しばし声をあげて泣き。
嗚咽も止み、涙をぬぐい、差し出される紙で鼻をかんで。
改めて、モモンガはNPCに向き直る。
その瞳は、涙で潤んだままだ。
「……私を愚かな人間に過ぎぬと知ってなお、忠誠を誓うのか」
「愛を注いでくれた方に背く恥知らずなど、ここにはおりません」
密着したままのアルベドが、静かに断言した。
(愛……愛か。そうだな、アルベドにはこれ以上ない愛を注いでいるのだからな)
「……ありがとう。こんな私について来てくれて」
ふさわしい主たるべく……とは言わない。
モモンガが望むのは、アルベドの奴隷なのだ。
それも性奴隷である。
欲望の捌け口以外、役に立たないと思われたいのだ。
「今、ようやく執事として自覚できた気がいたします」
「私もメイドとして……」
「防衛指揮官として……」
「御身ノ剣トシテ……」
無論、逆効果である。
主君が自ら率先し、全てを動かそうとする方がおかしいのだ。
これまでの彼らは、主の意を伺い、喜んでもらおうとする子供に過ぎなかった。
だが、今や主は己らによって守られる存在と知った。
守らねば、身も心も壊れてしまうかもしれないのだ。
彼らは至高の御方を支え、守るべく、今までと比べ物にならぬ意気で溢れていた。
「そうだな。さしあたって……料理長、副料理長、メイドらも。食事の準備を頼む。皆で、食事にしよう。食堂を使わせてもらえるか?」
あのように話を聞いた後に、ふさわしいとか、ふさわしくないとか。
言ってはそれこそ、不敬に当たるだろう。
何より、主は語ったのだ。
リアルにおける、酷い食糧事情を。
ならば――調理能力を持つ者らが、我先にと食堂に向かう。
今こそ、その技術を活かす時なのだから。
プレアデスらも、できるできないに関係なく配膳等のため向かう。
「では、私も向かいますね」
アルベドが微笑み、言う。
彼女もまた、家事全般を完璧にこなせると設定された身なのだ。
傍から彼女が離れるのはつらい。
だからと、アルベドの袖を握ってしまうが。
「夫婦なのに、手料理もまだでしょう?」
そう言われれば……鈴木悟として、母の顔がちらつく。
手料理、という言葉自体。
モモンガの中にはもう長く、なかった。
「……ああ。お前の手料理を食べさせてくれ」
儚い、壊れそうな微笑と共に、モモンガは伴侶から手を離した。
じっと、去り行くアルベドを目で追ってしまう。
(今の私はアルベド以外を求めているだろうか。私はどうして泣いたのだろう)
あれは己自身の道化ぶりに、流した涙ではないか?
あるいは、かつてのつらさに、今になって押しつぶされたか。
(あれほど望んだギルメンを……今は望んでいない)
アルベドが遠ざかっていく。
玉座の間から出ていき……どこかへ行く。
食堂へ行くのだ、決まっている。
モモンガのために料理を作りにいったのだ。
すぐに会える。
わかっている。
けれど。
(もし、タブラさんが現れて、アルベドを私から奪おうとしたら)
いや。
(パンドラズ・アクターが私を慕うように、アルベドがタブラさんを慕う様子を見るくらいなら)
アルベドが玉座の間から消えた。
(……アルベドに知られる前に、始末しなければ)
それでも、彼女の去った扉をじっと見る。
ここは転移不可のフロア。
扉の向こうでまだ彼女が歩いているはずだから。
(あるいは、他の誰かでも……アルベドはタブラさんが来る可能性を信じ始めるのでは……)
姿を消したアルベドを、まだじっと見つめる目は涙で潤み。
NPCたちは、そんな主に声をかけず待った。
潤んだ瞳の中で蠢く感情には――当事者たるアルベドの去った今、誰も気づかない。
やがてモモンガは、セバスに差し出されたハンカチで涙をもう一度拭う。
その瞳は、あの衝撃的な真実を語ったと同じ、真に尊き主のもの。
闇は奥に潜んだ。
慈愛と威厳を持ち、彼女は重々しく口を開く。
「さて……我々も食堂へ向かう前に、少しだけ今後について話しておこう」
穏やかな声には、剣呑さの影もない。
「最初にデミウルゴスとも言っていたが……私は、私の我儘を言う。お前たちも好きに言え。互いに相容れぬ時は話し合おう。大きな指針はそんなところだな」
「「それだけで……ございますか」」
デミウルゴスとセバスの声が重なり、互いを横目に見る。
「ふふ、皆がお前たち二人のように、我儘ではないぞ」
モモンガが微笑めば、二人も笑った。
反目の理由も知ったのだ。
主に微笑んでもらえるならば、道化の立場とて気にすまい。
「アウラ、マーレ。シャルティアを見習えとは言わんが……もう少し、我を出してよいのだぞ」
「い、いえ、私の年ではモモンガ様のお傍に付くには、早いかな~と……」
口ごもるマーレの前に立ち、アウラが言う。
「ん? あ、あーーーー」
思わず声に出してしまう。
確かに、子供が近づける振舞いではない。
というか、思いっきり教育に悪い。
「そうか。ふふっ、いかんな。種族に引きずられていたらしい」
苦笑とはいえ明るい笑いに、NPCらの顔もほころぶ。
「その、なんだ。興味が出て来たら、アルベドの許可を取って、その……な?」
とはいえ、種族として、自重する気にもなれない。
成長すれば、その辺りも自覚するのだろうし、と思うモモンガだが。
二人の反応は対象的である。
「は、はい……はい? ええ~~っ!?」
きょとんとしてから、真っ赤になってしまうアウラ。
「はい……」
じっとりとした目でモモンガの肌を見て来るマーレ。
(マーレの方が目覚めやすいのか? シャルティア……いや、ソリュシャンに任せるか?)
自身がマーレの相手をするのは……と思い、考えかけるが。
首を振り、性的な考えを払う。
アルベドのいない時に、そうした考えを抱くのは……不義に思えたのだ。
「と……そろそろ我々も食堂に向かおうか。主従ではなく、家族として、な」
シャルティアの頭を撫でつつ玉座を立つ。
皆での食事は賑やかで、楽しい時間だった。
プルチネッラは道化として、チャックモールは楽師として、本懐を遂げた。
何より料理長、副料理長、一般メイドらにとっても。
副料理長のバーについて、モモンガは知っておらず、教えられれば必ず行こうと約束した。
NPCらは忌憚なく己の要望を口にしたし、モモンガもそれを望んだのだ。
モモンガが箸を休め、皆の話に聞き入りつつ、傍らのアルベドに身を預けると。
エスコート役に専念していたデミウルゴスが、立ち上がり手を叩いた。
「皆、すまないが、少し私に時間をくれないか」
モモンガも目を向け、皆に静まるよう軽く両手で示す。
ざわついた談笑も、即興の器楽も、止まる。
全員がデミウルゴスに目を向けた。
彼の横には既に、セバスと恐怖公とパンドラズ・アクターもいる。
「……モモンガ様。地上での情報収集は未だ続けられるかと思います」
「その通りだ。情報収集こそ、全ての要と考えている」
ぷにっと萌えが提示した戦略と戦術は、ナザリックの根幹であり。
多くのNPCにも適用すべき在り方と考えている。
「現時点の情報によるものですが。私の――私たちの我儘を許していただきたいのです」
セバスがいる点に、モモンガは内心で首をかしげた。
「言ってみよ。たいていは聞き届けるつもりだ」
アルベドと互いに何度も料理を食べさせ合ったモモンガは、上機嫌である。
身を寄せて、手料理を食べさせてもらうのは嬉しかった。
「モモンガ様によるリアルの話、我らの創造主を苛む呪わしい社会構造を聞く限り。この世界の――この国の社会構造が酷似しております。現情報より間違いありません」
「ふむ。どのように、か?」
「民は兵として使われ、死んでも補償はなく。識字率も低く、ろくに教育が施されておりません。今回、騎士らに襲撃されたカルネ村とて、年貢の免除は難しいとのこと」
セバスが言う。
「それとて、まだマシな扱いでございます。近隣都市からの調査では、貴族が民をさらい、奴隷として売りさばくような例も少なくないと」
恐怖公が続けた。
「また、犯罪組織が横行し、人身売買や麻薬も蔓延しておりますッ! 事実、この近隣でも麻薬栽培を行っている村がありましたッ!」
パンドラズ・アクターが連ねる。
「ゆえに、八つ当たりは重々承知ですが。王国貴族を清めさせていただきたく」
デミウルゴスが深々と礼をして言う。
「……なるほど。ニグンの話は、大げさでもなんでもないということか」
「ハッ。あの男を認めるつもりはありませんが、嘘は言っておりませんでした」
「ふふ、正直だな。いいだろう、存分に八つ当たりしろ。危なくない範囲でな。それと、貴族というレッテルで判断しすぎるな。それでは、かつて異形種だからと私を嬲り者にした連中と変わらん」
デミウルゴスとセバス、また他の者らの顔を眺める。
(ウルベルトさんも、たっちさんも……いや、プレイヤーなら皆、現実をどうにかしたかったろう。王国とやらが、その捌け口になるなら悪くない。私はアルベドで満たされたが、彼らはそうもいくまいからな)
「…………無論でございます」
モモンガの言葉だけで、会話に参加せぬNPCも怒気をみなぎらせた。
主のかつて受けた屈辱。
想像すらしなかった冒涜。
斯様な下種どもに、地獄の責め苦を味わわせられぬ己が、許せないのだ。
だから。
せめて、同種の屑どもを、地獄に落とさねばならない。
これはモモンガのためですらない、彼らのエゴを満たす“我儘”なのだから。
「それと。お前たち各自のやり方で、楽しめ。これは私から与えた仕事ではない。お前たち自身の、望みだからな」
「「ありがとうございます」」
デミウルゴス達……いや、NPC全員が礼をした。
このナザリックに、死すらなまぬるい連中が送られてくること間違いなく。
また地上ではこれから活躍の機会も増えるだろうから。
特に理由のない自覚ある八つ当たりが、王国貴族を襲う!
保護された上に、気に入ってもらえたニグンさんは、マジラッキー。
そして、このモモンガさんはギルドの呪縛から完全解放されています。
ギルメンも転移してきてるかもとか、考えてません。
頭ピンクなんで他プレイヤーについても、原作より警戒ゆるいです。
ただ、アルベドとの愛の巣として、ナザリックから出る気ありません。
明日は投稿できるか不明。
次はR-18の方になる可能性が高いです(一段落したのでお風呂編へ)。