


「何だと!?」


 複雑にパーツが別れた二の腕からは機関銃の銃口が。スライドして開いた背部からは小型誘導ミサイル射出ポッドが。

 らんらんと赤く輝く口はおそらく対戦車砲クラスの口径と火力を持つレーザー砲。手首の周りにはパンキッシュなメタルアクセサリー腕輪のような回転ノコギリが飛び出して、すぐに高い音を立てて駆動しはじめた。

 そしてオマケと言わんばかり、ピンと伸ばされた指の先が開いて自動小銃の発射口となる。指先の発射口はどう見ても構造的欠陥があるがロマンだ!


『これより背教者の粛正を開始致します』


 違法な西暦時代アニメのごとき理解を超えた光景に、兵士達は呆然としていた。そして七号くんは、その兵士達に襲いかかった。


 背部のポッドから小型ミサイルが発射され、空中に複雑な航跡を描いて、居並ぶ兵士達の中心に着弾!


「ぎゃああーっ!」


 風に散らされた木の葉のように数人の兵士が吹き飛ぶ。神聖プロテクターの金色に爆風が反射した。


 その時にはもう、七号くんは腕の回転ノコギリを唸らせて盾兵士に殴りかかっていた。

 火花が舞い散り、耳障りな音と共に盾が切断される! 当然、それを構えていた兵士も無事では済まない。


「いっ、痛っ、あぁーっ!」


 腕を手首で切断された兵士が、さらに至近距離からの機関銃乱射を食らって動かなくなった。


『背教者を始末致しました。たいへん祝福的です』

「クソッタレ、なんだこの狂ったポンコツは!」

「ふむ……」


 子どもの落書きみたいな顔をした謎のロボットは、電子音声で喋りながら大暴れしている。

 兵士がどたばたと死んでいくが、司教はまったく動じなかった。特に大事なものでもない。


「貸せ」


 司教は隊長からタブレットをひったくると、それを操作した。


「わああっ!」

「ムッ!?」

「ルーク!」


 震えながらうずくまっていたルークが立ち上がり、レーザーガン内臓防犯ブザーを構えた。

 兵士達が道を空け、回転ノコギリを唸らせる七号くんの前にルークが立ちはだかる。


「やだ! やだぁ!」

「こういうのはどうだ? まだそのポンコツを暴れさせるなら、このガキをペースト食料に変えてからだ」


 泣き叫ぶルークは人間が分泌可能な液体をほとんど全部流していた。

 恐怖に歪んだ表情で、しかし彼の手足は残酷に殺戮ロボットへ向かっていく。


「トリプルポチさん……」

「心配すんな!」


 今にもルークの体が七号くんへ飛びつこうとしたその瞬間、ルークはバッテリーを抜き取られた全自動粛正機のように倒れ込んだ。


「タネが割れちまえば簡単なもんだな」

「……何をした」

「ハッキングだよ、ハッキング! インプラントコンピュータのプログラムを強制停止させてもらった。セキュリティ、ガバいぜ!」


 トリプルポチは(おそらく違法な)ブレインインプラントコンピュータを埋め込んでいる。そこからハッキングを行い、ルークを操っているプログラムを殺したのだ。


 途端、七号くんはルークを乗り越えてさらなる殺戮を開始する。


「ぎええーっ!」

「助けてくれ!」

「私は祝福的で心穏やかです」


 兵士達は悲鳴を上げながら倒れていく。

 その合間を縫うようにトリプルポチはルークに走り寄り、小さな体を抱え上げるとジャックの所まで運んできた。


「ルーク! ルーク!」

「大丈夫だ、ショックで意識が飛んでるだけだよ」


 そしてトリプルポチは、スパークするビー玉を抱え込んだルービックキューブの骸骨みたいな奇妙な機械を取り出し、スイッチを入れる。

 ヴン……という音と共に、ジャック達は二十面体ダイスのような光の障壁に包まれた。

 ハイテク兵器用のハイエンドバッテリーを用いたエネルギーフィールド発生装置だ。


「よし行け、七号!」

『祝福的です』


 その瞬間、七号の攻撃が激化した。

 自爆を厭わず周囲にミサイルをばらまくと、さらに旋回しつつ機関銃を乱射した。

 悲鳴が飛び交い、盾の影に逃げ込んだ兵士には回転ノコギリが炸裂する。

 爆風や流れ弾はエネルギーフィールドの表面で弾かれて中の4人は無傷だ。


「動くなよ! 大人三名小人一名も入ったら定員オーバー! 効果半径ギリギリだ!」

「す、すごい……こんなものが……」

「すごいだろ? 2分しか保たん」


 トリプルポチはタフに笑ってみせた。


『背教! 異端! 拷問! 火刑!』


 七号くんは祝福的な文句を呟きながら殺戮を続行している。果敢に攻撃、あるいは回避しようとする兵士は、何故か突然スパークを散らして動きを止め、七号くんの餌食になった。トリプルポチが魔法コマンドを使っているのだ。

 七号くんの口から吹き出したレーザー砲が兵士4人を同時に消し炭と化し、さらに司教に襲いかかろうとした所を護衛の兵士の神聖シールドに阻まれた。


「……やむを得んな。なるべく使うなと言われていたのだが……」


 司教がぽつりと呟いた。そして彼はすっと何かの合図のように手を振る。

 後列に居た兵士のひとりが、何かを地面に叩き付けた。


 ボシュッ!


 煙幕のように、山吹色の粉塵が辺りに立ちこめる。


「まずい、これは……!」


 トリプルポチが一瞬にして顔面蒼白になった。

 何があったのか、とジャックが聞こうとしたその時だ。


『苦悩の梨…………       』


 さらに祝福的な文句を呟きつつ次の兵士に襲いかかろうとした七号くんが、その体が、三分割された。


 何が起こったかジャックには分からなかった。

 目に焼き付いたのは虚空に刻まれた銀の閃き。

 兵士のひとりが目にも留まらぬ速度で踏み込み、隠し持っていたショートソードを振るったのだ。


 ――ショートソード?


 ジャックは訝った。もはやファンタジーのようなローテク武器だ。

 だが、あろうことかそのショートソードによって、数十人の兵士相手に無双の活躍をしていた戦闘ロボが煮込み野菜のように切られたのだ。


 切断面からスパークと機械部品をまき散らしながら、七号くんだった物体は地面に転がる。


『反逆……背教……』

「ガラクタが」


 ショートソードを持った兵士が七号くんの頭を蹴り転がして吐き捨てた。


「そんな……こ、こいつは地球遺産アーティファクトの対人戦闘ロボットだぞ!? それをたったひとりで……」

「何かのアーカイブで見た覚えがある……最初期の教会が用いていたロボット兵のひとつ。こいつは数を頼みに戦う雑兵だ。『個の戦力』を突き詰めた人間に敵うわけが無い」

「……お行儀良く捜査令状なんぞ取ってたのは……こいつを呼ぶためかよ……!」


 トリプルポチの声に浮かんでいたのは、焦りと言うよりも、絶望とやるせない気持ちだった。


 一瞬にして形勢は逆転していた。トリプルポチの切り札だった七号くんは、司教の切り札だった謎の兵士にひねり潰された。

 この異様に強いローテク兵士が何者なのかジャックは知らない。

 だが、この驚異的存在についてトリプルポチは知っているらしい。そして……彼が絶望するに値する何かなのだ。

 冗談じみた強さを見せつけられた以上、ジャックもその判断に否やはない。


 エネルギーフィールドがバッテリー切れで消滅する。

 その事でトリプルポチが取り乱したりする様子はなかった。きっとそれは、既に絶望していたからだ。


「令状、まだ受理されてないんじゃねぇか? 法律違反だぜ……」

「そうとも。故に目撃者には死んでもらう。

 だがその前に……よし、片腕を切れ」


 司教が言った瞬間、兵士は鋭くショートソードを一閃した。

 ドッ……と少し離れた場所に何かが落ちた。それがトリプルポチの右腕だと気が付いた時には、腕の切断面から鮮血が吹き出していた。


「ぐ、ああああ!!」


 トリプルポチが腕を押さえてうめく。

 オニキスが顔をうずめるようにジャックに抱きついてきた。


「……逃げるのどうのという話をしていたな。どこへどうやって逃げる気だ? 手引きした人間は誰だ?」

「……知らない」

「ふむ。左腕も要らんか」


 全く同じようにトリプルポチの左手が切られた。

 あまりの痛々しさにジャックも目を逸らした。


「ぎあっ……あああああああ――――っ!!」

「これで少しは素直になれたか?」


 司教はサディスティックに言った。


「命令なので切断しましたが、これではあまり苦痛を与えられません。指にはたくさんの用途があります」


 謎の兵士は少々不満そうだ。


「ああ、そうか。まだ足が残ってるが足の指でも大丈夫か?」

「へ……残念ながら、どんなに拷問したって無駄だぜ。俺はそいつをよく知らん。どうやって俺達を逃がしてくれるのかもよく知らん。事実だ。

 だが、あんたらにとっちゃ最悪の相手だろうよ……」

「……まさか」


 短くなった腕を掲げるようにしながらトリプルポチはやせ我慢めいた笑い方をする。

 最悪の相手。そう聞いた司教の顔に浮かんだのは、しかし勝ち誇ったような笑みだった。


「なんと祝福的なのか。ついに連中の尻尾を掴んだというワケか。この私が!」

「勝てる気なのか、あんた……」

「無論だ。我ら教会が持つのは、神聖にして祝福的な大いなる力!

 主の恵みを、ご恩を忘れ、教会に楯突き世を乱す貴様ら背教者に! 負けようはずがあるものか!

 心悪しき者よ。悪魔の囁きに耳を傾けし者よ! 貴様の流す血こそがその証だ!

 神の威光の下の繁栄こそが唯一にして絶対の幸福!

 それが分からぬ背教者は……この世に不要!」


 説法慣れした司教は高らかに、歌い上げるようにそう言った。

 彼の中で、自らの公私混同・賄賂の受け取り・さすがに違法行為である毎夜のお楽しみと、今のセリフの間に矛盾は無い。

 何故なら教会に背くことの方が、自分がしていることの数百倍重い罪だと信じているからだ。


 うなだれるトリプルポチに司教は近づき、聖印を取り出した。

 そして、キャップ状になっている柄を取り外した。中にはレーザーの射出口じみた端子があり、スパークする!

 上位聖職者用の聖印に仕込まれたカラクリ、悪しき者を滅するための神聖レーザーナイフだ。聖職者による祈りと神聖レーザーナイフの一撃は、堕落した魂や悪魔を消滅させ清めると言われている。


 ショートソードを持った謎の兵士はトリプルポチからの反撃を警戒して身構えている。だがトリプルポチが何かをする様子は無かった。


「死ねぇっ!」


 司教が聖印を振り上げ……


 Zap!


「ぬっ!?」


 レーザー光線が飛来!

 残像すら残るほどの速度で動いた兵士が割って入り、レーザー光線をショートソードで弾くという神業によって司教を守った。


 ジャックは、片手で腹の傷を押さえ、もう片方の手でレーザーガンを握っていた。

 出血のせいか感覚が消えていく気がする指で、必死に引き金を引いたのだ。


「何のマネだ」

「ジャック……」

「ちくわ星人氏……」

「ふざ……けるなよ」


 絶望を、怒りが塗りつぶしていった。


「好き勝手、しやがって……お前ら、俺たちを、何だと、思って、やがる……!

 真っ当に、暮らせるなら、そうして、いたさ……お前らの、無策と、無軌道のツケ、負わされる、痛みが、分かるものか……!」


 震える銃口が謎の兵士越しに司教を捉えている。


 これまでジャックは緩慢に首を絞められ続けているような息苦しさを感じていた。教会のやり方が好きではなかった。

 だがそれでも教会に対して怒ったことは無かった。

 教会はあまりにも強大であり、人ひとりが怒ったところで何にもなりやしないという諦め、そして、教会に対して怒るということは背教者として死ぬことだという恐怖からだ。

 しかし、いよいよ命運も尽きようとしている今、ジャックは遂に怒りをあらわにした。

 それは今さら失う物が無かったからだろうか。あるいは、とうとう怒りの沸点を超えたからなのだろうか。どちらでもあるのかも知れなかったが、もはやジャック本人にも分からない。


「俺の家族に、手、出してみろ……絶対に、許さ…………」

「始末しろ」


 事務的と形容してもいいほどの口調で司教は言った。


 暴風の如く兵士が襲いかかる。

 恐怖するヒマさえ無かった。ただ、ジャックが気づいた時にはもう、目の前に死の刃が迫り……


「ん?」


 驚いた様子の声を上げたのは、兵士だ。


 ショートソードがジャックの首のすぐ傍にある。それはおそらくまっすぐに振るわれジャックの首と胴体を永遠にサヨウナラさせるはずだったのだろう。

 だがそれがジャックの手前で止められている。……刃を白刃取りのように、親指と人差し指でつまんだ少年によって。


 たった2本の指でつまんでいるに過ぎないのに、ショートソードは押しても引いても動かないようで、兵士は必死に力を込めていた。


「いいすね、オッサン。今の格好良かったですよ」


 二枚目にも三枚目にもなりきれないような雰囲気の少年が、ジャックを抱え込むような姿勢でささやきかける。

 いつの間にどこから現れたのか。


「……マサシ君?」

「でも、コイツの相手は流石に無理です。任せといてください」


 つままれていたショートソードにヒビが入り、折れ砕けた。

次回更新予定:3/19

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