広島 挑む新市場、中心街活気呼ぶ
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2019/8/20 12:57

昨年夏に大きな被害を各地にもたらした西日本豪雨を乗り越え、広島県の経済は力強さを取り戻している。中心産業の自動車関連はマツダの新車投入や世界展開に合わせ積極的に設備投資に動く。広島市の中心街では駅前などで大型再開発が進み、西日本の中核都市としての存在感が一段と強固なものになろうとしている。広島の成長は当面続きそうだ。

部品各社、マツダと米へ

マツダを主要な取引先とする広島県の自動車部品各社が相次いで米国に工場を新設する。マツダがトヨタ自動車と組んで2021年に完成車の生産を始めることから、一定規模の受注が見込めるとして「同行」する。トヨタ系サプライヤーと共同出資で進出するケースもあり、特定のメーカーの色が強い「系列」に縛られない協力事例としても注目を集めている。

マツダは米南部のアラバマ州にトヨタと完成車工場をつくる。生産台数はそれぞれ年15万台ずつ。15万台という生産規模は一般的な自動車工場に比べると小さいが、年産約160万台の中堅クラスのマツダにとっては全体の生産台数が約10%上積みされることになる。サプライヤーにとって大きなチャンスだ。

シート製造のデルタ工業(広島県府中町)、東洋シート(同県海田町)、トヨタ紡織の3社はシートを生産する合弁会社の設立に合意した。

車体部品を手掛けるキーレックス(同)とワイテック(同)は豊田鉄工(愛知県豊田市)と共同で新工場を建設する。投資額は約240億円で、23年度に400億円弱の売り上げを目指す。生産設備の共用や素材の調達などの面でメリットがあることから、共同での進出を決めた。

ダイキョーニシカワは単独で進出する。マツダとトヨタの新工場の隣でバンパーやダッシュボードなどを生産する。投資額は約120億円で、年間200億円強の売り上げを見込んでいる。

米国はマツダ販売のうち約2割を占め、世界で最重要マーケットの一つ。値引きを抑制し、ブランド価値を高める戦略を推し進めている。米国での販売状況に伴う新工場の稼働率が同社の今後の行方を左右する。

国内でもマツダの快走がサプライヤーに波及している。マツダの国内生産は18年度、11年ぶりに100万台を超えた。19年に投入した新型小型車「マツダ3」を皮切りに新しい商品群を順次発売する予定で、今後も好調な生産が期待できる。

連動して部品各社も積極的な設備投資に動いている。内装部品を手掛ける南条装備工業(広島市)は八千代第二工場(広島県安芸高田市)の工場棟を拡張する。ドアの内側にあるパネルの生産設備を増やす。

ダイキョーニシカワは広島県東広島市に新本社と工場、開発を一体にした拠点を整備している。投資額は建物や土地だけで125億円で、他に生産設備などが別途かかる。ゴム部品を手掛ける西川ゴム工業は広島県三原市の工業団地に新工場を建設し、22年9月の操業開始を目指す。

広島はマツダとそのサプライヤーが集積する「マツダ城下町」だ。マツダの生産・販売が好調であれば、その効果は系列のサプライヤーや販売店に波及する。ひいては社員たちの給与、消費活動にも関わってくる。マツダの快走が広島経済全体の「体温」を支える要素となっているのは間違いない。

キラリ中小、備後に

県東部の福山市を中心とする備後地域にはキラリと光る中小企業も数多い。

新元号が発表された4月1日、発表から2分27秒でスズ製のぐい飲みに「令和」と刻み、技術力の高さをアピールしたのが精密鋳造部品キャステム(広島県福山市)。7月には実業家の堀江貴文氏らが打ち上げるロケットから紙飛行機を飛ばす実験にも参加した。今回の打ち上げは失敗したが「挑戦は続く」という。

猛暑で注目されるのが電動ファンを取り付けた熱中症対策服。この開発に関わったのがサンエス(同)だ。今夏は水の気化熱で体温を下げる「水冷シャツ」を発売した。山本製作所(広島県尾道市)はコインランドリーの空き状況を自宅のスマホで確認できるシステムを開発した。国内屈指の業務用洗濯機メーカーで、今春には輸出拡大に向けて2工場を増築した。

食品トレー最大手のエフピコは2018年度にペットボトル26億本を再利用した。19年度は13億円を投じてリサイクル工場の能力をアップ、20年度に30億本の再利用を目指す。

地方発、小売り独自色

広島県を地盤とする小売企業が独自のサービスで存在感を見せている。コンビニエンスストアを運営するポプラは、それぞれの店舗で会計後にご飯をつめる独自の弁当を販売。ボリュームを求める若者などから絶大な支持を集めている。食品スーパーを運営するフレスタ(広島市)が独自でスマートフォン決済システムを開発するなど、全国でも珍しい取り組みが進んでいる。

ポプラは各店舗でご飯を詰める独自の弁当で大手と差別化する

ポプラは各店舗でご飯を詰める独自の弁当で大手と差別化する

ポプラの工場では独自のノウハウを生かし、おかずのみを容器に詰めた弁当をつくっている。低カロリーや健康志向のメニューではコンビニ各社の競争が激しいが、「日本で一番カロリーが高くてコスパが良い弁当はポプラだ」(目黒真司社長)として差別化を図る。

出店では企業のオフィスや病院など、競合が出店する可能性が低い閉鎖型の商圏に狙いを定める。店舗を運営する加盟店が独自に商品を調達して販売することも許可する。売り上げ規模や店舗網でかなわない大手との正面勝負は避け、加盟店の要望に柔軟に対応できる点を強みにする。

食品スーパーを約60店運営するフレスタは、独自のスマホ決済を年内に導入する。支払いのうち一定率を同社のスーパーで使えるポイントとして還元することで、顧客の囲い込みを狙う。

来店客が自ら精算を済ませる「セミセルフレジ」の導入も進める。商品のスキャンは店員が行い、代金は別の専用端末で支払う。端末ではスマホ決済も使える。会計作業を効率化し、より少ない店員で店舗を運営できるようにする。

西日本で総合スーパーを運営するイズミは6月、ゆめタウン福山(広島県福山市)をオープンした。セブン&アイ・ホールディングスが運営していたイトーヨーカドー福山店を継承して改装開業した。フードコートの席数を増やし、休憩スペースも広げた。福山エリアではイオンモール倉敷(岡山県倉敷市)に流れる消費者も多いが、歯止めをかけたい考えだ。

再開発 進む大型投資

「ここ数年で急激に変わったんよ」――。広島駅南口で路面電車を待つ50代女性は、駅前に並ぶタワーマンションや複合商業施設を見上げていた。旺盛な再開発需要を支えに、大きな変化を遂げている広島駅周辺。2025年春には駅ビルを含めた再開発で、広島駅そのものが新しい姿に生まれ変わる。

広島市、JR西日本広島電鉄の3者は今春、駅ビル建て替えを含む広島駅の再整備計画を発表した。目玉は駅2階中央に路面電車が乗り入れる点だ。JR在来線や新幹線の改札口からそのまま路面電車に乗車できるようになる。駅ビルは地上20階建てでホテルと映画館も併設する予定だ。

新しく生まれ変わる広島駅ビルの延べ床面積はJR西管内で大阪駅、京都駅に次ぐ3番手。駅周辺ではオフィスビルの建設計画も相次いでおり、中国地方の「陸の玄関口」として街のにぎわい創出につながることが期待されている。

市内中心部に活気をもたらす起爆剤となりそうなのは、「街中スタジアム」の新設だ。広島城や平和記念公園から徒歩圏内にある広島中央公園に24年春、J1サンフレッチェ広島の新たな本拠地となるサッカースタジアムが誕生する。広島駅から徒歩10分のマツダスタジアムを本拠地とする広島東洋カープに加えて、2大プロチームが市内中心部に拠点を置くことになる。

広島市や商工会議所などが19年5月にまとめた基本方針では、サッカーの試合日だけでなく、年間を通じて人が集まる「複合型の施設」としてスタジアムを整備することを盛り込んだ。概算の事業費は約190億円の見込みで、旧市民球場跡地を含む公園全体のにぎわいづくりを目指す。

新しいスタジアムは、広島平和記念資料館から原爆ドームを眺めたときの「平和の軸線」の延長線上に重なる。原爆ドームも徒歩圏内にあり、観戦客が国際平和を希求する「広島の思い」を知ってもらう機会になりそうだ。

オフィスビルの建て替えやホテル建設ラッシュに沸くのは紙屋町・八丁堀地区だ。同地区は18年10月に国から、土地の利用制限の規制緩和や税制上の優遇などが受けられる「都市再生緊急整備地域」に指定された。広島銀行は21年春の開業を目指し、新本店の建て替え工事を進めている。

ベーカリーを手掛けるアンデルセン・パン生活文化研究所(広島市)は旗艦店「広島アンデルセン」を建て替え、20年8月に新店舗を開業する。約150席のレストランやパーティールームなども設ける。

相次ぐ再開発を背景に公示地価や路線価も上昇基調にあり、新しい街づくりへの期待は高まっている。西日本の中核都市としての魅力を内外に発信する機会にもつながりそうだ。

訪日客、増加の一途

広島県を訪れるインバウンド(訪日外国人)が増加の一途をたどっている。2018年は前年比13%増の275万人となり、7年連続で過去最高を更新した。米国や欧州からの観光客が中心を占め、原爆ドームや平和記念公園、日本三景の宮島を訪れるルートが王道だ。広島平和記念資料館が今年4月にリニューアルしたことも「平和学習」で訪れたインバウンドをひき付ける。

一方、昨年7月の西日本豪雨の影響で18年は国内観光客数が減少した。風評被害を乗り越え、集客を通してにぎわいを取り戻そうと、広島市だけでなく周辺の自治体も知恵を絞っている。

県北部の三次市で4月26日に開業したのが日本妖怪博物館。愛称に「三次もののけミュージアム」と名付けたこの施設が街の大きな観光の目玉になっている。家族連れなどで週末は1日約1000人が訪れ、8月上旬時点で入館者は7万人を超えた。初年度目標の10万人は早々と突破しそうな勢いだ。

地元に実在した稲生平太郎に起こった怪異を描いた稲生物怪録(いのうもののけろく)絵巻を見る人たち(広島県三次市の三次もののけミュージアム)

地元に実在した稲生平太郎に起こった怪異を描いた稲生物怪録(いのうもののけろく)絵巻を見る人たち(広島県三次市の三次もののけミュージアム)

地元に江戸時代から伝わる妖怪の逸話を当時の絵巻などで丁寧に紹介。妖怪研究者のコレクション5000点の寄贈も受け日本各地の「妖怪事情」もわかる展示構成にした。

古い町並みや空き家になっている古民家を生かし、観光の活性化につなげようとする動きも相次いでいる。県南部の竹原市に8月1日に開業したのが明治・大正期の木造建築を改装した高級ホテル「ニッポニアホテル 竹原製塩町」。塩づくりや酒造業で栄えた江戸・明治時代からの景観を保つ「町並み保存地区」に点在する3棟をホテルに改装した。フロント・レストラン棟と宿泊2棟に分かれており、石畳の道を「廊下」と見立て周辺一帯をホテル空間と感じつつ移動してもらえるような配置にしている。

瀬戸内の景勝地、鞆の浦(広島県福山市)に8日、築100年を超す古民家を改築した宿泊施設「鞆の浦潮待ちホテル櫓(ろ)屋」がオープンした。大きな梁(はり)や趣ある建具が歴史や伝統を感じさせつつ、現代的な機能性・デザイン性も兼ね備えた高級宿。上質な滞在を求める内外の旅行者を主な客層とする。

万葉集にも詠まれた鞆の浦は17年に国の重要伝統的建造物群保存地区に、18年には日本遺産に認定された。今後、街並み保存・整備の動きが本格化すると見られている。

県内各地を歩くと「浅野氏広島城入城400年」と大書された幟(のぼり)があちこちに掲げられていることに気づく。江戸時代の広島藩主の浅野氏が入城して400年となる今年、様々な記念事業が行われている。

江戸期の浅野氏の藩政は広島の経済力を高めたが、これまでは戦国時代の毛利元就の活躍が広く知られている一方で、浅野氏の存在は認知度は低かった。記念事業は400年の節目を生かし、原爆投下で忘れ去られた戦前の地元の歴史を市民に再発見してもらう狙いも込めている。

入城日にあたる9月15日には、初代藩主の浅野長晟(ながあきら)や家臣、武士、町人に扮(ふん)した一行が、広島市中心街を経て広島城まで練り歩き、400年前の入城の光景を再現する「入城行列」イベントが開かれる。このほか、「広島浅野家の至宝 よみがえる大名文化」展(9月10日から広島県立美術館)、江戸期の広島を舞台にしたミュージカルなども予定されている。

野球・サッカーだけじゃない

東京、大阪方面からの新幹線が広島駅に到着する直前、車窓から見えるある大型施設が乗客の観光客やビジネスマンらの視線をくぎ付けにする。広島市民が愛してやまない地域の宝、広島東洋カープが本拠地にするマツダスタジアムだ。

広島駅から徒歩10分の場所に2009年に開業、きれいで開放感あふれるスタジアムは「カープ女子」と呼ばれる女性ファンも引き寄せ、観客席の客層も様変わり。チーム成績を上向かせる大きな起点となった。試合時にはユニホームを身にまとった観客で全体が真っ赤に染まり、ここでしかみられない景観を作り出す。この環境の後押しもあって16年からはカープはセリーグ3連覇を達成。中心選手がライバルの巨人に移籍した今シーズンも優勝争いに食い込んでいる。

開放感あふれるマツダスタジアム。カープ戦はチケット完売が続く

開放感あふれるマツダスタジアム。カープ戦はチケット完売が続く

広島はこのカープに代表されるように、多くの主要スポーツ種目で強豪チームが存在する。サッカーJ1サンフレッチェ広島はこれまでリーグ優勝を3度達成。森保一日本代表監督もこのチームで育った。本拠地のエディオンスタジアム広島で開催される試合はチームカラーの紫で染まり、観客は12人目の選手として、若手主体に切り替わりつつあるチームを今シーズンも上位に押し上げている。

男子バレーボールでは伝説的なセッターの故・猫田勝敏選手が所属した専売広島をルーツに持つJTサンダースが人気を誇る。昨シーズンはVリーグ2位と安定した実力をみせる。ハンドボール女子のイズミメイプルレッズも日本リーグ8回優勝の強豪で昨シーズンも3位の好成績を収めた。東京五輪へも多くのメンバーを送り出すことが期待されている。

八村塁選手がドラフト1巡目指名で世界最高峰リーグNBA入りしたことで注目を集めるプロバスケットボールでも、広島ドラゴンフライズが活躍。Bリーグ2部(B2)の人気チームで1部昇格を目指している。9月に開幕する新シーズンに向け大幅な補強を断行。ファンも「今度こそB1」の思いを強めている。

「県、先端技術実証の場に」

西日本豪雨を乗り越え、復興に向けた歩みを続ける広島県。人工知能(AI)やあらゆるモノがネットにつながる「IoT」技術を産業に活用する取り組みも推進している。湯崎英彦知事に広島県の現状や今後の目指す方向性を聞いた。

インタビューに応じる湯崎英彦知事

インタビューに応じる湯崎英彦知事

――豪雨からの復興の状況をどうみるか。

「豪雨の直後は物流が滞った影響もあり生産もかなり落ち込んだ。復旧は着実に進み、今は災害前の水準に戻っている。一方で、まだ復興は道半ばという事業者も多い。グループ補助金や販路開拓支援といった制度の周知を進め、引き続き早期の復旧、復興を支援していきたい」

――人工知能(AI)やIoT技術を活用した産業振興は進んでいるか。

「先端技術を活用し、地域課題を解決する『ひろしまサンドボックス』では各プロジェクトが実証実験に取り組むなど順調に進捗している。県外企業の参画も相次いでおり、注目度は高い。新しいソリューションの開発につなげるためには、何でも試して、何度もやり直せる環境が必要だ。挑戦できる文化を根付かせ、広島県をまるごと実証のフィールドにしてもらいたい」

「AIやIoTは医療や土木など、全ての分野で活用できる。中でも広島県は製造業の集積地。ものづくりでIT技術を定着させることが独自の強みを生み出す。東広島市にある『ひろしまデジタルイノベーションセンター』では製造業のデジタル化を推進する人材の育成にも取り組んでいる。ビジネスモデルの転換に伴い、新たな製品やサービスが生まれることを期待している」

――起業やスタートアップ企業を取り巻く状況は。

「開業率は全国平均よりも低い状態が続いている。起業を増やす取り組みはさらに進めていく必要がある。市内中心部に構える『イノベーション・ハブ・ひろしまCamps(キャンプス)』で起業を目指す人たちや支援機関の交流を促すなど、県としても活性化に向けた施策を続ける」

「地域発のスタートアップ企業だからといって、地域課題の解決にとらわれすぎないでほしい。マツダや100円ショップ最大手の大創産業(東広島市)をはじめ、グローバルな視点で勝負をしている企業は県内にも数多くある。必要な情報はインターネットで手に入る時代なので、東京での起業にこだわる必要性も弱まっている。世界に目を向けたスタートアップ企業が地域発で生まれる好循環を目指したい」

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