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23代目デウス・エクス・マキナ ~イカレた未来世界で神様に就任しました~ 作者:パッセリ

ティザーストーリー

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#5 ヒーローはひとりじゃない

  『検問があった』17:23


  『警察と思われる奴に尾行された』17:23


17:23「尾行?」


17:24「今どこだ」


  『家』17:24


  『トイレ。カメラは無い』17:24


17:24「検問はさっき聞いた。確認する」


17:30「UD!」(※注:消去不能な(アンデリータブル・)イルカ(ドルフィン)の略。悪態)


17:30「お前の前後に帰った奴らが応答しない」


17:30「まだ分からんが」


17:31「しばらく待ってくれ。後で連絡する」


 *


 家に帰ってすぐ、ジャックはトイレに篭もって、スマホのチャットツールからトリプルポチに連絡を入れた。

 その結果は、ジャックの不安を更にあおり立てるものでしかなかった。

 その後、トリプルポチからはなかなか連絡が来ないまま、ジャックは上の空でルークと遊び(祝福的神聖ヒーロー・殉教仮面が怠け者の市民を爆破するするシーンごっこをやらされた)、味も分からないペレット夕食を取り(ただでさえ味が薄い)、就寝前の祈りを録画した(映像の提出義務がある)。


 まんじりともせぬまま夜は更け、ついに日付も変わった頃。枕元に置いたスマホが振動し、ジャックは大慌てでトイレに駆け込んだ。

 そして昼間飲んだ労働薬の副作用(初期症状:次の1本が飲みたくて仕方がない)を振り払うように自分の頬を一発叩いてから骨伝導イヤホンを掛けた。

 トリプルポチが作ったチャットアプリの通話機能。無論、トリプルポチからだ。


『まずいぞ、遂に嗅ぎ付けられた。

 メンバーが5人ほど逮捕されてる。俺んとこがやられるのも時間の問題だ』


 電子合成されたトリプルポチの音声が聞こえ、ジャックの全身から氷点下の汗が噴き出した。

 彼はインプラントコンピュータを脳に埋め込んでいる。それを使って、喋らずにメッセージを伝達しているのだ。同時並行して、口では何か別の連絡を行っているに違いない。


『うちのアジトには警察関係者も居る。もちろん名前は明かさないし、それを知っているのは俺だけだったんだが……強制捜査の令状が出されたと彼が教えてくれた』


 教会に睨まれる……それはいかなる場合であれ、基本的には身の破滅をそのまま指す。恐怖がジャックの心を塗りつぶした。

 ジャックはスマホを取り落としそうになりながら入力し、チャットアプリで問いを返した。


  『今から来るのか?』0:23


『いや、すまない言葉が足りなかった。令状が認可を求めて提出されただけだ。最終的に裁判所の判子を貰うまで最短でも約40時間は見積もれる。差し戻しや資料の追加提出要請があればもっとかかるが』


 この世界の役所は高度に祝福的な業務プロセスを構築している。高度すぎて誰にもその全貌を把握しきれないほどだ。

 その業務プロセスを維持するには、海洋地区の砂粒より多くの書類と、方舟天井の照明器より多くの判子が必要になる。例えば、お役所の隣にある公衆駐輪場を合法的に利用するには、23枚の非電子アナログ書類を完璧に書き上げた上で、今すぐ書類を処理するよう役人に賄賂を送るか脅迫しなければならないのだ。

 内部の者と言えど同じ事。最優先で書類が処理されたとしても40時間は掛かると、そういう意味だろう。


  『その前に警官が踏み込んでくることは無いのか?

   あいつら、対象者名が空欄の逮捕状を持ち歩いてるんだろう?』0:25


『もちろんあり得る。

 だがわざわざ令状を取ろうとしているってのがミソだ……そうまでしてるのに、バラバラと脱法的に警官を突っ込ませて来るとは思えない。

 まあ逆に言えば、ちゃんと制度に則って動いてるって事は、それだけ大がかりな動きを執るつもりだって考えられるんだが。

 とにかく、40時間もあれば俺は逃げられる』


 そう。抜け目ないトリプルポチのことだ。逃げるのは容易だろう。

 だが……他の者は?


『……俺は、仮にひとりやふたり逮捕されても残りの奴らに手が及ばないシステムを作ったつもりだ。

 だが、何かがおかしい。何かがヤバイ。今回メンバーが捕まったのも急すぎる。

 俺は皆に選択を委ねる。だが言わせて欲しい。

 ……逃げろ!』


  『どこへ?』0:27


 すがるように短い答えを打ち込む。すると、いやに自信ありげな(あるいはやぶれかぶれで腹をくくったような)調子ですぐに答えが返った。


『あるだろう、逃げる先が』


  『まさか、例のカルトか!?!?』0:28


 こう言われればジャックも目星が付く。

 教会に対抗して、自ら正統な神であると名乗る一派……そんな異端カルトは掃いて捨てるほど存在する。

 しかし、最近騒がれている()()()()()は、勢いと雰囲気が違った。


 噂だけはトリプルポチのネットワークで聞いていた。

 彼らは教会に虐げられている人々を救っていると。そして、彼らを教会の手が届かない場所へと導くのだと。


『落ち着いてよく聞け。俺は会ったんだよ。その……カルトのだ、使いを名乗る奴に』


 ジャックはごくりとツバを飲む。


  『信用できるのか?』0:30


『詐欺や囮捜査の可能性か。もちろん考えたさ。だが論より証拠ってやつだ。俺はそいつの力を見た。

 あれは人の領分を超えている。……神の力さ』


 徹底したリアリストであるはずのトリプルポチが、熱に浮かされたような言葉を吐いていた。そこにジャックは多少の不安と、それを超える希望を見出した。


『これまで辛うじて拾えてた、奴らの情報にもいろいろ合致してる。

 俺も絶対大丈夫とは言えない。だが俺は乗る。お前が来るなら拾い上げる。

 急な話で済まん。だが向こうは身ひとつで来ても大丈夫だと言っている。どうするか決めてくれ!』


  『少し待ってくれ』0:33


 ジャックは考えた末、それだけスマホに打ち込んでトイレを出た。


「ジャック……?」

「オニキス」


 ちょうどオニキスが寝室から出て来るところだった。

 ジャックの顔を見て不安げにしている。ただ事ならざる様子を察したようだ。


「すまない、こんな時間に。だが今すぐ話さないといけないことが出来た」


 部屋の明かりを消したままふたりはリビングに向かい合って座った。

 窓の外を時折横切るホタルイカ(遺伝子異常で飛行能力を獲得したイカ。凶暴で時に人間も襲う)の明かりが部屋に複雑な影を投げかける。


「この薬……本当は、病院で並んで判子を押して聖句を唱えてもらってきたものじゃないんだ」


 オニキスが常用している薬を食卓の上に出し、ジャックは切り出した。


「闇モノに手を出していたって、こと……?」

「そうだ。そして、調達先が摘発されそうになってる。俺も無事じゃ済まないだろう。今日は帰ってくるまでに警察に尾行された」


 息を呑み絶句する気配が闇の向こうから伝わった。

 ジャックは既に、洗いざらい全てをぶちまける気だった。どうやって話すべきか考えている時間も惜しい。


「このままでは俺達は背教者だ。巻き込んで本当にすまない!

 ……でも俺は、捕まる気は無い。お前達と一緒に逃げようと思う」

「逃げるって言ったって……無法地帯へ?」


 オニキスの言葉は不安げだ。単に『逃げる』と言えば連想するのはそういう事だからだ。

 教会の統治が及ぶのは、実を言えば方舟の面積の半分ほどでしかない。残りは無法地帯と呼ばれ、重武装犯罪組織や魔物、そして教会の手を逃れた背教者が住む場所となっている。

 種々のまともでない組織が、それぞれの身勝手な秩序を作りせめぎ合う無法の荒野。そこで人々は教会とは別種の抑圧にさいなまれることになるのだ。


 だが、そうならずに済むという見込みはある。


「例のカルト……本人達曰く『正統な神』。そいつらが手引きしてくれるそうだ。

 彼らは教会の勢力圏から逃げた者に生活を保障しているとも聞く」


 そして彼らは()()()だという話も……少なくとも、重武装犯罪組織なんかよりは。


 彼らの噂を聞いて、もしそれが本当ならばと思っていた。そうやって逃げた先で、こんな馬鹿馬鹿しくて危険な生活じゃない、穏やかな日々があるのならと夢想した。だが現実がそんなに甘くないことをジャックもオニキスも知っている。甘い言葉で人を集めて、汚染地帯で奇形魚の目玉を数えさせる犯罪組織もあるのだ。

 未知の世界よりもよく知っている地獄。それは人間がしばしば下す判断だ。

 しかし地獄はついに牙を剥いた。この期に及んでは、夢に賭けるしかないのだった。


「そんな……」

「逃げた先でどうなるかは分からない! ……だが、ここに居れば破滅だということは分かる。

 ……俺は死力を尽くす。逃げた先で何があるとしても命懸けでお前とルークを守る。

 俺は英雄でも、まして神でもない。だけど俺ができる事をお前達にする!

 だから来てくれ!」


 長い沈黙があった。

 窓の外、どこか遠くからは、夏の夕暮れの虫の鳴き声のような荒涼さを伴って、ホタルイカに襲われているらしい酔っぱらいの悲鳴が響いていた。


「……済まない」


 沈黙に耐えかねて、ジャックはもう一度謝った。


「何もかも俺のせいだ。お前のためとは言え……いや、言い訳にはならないな。

 もし逃げるのが嫌なら、俺を背教者として告発してくれ。

 そうすればルークともども、多少なり温情的な扱いがある……と思う」

「バカをおっしゃいな」


 凍り付いたようだったオニキスが、苦笑するように息をついた。

 そして彼女はリモコンを操作し、小さな明かりを付けた。


「私に黙ってこんな事をしていたのは許さない。どんな事でも言ってほしかった。

 でも私は、あなたを売って助かろうなんて考えないから」

「オニキス……」

「教えて。私はどうすればいいの?」


 ジャックはまず、食卓の上に置かれたオニキスの手を取ってその手の甲にキスをした。


 * * *


「しばらく寝ててくれ」


 崩れ落ちた警備のオッサンを一瞥し、俺はそのまままっすぐ留置場の奥へ進んだ。

 タイル張りで、むしろシャワールームみたいな印象すら受ける留置所は、なんか嫌にケミカルなニオイがした。


 俺が歩けば、目の前の銀色シャッターは勝手に開き、暗い廊下には明かりが付く。厳重なはずのセキュリティは無いも同然だ。うーん、実に黒幕感。

 別にこれは俺がなんかしてるわけじゃあなく、俺の頼れる相棒が建物の制御システム丸ごとハッキングして、俺の動きに合わせて道を作っているのであーる。

 ふと上を見れば監視カメラ。警備室には、即興で作成された偽映像が流されていることだろう。


『次の十字路を右折してください』

「了解」


 細い通路を頭に響くルートガイドに従って進んでいくと、小さめの体育館みたいな空間に辿り着いて視界が開けた。


「きっ、貴様どこから入っぎゃあああああ!」


 Zap!


 ちょっとしたオチャメで目から発射したビームが看守を貫き、ビリビリ痺れさせて打ち倒す。


 そこには、看守の監督下で作業を行う容疑者(容疑者だぞ! 受刑者じゃなくて!!)達の姿があった。

 船の舵輪を横に寝かせたような奇妙な機械があって、それを10人くらいの人々が押して回している。

 要するに人力発電機。お約束の強制労働である。留置所って事はみんな、裁判で有罪無罪が確定するどころか取り調べの最中なんですけど……既に犯罪者扱い?


 しかもこれ、中央には聖典の一節を書き付けたローラーがあって、舵輪に連動して回転している。

 マニ車というのを俺は知っている。なんかチベット仏教で使われてるやつで、経典を書き付けたローラーを回すことでそのお経を唱えたのと同じだけの功徳を積めるというアイテムだ。


 犯罪者にこれを回させることで、罪を清めながら発電させるという合理的なシステム! 実に祝福的!

 ……と、設計思想が分かってしまうのが嫌すぎる。

 俺、だんだんこの時代に馴染んできちまったなあ……


「な、なんだ……?」

「誰だ?」


 看守が倒されても、監視を警戒して作業の手を止めない皆さん。しかし、突然現れて目からのビームで看守を倒した俺を見て、なんだこりゃどういうことやと言葉を交わし合っている。


「助けに来ました。逃げましょう、皆さん。

 ……もっとも、どうしても汚染地帯で奇形魚の目玉を数えたいなら無理強いはしませんけどね」

やっぱり6回でも終わらないかも……

次回更新予定:3/15

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