挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
23代目デウス・エクス・マキナ ~イカレた未来世界で神様に就任しました~ 作者:パッセリ

ティザーストーリー

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました
4/76

#4 入りレーザーガン・出背教者

 ジャックは焼け付くような緊張感を味わいながら道を歩いていた。


 ――けられている……?


 尾行を見破る訓練なんか受けた事があるわけじゃないが、それは確信に近いものだった。

 あの遊技場への行き帰りは顔全体を覆うガスマスクで自然に素顔を隠し(本当はペストマスクタイプのデザインが好みだが、あれは目立つのでこのためだけにスタンダードデザインを買い直した!)、服も普段と違うものを着て、なるべく用心して歩いている。人に紛れる賑やかな道を選び、さらに周囲に怪しい者が居ないか注意している。その結果としてジャックは気が付いた。


 携帯端末スマホを見ているふりをして画面に映り込む後方の景色を確認すると、目立たない格好をした物騒な雰囲気の男がひとり、一定の距離を置いてついてくる。何度角を曲がっても変わらない。コンビニでトイレを借りたり、労働薬スタンド(下流市民向けなので安いが概ね毒性がある)でひと休みしてもその距離は変わらない。

 考えすぎであってくれと願った。しかし楽観してはいけないと思った。


 取るに足らないことや誤解によって警察の疑いを買い、または仲が悪い隣人に根も葉もない密告をされて、警察に尾行されたり取り調べを受けたり賄賂を要求されることはそこまで珍しい話ではない。

 本当に無実なら裁判で無罪になる可能性だって無いわけではないし、元の生活と職場に復帰できる可能性すらある。だがジャックは叩けばホコリが出る身の上だ。

 あんな場所に秘密で集まって教会を批判し、ご禁制のコンテンツを楽しみ、隠蔽された情報をやりとりし、非正規ルートで物品をやりとりしている。

 教会からすれば、どれだけ奇形魚の目玉を数えさせても足りないくらいの極悪背教者だろう!


 ――よもや、あの場所のことがバレたのか?


 飲んだばかりの労働薬(成分は祝福的です)が思考を冴え渡らせる。

 トリプルポチのやり方はこれまで上手く行っているように思えていた。彼は慎重で狡猾であり、今日だって新たな脅威に対する策をいち早く考えていた。しかし、そもそもいつどこから話が漏れるかも分からない綱渡りだったのだ。

 ……自分などに勘付かれるような尾行者なのだから、そこまで注意することはないのかも知れないともジャックは思った。本気で潰す気なら、影すら見せずにこちらを追跡する忍者のような尾行要員を寄こすだろう。

 しかし……あの遊技場から帰る客全員を尾行する気なのだとしたら? そのために人手が必要で、こんなヘッポコまで駆り出されているだけなのだとしたら?


 ――くそ、どうすればいい……身元を悟られれば一家まとめて背教者だ。


 このまま帰宅するのだけは絶対にダメだ。

 ガスマスクで自然に顔を隠し、ゆったりしたコートを着たジャックの今の姿は、たとえカメラで撮影して映像を分析しても身元の特定は難しい。

 だがこのまま家へ帰れば何もかも台無しだ。もし尾行がジャックの身元を突き止めるためなのだとしたら、だが……


「……検問?」


 考えながら歩いていたジャックは思わず小さく呟いて立ち止まった。幸いにもその声はガスマスクから漏れ出すほどではなかった。

 道の前方では、通行人・車・荷物運搬用中型鉄装ナメクジが各々渋滞を起こしている。

 その先には警官が即席のバリケードで検問所を設けていた。


 家まで待つ必要すら無かった。

 もし尾行者がジャックの考えた通り、警官なのだとしたら……

 絶対に何事も無く検問を通してはもらえない。尾行者が検問を敷いている警官に連絡を入れるだろう。ワイロの余地すら無くパトカーの後部座席へご案内だ。

 ガスマスクは剥ぎ取られるだろう。スマホは仕事用のメールから、鍵付きフォルダに隠した二次元ヘンタイフタナリポルノ画像まで洗いざらいチェックされる。


 先ほど飲んだ労働薬(当薬品は祝福的であり信心深い方の人体に悪影響はございません)が思考を冴え渡らせる。

 検問が敷かれる時は、特定の地域を封鎖するような形で行われる。裏道を通ろうとしても監視カメラを避けて他所へ行くのは難しいだろう。

 では検問が終わるまで待つ? ……それも厳しい。

 今、ジャックが住んでいるアパートでは『自主点呼』なる取り組みが行われている。管理組合員が毎晩各部屋を周り、全員居るか点呼を行うのだ。20年住んだとかで顔役を気取っている老婆(他の住人のゴミの分別に文句を付けることを生き甲斐にしている)が、功徳点を稼いで年金支給額を上げるためにやり出したことだった。

 ジャックは管理組合に外泊届を出さずにここへ来ている。もし検問が夜までに終わらなかった場合……つまりジャックが点呼の時間までに帰れなかった場合、ジャックの『不審な行動』はバレてしまう。おそらく警察にも情報は回るだろう。舌打ちしたい気分だった。やり出した本人すら意味があると思っているか怪しいクソッタレ警戒態勢がジャックに祟っているのだ。


 進退窮まるとはこの事だ。

 今できることをジャックは考えたが、トリプルポチの所へ戻って助けを求めるくらいしか思い浮かばなかった。

 もっとも、いくらトリプルポチでも何の準備も無く検問を抜けさせるような力があるかは分からないわけだが……


「やあ、どうもこんにちは。奇遇ですねえ」


 いきなりすぐ近くから声を掛けられてジャックは飛び上がりそうなくらい驚いた。

 この格好で歩いていて声を掛けてくる奴なんて、今までインディーズ活動をしているガスマスク写真家しか居なかった。

 誰かと思えばそこに居たのは、先刻、教会での集会で会った少年。こちらへ引っ越してきたばかりだというマサシ・カジタだった。


 改めて見てみると、彼は掴み所の無い印象の少年だった。それでいて只者ではないという雰囲気がある。

 歳はおそらく15か16という所だが、その得体の知れない雰囲気が年齢の断定を躊躇わせる。若い姿のままで1000年以上生きている不死の怪物とか言われても信じてしまいそうだ。

 二枚目にも三枚目にもなりきれないような容姿。ややクセのある髪は特に手入れをした様子も無い。ジャージ上下という極めてラフな格好だ。


 マサシ少年は明らかに自分を認識して話しかけてきている……少なくともジャックはそう思った。だが、どうやって? ガスマスクで顔を隠しているのに。


「ちょうど借りていた本を返しに行こうと思っていたんですよ」


 そう言ってマサシ少年はハードカバーの物理書籍をジャックに手渡した。

 タイトルは『より祝福的な生活のススメ ~日常生活の中でできる背教者の見つけ方~』。教会のお偉いさんが書いたという最近のベストセラーだ。その評価の高さは、各地の教会が説法の中で言及せざるを得ないほどであり、ジャックの家にも3冊存在しドアストッパーとして活躍している。

 当然そんな本を貸した覚えなど無い。だが……


『話を合わせろ。助けに来た』


 マサシ少年が渡した物理書籍の表紙には、焼き付けられたようにそんな文字が書かれていた。

 なんだこれは、と思った次の瞬間には、文字は幻のようにかき消える。


 ジャックは事態を飲み込めなかったが、わらにも縋る思いで指示に従った。


「ああ、あ、ありがとう。取りに行く手間が省けたよ」

「どうですか? その辺の労働薬スタンドで一服。いい合成ビーフジャーキーがある店を知ってるんです」

「それはいい。祝福的だ」


 歩き出しながら、マサシ少年は自然な動作で本の表紙を指差した。


 ジャックは本と一緒にスマホを持ち、歩きスマホをしているふりをしながら本の表紙に目を落とした。……これはなかなかの機転だったと自分で思った。


『次の角を左へ曲がれ。曲がったら10秒喋るな』


 意味が分からなかったが、ジャックはそれに従った。

 中流市民向け魔術コマンド教室チェーンの持ちビルの角を折れると、黙って数歩歩いたところでマサシ少年が止まる。

 何故だか彼は、額を押さえるような動作をした。


「これでいい。振り返ってみてください」


 先ほどからジャックの後をついて来ていた怪しい男が角を曲がって現れた。だが彼は、ジャックを見失ってしまったかのようにキョロキョロと辺りを見回して、辺りを探し始めた。そしてどこかへ行ってしまった。

 ジャックはすぐ目の前と言っていいような場所に、歩道のど真ん中に立っていたというのにだ。


「何が……?」

「早く帰りましょう。そうしないとマズいですよね?」

「そ、そうだけど……」


 どうやって帰るのだと言いかけてジャックは異変に気付いた。自分の腕を目の前まで持ち上げてみて、そしてそれから体を見下ろした。

 体が、無い。見えていない。ジャックは持っていた荷物ごと透明人間になっていた。


「まあまあ、俺について来てくださいよ。周りの人にぶつからないように注意はしててください。みんなあなたが見えてませんから」


 ふと気が付けば、マサシ少年もそこには居ない。いや、声が聞こえていると言う事は、同じように透明になっているのか。


 そしてジャックの見えない手を何者かが掴んだ。

 お互い見えていないはずなのに、マサシ少年は迷い無くジャックの手を掴んだように思えた。

 マサシ少年の手は、少年らしく柔らかなものであるのに、異様な覇気と力強さを感じる手だった。手を引かれるがままにジャックは歩いた。


「静かに……」


 検問が迫る。ジャックは息すら止めていた。

 心臓の音が聞こえてバレてしまうのではないかと、ジャックは変な心配をしてしまった。

 数人の警官が配置され、横暴な様子で通行人や車、荷物運搬用中型鉄装ナメクジの荷物を検査している。そのど真ん中を透明人間ふたりは堂々と通過した。

 車やナメクジのアイドリング音がふたりの足音を掻き消した。


 近くで見てみると、検問は明らかに『人』を探すためのものだと分かる。

 人が隠れられそうな車の収納スペースや、変装が疑われる通行人を重点的に確認している。

 ジャックは身震いした。これは自分を……自分を含む、あの遊技場の利用者を探すためのもので間違いないのだろうか。だとしたら、今ここで逃れたとしても、この先どうなる?


「怪しいぞ貴様! 信心が足りないようだな!」

「信心を示すためには教会関連組織への寄進が最も手っ取り早い!」


 検問所の警官は行きがけの駄賃とばかり、不幸な市民にワイロをたかっていた。

 透明人間達に気が付く様子は無い。


「もう大丈夫だと思いますよ」


 検問から2ブロック進んで角を曲がったところで、マサシ少年はようやくそう言った。いつの間にかふたりともまた姿が見えるようになっている。


「どうするのがいいか、俺からもハッキリは言えませんが……帰ったらとにかく一晩じっとしていてください。それまでには事態が動くと思います」

「あ、ありがとう……」


 お礼を言いながらも、ジャックの頭の中は疑問符でいっぱいだった。

 この何もかも全てを見通しているような彼の物言いは何なのか?

 検問所を抜けた透明化はいったい何なのか?

 何故、こんな事をするのか?


 だがそれを聞こうとした時には、マサシ少年はもう居なくなっていた。まるで煙のように消えていた。


 ジャックは、狐(荒野に住み3つの目と火炎放射能力を持つ生物。凶暴で時に人間も襲う)につままれたような気分だった。まるで白昼夢だ。だがそれが白昼夢でない証拠に、彼は今、検問を越えている。そして手の中にはマサシ少年からカンペボードとして手渡された物理書籍が残っていた。

 表紙は最近のベストセラー本だったが、ふと思い立ってめくってみると、中身は『銀河鉄道の夜』という小説だった。

現在更新中 たぶん#6まで

次回更新予定:3/13

+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。