Life is what you make it   作:田島

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ガゼフ邸にて

 その日の旅程を終えレベリングもこなして夜。グリーンシークレットハウスのデッキに出たモモンガはぼんやりと夜空を見上げていた。特に何を考えているという事もない、ごくごく単純に夜空の美しさを堪能していた。

 この世界の自然の美しさはいくら見ても飽きない。王国の街道沿いに遥か地平線まで広がる草原も素晴らしいし、山並みや時折見られる小川の澄んだ流れ、時間毎に表情を変え一時も同じではない空の色、どれも本当に心から美しいと思った。これから行くアーグランド評議国は山の多い峻険な地形だというし、ずっと南方には大きな砂漠もあるという。海の水はしょっぱくないのだそうだ。霜の竜(フロスト・ドラゴン)霜の巨人(フロスト・ジャイアント)、ドワーフ達が住むという彼方に見えるアゼルリシア山脈、エルフやダークエルフの国があるという南方のスレイン法国とアベリオン丘陵の間にあるエイヴァーシャー大森林。話を聞くだにどれもこれも行ってみたい見てみたいと好奇心が刺激された。

 今頭上に広がる満天の星空にしてもそうだ。ブループラネットさんがナザリック第六階層の星空を作る時に確か言っていた六等星という光の弱い星もきっとはっきりと見えているからこんなにも数え切れない程の星の光に溢れているのだろう。星がはっきり見えるのは地上が明るすぎず空気が綺麗な証拠なのだという事もいつだったか教えてもらった。月というものだってこの世界に来てから初めて見たけれども、柔らかく静かな蒼い光が本当に美しい。

 鈴木悟のいた世界と同じくここは人の世の不条理に満ちてはいるけれども、この世界には鈴木悟の世界にはなかった汚染されていない自然と豊かな実りがある。それでもウルベルトさんなら、こんな世界不公平だって言うかな。公平な世界なんてきっとどこにもなくて、強い者が弱い者を喰い殺すのが世界の理で、それでもあの人は理想を追い求めてしまうだろうか。何気なくそんな事を考える。

 仮定の話など無意味だ。だけれども考えてしまう。もしここにブループラネットさんが、ウルベルトさんが、たっちさんが、アインズ・ウール・ゴウンの皆がいたならば何をどう感じ何を語っただろうか、と。何を感じたのかを聞き、語り合いたかった。この美しい世界について。同じものを見て同じことをしたかった、そう、あの頃のように。

 物思いに耽っていると、後ろでドアの開く音がした。

「モモンガさん、何してるんですか?」

「クレマンティーヌ、まだ寝てなかったのか」

「あのココアってやつが美味しいので、飲みたいなと思いまして、起きてきました。そうしたらモモンガさんの姿が見えなかったので」

「そうか。まぁ何をしてるって訳じゃない、星を見てただけだよ」

 デッキに出てきたクレマンティーヌはモモンガの横に並び同じように星空を見上げた。

「好きですよねぇ、何がそんなにいいのかちょっと分かりませんけど」

「本当に綺麗だから見てて飽きないんだ。いくらでも見てられるぞ」

「変わってますよね」

「そうか?」

「そうです」

 話が途切れ、瞬く星の光だけが音のようだった。二人は黙って星空を見上げていたが、やがてクレマンティーヌが口を開いた。

「あの、もし、お答えになりたくなかったらすみません、無視していただいて結構です……モモンガさんがお探しになっているモモンガさんのお仲間の方々は、ここに来る時に一緒にいたのにモモンガさんだけがはぐれてこの世界に来てしまったのでしょうか?」

「……いや、違うよ。あの時、俺は一人だった。正直な話をすると、この世界に仲間が来ている可能性なんてほとんどないと思っているんだ」

「そうなのですか……すみません」

 申し訳無さそうに俯くクレマンティーヌに、モモンガは緩く首を横に振ってみせた。

「謝らなくていいさ。そうだな、皆……自分の生活や夢や現実があって離れていった。それを俺は止めなかった。でも別に死に別れたわけじゃないし、この世界で会える可能性だってゼロじゃないだろ? だから希望をくれたクレマンティーヌには感謝してるんだよ、ほんとに」

「そんな、感謝なんて勿体ないです。モモンガさんのお役に立てただけで、私にとっては光栄な事です」

「はは、大袈裟だな。でも本当に皆こっちに来ていたらいいのになって今思ってたとこだったんだ。こんな美しい星空を一緒に見上げて、広い世界を皆で冒険できたら最高だろうなって」

 それは、夢物語だ。美しさが鋭く胸を刺す空想だ。それでも胸が切り刻まれ血が滲み流れても、そう思うことを鈴木悟(モモンガ)はやめられない。もう戻ってはこないのだという現実にどれだけ痛んでも、求める心を消し去ることができない。

「もし一人でもお仲間の方が見つかればその夢も叶いますね。その為にも私も情報収集頑張ります」

「ありがとな。じゃあ答えづらい事を聞かれたお返しに俺も一個聞きづらい事聞いてもいい?」

「……何でしょうか? 何なりと聞いてくださって大丈夫ですが」

 不思議そうに首を傾げたクレマンティーヌを前に、口に出していいものかどうかを迷いモモンガはしばし躊躇した。カジットに言われたあの時、クレマンティーヌは相当キレていた。恐らくは触れられたくない事なのだろうとは思うのだが、だから余計にというか気になって仕方がない。意を決して口を開く。

「……あのさ、クインティアの片割れ、って、どういう意味? クインティアが二人いて、片方がクレマンティーヌであともう一人いるって事?」

「…………クインティアは、捨てた名です。今の私はただのクレマンティーヌ、他の名はありません。でもそう……私は、出来損ないの方のクインティアだったんです」

 クレマンティーヌが出来損ない? えっ、どこが……?

 疑問を解決する為に質問した筈なのに、クレマンティーヌの答えを受けて疑問はいや増すばかりだった。戦士としての力量はこの世界の人間ではトップレベル、気も利いてフォローも上手いし頑張り屋さん、そしてスタイルのいい愛らしい美人、サイコパスという欠点はあるもののモモンガから見たクレマンティーヌに出来損ないの要素など何もなかった。

「えっ……あの、お前のどこが出来損ないなの……? マジでよく分からないんだけど……めちゃくちゃ優秀じゃない……?」

「そんな事を言ってくれるのはモモンガさんと、あと一人だけです」

「いやブレインにも聞いてみろよ、絶対違うって言うから。正直お前がいなかったら俺路頭に迷ってた自信あるよ? こうして楽しく旅ができてるのってほぼほぼお前のお陰だよ? 一杯助けてもらってめちゃくちゃ感謝してるよ? もっと自信持つべきだと思うよ?」

「そう言って頂けるのは素直に嬉しいです、ありがとうございます。でもこの思いはきっと、何をしても一生捨て切れないのではないかと、そう思うんです……」

 諦めたようにそっと微笑んで目を伏せ、クレマンティーヌはそう答えた。そこにかける言葉をモモンガは見付けられなかった。

 どれだけ己を傷付けても愚かしくても捨て切れない思い、それは今まさにモモンガ自身も抱えているものだったからだ。そんな男が偉そうに何を言えるというだろう。

 そんな思いは否定してやりたかった、だけどそのクレマンティーヌにとって大きな部分を占めるであろう思いを否定する資格など自分にはないのではないかと、そうモモンガは感じてしまっていた。

 

 王都に着くまでの間のレベリングの結果は満足のいくものだった。クレマンティーヌもブレインも順調にレベルを上げているようで、死の騎士(デス・ナイト)を倒し切るまではいかないもののダメージを与える事も珍しくなくなってきていた。特に驚くべきはクレマンティーヌよりはレベルが低かったらしいブレインが善戦している事で、一瞬の隙を掻い潜り有り得ないような角度から死の騎士(デス・ナイト)に一太刀を浴びせる、といった場面が多く見られた。勘が鋭いというか、天性の剣の才があるというのは誇張でも何でもないのだろう。本人としては強大な力を持つモンスターの自己の力への驕り高ぶりを利用した戦法が得意らしいが、死の騎士(デス・ナイト)には驕り高ぶりなど一切ないのが残念だ。クレマンティーヌはブレインと比較すると怪我も少なく堅実な戦いぶりで、持ち前のスピードと間合いの見切りに磨きをかけ確実に急所を突く戦いをしていた。アンデッドには人間のようにこれといった急所がないのが残念だ。

 そんなこんなで王都に着いたのは、エ・ランテルを出て半月程経過してからだった。勿論モモンガは検問で引っかかったのだが、戦士団の団員を呼んでもらうとガゼフから話が通っているようでガゼフの恩人であると証言してもらえ無事に通る事ができた。

 ガゼフは今日は非番ということで、戦士団の団員にそのままガゼフの家まで案内してもらう。悪く言えば古ぼけたような、積み重ねた歴史と年月を感じさせる街並みが続く。往来は少なくないものの、エ・ランテルやエ・ペスペルよりは落ち着いた雰囲気の街だった。戦士団員によると今は午前中で人々は皆店の中などで仕事をしているので余計に落ち着いているように感じられるのだろうということだった。朝や夕方などの時間帯にはもっと賑やかになるらしい。

 到着したガゼフの家は、周囲の一般的な民家に比べて一回り程度は大きいがとても周辺国家最強の王国戦士長という地位にある者の住まいには見えなかった。

「随分質素なお住まいなんですね、戦士長殿の家は」

「華美や浪費を好まれない方ですし、戦士長という地位も貴族位を与えるのに貴族達の強い反対があったから王が新しく作ったもので、実質は部隊長程度で然程の権力はないんですよ。あれだけの力を持つ方だというのに、平民出というのが災いして貴族に足を引っ張られているというわけです……おっと、喋りすぎましたね。今戦士長をお呼びします」

 お喋りな団員は肩を竦め、ガゼフ宅のドアのノッカーを叩いた。しばらくして中から顔を見せた老人にガゼフに来客がある旨を伝えてくれる。ガゼフを呼びに行ったのか老人が中に戻っていき、それでは自分はこれで、と言い残して団員は王城の方角へと立ち去っていった。

 少し待つとドアが開き、寛いだ服装のガゼフが中から顔を出した。

「客というから誰かと思えば、モモンガ殿か! これはよく参られた、本当にお出で下さってこのガゼフ感謝の念に耐えません。それに……アングラウス……ブレイン・アングラウスか?」

「ようストロノーフ、御前試合以来だな」

「お前が何故……? まあその話も含めて中で聞こう。ささ、むさ苦しい所ですがどうぞお上がりください」

 歓迎に感謝の意を示してモモンガが中に入り、クレマンティーヌとブレインもそれに続く。入ってすぐにダイニングテーブルが置いてあり、ガゼフは奥に入って椅子を取ってきてテーブルを四人掛けにしてくれた。それぞれ思い思いの席に腰掛ける。

「遠路遥々よく参られた、モモンガ殿、クレマンティーヌ殿。それにアングラウス。お前は何でモモンガ殿と一緒にいるのだ……?」

「まあ色々あってな、今はこいつのお守りをしてるよ」

「お守り言うな」

「他に適当な形容が思い浮かばねぇんだから仕方ねぇだろ」

「……何だか分からんが相当気安い関係のようだな。何にしても俺にとっての最大のライバルが元気にしていてくれて嬉しく思うぞ、アングラウス」

「お前も元気そうで何よりだ。宮仕えは何かと大変そうだがな。よくやるよな」

「平民の俺を見出して重用して下さる王へ忠義を捧げるのに何の苦があろう。民を思う心優しき王を助けるのは俺にとってもやり甲斐のある仕事だからな」

 きっぱりとそう言い切るガゼフの瞳は真っ直ぐで、仕事にやり甲斐などついぞ感じたことのなかった鈴木悟はそこに自分には持ち得ないものを見出して眩しさを感じた。こういう事を何の計算も裏もなく正面切って真っ直ぐ言い切れてしまうからこそきっと戦士団の部下にも慕われるのだろうし、武名だけではなく人柄にも尊敬が集まっているから各地で名前を出した時の威力が凄かったのだろう。高潔な戦士、そんな形容がまさにぴったりと当て嵌まる人物だった。

「モモンガ殿は旅の途中ということでしたがこれからどこへ行かれるのですか?」

「今はアーグランド評議国を目指しております。是非とも会いたい人物がおりまして」

「左様でしたか。彼の地まではモンスターの跋扈する危険な地域もあるが……モモンガ殿ならば心配は不要ですな。すぐにお発ちになるので?」

「しばらくは観光も兼ねて王都を見て回ろうと思っております。歴史のある街並みには興味が惹かれますし、装備なども十分整えておきたいですしね」

「備えは大事ですな。先日の件で身につまされたところです。冒険者などに教えを乞うてモンスターの知識も身に付けなければと考えておりました」

「それはいいことです。情報が全てを制し、戦いは始まる前に終わっているというのが私の友の教えでして。敵の情報をどれだけ事前に手に入れてそれを活用できるかが勝敗を分けるといっても過言ではありませんからね」

「含蓄のある言葉ですな。良き友をお持ちなのだな……羨ましい限りです」

 確かな憧憬を含んだ目線をガゼフに向けられ、誇りに思う友をてらいなく称賛された事に対する嬉しさにモモンガの胸は満足感で満たされた。ぷにっと萌えさんを含むアインズ・ウール・ゴウンの仲間達、彼等を褒められるのは自分が褒められるよりも何倍も嬉しい事だった。

「さて、歓迎していただけるという話でしたが、先だっても申し上げました通り私は人前で仮面を外すと魔力が暴走する呪いをかけられておりまして……ですのでその分もクレマンティーヌとブレインをおもてなし頂ければ嬉しく思います」

「それは勿論です。早速家の者に使いを頼んで昼食を買ってこさせましょう。作って貰ってもいいのですが、家の者の料理はどうもちと薄味でしてお気に召していただけないかと……昼食までの間、どうだアングラウス、一つ手合わせといかないか」

「ブレインでいいぜ、俺もガゼフと呼ぶことにする。手合わせは勿論望むところだ」

「よし、ではそうしよう、ブレイン」

 ガゼフが奥にいた老人に昼食の使いを頼んでからブレインを伴って庭へと出る。観戦しようとモモンガも後ろに着いていき、クレマンティーヌもそれに続いた。

 ガゼフ邸の庭は簡単な剣の稽古には十分な広さがあった。刃を落とした訓練用の剣がブレインに渡され、ガゼフも同様のものを手に取る。

「クレマンティーヌ、審判して。俺は剣の事はよく分からんからできない」

「了解です」

 ガゼフとブレインが間を開けて立ち構え、両者の中間にクレマンティーヌが立って始めの合図を出した途端、続けざまに何合も剣閃が飛び交った。両者飛び退き、一旦距離を開ける。

「腕を上げたな、ブレイン!」

「お前も彼のヴェスチャー・クロフ・ディ・ローファンに師事したってのは本当だったってわけだ、御前試合の時とはまるっきり別人じゃねぇか」

「俺も変わったが、お前はそれ以上だ、どうやってそれ程の剣技を身に付けた?」

「ちょっとな、ここ半月ほど毎日死と隣合わせだっただけさ、さて行くぜ!」

 ブレインが鋭く踏み込みあっという間に距離を詰め目で追い切れぬほどの剣閃が幾度も再び交わされる。横薙ぎが防がれその流れで袈裟懸けに払う剣が見切られ空いた脇腹を狙い剣が襲い来る、両者の剣捌きは例え防がれようとも一時たりとも止まらず流れ続けていく。そうしてどれだけの時間、何合の打ち合いが続いただろう。昼食を買ってきたと思しきガゼフの家の老人がいつの間にか後ろに来ていて、モモンガが時計を見ると丁度昼食の頃合いだった。両者の打ち合いは終わる気配を見せなかった。

 やがてそれが止まったのは偶然だったのか必然だったのか。

「そこまで!」

 クレマンティーヌの声が響いた。ブレインの肩口を狙ったガゼフの剣は宙空で止まり、ブレインの剣はガゼフの頸動脈を捉え寸止めされていた。両者はクレマンティーヌの声を聞いて剣を下ろすと、しっかりと握手した。

「……負けたよ。本当に腕を上げたなブレイン」

「死ぬ思いをし続けたからな、あれで強くなれてなかったら困る」

「そこまでか、一体どういう鍛錬をしたんだ……気になるところだが、適度な運動もしたことだしまずは昼飯にしよう」

 二人は剣を戻し、老人の先導で一同は中へと戻った。テーブルの上には料理と食器が既に用意されていて、モモンガを除く三人は早速食事を始めた。

「さっきの話だが、ブレイン、お前はどういう鍛錬を積んだんだ?」

「まあそれが俺がモモンガといる理由の一つなんだが……鍛えて貰ってるというかな」

「モモンガ殿は魔法詠唱者(マジックキャスター)だろう、剣は教えられまい。クレマンティーヌ殿と訓練しているのか?」

「いんや、アタシも鍛えて貰ってるよぉ~、ブレインの居合とは相性が悪いからあんまり訓練になんないんだよねぇ」

「私の召喚モンスターと戦わせているのですよ。死ぬか生きるかの状況に置かれ戦うと生命力が増す、と聞いたものですから、その手法を実践しているのです」

 その答えを聞くと、ガゼフはぎょっとした顔をしてモモンガを見た。

「……ブレインと対抗できる、そんなに強力なモンスターをモモンガ殿は使役できるので?」

「二人の力量に見合ったモンスターを使っています」

「どこがだよ! 死ぬっつうの!」

「いい感じに手加減させてるし事実まだ死んでないだろ?」

「死んでないだけだ、毎回死ぬ思いなんだよこっちは!」

「だから強くなれたんだろ、やったなブレイン!」

 苦々しい顔のブレインにモモンガは元気よくサムズアップしてみせる。その様子を呆然とガゼフは見守っていた。

「……モモンガ殿は、強力な魔法が使えるだけでなく召喚についてもそれ程の力量をお持ちなのか……いやはや、私の想像など軽く超えたお方だ……」

「そんな大した者ではありませんよ、ただの旅の魔法詠唱者(マジックキャスター)です」

「ご謙遜を……私としては願わくば王家に仕えてそのお力を貸してほしいところだが……」

「残念ながら旅の目的もありますし、堅苦しいのは苦手でしてね。ですが偶然とはいえこうして戦士長殿と出会い友誼を結べたのは僥倖に思っております。出来れば今後ともよいお付き合いができれば幸いです」

「それはこちらからお願いしたい事だ。ブレインに対する態度までとは言わないが口調も崩していただいて結構」

「俺に対しては崩しすぎなんだよな……」

「文句あるの?」

「まぁ今更他人行儀な態度取られても困るから文句はねぇよ……」

 やはり苦い顔のブレインを尻目に、モモンガはガゼフに向き直る。

「それではお言葉に甘えて、私もガゼフ殿と呼ばせて頂こう。ブレインだけガゼフ殿と仲が良いみたいでちょっとやきもちを焼いていたところなので」

「ははは、やきもちですか。モモンガ殿にはそんな面もあるのですな、意外です」

 愉快そうにガゼフは笑った。むしろそういう所しかねぇよ、と言いたげな顔をしているブレインをモモンガは意図的に無視する。

「ところで、モモンガ殿の旅の目的というのは?」

「いくつかあるのですが、主なものとしては二つですね。この呪いを解く方法を探すのが一つ、もう一つはかつての仲間を探し出す、というものです」

「成程、仲間とは先程仰られていたご友人ですかな?」

「ええ、彼も含めて四十人の仲間がいました。事情があって散り散りになってしまいましてその後の消息も分からず……その内の一人でも見付けられないかと思い立ち今回旅を始めたのです。皆が私と同等、あるいは私以上の能力を持つ者ですから、その力は噂になる筈です。その情報を集める旅というわけです」

「そうなのですか……無事再会できるといいですな。しかしモモンガ殿と同等あるいはモモンガ殿以上の強者が四十人ですか……想像も付きませんな……モモンガ殿と話すと己の常識を壊されるというか、驚かされる事ばかりだ」

「その気持ち痛いほど分かるぜガゼフ……こいつには常識が通用しねぇんだよ……」

「何だよブレイン人を非常識な奴みたいに、失礼な奴め」

「お前自分の言動を顧みてみろよ……ああそれが分かってないからクレマンティーヌと俺がいるのか……」

「ぐっ……それはあながち否定できない……」

 ブレインの指摘にモモンガは返答に詰まる。この世界の常識が自分の常識と余りにもかけ離れているからクレマンティーヌやブレインに頼っているのは事実だ。そこを突かれると痛い。

「大丈夫ですよぉ、モモンガさんには私が付いてますから」

「ありがとうクレマンティーヌ、お前は優しいな、誰かさんと違って」

「別にいいけどよ……微妙な気分だぜ」

「ははは、仲が良いのだなお三方は。さぞかし旅も楽しかろう」

「お前にはそう見えるのかガゼフ……」

「ええ、実に楽しい旅ですよ、お陰様で満喫しています」

 微妙な面持ちのブレインは放っておいて素直な気持ちをモモンガは答えた。旅は楽しいし思いっきり満喫している、それは紛れもない事実だ。

「モモンガ殿やブレインのような……そんな自由な生き方に憧れたりもするが、私は不器用者故……生き方を選べぬというか、そういう所がありましてな」

「私はガゼフ殿のような真っ直ぐで人に慕われる人柄の御仁に憧れますよ。そうですね……どこか、かつての私の友の一人に似ています」

「ほう、どんな方だったのですか?」

「純白の鎧を纏った最強の聖騎士で、困っている人がいたら助けるのは当たり前、という言葉を実践している、やはり真っ直ぐな人柄の人でした。その言葉通り困っているところを彼に助けられたのが私と彼との出会いだったのです。私の憧れの人です」

「そんな立派な方と比べられては面映いな。しかしモモンガ殿にそう言って頂けるのに相応しく在れるよう、日々努めていかねばなるまい」

 言葉通りどこか照れ臭そうに眩しげに笑んだガゼフの面持ちを見て、かつて電脳世界の向こうでたっちさんもこんな風に笑っていたのだろうか、とそんな他愛ない想像をモモンガは胸に浮かべた。

 

 夕刻になりモモンガとクレマンティーヌはガゼフ宅を辞し宿をとる事にした。

「本来ならば逗留して頂きたいのだが、何分手狭なもので申し訳ない」

「いえいえ、お気になさらず。王都滞在中にまたお訪ねしてもよいですか?」

「勿論いつでも歓迎する。我が家の門はモモンガ殿に対していつでも開いてる、気軽に訪ねてほしい」

「ありがとうございます。話し相手としてブレインは今日残していきますので、無聊の慰めにでもなさってください」

 その言葉にブレインは微妙そうな顔をしたが意図的にモモンガは無視した。

「俺の扱い……無聊の慰めって……」

「ライバルとしてガゼフ殿と積もる話もあるだろ? 泊まってけよ。宿の名前と場所は後で〈伝言(メッセージ)〉で教えるから」

「そうだなブレイン、お前だけでも是非泊まっていってくれると嬉しいのだが」

「そうまで言われちゃ仕方ねぇな。じゃあ今日は男二人で飲み明かすか」

 ガゼフの言葉で話が纏まりモモンガとクレマンティーヌはガゼフ邸を後にする。残ったガゼフとブレインは、一度外出して酒と料理を仕入れてきて飲み会を開始する。

「じゃあ……何に乾杯する? 再会か?」

「そうだな、再会に乾杯」

 素焼きの陶器の器が二つ合わさりかちりと音を立てる。それからしばらく料理を食べ酒を飲む。

「ブレイン、御前試合から今までお前の消息を聞かなかったが、何をしていた? 貴族からの誘いを蹴ったとは聞いていたが」

 ガゼフのその問いにブレインは答えを迷ったのかしばらく目線を逸らして考え込み、ようやく口を開いた。

「……お前を倒す為に腕を磨いていた。貴族に仕えたんじゃ人を斬る感覚を忘れちまう、腕が腐っちまうからな。まぁ、色々とやったさ。今となってはどうでもいい事だが」

「どうでもいいとは、どういう事だ?」

「剣士としての俺は一遍死んだんだよ、ガゼフ。今はやり直してるところなんだ」

 要領を得ないブレインの答えにガゼフは首を捻った。

「死んだ……とはどういう事だ? 何があった?」

「完璧な敗北ってやつを突き付けられて完膚なきまでにプライドを粉々に打ち砕かれたのさ。モモンガの奴にな」

「戦ったのか」

「ああ、戦った。そして知った。あれは戦いなんて呼べるようなものじゃなかったんだ、一方的な蹂躙だ。そしてそれはあいつにとっちゃ、ただの遊びだった。俺は決して到達できない高みという奴を目の前に突き付けられたんだ」

「……それ程の差か」

 ガゼフの問いにブレインは軽く頷くことで答えた。厳然として横たわるブレインとモモンガの間に存在する力量差、それは人の生の長さでは、いや例えどれだけの長さを生きたとしても埋められるものではないだろう。

「俺達の強さなどあいつにとっちゃゴミ同然さ、どんぐりの背比べだと気付かされた、だからどうでもよくなったのさ」

「成程な……だが、モモンガ殿という例外と己とを比較するのがまず間違いではないか? 彼の御仁はスレイン法国の特殊工作部隊である陽光聖典四十人程を一人で投降させた実力の持ち主だぞ、我々の常識でその力を推し量る事など不可能だ。我等は我等の高みを目指せばいい、そうではないか?」

「そうだなガゼフ、お前は正しいよ」

 自嘲するように笑みを見せ、ブレインは盃をぐいっと煽った。空になった盃にガゼフが酒を注いでやる。

「お前はやり直しそして確実に強くなっている、その結果があるというのに何故そんなに不安そうなんだ、ブレイン」

「俺はな、分からなくなったのさ、ガゼフ。自分が何の為に強くなろうとしているのか。今までは良かった、全てはお前を倒す為だった。だが今となってはその目標に価値を見出だせない。俺は力を得て、それで何をするというんだろうな。確かに剣を極める事こそが俺の人生だ、俺にはそれしかない、他の何も持っちゃいない。だが俺は何の為にその剣を振るうんだ? それがすっかり分からなくなっちまったんだ」

「俺に言える事は一つだけだ、己の信念の為に剣を振るえ、ブレイン・アングラウス。今の俺にとっては王に忠義を尽くすという事が信念だから俺はその為に剣を振るう。お前はまず己の信念を見付けなければならない、そしてそれは他人が教えられるものではないんだ。お前自身が己の心の内から探し出さなければならない」

「……ああ、全くもってお前は正しいよ、ガゼフ・ストロノーフ」

 そう呟いてブレインは笑みの自嘲の色を深めた。正しい事が必ずしもいい事なのかどうかはガゼフ自身にも分からない事だったが、自覚しているように不器用者であるから他の在り方ができないだけだった。もっと器用に世渡りをできる性格であれば、王に要らぬ負担をかけずに済んだのかもしれない、そんな事を考えたりもする。

 再び一気に盃の中の酒を煽ったブレインに飲み過ぎだと苦言を漏らしつつもガゼフは再度その盃を満たしてやった。

「信念はまだ分からんが……すべき事はあるな」

「それならそのすべき事を為しながら考えればいい、時間はあるのだろう、焦る必要はない」

「それはどうだかな……いつ爆発するか分からん爆弾を抱えているようなものだ」

「どういう事だ……? ブレイン、お前の為すべき事とは何だ」

「今の俺の役目は、モモンガ、あいつの暴走を止める事さ。暴走が始まったら俺の命位じゃ到底止まらんだろうが、暴走する前に方向を逸らすのが自分の役目だと思ってるよ」

 ブレインのその答えにガゼフは驚愕の色を隠し切れずにブレインを凝視した。ブレインの面には既に自嘲の色はなく、代わりに困ったような笑みが浮かんでいた。

「暴走、とは、どういう事だ? モモンガ殿は非常に理性的だし辺境の村を救ってくれるような仁徳厚き方だ、誰彼構わず力を振るうような御仁では決してあるまい」

「そりゃお前用に見せてる余所行きの顔だよ。確かにモモンガは理性的だ、話だって分かる奴さ。だけどそれはあいつの一面でしかないんだ。理性的だからこそ自分にとって利益か不利益かで判断する。そして不利益が勝てばあいつはいとも簡単に切り捨てるぞ。間違っても王国に取り込もうなんて考えるんじゃないぞ、これは忠告だ、あいつはそこいらの王に使いこなせるようなタマじゃない。そしてそういう奴なのに、時々ひどく感情的になるんだ。そこが怖いのさ、正直何をしでかすか分からん。あいつの理性的な所も、人懐っこさも、ひどく不安定なんだよ。だから俺は、間違った方向にあいつの力が向かないようにしなきゃならない。少なくともあいつが人に害を為そうとは思ってない間はな、それが俺の役目だ」

「お前の話は……俄かには信じ難いのだが……いやお前が嘘をつく理由は何もないな、真実を話しているのだろう。それにしてもブレイン、それならそれでどうしてお前はそんな重い役目を自分から背負おうとするのだ」

「何でかねぇ、何だかんだ言っても結構気に入っちまってるんだろうな、あいつの事が」

 くすりとブレインは笑い声を零した。自嘲と困惑の入り混じった諦めにも似た笑みだった。

「だから最初に、あいつのお守りだって言ったろ」

「まさかそういう意味だとは思わなかったぞ」

「あいつの前で言えるかよ、こんな事」

「確かに、それはそうだ」

 二人はようやく心からの笑みを浮かべ、酒で口を湿らせた。酒の肴はまだ尽きず、葡萄酒も何本もある。二人の男が長い夜を過ごすのに必要な話題も、尽きる事はなかった。


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