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23代目デウス・エクス・マキナ ~イカレた未来世界で神様に就任しました~ 作者:パッセリ

ティザーストーリー

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#2 このディストピアの片隅で

 ジャックは監視カメラの箱を4つ抱えて、コンクリートそのままの色をしたアパートへ帰った。


 ひび割れた建物は、もはや築何年なのか調べる気にもなれない。

 周囲の壁には重度背教者のデジタルモンタージュ指名手配ポスターや企業広告が気味悪いくらい整然と並んでいた。


 207号室の扉脇にある認証装置に手をかざすと、安っぽい電子音と共に扉の鍵が開く。

 見た目や音声のチープさを裏切らず、実際に安価な認証技術だ。住人の髪の毛一本盗めば、クローン義肢培養技術で指の皮膚を複製し指紋でセキュリティを突破できるだろう。心許ないが、そうまでして盗まなければならないような財産を持つ者はこのアパートに居ない。……そう、泥棒の側が思ってくれると信じるしかなかった。


「ただいま」

「おかえりなさい」

「おかえりなさーい!」


 扉を開けると、そこにはやはり建物の外観と同じコンクリート色をした部屋がある。

 しかしジャックは急激に世界が華やいだように錯覚した。


 奥の部屋(それが玄関から見える程度の広さだ)では、ベッドに身を起こした妻のオニキスが個人用端末スマホで書籍を読んでいた。

 (※注:携帯可能なネットワーク端末は形状にかかわらずスマホと呼ばれる)

 長く患い、もともと細かった体は更にやせ衰えてしまったが、ジャックが彼女の美しさを疑ったことはない。

 玄関まで迎えに来てジャックに飛びつこうとしたのは、6つになる息子のルークだ。父が荷物を抱えていることに気付き、すんでの所で踏みとどまった。


「それがカメラ……? 全部の部屋に付けるの?」


 奥の部屋からオニキスが不安げに聞いた。


「バスルームとトイレは『推奨される。しかし無くても良い』そうだ。他は全部だな。

 はは……家が狭くて助かったよ」


 やせ我慢をするようにジャックは笑った。オニキスもつられて同じように笑った。


 ふたつの意味で理不尽だ。

 第一に理由を付けて無理やり金を出させられたこと。

 こうして無茶苦茶な出費を強いられることは、年中行事と言える程度にはよくあることだ。そのための蓄えを消化してしまっただけ、とも言える。それでも腹立たしいものは腹立たしい。

 第二に生活を監視されてしまうこと。

 プライベートを覗き見られていい気はしない。……さらに言うなら、ジャックはオニキスにも秘密のとある理由により、この監視に並々ならぬ危機感を持っていた。

 しかし、そのどちらも飲み下して、理不尽を受け入れるしかない。生きるとはそう言う事だ。


 ジャックはさっそくカメラの設置にかかった。

 と言っても、することは壁や床にくっつけて電源コードを繋ぎ電源を入れるだけだ。後はネットワーク経由で勝手にセッティングをしてくれる『簡単スタートアップソフト』が働くとパッケージには謳われている。

 裏で何をされているか分かったものではないが、そういう事を疑わず純粋な心で信じるのが正しき神の子としての祝福的振る舞いだった。


「よし、これで全部だ……」


 ジャックはなるべく心を無にしてカメラを設置した。

 そして最後の電源を入れた途端、ブツリと音がして部屋は闇に包まれた。


「……あれっ」

「また停電……?」


 オニキスの手元のスマホが彼女の顔をぼうっと下から照らし、幽霊のごとく浮かび上がらせている。


「パパー、テレビ消えたー!」

「ごめんごめん、一旦カメラを消してブレーカーを上げてくるよ」


 ルークが口を尖らせて抗議する。

 ジャックとしてもこの状態を放置するわけにはいかない。ルークが見ていたのは宗教放送チャンネルだからだ。

 これはいわゆる公共放送であり、民間が製作した後で教会の検閲が行われる通常のチャンネルとは異なり、教会の一部として運営されている。

 中央でセレモニーがあればノーカットで中継され、地区の教会で説法が行われる時間はその中継が放送され、それ以外の時間は良き教会市民のための番組が種々取りそろえられている。

 給与所得が一定水準以上にある者……すなわち家があり、放送を見ることができる環境を整える余力があると見なされる者は、毎日一定時間、このチャンネルを見ることが義務づけられている。

 朝と夜のゴールデンタイムに、だなんて強制はしない。人によって生活のリズムは様々だから、一定時間の視聴さえできれば見る時間の内訳は自由に決められるのだ。なんと慈悲深く祝福的なのだろう!


 ブレーカーを上げると、テレビはそのままスイッチが入った。


はいきょうしゃ(背教者)ぶっころし(ぶっ殺し)たいそう(体操)だいいち(第一)~!』


 今は子ども向け番組の時間だ。

 テレビの中ではにこやかなお姉さんが、小さな子ども達と一緒にコミカルに戯画化されたCQCを披露している。

 撮影場所は各地の街角で、パート毎に違う場所で違う子ども達と一緒に踊っている。なお、その背後にはペレット菓子、モデルガン、戦闘用ロボットのおもちゃ、おままごとセット(聖印入り)などの街頭広告看板がはっきりと映り込んでいる。公共放送を商業利用してはいけないことは太古よりの掟だが、おそらくこれは偶然だろう。偶然なら仕方が無い。


 ジャックは家電制御パネルの表示を見て顔をしかめていた。

 なるべく一度にたくさんの電気を使わないように普段から気を付けているが、あらためてチェックすると思っていたよりも二割は許容量が少なかった。ギリギリだ。

 電力の供給はいつも不安定で、供給量に応じて各家庭で使える電力は決まってしまう。


「『雷泉』の調子が悪いって噂は本当なのかな」


 独り言めいたジャックの言葉に、オニキスは応えなかった。


 この世界には雷の湧き出る『泉』がいくつもある。発電機とはまた違う。神の恩寵だ。

 雷泉からもたらされる電力があるからこそ多くの人々が電力とテクノロジーを享受することができる。

 だがその雷泉の調子が悪いという噂が巷のそこかしこで流れているのだ。やれ、どこの地区の雷泉が止まっただの、やれ出力が落ちているだの。ジャックが住む街でも同じだった。


 雷泉を維持することは、教会の……いや、神の役目だ。

 雷泉は聖典にも記された神の恵み。ではそれを民に与えられない神に何の意味があるのか。


 ――当代の神が即位・・なさって、どこかの街の雷泉が直ったなんて話もあったけれど……本当かねえ。


 いくら家の中と言えど、絶対の禁忌……神を疑う言葉は、胸の中に秘めておいた。


 方舟の神とは、かつての地球に存在したとされる有象無象の異端カルト的宗教とは違い、肉体を持つ神人、あるいは現人神と言うべき存在だ。

 この世界を作りたもうた神の意志と力は、神たる資格を持つ者に代々引き継がれ、教会は神を頂点とした神権統治を行っている。


 ジャックは部屋の高いところに飾られた尊影を見やる。

 輝く黄金のような金髪を持つ幼い少女が、神聖にして侵しがたい雰囲気でこちらを見下ろしていた。彼女が最近即位した当代の神……シャルロッテ・ハセガワだ。

 まるでティアラのように額に嵌められた赤い宝石は魔晶石コンソール魔法コマンドを使うため体に取り付ける道具だ。別に魔晶石コンソールを付けている人なんて珍しくないが、額に魔晶石コンソールを付けるのは神だけの特権であり神の証だった。これは神の力に関わる決まり事だという話もあるがジャックは半信半疑だ。少なくとも額の宝石は、彼女の魅力を引き立てる美しい装飾品として機能してはいた。


 彼女の美しさは確かに、神と呼ぶに相応しい尊さだった。

 しかし……彼女が頼りになるだろうか?

 何も不穏な噂は雷泉に限ったことではない。大雨洪水、はたまた日照り。地震に雷、魔物の跋扈。

 およそ天災と呼べるようなことはそこかしこで起こっていると聞く。

 天を鎮めるのもまた神の役目。災害が起こるのは、神の力不足ではないのだろうか……?


 ――ま、考えてどうにかなるようなことでもない、か……


 ジャックはうんざりしてきて考えるのをやめた。

 そんな雲の上のことを思い悩んでいても、なるようにしかならない。

 自分は不条理を受け入れながら、しかしこっそりとそれに反抗して、今の生活と妻子を守るしか無いのだ。


「この調子だとバッテリーを買わなきゃなんないかな」

「電力プランを変えて、優先的に回して貰うっていうのはできないの?」

「うちはアパートで一括契約だから……それにどのみち、バッテリーの方が安いよ」


 ジャックは頭の中で電卓を叩いた。また少し生活が苦しくなる。

 真綿で首を絞めるように、少しずつ少しずつ……密室で空気が薄れていくように、少しずつ少しずつ……


 息苦しさを振り払うようにジャックは頭を振った。

 そして帽子とコートを取った。


「パパ、また出かけるの?」


 ルークが不満そうに言った。


「ごめんな、折角の休みなのに。

 ママの薬を買いに行ってくるよ。帰りについでに寄れれば良かったんだけど、大荷物だったからさ」

「今日は四時間待ちだそうよ。……いつもごめんなさい」

「謝らない約束だったろ。じゃ、行ってくる」

「行ってらっしゃい」

「……いってらっしゃい」


 折角の休日、家族の時間を削るのはジャックとしても断腸の思いだ。

 後ろ髪を引かれるような気持ちで、彼は秘密の場所へ出かけていった。


 * * *


 悲喜こもごもな家族の情景を、悪いとは思いながら俺は盗聴していた。

 別に盗聴器とか仕掛けたわけじゃない。ただ単に、それが俺に許された力だから可能というだけだ。


『追跡対象、移動を開始』

「了解、アンヘル」


 不法侵入した向かいのアパートの屋上から、俺は様子を伺っていた。周囲に人目も無いので、俺はどこからともなく聞こえる声に自分の口で応じる。

 ほどなくしてアパートの入り口から人目をはばかるようにジャック氏が現れる。


「空から追うぞ」


 俺はそう言って、『空を飛ぶこと』『姿を隠すこと』を欲した。


 チカリと目の上、つまり俺のデコの辺りが赤く輝く。

 すると俺の体は重力のくびきを逃れて浮かび、さらに俺の腕は透き通ったようになって向こう側の景色を映している。


 魔法コマンド。この方舟で人類に与えられた、魔法じみた力だ。

 と言うとなんか超自然的な何かに思えるかも知れないが、カラクリはある。この方舟の中にはおびただしい数のナノマシンが存在していて、魔晶石コンソールというリモコンを付けるとそいつらに指令を出せるのだ。方舟の人工重力を遮断するなり、光を異常屈折させて幻を見せるなり、物理法則に反しないことならまあだいたいなんでもお手の物。

 ただ、そこらへんのテクノロジーが完全にロストしちゃったから、魔法コマンドを本当に不思議なパワーだと思ってる人も少なくない。人類は既に、魔晶石コンソールを新規に製造する技術さえ持っていないのだ。


 姿を消して空中から堂々と尾行して行くと、ジャック氏は大回りして、最初に向かった方向とは逆に向かい始めた。


『彼の行動は、病院に向かうと偽装した上で別の場所へ向かっているものと推測』


 頭の中に声が響く。

 どうやら彼はお目当ての場所へ案内してくれそうだ。


 待っててくれよ。悪いようにはしない。きっと俺が力になれるはずだ。

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