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23代目デウス・エクス・マキナ ~イカレた未来世界で神様に就任しました~ 作者:パッセリ

ティザーストーリー

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#1 GOD IS WATCHING YOU

このエピソードは、だいたいどういう作品なのか手早くご理解いただくためのものです。

時系列的には第一部終了後のどこかに入りますが、独立したエピソードであり、読んでいなくてもその先の物語を理解する上で問題はありません。また、第一部の核心的なネタバレは伏せられております。

このエピソードを読み飛ばして第一部から読み始めても一切問題はありません。

「はるかな昔、我らが暮らした地球には毒の火が降り注ぎ、人々は地上に住めなくなった。

 慈悲深き神は、そのお力によってこの方舟を生み出し、我らを虚無の宇宙ソラへと導いた。そして、やがて我ら人類が地球へと帰還する日を約束してくださった…………」


 もはやどこの宗教・宗派の様式だかも分からないが、とにかく金装飾と白塗りが多用されている荘厳な教会の中。講壇には偉そうな服を着たオッサンが立っていて、勿体ぶった所作で分厚い聖典をめくりながら、校長先生のお話めいた調子で朗々と話していた。


 オッサンの背後には100インチくらいありそうなスクリーン。暗黒の宇宙と青い地球、そして宇宙に浮かぶ光り輝く方舟が油絵のタッチでデジタル表示されている。多分これはフォトショ的な何かで加工した写真じゃなくて、現代かそれに近い時代の人間が想像で描いたものだ。なにしろ方舟が宇宙に浮かべるような代物には見えないんだもの。


 ここは30世紀の太陽系に浮かぶ閉鎖されたコロニー『方舟八号棟』。

 八号って言うからには最低七つは他にこういう場所があるんだろうし、もしかしたら百号棟とか二百号棟まであるのかも知れないけれど、残念ながらその詳細は不明で、他所と連絡を付けることもできない。

 方舟に住むほとんどの人々は、今じゃこの方舟が人間の科学によって作られたことも忘れ、神の所業と信じ込んでいる。

 その閉じた世界を統治しているのが……教会って連中だ。


「神とは、いと尊き意志であり、そのお力である。

 地を鎮め、実りをもたらし、我らに糧と雷をお恵みになる。

 神無くば方舟は無く、方舟無くば人は無し……」


 教会に集まった人々は、オッサンの説法を神妙な顔で聞いている。

 ……少なくとも、見た目は。

 内心どう思ってるのかは知らない。全校集会で不真面目な態度を取っても先生の雷が落ちるだけで済むけど、ここで不真面目な態度を取ったらどうなるかと言えば。


「子らよ、そなたらは神に祝福されし魂である。ゆえにそなたらは……」


 あ。俺のみっつ隣の席のじいさまが欠伸を……


 Zap! Zap! Zap!


 ストロボフラッシュみたいな閃光が走り、同時に機械的で無慈悲な発射音が響く!

 辺りはざわめき騒然となった。


 気が付いたときにはもう、じいさまは床に倒れ痙攣していた。服は数カ所が焼け焦げている。

 ふとアーチ状の高い天井を見れば、教会の内装に溶け込む白塗り金装飾の神聖監視カメラが3台。おそらくAIが自動的に映像を判別しているのだろう。そしてカメラの数倍は存在するのが、教会の内装に溶け込む白塗り金装飾の神聖セントリーレーザーガンだ。


「あー、うむ……彼は祝福的ではなかった」


 なんかちょっと気まずそうな調子で、壇上の神聖オッサンが咳払いする。

 若い神官が風のようにやってきて、数人でじいさまを抱えて運び出していった。


 ぱっと見だが多分死んではいない。レーザー出力を調整して麻痺させる程度に留めているようだ。さすがにこの程度で命までは取らない模様。

 だがおそらくじいさまはこのまま帰って来ないか、数年後に見えない妖精さんとお話ししながら帰ってくることだろう。


『アンヘル』


 俺は声には出さず思考の中で呼びかけた。


『さっきのじいさん、救出者リストに追加。連行先を捕捉。それと身元も可能な限り調べてくれ』

『かしこまりました』


 すぐに返答があった。いかにも有能冷徹な、悪の大企業の社長秘書といった雰囲気の声が俺の頭に響く。

 幻聴でも俺の妄想でもない。頼れるサポートだ。

 この場で暴れて奪い去るってのもアリと言えばアリだけど、まだ派手にやるわけにはいかない。もうちょっと探りを入れないとならない事がある。


「人心の乱れも著しい。どうか皆様、正しき信仰、その心をお忘れにならぬよう」


 じいさまが運び出されると、何事も無かったかのように説法は再開された。

 だが、聞いている人々はさらに神妙だ。天井で無駄に輝いている物体がただの宗教芸術ではなく恐るべき粛正兵器だと思い出した、そんな様子だ。


「人心の乱れ……そう言えば近頃、『真の神』だのなんだのと騙って人々をたぶらかすカルトどもが巷を騒がせているようですね」


 壇上の神聖オッサンがそんな事を言い出して、俺はちょっと真面目に話を聞く気になる。やっぱり気にしてるのか。

 はーい、俺です。カルト野郎はここにいまーす。

 いやいや、本当はこっちが本物なんだけどね。どうせ信じちゃくれないだろうけど。

 教会の圧政に苦しむ人々をゲリラ的に救って回っているのだが、なるほど教会側としちゃこういう話になるよな。


 もちろん壇上のオッサンに、俺の心の声なんて聞こえるはずもなし。


「なんと嘆かわしいことでしょう。正しき神の子を惑わす悪魔! 偽りの信仰を広める者は、個人用端末で何を調べようとしてもゆっくり降りてくる広告をタップしてしまう地獄へ墜ちるのです!

 そのような者達が潜んでいる! ああ、なんと恐ろしい事なのでしょう!」


 神聖オッサンは身をよじって苦悶するように、大げさに怖がった。

 そして気を取り直すように咳払い一つ。


「オホン……そこで我らが第二十一教区では、こちらの祝福的見守りカメラの導入を決定致しました!」


 パンパカパーン!

 ファンファーレと共に、モニターには白塗り金装飾の神聖監視カメラが大写しになった! 教会の天井にくっついてるやつよりもやや小型。スマートなデザインで設置する場所を選ばないご家庭向きの逸品です。


「今後、皆様のご家庭内では一部屋毎にこちらを設置していただきます。これによって皆様は二十四時間、祝福的に見守られ、いざカルトどもが襲いかかってきたときは即座に教会兵が駆けつけます!

 さらに……ええ、まあ考えたくもない事ですが、皆様の中にカルトが潜伏しているとしたら、当然それを暴くこともできる」


 声にならないざわめきが聴衆の間を流れていった。

 無理も無い。メチャクチャな命令をされることに慣れた人達だって、ここまで露骨に監視させろと言われたらヤバイと思うに決まってる。

 思うに決まってるが……それを口には出せない。絶対的統治者である教会に逆らうことがどういう事か、みんな知っているからだ。


「見守りにはスミスブラザーズ社のサーバーが教区全体で二十台割り当てられ、最新式の危険判別AIによって自動的に状況判断されます。AIプランは『祝福的』『さらに祝福的』『疑いようもなく祝福的』の三通りとなっておりまして、より高額のプランほどより多くの計算リソースによる迅速な判断が……」


 さっきまでの荘厳な調子とは打って変わって、熟練セールスマンのようなトークをかます神聖オッサン。

 立て板に水の長広舌がどこまでも続くかと思われたが、戸惑った様子の聴衆を見てわざとらしく咳払い。


「ウオッホン!

 なお、説法の商業的利用は禁止されており、この祝福的なカメラは諸君に無料で配るものとなる。しかしこのカメラは市価では4000クレジットもする高級品であり、これを無料で! む・りょ・う・で! 配る教会に対して、諸君が感謝を示すことは禁止されていない。いいですか、これはひとつ4000クレジットですよ」


 バダン!


 ギロチンの落ちる音かと錯覚するような勢いで後方の扉が閉め切られた。

 みんな揃って振り返ると、神官が長テーブルを持ち出し、その上にカメラの箱を並べている。

 そして出口に一番近い場所には……サイバー募金箱だ!

 静脈認証によって電子ウォレットからお金を引き落としてくれるマシーン。ご丁寧に、前面パネルに表示された設定金額は4000クレジットになっており、寄付金額をいじるためのスイッチはガムテープで固められている!

 …………露骨だ。


「ああ、では皆さん、本日はこれまでと致しましょう。どうかお帰りの際はお忘れ物をなさいませぬよう……」


 神聖オッサンが講壇を降りると、人々は低くざわめき出す。

 近くの人と世間話をする者。とっとと帰ろうとする者。様々だ。

 まあ一般向けの出口はひとつしか無いから、遅かろうが早かろうがあそこを通るしか無いんだけど……


「お、お金がっ! 今そんなに無いんです!」

「なんだとこの背教者め!」

「VRデジタル地雷原で除去作業をするか!?」

「汚染地帯で奇形魚の目玉の数を数えさせてやる!」

「暴徒鎮圧用大型鉄装ナメクジの燃料になりたいみたいだな!」


 募金額が足りなかったおじさんが引っ立てられていく。……あの人も救出リストに追加かなあ。


「ウソこけ、あのモデルは3000のはずだぞ……装飾込みでも暴利じゃねえか……」


 ふと、俺は近くから聞こえた声に気を引かれた。

 30代くらいの男の人だ。


 教会を批判する小さな独り言……聞かれてはならない独り言だ。

 もしリスクを取らぬようにするのであれば、絶対に言ってはならない言葉のはず。

 何かがひっかかったのは、まあただの勘だ。


 そこへ、スポーツジム辺りにダース単位で生息してそうな筋肉男が寄ってきた。


「ジャック、またお前ひとりか?」

「……オーランド」


 筋肉男によると、俺が気になった男の人はジャックさんと言うらしい。


「うちの奥さんはずっと患ってるんだって。ほら、説法はちゃんと中継で聞いてるし」

「いやいや、甘やかしてはいけないよ。こうして教会に集まるのは正しき神の子の義務だ。

 うちの親父なんて肺炎をおして説法を聞きに来て死んだんだ。

 信仰に殉じたとして親父が大司教殿から特別に賜った聖印は、今もご尊影と共に飾ってある」

「その話は七回も聞いたよ」

「そうだったか? 自慢の親父なんでね」


 オーランドとか呼ばれていた筋肉男はガハガハと笑う。


「薬も買わなきゃならないのに、痛い出費だよ」


 若干脈絡の無い感じで、ジャック氏は嘆く。


「カメラのことか?」

「ああ」

「仕方がないだろう。悪いのは神の名を騙るカルトどもだ。奴らは俺達を皆殺しにしようと狙ってる。

 俺達は家族の命を守らなければならない。そのためのコストとしちゃ安いもんだ」

「にしたって、家中を監視するってなぁ……あれだ、奥さんと寝てるとこまで見られなきゃなんないのかって話よな」

「困るのは反逆者・背教者・犯罪者だけだ」


 筋肉男はジャック氏の冗談めかした愚痴をピシャリと切り捨てた。

 聞き分けの無い子どもを叱るような言い方だった。


「見られて困るものでもあるのか? おい」

「めめめ、滅相も無い! なんて恐ろしいことを言うんだ! ありえない! 俺は祝福的だ!」


 おおげさなくらい必死で反論するジャック氏。何の騒ぎだ、と周りの視線も集まる。


「……まあいい、見逃しといてやるよ。だけどな、ジャック。神様と教会のお陰で生かされているという事をいつも忘れずにいれば、そんな事は間違っても言わないもんだ。

 感謝を忘れるなよ!」


 言うだけ言って筋肉男はカメラを買うための行列に並ぶため行ってしまった。

 ……うん、仕方なく従ってる人も居れば、ああいう人も居るんだよね。


 ジャック氏は若干しおれたような雰囲気でふらりと方向転換……した瞬間、そこに居た俺に正面衝突した。ごっつんこ。


「うわあっ!」

「大丈夫ですか?」

「あ、ああ……柱にでもぶつかったかと思った」


 俺はよろめきもしなかったところ、ぶつかった側のジャック氏は盛大に弾き飛ばされて尻餅をついた。

 転んだままジャック氏は驚いた顔をしていた。まあ無理も無い。俺は特に身長が高いわけでも体重があるわけでもないのにぶつかって完全に当たり負けたんだから、なんか変だと思うだろう。

 うーん、次からこういう時のために転ぶ練習もしとくべきか?


「あっと、これ……」


 ぶつかった瞬間、ジャック氏の持ち物から何かが転げ落ちた。

 俺はそれを反射的に拾い上げようとして……一瞬、目を見張った。


 キャラクターキーホルダー。漆黒のゴシックドレスを着て大剣を背負った女性だ。白い肌に映える黒の目隠しが倒錯的雰囲気を醸し出す。


「はいこれ」

「ああ、すまない……

 君、誰のとこの子だい? ごめん、思い出せなくて」

「思い出せなくて当然ですよ。引っ越してきたばかりなんです」


 大嘘であーる。不法侵入です。はい。


「マサシ・カジタです。よろしくお願いします」


 俺はジャック氏を助け起こしながら偽名を名乗った。


 * * *


『アンヘル』


 ジャック氏と別れた後、俺は再び思考で呼びかける。


『さっきの男の人、怪しくないか? あのキーホルダーは21世紀のゲームのキャラだよな』

『……データベース照会完了。

 現在、教会の認可を受けて流通しているいかなるコンテンツにも、当該キャラクターと思われるものは確認できません』


 ビンゴだ。俺の勘も捨てたもんじゃないらしい。


『こりゃ思ったより早く済むかも知れないな。……あの人を追いかけるぞ』

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