オーバーロード 拳のモモンガ   作:まがお

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 前回のちょっとしたあらすじ

「普通なら遊びたいよね!!」
「遊びましょう」
「……そうだな。たまには(本気で)遊ぶか」

今回はモモンガ様が本気を出したので少し長いです。


全力の夏

 照りつくような強い陽射しが肌を焼き、明るい日中の時間が増えてくる夏の季節。

 某日、自身の身長程の黒い槍を背負ったとある女騎士は、バハルス帝国の国境付近の都市をパトロールしていた。

 彼女の顔の右半分は長い前髪で覆われているが、それでも非常に美しい顔立ちをしている事がうかがえる。

 鎧を纏っている事が不思議なほどで、舞踏会でドレスを着たらさぞ注目を集めるだろう容姿だ。

 

 

「面倒な事を押し付けられたものだわ……」

 

 

 女性は不機嫌そうにハンカチを取り出すと、前髪をかき分ける事なく頬を隠すようにそっと顔を拭う。

 その正体は帝国五騎士の中で最強の攻撃力を誇る紅一点――"重爆"の異名を持つレイナース・ロックブルズである。

 

 

「それにしても、例の奴隷惨殺事件の犯人は何を考えているのでしょう。本当にこの辺りに潜んでいるのでしょうか?」

 

「知らないわ。私は見て来いと言われただけよ。犯人の有無なんてどうでもいいわ」

 

 

 彼女は皇帝より与えられた任務――パトロールのついでに通報にあった場所を見て来い――を遂行している最中なのだが、その態度には全くやる気が感じられない。

 一緒に来ている数人の近衛兵と違って、彼女は利害関係で皇帝に仕えている。

 皇帝に恩義を感じていない訳ではないが、レイナースの持つ忠誠心は無いに等しいのだ。

 

 

「あそこが情報にあった小屋です。如何されますか?」

 

「とりあえず中を調べるわ。何かの痕跡があれば記録して持ち帰る――」

 

 

 怪しい人物を見かけた――通報にあった建物に辿り着き、レイナースは手早く部下に指示を飛ばす。

 こんな人通りもない場所の目撃情報など胡散臭いが、命令された以上は仕事を全うしなければならない。

 

 

「――そちらの三人は他に入り口がないかの確認を、残りは私と正面から入るわ」

 

「了解しました。直ちに――」

 

 

 指示を聞いた者達が動き出そうとした時、タイミングを見計らったかのように小屋の扉が開く。

 

 

「――おやおや、帝国五騎士の一人が来てくれるとは…… 当たりのようですね」

 

 

 出てきたのは腰に二振りの剣を携えた男。

 涼しげな声だが、その目は獲物を見つけた狩人のようにギラついている。

 

 

「お前は…… 『天武』のエルヤー・ウズルスだな。こんな所で何をしている」

 

「何って、貴方たちを待っていたんですよ。あと一つ訂正しましょう。私はもう『天武』ではありませんよ」

 

 

 近衛兵の一人はその男の人相に見覚えがあった。

 剣を油断なく構えながら問い詰めるが、エルヤーに自身の正体を誤魔化そうとする様子はない。

 むしろその佇まいは不自然なほどに堂々としている。

 

 

「目撃情報は罠だったって訳ね……」

 

「ご明察です。少々派手な事をしようと思いましてね。私の力を知らしめる宣伝役が欲しかったのですが、それが"重爆"ともなれば十分でしょう」

 

 

 レイナースは心の中で皇帝に舌打ちする。

 本当に厄介な仕事を押し付けられたものだ。

 恐らくジルクニフ皇帝は犯人の目星がほぼ確信に近い形で付いていた。

 その上で犯人を捕縛、または抹殺出来る者を選んで送ったのだろう。

 そうでなければ帝国五騎士と皇帝直下の最精鋭の近衛兵を、一兵卒が行うようなパトロールなどに使うはずもない。

 

 

(なにがパトロールのついでよ。陛下は分かってて私を送り込んだわね)

 

 

 エルヤーは帝国の闘技場でも最上位の剣士だった。帝国内でまともに一対一で戦える人間は限られている。

 しかし、レイナースならばほぼ対等に渡り合える。精鋭を含めたこの人数ならば、こちらの被害も軽微に抑えた上で倒す事も問題なく出来るレベルだろう。

 

 

「貴方を殺人の容疑で捕縛します。抵抗するなら命の保証はしないわ」

 

 

 従うはずもないと分かっているが、レイナースはお決まりの台詞を口にして槍を突きつける。

 

 

「おお、怖い怖い。殺人? 私がですか? 変ですねぇ、私は人なんて殺してませんよ――」

 

 

 エルヤーはやれやれと芝居掛かった動きをしながら、心外だと否定する。

 レイナースに槍を向けられても、こちらを馬鹿にしたような態度のままだ。

 

 

「――ヒトモドキとゴミの掃除ならしたかもしれませんがねぇ」

 

「ふんっ、気色悪い狂人が……」

 

 

 不快な笑みを見せる男を前に、レイナースは眉を顰めた。

 彼女は元々とある貴族の御令嬢である。

 そのためこんな風に自分以外の全てを見下す人間――運良く成り上がり、勘違いを起こしている貴族や商人、血筋しか取り柄のない人間――は上流階級の中でいくらでも見てきたのだ。

 

 

「私は全ての存在を支配し、これから王になるんですよ…… そうですね、帝国の王となるなら――『剣帝』なんていい名前だと思いませんか?」

 

「戯言ね。それでどうするのかしら。大人しく投降するの?」

 

 

 自分に酔ったような仕草で空に手を伸ばし、見えない何かを握りしめるエルヤー。

 見飽きてはいるが、それでもこの男ほど増長し反吐が出るような人間も中々いないだろう。

 

 

「そんな訳ないでしょう。ああ、安心してください。残りは殺しますが、貴方だけは生かして帰してあげますよ。せいぜい広告塔として働いてくださいね。あの男、モモンが怯えながらも表に出てきてくれるように――」

 

 

 エルヤーがニタニタと笑いながら、腰にある二振りの剣に手をかける。

 そしてその内の一つ――禍々しいオーラを放つ錆びた色の剣を抜いた。

 

 

「抵抗の意思ありね――殺すわ」

 

 

 既に他の近衛兵の準備も出来ている。

 大義名分を得たところでレイナースはエルヤーに冷たく言い放ち、槍を持つ手に力を込め――

 

 

「――の力、見るがいい」

 

 

 悪寒が走るような威圧感がその場を支配する。

 相手が剣を構えたと思ったら、いつのまにか目の前には一体のモンスターが現れていた。

 

 

「なんで、どうして、そんな……」

 

「おやおや、顔色が悪いですよ?」

 

 

 レイナースはゾクリと自身の肌が泡立つような感覚を覚えた。

 タイミング悪く髪で隠した顔が疼き、黄色い膿が頬を伝って顎まで垂れてくるが、手が震えて拭うことさえ出来ない。

 心臓の鼓動がどんどん早くなり、呼吸が荒くなっていく。

 

 

「あいつは、あれは、呪い、呪いの…… なんで、嫌、嫌、嫌ぁぁぁっ!!」

 

「レイナース様!! 落ち着いてください!!」

 

 

 レイナースにはもう誰の声も届かなくなっていた。

 忘れるはずもないモンスター――現れたのはかつて自分が討伐したが、死の間際にこの顔に呪いをかけた存在。

 レイナースは全てを投げ出すように背中を向け、その場から逃げるように走り出した。

 

 

(なんであのモンスターがいるの!? もう、呪いをかけられるのは嫌っ!!)

 

 

 彼女の心に未だに残る深い傷――実家から追放され、婚約者からも捨てられる原因となった存在。

 今も自身を苦しめ続ける呪いから少しでも離れられるように、レイナースはただひたすらに走り続けた。

 

 

 

 

 バハルス帝国の帝都アーウィンタール、皇帝の住む居城での会議。

 ジルクニフは最近帝都を騒がせていた事件について、部下からの報告を神妙な面持ちで聞いていた。

 

 

「派遣した者達は全滅か……」

 

「はい、恐らくですが。レイナース様は帰還されましたが、部屋に閉じこもったままです。今はとても正常な精神状態とは……」

 

「それほどか……」

 

 

 ――失態だ。

 ジルクニフは作戦が失敗し、自身の想定が甘かった事を悔やむ。

 ここ最近は全てが順調だったため、本当に久しぶりの失態である。

 

 

(レイナースの実力、性格なら相手の力量を誤らずに判断し、危険ならば確実に逃げる――もしもの場合も最低限の情報は手に入ると踏んでいたが……)

 

 

 部下が錯乱状態のレイナースから聞き出す事が出来た情報は微々たるものだった。

 ――『エルヤー』『呪い』『モンスター』

 犯人がエルヤー・ウズルスだという事は事件のあった日の情報から、予めほぼ予想出来ていた事だ。

 残りの二つ『呪い』と『モンスター』についても大まかな推測は出来るが、レイナースが回復するまでは正確な意味の分からない情報だ。

 とてもではないが失った五名の近衛兵に釣り合う内容ではない。

 

 

「陛下、失礼します。捜索していた近衛兵、及び彼らのご遺体についてですが……」

 

「どうした、何が見つかった?」

 

 

 後から報告にやって来た部下は、結論を言う前に僅かに口ごもった。

 生存はあまり期待していなかったが、もしかしたら近衛兵の死体には見るに耐えない傷つけられていたのか――今のエルヤーならばやりかねないとジルクニフには容易に想像が出来た。

 

 

「……それが、全員アンデッドになっていたようです」

 

「なんだと!?」

 

 

 しかし報告された内容は予想外の内容。モンスターのお次はアンデッドときた。

 普通に性格が悪くて腕の立つ剣士だったあの男は、僅かな期間で一体どんな力を得たというのか。

 これはもはや一介の剣士と侮るべきではない。

 単独犯かどうかすらも怪しくなってきた。

 

 

「バハルス帝国皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスの名の下に命じる。帝国臣民の安全を脅かす重罪人――エルヤー・ウズルスを指名手配し、情報を徹底的に洗い出せ」

 

「はっ!! 直ちに取り掛かります」

 

 

 ジルクニフの号令の下、部下達が即座に動き出す。

 こうして帝国は本格的にエルヤー・ウズルスの調査に乗り出した。

 

 

 

 

 夏といえば何を思い浮かべるか。

 風鈴の音、夏祭り、コミケ、花火、締め切り、海――人によって違ったものが思い浮かぶ事だろう。

 そんな沢山の魅力的な要素で溢れた夏だが、決して外せないものがある。

 ――そう、水着だ。

 

 

「夏の遊びといえば海だよな。ツアレよ、海に行こう!! 泳いだらきっと気持ちがいいぞ!!」

 

「却下です」

 

 

 秒殺である。

 今どきの若い吟遊詩人のなんと浪漫のない事か。

 モモンガの提案は笑顔で否定されてしまった。

 

 

「えっ!? 行かないの!?」

 

 

 リアルでは環境汚染が進み、海水浴など不可能。そのため乗り気だったモモンガはショックを隠せない。

 思わず手に持ったビーチパラソルと浮き輪を落としてしまったくらいだ。

 

 

「はぁ、海には危険な魔物が出るんですよ。そんな所でどうやって泳ぐんですか」

 

「あっ、そうか……」

 

 

 当たり前の事を告げるように、ツアレはモモンガが忘れていた問題点を指摘する。

 テンションが上がって忘れていたが、この世界とリアルの事情は違うのだ。

 なにせこの世界の海はしょっぱくない。海なのに真水なのだ。

 それくらい違うのだから、生態系についても言わずもがなである。

 

 

「確かにこの暑さですから、水浴びとかしたくなるのは分かりますけどね。でも私は泳げませんし…… 安全な川とか湖があれば別ですけど」

 

「それだっ!!」

 

 

 思い立ったが吉日。

 この滾る思いを止められる者はいない。

 なんと言っても夏なのだから。

 

 

(ツアレも前に「遊びましょう」って言ってたしな。遊びは本気でやらなきゃつまらないよな!!)

 

 

 モモンガは自分の持てる力をフルに使い、夏とツアレを言い訳に準備を整え始めたのだった。

 

 

 

 

 そして数日後、辺り一面見渡す限りの広大な砂漠のど真ん中にモモンガ達はいた。

 目の前に広がるのは透き通るような綺麗さの湖、いや泉だろうか。

 砂漠のオアシスにしては緑がなく、生き物の気配も全くないのが不自然だが確かに泉である。

 

 

「モモンガ様、ココどこですか……」

 

「安全な水辺だがなにか?」

 

 

 麦わら帽子を被ったモモンガは、頬引きつらせたツアレに爽やかな声で答えた。

 ローブの上から麦わら帽子を被るのは似合ってないですよ。

 あまりの急展開にそんなツッコミすら入れることが出来ないツアレだった。

 

 

 

 

 ちょっと水辺に遊びに行こう。

 モモンガの一言で集められたのは、この世界における数少ない友人達である。

 

 

「うわぁぁ…… すっごーい!! お姉ちゃん、こんなの初めて見た!!」

 

「うん、私も初めて…… 凄いね、ネム」

 

「南方の砂漠にこんな場所があったなんて。素敵な場所ですね、モモンガ様」

 

 

 ネム、エンリ、ラナーと、モモンガの友人枠に同性および同年代は全くいない。

 むしろほぼツアレの友人と言ってもいいだろう。

 ちょっぴり悲しい事だが、この場においてオッサンは不要なので問題はない。

 

 

「そういえばエンリとネムは会った事がなかったな。この子はラナー、とても賢いぞ」

 

「はじめまして、気軽にラナーと呼んでくださいね」

 

「綺麗…… あっ、はい。エンリ・エモットです。こっちも名前で呼んでくださいね、ラナーさん」

 

 

 ただの自己紹介だが、エンリは思わず感嘆の声を漏らしてしまった。

 ラナーの所作から溢れ出る気品と生まれ持った美貌は、とても自分と同じ年齢だとは思えない。

 

 

「ネムです!! ラナーさん、すっごく綺麗でお姫様みたいだね」

 

「まぁ、お姫様だなんて。ネムちゃん、ありがとう」

 

 

 そしていつも通り元気いっぱいに自己紹介をするネム。

 正確には元お姫様だが、その感想は大正解である。

 

 

「フハハハハッ、今日は全力で遊ぶぞ。ビーチバレー、スイカ割り、水鉄砲、バナナボート…… 浮き輪と日焼け止めも必須だな。そうそう、全員分の水着もあるぞ。好きな物を選ぶといい」

 

 

 ビーチチェアとパラソルも設置して――おっと、みんなは着替えるなら場所が必要だったな。

 そんな事を呟きながら、当たり前のようにマジックアイテムでコテージを取り出すモモンガ。

 魔王のような高笑いまでして、この骸骨いつになくノリノリである。

 

 

「どうした? 魔法の装備だから着たらサイズは自動で合わせてくれるぞ」

 

「なんで女の子用まで…… というかどれだけ持ってるんですか」

 

 

 理由は分かりきっているが言わずにはいられない。

 大量に取り出されたアイテムを見て、ツアレは思わず溜息をついた。

 モモンガの蒐集癖を知らなければ、別の意味で危ない光景である。

 

 

「課金ガチャだよ。夏限定のアイテムをコンプリートしようと回し続けて――いや、それはいいや。まさか役に立つ日が来るとは思ってなかったがな」

 

「がちゃ? モモンガ様の話に時々出てきますよね、それって――」

 

「まぁまぁ、なんでもいいじゃないですか。ツアレさん、早く着替えに行きましょう。エンリさんとネムちゃんも待ってますよ」

 

 

 早く早くと、ラナーに引っ張られてコテージに入っていくツアレだった。

 モモンガが自身の装備を整えつつ、しばらくの間待っていると水着に着替えた彼女達が出てきた。

 

 

「お、お待たせしました」

 

 

 紺色のビキニの上に白いパーカーを羽織ったツアレ。

 少し恥ずかしいのか、若干顔が赤くなっている。

 

 

「遊ぶために着替えるって、なんか新鮮かも」

 

「どうですか、モモンガ様」

 

 

 エンリとラナーはそれぞれオレンジと水色のビキニを着て、色に合わせたパレオを腰に巻いている。

 少し戸惑うエンリに対して、ラナーはポーズをとってモモンガに笑顔を向ける余裕っぷりだった。

 

 

「これすっごく動きやすい!!」

 

 

 ネムが着ているのはワンピースタイプのピンク色の水着で、フリルの付いた可愛らしいデザインだ。

 今まで経験したことが無い格好でテンションが上がっているのか、着ている本人は早くも走り出しそうな勢いである。

 

 

「こんな美少女達をモモンガ様が独り占めですよ。両手に花どころか花束です」

 

「ああ、そうだな。私には勿体無いくらいだよ」

 

 

 一番歳上のツアレですら十五歳なので、年齢的に色気がある者は誰もいない。

 だがその可憐な水着姿は、少女達の魅力が十分に引き出されているチョイスだった。

 どちらかと言うと歳上好きなモモンガが狼狽えることはないが、この空間に某バードマンがいたら昇天するレベルである。

 

 

「うん、みんな似合ってるじゃないか」

 

 

 モモンガは彼女達の水着姿を改めて眺め、素直に褒めていた。

 もし仮に大人の女性が混ざっていた場合、モモンガは褒め言葉が出ないどころか直視も出来なかっただろう。

 なにせこの骨は彼女いない歴=年齢のヘタレである。

 

 

「モモンガ様のそれも水着、ですか?」

 

「ああ、水陸両用最終決戦兵器――水着Ver.ダイビングだ。見た目は違うが、効果はツアレ達のと変わらんぞ」

 

 

 モモンガの全身は黒いウェットスーツで覆われており、これなら触られても簡単には骨だとわからない。

 一部は幻術のため、顔に触れられたらアウトだが。

 

 

「よし、準備運動をしたら軽く泳いでみるか。私は泳いだ事ないから出来るか分からんが……」

 

「私も泳いだ事はないので、もしもの時は助けてくださいね?」

 

「先回りして言っておくが、私が人工呼吸をするのは物理的に無理だぞ」

 

 

 ラナーが自分を見つめた瞬間、モモンガは先手を打った。

 

 

「物理的に?」

 

「あっ、いや、やり方を知らないのでな」

 

「なら私が教えてあげますね。まずは――」

 

「はい、これ浮き輪ね。魔法のアイテムだから絶対に溺れないぞ。絶対だからな?」

 

「ちっ…… 流石モモンガ様、用意周到です」

 

 

 モモンガ目線でちょっとませた女の子は分かりやすく頬を膨らませる。

 こんなやり取りも彼女なりのコミュニケーションだと思えば微笑ましいものだ。

 ラナーのこれが本気だと気づかず、受け流してしまえるのがモモンガクオリティである。

 

 

「あっ、日焼け止めを塗り忘れて――」

 

「ツアレ、任せた」

 

「私っ!?」

 

 

 モモンガは信頼できる少女を置いてエスケープを敢行する。

 泉に向かって全力ダッシュだ。

 

 

(三十六回逃げるが勝ちさ、ですよね!! ぷにっと萌えさん!!)

 

 

 少女を生贄にペロロンチーノ呼ばわりされる危機から見事に脱出したモモンガ。

 筋肉の無い自分に準備運動など不要。

 走り出したその勢いのまま、泉に飛び込んでいく。

 モモンガは空中でカエルのようなポーズをとったまま、綺麗な曲線を描いていき――

 

 

「――ぐふぁっ!?」

 

 

 ――着水。

 もはや水面に激突したと言った方が正しい。

 強烈な拍手のような音が辺りに鳴り響く、見事な腹打ち飛び込みである。

 レベル百のステータス故にダメージはないが、空洞のお腹に強烈な違和感を覚えたモモンガだった。

 

 

「うわぁ、痛そう…… お姉ちゃんもやってみる?」

 

「ネム、浮き輪を使おっか」

 

 

 飛び込みは危険なので、良い子は正しいフォーム以外で絶対に真似してはいけない。

 

 

 

 

 目隠しをしたモモンガはバットのような木の棒を持ち、周りの声に耳を傾ける。

 真実の声を見極めんと、だんだんと神経を研ぎ澄ませていく。

 

 

「右に三歩、前に五歩ですよ」

 

「そのまま真っ直ぐだよ!!」

 

「右斜めに進んでください」

 

「もうちょっと先です、そう、そこです!!」

 

 

 少女達の声に翻弄されながらも一歩一歩足を進め、最後は己の直感に従い立ち止まる。

 きっと奴は、緑と黒の獲物はココにいるはずだ。

 

 

「ここだぁっ!!」

 

 

 気合のこもった声を上げ、モモンガはその手に持った棒を振り下ろす――

 

 

「あらあら」

 

「スイカが……」

 

「あはは……」

 

 

 ――スイカ爆散。

 棒を振り下ろした先には小さなクレーターしか残っていない。

 

 

「モモンガ様の力ならこうなりますよね。ちょっとだけ予想はしてましたよ」

 

「申し訳ない……」

 

 

 モモンガはスイカ割りを見事成功させたが、全員スイカを一口も食べる事は出来なかった。

 

 

 

 

「――病気がちで外にも出られなかった私のために、ツアレさんとモモンガ様が来てくれたんですよ。その時に披露してくれた物語はとても感動的でした。ちなみに今ではこの通りすっかり元気です。一緒に冒険に行ったこともあるんですよ」

 

「へぇ、そんな事があったんですか。カルネ村にもツアレさんとモモンガ様がたまに遊びに来ますよ。ほんと唐突にですけど」

 

 

 誰も泳げなかった――否、水の中とは泳ぐだけが全てではない。

 浮き輪を使ってだだプカプカと浮くだけでも気持ちが良いものだ。

 エンリとラナーは水の冷たさを味わいながら、そのまま歓談して親睦を深めていた。

 

 

 

 

「えい。えいえいっ」

 

「ちょ、ラナーさんっ!! なんでピンポイントに胸ばかり撃つんですか!?」

 

「いえ、この中で強いて狙うならツアレさんかなと。ふっ、みんな大差無いですけどね」

 

「ひどいっ!?」

 

 

 時には水鉄砲を使って水を掛け合ったり、少女達の笑い声が途切れる事はなかった。

 ちなみに補足するが、ラナーの表情は病んでいない。ちゃんとした笑顔である。

 

 

 

 

「いっくよー!! あたーっく!!」

 

「きゃーっ!?」

 

 

 ほぼ垂直に一メートル程跳び上がったネムが、可愛らしいかけ声と共にビーチボールを強打する。

 それに狙われたエンリは全力で飛び退いて回避した。

 

 

「無理っ!! あんなの絶対取れない!!」

 

「うーん、間違ったかな?」

 

 

 顎に手を当て、唸るモモンガ。

 一人だけ歳の離れたネムが周りについてこれるよう、身体強化の魔法をかけたのだがやり過ぎであった。

 

 

 

 

 透き通るような泉の上を、黄色い縦長の物体が縦横無尽に走り回る。

 四人をバナナボートに乗せ、それを〈飛行(フライ)〉の魔法を使ったモモンガが引っ張っているのだ。

 誰にも真似出来ない人力?のスーパーエンジンである。

 

 

「わーい、早ーいっ!! モモンガ様、もっともっと早くしてっ!!」

 

「ネムっ、両手で掴まないと駄目だって!!」

 

「あははははっ、楽しいですね!!」

 

「ラナーさんは何でそんな余裕なんですかぁぁぁ!!」

 

 

 片手を上げ、全身に風を浴びているネムとラナー。

 対照的にしっかりとボートにしがみついているエンリとツアレ。

 モモンガは水面をスレスレを飛び、緩急を付けたり急カーブしたりと水飛沫を舞い上がらせている。

 

 

「はははっ、ならもっと早くするぞ。しっかり掴まってろよ!!――」

 

 

 そして調子に乗ってスピードを上げ続けていくモモンガ。

 最終的に身体強化の魔法をかけられていたネム以外はみんな振り落とされた。

 エンリとツアレの二人から微妙に怒られたが、最後にはみんなで楽しかったと笑い合う事が出来たので良しとする。

 

 

 

 

 煌めく太陽の下で遊び続けて数時間。

 少女達のお腹はペコペコである。

 

 

「そろそろ昼飯にするか。このシチュエーションならご飯はやっぱりこれだよな」

 

 

 モモンガが用意したのは串に刺さった大量の肉と野菜。

 そしてそれを焼くためのコンロだ。

 

 

「串焼きのお肉ですか?」

 

「お肉だーっ!!」

 

「わぁ、こんなに沢山」

 

 

 ラナーのような元お姫様なら兎も角、普通の村に住む一般人では肉を頻繁に食べる習慣はない。

 ましてやこんな大ぶりの肉なら尚更だ。

 そのためネムのテンションの上がりようは凄かった。

 もちろん姉のエンリも密かに目を輝かせている。

 

 

「流石のラナーでも知らなかったようだな。これはBBQというものだ。私の故郷の古い料理で、野外で遊んだ際によく食べられていたらしい。私も実際食べるのは今回が初めてだけどな」

 

「モモンガ様の故郷…… 気になりますね」

 

「私の故郷はロクなもんじゃないから今は置いとこう。さぁ、じゃんじゃん焼いてくれ」

 

 

 世界中で汚染されつくした空気など、一瞬嫌なものを思い出しそうになったが今それをするのは勿体無い。

 モモンガは栄養摂取のためだけの味気ない加工品を食べていた頃――リアルでの記憶を頭から振り払う。

 

 

「モモンガ様は焼かないんですか?」

 

「……折角だから良いものを用意しようと思って、一部魔法の食材を準備したのだが――たぶん私が焼いたら黒コゲになるか、最悪爆発する」

 

 

 モモンガのバツの悪そうな様子に、ツアレは全てを察した。

 手に取った食材が当たりだった場合爆発する――モモンガだけデスゲーム状態である。

 結局モモンガが肉を焼く事はなかったので何の問題もなく昼食は終了した。

 ちなみにラナーは憧れの「あーん」を何度も繰り返し、終始ご満悦だったとか。

 

 

 

 

 辺りが暗くなり星の輝きが空を満たす頃、モモンガは最後のイベントを用意していた。

 

 

「もう真っ暗ですけど何をするんですか?」

 

「ああ、最後にちょっとしたサプライズだ」

 

「今日はもういっぱい驚かせてもらいましたけどね」

 

「お姉ちゃん、私、ちょっと眠たい……」

 

 

 雰囲気を出すために全員浴衣に着替えている。

 もちろんコレもモモンガの用意した魔法の装備だ。

 回し続けた課金ガチャへの執念――もといモモンガのコレクター魂が役に立った貴重な瞬間である。

 

 

「もう眠たいかもしれんが、みんなしっかり見とけよ。これは一瞬だからな」

 

 

 モモンガに声をかけられ、目元を擦ったネムは頑張ってカッと目を見開く。

 しかし、すぐに目は閉じていきあまり長くは持ちそうにない。

 それを見たモモンガは早速始めようとスイッチの付いた棒を取り出し、親指でカチリとスイッチを押しこんだ。

 

 

「たーまやー!!」

 

 

 モモンガの謎のかけ声と共に、夏の夜空に光の花が咲き誇る。

 色取り取りの光が当たりを照らし、その美しい光景に誰もが息を呑んだ。

 そして予め告げていたように十輪ほど連続で咲いた光の花は全て散り、跡も残さず消えていった。

 

 

「――すっごーい!! ドーンってなってピカーって光って凄く綺麗だった!!」

 

 

 先程までの眠気はどこにいったのか、一番最初に声を上げたのはネムだった。

 それにつられて他の三人も静かに感想を漏らす。

 

 

「ええ、とっても綺麗でした……」

 

「凄すぎてなんて言ったらいいか分かんないや。村のみんなも見たら驚いただろうなぁ」

 

「本当に綺麗でしたね……」

 

 

 名残惜しいのか、全員が既に何もない夜空を見上げたままだ。

 モモンガはそんな彼女達を横目に、何もない掌を見つめる。

 

 

(あの日使えなかった余り物でも、こうしてみると綺麗なものだったな…… そうか、そうだよな。俺のやっている事は――)

 

 

 少しだけ物思いにふけるモモンガ。

 消費された花火のアイテムと連動して、既に使ったスイッチも消えていた。

 

 

「モモンガ様、今日は本当に楽しかったです。色々してくれてありがとうございます」

 

「私も本当に楽しかっです。一生の思い出になりました」

 

 

 モモンガは口々にお礼を言われ、幻術で作られた鈴木悟の顔で彼女たちに微笑み返す。

 

 

「いや、実は今日のは全部俺がやりたかった事だったんだ。それでみんなも楽しんでくれたのなら本当に良かったよ」

 

 

 やりきった達成感と同じ経験を共有する喜び、そして少しの寂しさが混ざり合ったような声。

 その時のモモンガの声は、いつもよりずっと高い声だった。

 

 

「さて、みんなそろそろ部屋に戻って寝るといい。でもそうだな、少しだけならベッドで夜更かしして遊んでも構わないぞ。折角の大部屋だし、これも泊まりの醍醐味みたいなものだしな」

 

「ではモモンガ様、私と一緒に――」

 

「私のベッドは別だぞ。寝る時には結界も張るからな。誰にも私の安眠は邪魔させん」

 

 

 先読みの如き速度でラナーの発言を一刀両断。

 モモンガの声はすぐにいつもの声に戻っていた。

 

 

「私も、ダメ?」

 

「――ダメだネム、そんな目で見ないでくれ…… 実は私の寝相は凄まじくてな。一緒に寝たらオーガですらペシャンコにしてしまうんだ」

 

 

 悲しげな瞳に見つめられ、僅かに折れかけた心を瞬時に再構築するモモンガ。

 骨とバレないようにするためとはいえ、酷い出来栄えの言い訳である。

 

 

「はーい…… じゃあツアレさんとラナーさんと一緒に寝るのは良いよね!!」

 

「よし、私が許可しよう!!」

 

 

 ピンチには少女を迷いなく差し出し、自らを守る盾にする骨。

 こうしてモモンガ達の楽しい夏の一幕は終わりを告げた。

 

 

 

 




エンリ「畑とか大丈夫かな。お父さんとお母さん二人だけで大変だったんじゃ……」
モモンガ「私もそれは考えた。だから二人がいない間の働き手として、代わりに鉄のゴーレムを貸そうとしたんだが……」
エンリ「えっ、そんな(高価な)ものを!?」
モモンガ「いや、確かに大事な娘の代わりと言いながら鉄のゴーレムは(しょぼすぎて失礼で)駄目だよな。苦笑しながら断られてしまったよ」
エンリ「ほっ、良かった……」
モモンガ「だからアダマンタイトのゴーレムを貸してきた」
エンリ「……えっ?」
モモンガ「えっ?」

 エンリもちゃんと村の労働力であると理解して、連れ出す以上きちんと代わりを準備する社会人モモンガ。
 抜かりはなかった。





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