肩コリは自覚症状がないからといって
こってない、とは限らない。
極度にこっていると、自覚すらないのだ。
顎関節症なども同じ。
ひどい人は
口を開けて下顎を動かすと
音が鳴る人もいるが、
もっと酷くなると、音は鳴らない。
生き方も同じ。
何が嫌で、何がしたいのか
行動にまで至らなくても
快も不快も、
感覚さえあれば、まだ良くて...
何が嫌で、何がしたいのか
いつのまにか、
全くわからなくなるまで
自分を殺している場合だってある。
肩コリも、顎関節症も、生き方も...
不感症になるほど、重度の場合
改善する過程で
一見、「後退」してしまったかのように
感じてしまう時がある。
この生き方を知り
心が息を吹き返すと、
痛み、苦しみが、和らぐ。
と同時に
何が嫌かを思い出す。
そうすると、「自分への嘘」ありきで
今までハマっていたピースはズレ始める。
何も感じてない時の方が
ある意味、楽な場合もあるほど。笑
特に
人間関係が円滑に行くためにやっていた
小賢しい立ち回り。
それをやめる時、人間関係は一変する。
それでも...
失ったモノに固執せず、
心の声に耳をすませる。
あれま、これで良いのだ、と
ハタと気付く時が
絶対にくる。
望みがわかり、それが叶う。
その先は、叶ったものの中から、
ダミーの望みがフルイにかけられる。
本当はどうしたい?
本当はもっと、どうしたい?
と、要望が明確になっていく。
自分の純度が増していく。
私は、物質的なものを得てみたかった。
見てみたい景色があった。
語り合ってみたい人たちがいた。
どんどん叶って、本当に幸せで
生まれて来て良かったと
何度も心震えた。
今、私の物語は
ハッピーエンドのその先。
マニアにはここからがたまらないヤツ!笑
本当に叶えたい、
抜本的な望みを叶えるために
あらゆる形でギフトが届いた。
一見後退してしまったかのようになる。
この状況を
自分革命、新章の始まりにしてもいいし、
ドロップアウトも、別に悪くはない、と
何度も考えた。
私は
再び、自分を生きる、と
自分と約束しました。
望みをひとしきり叶えた先の...
「じゃ、それがない自分は不幸なの?」
を、突き詰めてる。
諦めずに走り続けるのもいいけど、
私は立ち止まる事を選んだんだ。
走ってる時は目もくれない全てが
止まるとよく見える。
私は見てる。
見たくない現実さえも、真っ直ぐ。
望むものだけをみる、とは、ちょっと違う。
何故、それを望んだのか。
何故、この方が都合良かったのか。
それを観てる。
目の前の現実を通して、
自分の在り方を知るのだ。
もっとシンプルで良いって
そう笑われても
自分で拾い集めると、私の場合こうなった。
じゃ、最高傑作やん。笑
うまくいってる人の話を
聞きたがる人がいるように
もう一度立ち上がる時、その心を知りたい人がいる。
私はそれです。
だから書いてます。
私は、これからも自分の心が
自然と思えるステップを踏んでいく。
マインドをコントロールするんじゃなくて、
ただ、自然に。
深く深く、呼吸するように。
自分なりに向き合う。
今まだわかってないことは
また、コントラストから受け取る。
そん時、そん時、
自分のタイミングでわかるための
超絶優しい宇宙の愛ばい。
お任せコース最高や。笑
子どもとの関係も、旦那との関係も、
自分との関係も。
今、
私は、全部全部大切に感じています。
真理