JICA九州では、1月10日、エジプト、シリア、イエメンの環境対策を担当する行政官4名を北九州市に招き、「中東地域産業環境対策」研修を開始しました。彼らは、4月27日まで日本に滞在し、開発途上国の主要な環境問題である大気汚染、水質汚濁、廃棄物管理について、50ヶ所を超える研修受入先(行政、民間企業、研究所、NGO)による講義や演習、視察を行います。日本での研修の最後には、各自の所属先における職務上の課題を解決するための、帰国後の活動計画(アクションプラン)を作成します。
(写真提供:北九州市)
北九州地域は、1901年(明治34年)に官営八幡製鉄所が創業して以来、日本の四大工業地帯の一つとして、重化学工業を中心に発展し、日本の近代化・高度経済成長の牽引役を果たしてきました。しかし、その一方で、産業都市としての発展は、大気汚染、水質汚濁など激甚な産業公害を引き起こしました。1960年代の北九州は、国内最悪の大気汚染を記録。工場廃水が流れ込む洞海湾は極度の酸性で変色し、大腸菌さえも棲めない「死の海」と化しました。
(写真提供:北九州市)
工場近くの小学校では、喘息などの病気にかかる子どもが急増。北九州市の深刻な公害問題に対して、最初に立ち上がったのは、子どもの健康を心配した母親たちでした。地元の婦人会は、大学の先生を講師として招いて勉強会を重ね、企業とも交渉を行い工場が出す有害物質の量を調査、それらの結果をもとに、市長、市議会、企業に対して、公害対策を働き掛けました。また、婦人会が自主製作した記録映画『青空がほしい』はマスコミにも大きく取り上げられ、公害に対する社会の問題意識を高め、企業や行政の公害対策強化を促しました。
婦人会から始まった市民運動を受け、北九州市は公害防止条例を制定し環境規制を強化すると共に、水質汚濁の原因である生活排水を処理するため、公共下水道を整備(受益者である市民も建設費の一部を負担)するなど、積極的な環境対策を進めました。また、企業側では、排ガスや排水といった出口対策に加え、生産技術や省エネルギー対策により、汚染物質の排出削減(クリーナープロダクション)を行いました。
1972年から1991年までの20年間で、北九州市の公害対策に要した費用は8043億円。このうち、行政は下水道整備を中心に68.6%、民間は大気汚染対策や洞海湾の水質改善等に31.4%を負担しました。こうした市民、企業、行政、研究機関の一体となった取り組みにより、北九州市の環境は急速に改善され、1980年代には、奇跡と呼ばれる環境再生を果たしました。
中東地域は、産業と生活水準の進展に伴い、大気、廃棄物、水、砂漠化、都市化など多くの環境問題を抱え、効果的な改善対策の推進が極めて重要な課題となっています。研修員は、日本の代表的工業地帯である北九州市が公害克服の経験を通じて培った環境技術や施策、産業環境対策を進める上で行政、研究機関、企業の果たす役割について、過去と現在の豊富な事例を通じて学び、それぞれの国に適した改善案を企画します。この研修では、限られた水資源を有効活用するための技術として、廃水処理技術、工場の排水処理設備、再生水の利用システム、海水淡水化技術についても取り上げます。
現在来日中の研修員はエジプト、シリア、イエメンの3ヶ国4名ですが(5カ国から8名の候補者が推薦されましたが、厳しい書類審査を経て半分に絞られました)、中東地域向けの産業環境対策研修はこれまでに4回実施しています。今回の参加国以外には、トルコ、イラン、イラク、パレスチナ等からも参加実績があり、帰国後は、それぞれの職場で活躍しています。
例えば、2006年度に参加したイランのアリボアさん(東アゼルバイジャン州環境省所属)は、日本で学んだ研修成果を踏まえて「なめし皮工場排水からのクロムのリサイクル方法」をアクションプランとして提案しました。
彼の提案は、イラン政府から最も安価でシンプルな回収方法として高い評価を受け、20ヶ所を超えるなめし皮工場で採用されました。彼の成果は、現地の新聞にも写真入りで取り上げられました。
今年も、4月の研修終了時に、どのようなアクションプランが提案されるのか楽しみです。