<登場人物・キャスト>
語り手:奈良岡朋子/おしん:田中裕子/竜三:並木史朗/清:高森和子/福太郎:北村総一朗/恒子:観世葉子/佐和:香野百合子/耕造:隈本吉成/つぎ:有明祥子/佐太郎:木内聡/千代:藤田亜里早/千賀:金子成美/雄:伊藤毅/大五郎:北村和夫

<あらすじ>
夫竜三の佐賀へ厄介になってからしばらくの間に、おしんは嫌というほど居候の嫁の悲哀を味わっていた。

おしんは雄を負ぶって恒子と奉公人のつぎと一緒に食事をしていた。さっさとご飯を食べ終わりおひつに手を伸ばすと、恒子とつぎがじっと見る。そんな2人の視線をはねかえすように一瞥して、おしんは自分の茶碗にご飯をよそった。これでおひつの中はもう空である。顔を見合わせる恒子とつぎ。

おしんが自室にいると竜三が入ってきて質問した。
「おしん、お前何ばしたと? おふくろが、『厄介になっとるっちゅうことが分かっとるなら、少しでも遠慮する気持ちがなからんばうちん中うまくいかん』ってぼやいとったばい。何かあった時に言われんのは俺なんだから気をつけてくれんと」
「はあ、お姉さんが言いつけたんだ、お母さんに」
「えっ?」
「だって遠慮してたらろくにご飯も食べれないんだもん。誰に何て言われたっていい。ご飯だけはちゃんと食べとかないと体がもたないの!」
「おしん……」

「ねえ、私達何とかここ出ること考えましょうよ。私ここにいたら、だんだん自分が嫌な女になっていくような気がする。あんたとだって一日一日心が離れていくような……」
「しかし、ここ出てどこ行くって言うんだ」
「町へ出たら何とでもなるわよ。髪結したっていい。裁縫手間仕事したって親子3人食べることぐらい。私一人じゃ雄抱えて無理なことでも、あんたいてくれたら何だってできないはずないもん」
「俺が雄の守りしてお前が働くって言うのか? 俺がお前に食わしてもらうっていうのか!」

「あんたはあんたで何か仕事すればいいじゃないの。お加代様に頂いたお金だってまだ残ってるんだし、何とでもできるようになるわよ! 畑仕事、あんただってやめたいって言ってたでしょ? いくらやめたいって言ったって、ここにいる限りはしなくちゃしょうがないんですから。それだったら町へ出た方が」
「俺はもう商売はこりごりたい。どんなに苦労してたたき上げたって、一晩で丸裸になってしまうこともある。むなしかもんたい。それがつくづく身にしみたけん」
「震災は、ただ運が悪かっただけじゃないの。あんたには、田倉(たのくら)商会をあそこまでにした立派な腕があるんだ! フフッ、何だって一からやり直す気になったらできるわよ。私だって頑張るから。ここにいて畑仕事したりつらい思いしたりするよりは、私何だって耐えられると思う」

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「しかしなぁ、東京にいる時は苦労したって言ったってまだ元手があった。金もないのにどうするって言うんだ? 借りる当てだってないし、兄貴や親父は頼りにならんし」
「じゃあ私達、ただ食べるだけのためにここに居させてもらうって言うの?」
「だから、俺は俺の土地を持つさ!」
「土地ってあなたぁ……」
話しながら雄はおしんの背から竜三の腕の中に移っていたのだが、ここで泣き出した。おしんは「よちよち」と言いながら竜三の腕から雄を抱き上げる。

「お金もないのにそんな土地どうやって持つんですよ」
「いや、土地はどんなことがあったって消えやせん。火事があろうと地震があろうと残るんだ。土地だけは人を裏切ったりはせん!」
「そりゃそうだけど、そんな夢みたいな話」
「いや、夢じゃなか! 俺、親父に話してくる。親父なら分かってくれる。きっと賛成してくれるさ!」
竜三は立ち上がり部屋を出て行ってしまった。

「何て? 干拓の組に入りたかて言うとか」
大五郎が驚いた顔で竜三に聞き返す。
「父さんは、干拓の組頭ばしとんさったい。何とかオイも手伝わせてほしか」
「バカも休み休み言わんば。お父さんの干拓にはあたいどんも泣かされとっさい。銭ばぁっかりつぎ込んで、干潟の畑になっまじゃ10年もかかるっていうとこれ」
恒子と一緒に針仕事をしている清(きよ)が横から口を出した。かごを編んでいる福太郎も加勢する。
「10年かかったっちゃ、ちゃんと田畑として使わるっないそれはよか。そいでんそいこそ海のもんとも山のもんとも分からんたい! 銭と労力ば海に捨てるごたもんたい。道楽もいい加減にしてほしかぁ!」

「ないも道楽でしよっとじゃなか! 有明海の干潟ば埋め立てて田畑にすっとは、国のためでもあったい」
「そいけんちゅうて、なんも親父がすっことはなかろうもん」
大五郎と福太郎のそんなやりとりが聞こえなかったかのように、竜三はまた明るい表情で大五郎に話しかけた。
「組頭のお父さんが干拓にかかる費用ば出して、それで組に入っとる者が労力を提供して、それで田畑になった時は父さんが2人分の土地を、残りは組の者が平等に分くって決まりになっとって聞いたばってん、今でもそれは変わらんとね?」
「ああ。一っところはもう5年も経って、そろそろ米ば植えらるっごとになったと。もう一つはこの間始めたとこたい」
「新しか方ない、今からでん入れてもらえんじゃろうか?」

「竜。お前何ば考えとっと?」
清が問う。
「オイは自分の土地の欲しかと。ばってんオイは文無しやけんねぇ……干拓ない銭はいらん。干拓の仕事ば手伝うぎ、いつかその土地の何分の一かは自分のもんになるって聞いた。そいない労力だけで銭はいらん。願ってもなかことたい! 何とか組に入れて欲しか」
「いい加減にせんね。10年もかかっもんば、ふうけらしか! うちに耕す畑のなか訳じゃなか。うちの畑ば一生懸命作っぎ、一生お前達にひもじか思いはさせんたい! ああもう、干拓て夢んごた話はお父さんだけでたくさんたい」
 (※ふうけ=ばか)
「夢やなかぁ! 昔から干拓して出来上がった土地はどがしこでんあっじゃろうが。10年先でよかたい。オイは自分の土地が欲しかと!」

「何ねぇ。またおしんにたきつけられて尻ばひっぱたかれたとね?」
「お母さん!」
「どうせ『ただ働きでこき使われちゃたまらん』っておしんに文句ば言われたとじゃろ? ろくに畑もでけんくせに」
「おしんが言うたとやなか! おしんは『町さん出て働きたか』って言いよっさい」
「何が不足ねおしんは? あたいはおしんに何一つ無理ば言うた覚えはなかとよ。日中畑に出とうし雄もおっけん疲れるって思うて、台所仕事一つ夜なべの縫い物一枚させたことはなかじゃろうが」

「そがんこと言いよっとやなかぁ!」
「そんないなして『町さん行きたか』て言うとね?」
「町ない、髪結でん何でんでくっじゃろうが!」
「あ~、そんないさっさと出て行くぎよか。文句言われながらおってもらうことはなか」
「お清、東京の水になじんだもんには野良仕事はきつかとじゃっけん、愚痴の一つでんこぼしとうもなったい。ないもそがんことで目くじら立つっことはなか!」
そう言って大五郎は清をたしなめる。
「あんたすぐおしんの肩ば持ちんさって!」

「おしんはこの家ではたった一人のよそ者たい! みんなで寄ってたかって目の敵にすんないば、おりとうてもおられんない!」
「誰がいつ目の敵にしたですか? おしんの方が文句ばっかり言うて! 黙って辛抱しとっとない誰もこがんことは言わんですたい!」
「竜。お前の気持ちはよう分かった。組に入りゃよか」
「あんた!」
「5年も経ちゃあ、米ば植えらるったい。10年経ちゃお前の土地になったい」
竜三は満面の笑みで「はい!」と答えた。

畑での昼食時、竜三は耕造と佐和に干拓の組に入ることを話す。
「オイでん干拓の仲間さへ入りたかとばってん、オイどんはその日その日の銭ば稼がんぎ食うちゃいかれんとですけん、とても干拓の作業には出られんとですたい」
「オイどんでんがおんなじたい! オイどんが食わせてもらう分ぐらいは働かんばらんけんない。結局はおしんが忙しゅうなっとばってん……」
「大変でしたいね」
佐和がおしんに話しかける。
「んもう諦めたわ! いくら反対したってこの人の決心は変わりそうもないし。ここにいることに決まったら、せめてお母さんやお姉さんに気に入られる嫁にならなきゃね」
「そうですたい! 人ば恨んだり憎んだりしたら、その分だけ嫌ぁな思いばせんならんとですけん」

「佐和さんは私よりずっとつらいだろうに、愚痴なんて聞いたことないもんね。私佐和さん見てると文句なんて言っちゃいけないって思う。佐和さん、私我慢する。佐和さんが辛抱してるんだもん、私だってしなきゃね!」
そしておしんは竜三の方に話しかける。
「ねっ、あんた。私今までお姉さんがうちのことなさってるから、わざと手を出さなかったのね。でもやっぱり手伝った方がいいかな」
「うん! 本当の家族になるつもりならその方がいいに決まってるさ! おしんがそういう気持ちになってくれたんならきっとうまくいくさ。なっ、アハハ」

「ただいま帰りました。私も何か手伝います」
恒子とつぎが夕飯の支度をしている台所へおしんは声をかけた。
「何でも言いつけて下さい! あっ、水くみましょうか?」
「余計なことしてもらわんでもよか。2人で手の足りとっとけん。台所はあたいが預かっとっとけん、気ば遣わんでくんしゃい」
「でも、私にできることあったら」
「他人に入ってこらるっぎ、やりにくうして仕方なかけん」
「だったら、掃除でも針仕事でも何でも言いつけて下さい」
恒子は答えない。

そこへ清が来たので「ただいま帰りました」と挨拶をすると、「何じゃい用のあっとね」と問われた。
「私で何かお手伝いできることあったらと思って」
「どがん風の吹き回しね!」
「これからずっとお世話になるんです。私でお役に立つことあったらと思って」
「あんたにしてもらわんでええ。恒子とおつぎがおっとじゃっけん。そいに今でんただ働きさせらるって、つらかのて文句ばっかり言われよっとこれ、これ以上こき使うないどがんこと言わるっか分からんたい。何でんすっこといらん。あんた自分達の食いぶちさえ作ってくるっぎそれでよか。竜三ば困らすごたことだけは言わんこったいね。竜三がかわいそうかたい!」

そう言われておしんは台所から出るより他なかった。
外の井戸の方で水をくもうとすると子供達が歌うように調子を合わせて何事か言う声が近づいてくる。どうやら「ごく潰し」とはやしているように聞こえる。
恒子の子供達3人がそろって敷地内に入ってきておしんの方を見た。
「おばちゃん、ごく潰しって何ね?」
「千代!」
「ばってん、お兄ちゃんもお母ちゃんも教えてくれんじゃいね。お母ちゃんがね、おばちゃんのことばごく潰しって言いよっとよ。どがんことね?」
千代と千賀が無邪気におしんに問うと、佐太郎は走ってその場を去った。
「……ごく潰しっていうのはね、『いいおばちゃんだね』ってほめてくれてる言葉」
「そうたい! おばちゃんはきれいだけんねぇ!」
そしてまた「ごく潰し! ごく潰し!」と明るく言いながら、千代と千賀は家の中に入っていく。

子供達の言葉はおしんの胸をえぐっていた。こんな暮らしがいつまで続くのだろうか。おしんは奈落へ突き落とされたような思いであった。
(第122話 おわり)

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