第二十一話:暗殺貴族は仕留める
地中竜の外装を剥がし、奴の本体を引きずりだした。
このあとどうするかは打ち合わせ済みで、タルトとディアにも指示をしてある。
……聖域にある資料、そこにある魔族の情報は歴代の勇者が苦戦すればするほど克明に描かれる傾向がある。
その点、地中竜はあの巨大な外装自体にはかなり細かく書かれていたが、魔族本体については体内で倒したとしか書かれていない。
おそらくではあるが、本体はさほど強くない。
だから、俺たちの基本戦術で行く。
タルトが足止めをし、ディアが【魔族殺し】を当て、俺が殺す。
不意を打つ際には、死角にいることが好ましく。
奴が掘ったこの穴は最適だと言える。
「【氷結】」
水面を固めることで足場にする。
それで十分な精密射撃が可能。そして、ここからでも奴を狙える。
レールガンの超火力であれば、この程度の土壁なら、壁ごと対象を貫くことは容易い。
【鶴革の袋】からレールガンを取り出し、風の探査魔術を使用することで、風と視覚をリンクする。
俺の役目は、狙撃によって奴を仕留めること、そして、もしタルトやディアで対応できない場合、即座にフォローすることなのだ。
◇
タルトとディアの二人は塹壕から顔を出す。
ディアはファール石を投げる際、タルトの風で届く限界まで離れた上で塹壕を掘っていた。
適当に掘ったわけでなく、爆風と飛散するベアリングが頭上を通過するよう計算し、投擲と同時に塹壕に潜り、塹壕に蓋をするように強力な結界を張っていた。
でなければ死んでいただろうし、そういうことができるからルーグはディアに任せたのだ。
「ねえ、ちゃんと仕留められた?」
「はいっ、あの大きくて気持ち悪いのは吹き飛んで、白いつるつるの小さい人だけが再生しました」
「じゃあ、ルーグの読みは当たっていたんだね」
ルーグの得意とする風の探査魔術は、タルトも使用可能だ。
だからこそ、塹壕にこもりつつもちゃんと状況を見ていた。
もっとも、タルトの場合は魔術の腕と演算能力がルーグより数段劣るため、効果範囲を狭くし、収集する情報項目を減らす簡略化を行っているのだが。
「……ルーグの作戦どおり、動きを止めるよ」
「はいっ」
「それから、ちょっとでも危なくなったら逃げろって言われていること忘れないでね」
「大丈夫です。今の私なら、どんなときでも冷静になれます」
タルトは魔槍を握りしめ、ディアは拳銃を引き抜き、塹壕から飛び出す。
タルトは首筋に注射で薬を打ち込む。
短時間だけだが、脳のリミッターを外し身体能力と魔力放出流量を強化。さらには集中力の向上をさせる薬。
短期決戦用のものを初手で使ったのはルーグの指示によるもの。
相手は能力が判明していない魔族だ。出し惜しみなどするのは自殺行為。また、短期決戦で勝てないようであれば、ルーグを置いて即座に逃げるよう指示されている。
タルトが魔槍を握る手に力を込め、ディアが拳銃を太もものホルスターから引き抜き、銃身にパーツを取り付ける。
よくよく見るとディアの銃は新型になっていた。
一回り大きくなり、銃身に追加パーツをつけることで銃剣となる。そして、刃の部分には魔術文字が刻まれていた。
『うん、いい感じだよ。これなら、いつも以上にがんばれる』
これは近接能力の補強という意味合いがあるが、それ以上にこの銃を魔法使いの杖にするためだ。
杖の役割は魔法に指向性をもたせることと魔力収束補助。なくても魔法は使えるが、精度・威力ともに落ちる。
しかし、杖を持つと近接防御の要である拳銃が使えない。だからこそ、ルーグが考えたのは杖と銃、両方の性質を持った武器。
銃としては重量が増えた上、重心が前にあることで取り回しが悪くなったが、それを補ってあまりある効果があった。
「先に行きます」
地中竜の中身ののっぺらぼう魔族は逃げようとしていた。
【生命の実】の完成を諦めて、生き残ることを優先した。
ここで逃がすわけにはいかない。
……あの魔族が地中竜を再び作れない保証はない。そうなれば、また一つ街が滅びるかもしれない。
だからこそ、タルトは先行する。
タルトにキツネ耳ともふもふの尻尾が生える。切り札たる【獣化】だ。その瞳に肉食獣らしい、攻撃的な色が宿る。
走りながら風の鎧をまとい防御と加速、その両方を使い分けられる【風盾外装】の詠唱を終える。
『宿題の成果がでてます』
以前のタルトでは、【獣化】時には本能を抑えきれず、魔法の詠唱を苦手にしていたが、日々の訓練、それからルーグがだした”宿題”の成果が出て、こうして難しい魔法も詠唱できている。
「きけんきけんきけん、ころす」
目も、耳も、鼻もないのに、のっぺらぼう魔族はタルトに顔を向けて、右手をのばす。
先端が硬質化した鋭利な指が弾丸のような速度で伸びていく。タルトはそれに【獣化】状態特有の獣が持つ第六感と超反射神経で反応し、風を放出することで強引に避けながら加速して距離を詰めていく。
躱された指が大地に突き刺さると、それぞれの指先の土が巨大なゴーレムとなり、タルトを襲う。
おそらく、これはあの地中竜を作る能力の一端。
もし、タルト自身が貫かれていれば、操り人形にされていたかもしれない。
「遅いです!」
タルトは追いかけてくるゴーレムたちを無視して、さらなる加速。
残った風を全部解き放ち推進力にすることで超速へと至り、ゴーレムたちをおきざりにしてしまう。
「はやいはやいはや」
のっぺらぼう魔族は反対の左手を伸ばそうとする。
この距離、この速度で、さきほどの攻撃を躱すことは【獣化】タルトでも不可能。どんな反射神経と敏捷性をもってしても物理的に不可能なのだ。
だから、タルトは躱さないことを選んだ。
「もらいました!」
タルトは最後まで一切の減速をしなかった、その結果、のっぺら棒魔族の左腕があがる前に、槍を突き刺した。……もし、少しでも躊躇をすれば間に合わなかっただろう。
のっぺらぼう魔族は槍で大地へ磔にされてした。
磔にするため、タルトは斜め下へと槍を突き出し、貫くと同時に手を離して駆け抜けたのだ。
タルトの攻撃はそれで終わらない。
タルトは振り向き、ディアとルーグが開発した雷撃魔術を詠唱する。
【豪雷】と名付けられた魔法。
その名の通り、雷雲を生み出し、雷を降らせる。
直接、電気を生み出すのではなく雷雲を使用することで、消費魔力以上に強力な雷撃を可能とするのだ。
ただし、雷を落とすまで時間がかかること、そして雷という性質上命中精度が低いという問題がある。
しかし、磔にして動きを封じ、しかも槍という避雷針があれば話が別。
ようやく今になって、ゴーレムたちが追いつき、タルトの詠唱を妨害しようとする。
そんな五体のゴーレムそれぞれに弾痕が刻まれる。
ゴーレムの巨体を考えると、弾丸など足止めにもならない。そのはずなのに、弾丸に込められた魔力が膨れ上がり、ゴーレムの関節という関節が、潰れ、塊、身動き一つ取れなくなる。
「私を忘れてもらったら困るよ」
ディアはそう短く告げると、新たな魔法を詠唱し始める。
タルトは眼で礼を言うと、ついに詠唱が完成した。
「【豪雷】」
雷雲が生まれ、光を放つ。
そして、落雷。
雷が槍に吸い込まれるように落ちていく。
超電圧と電流が、のっぺらぼう魔族に襲いかかる、体内に突き刺さったやりに雷が落ちたものだから、内側から焼かれてしまう。
超高電圧、超高電流。
確実に動きを止めた。
そのタイミングでディアの魔法が完成。
ここで放つ魔法は一つしかない。
「【魔族殺し】」
世界で唯一、魔族を殺しうる超魔法。あまりの難しさにルーグとディア以外、誰一人発動することができていないそれをディアはたやすく詠唱してみせた。
杖の役割を果たす銃剣の先端から、弾丸のように圧縮された赤い魔力弾が射出される。
それが、のっぺらぼう魔族に当たると、フィールドが展開され、のっぺらぼう魔族の下腹部に、紅い宝石交じりの心臓が輝く。
それこそが魔族の核。
それを潰さない限り、無限に再生……いや、復元し続ける。
逆に言えば、核を壊しさえすれば不死の魔族すら殺せる。
「ぼくのしんぞう、きれい」
雷で炭化した肌が再生しつつある魔族が、うっとりした声音で呟く。まだ、彼には余裕があった。
【魔族殺し】で実体化させなければ、勇者にしか壊せず、実体化したところで、その硬度はこの地上にあるありとあらゆる金属を凌駕する。
並の火力では砕けず、また【魔族殺し】の効果はわずか数秒。
そのことを知っているからこその余裕。
しかし、魔族は知らない。……普通じゃない攻撃が迫っていることに。
次の瞬間には地中から、音速の十倍にも至る超高速の弾丸が現れ、紅の心臓が貫かれ、その余波で少し遅れて肉体がばらばらに切り裂かれ、吹き飛ぶ。
もう二度と再生することはなかった。
彼は、自分が死んだ瞬間を認識すらできなかっただろう。
【レールガン】の理不尽な速度と破壊力は、あっけない結末を叩きつける。
また一柱、魔族が逝った。
「ほれぼれする狙撃です」
「風とリンクして見えているって言っても、目視とは感覚が違うはずなのにすごいよね。さすがはルーグだよ」
タルトは【獣化】を解除、キツネ耳と尻尾が消えていき、ディアは銃剣の刃を取り外して、銃をホルスターに戻す。
そして、タルトとディアはハイタッチする。
「勝てて良かったです。……今までの魔族の中じゃ一番弱かったですね」
「たぶん、あの大きな気持ち悪い虫みたいなのに力のほとんどをつぎ込んだんだろうね。普通なら無敵だもん。あの大きいの殺せる気がしないよ。土の中に逃げるのも卑怯だし」
「そうですね。あれを殺す策を考えたルーグ様がすごすぎるんです」
誇らしそうにタルトはルーグを褒める。
「それだけじゃないよ。タルトってびっくりするぐらい強くなったから、楽に感じたんだよ。もう魔族とだって互角かも」
「……きっと、ルーグ様のそばにいるからですよ。ルーグ様のそばにいれば、どこまでだって強くなれる気がします。ディア様だってどんどん強くなってますし」
このセリフをルーグが聞いていれば喜んだだろう。
少し前までなら、タルトは謙遜をしていた。良い変化だ。
「そうかも。さて、そろそろ、そのルーグを迎えに行こうか」
「はいっ、ルーグ様に褒めてもらうのが楽しみです」
二人の少女は微笑み、街が沈んだ穴まで走っていく。
そこから這い上がってくる愛しい人と少しでも速く会うために。
彼女たちにとって魔族を倒せた喜びよりも、愛しい人に褒めてもらって、撫でてもらって、抱きしめてもらえる喜びのほうがずっと大きいのだ。
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