ダンまち-薪の騎士は二度目の物語を紡ぐ 作:匿名
※原作のキャラの性格などが変化している場合があります。
※投稿した後に誤字を確認するので、公開直後は凄く多いと思います。
第一話
ローリングからの回り込み。
背中に決め込むバックスタブ。
上がる悲鳴、崩れる左足の腱を切る。
振り向きざまに投げられた棍棒をはじいて決めるパリィ。
今度こそ絶命したモンスターを一瞥し、ソウルが流れ込むのを感じながら息を吐く。
周囲は血みどろで、同じようなモンスターがぽつぽつと絶命した状態で倒れていた。
魔石を取ったら一度、篝火に戻ろう。
心許ないエスト瓶を振って戻すと、周囲を警戒しながら解体作業を始める。
――私は火を継いで薪になった。
しかし気づけば、この薄暗い
魔石を取り出したモンスターが灰になって崩れ去るのを認めながら、荷物をソウルへ収納する。
モンスターが再び沸かないうちに、篝火への道を戻った彼女は、そこで思いも寄らない光景を見た。
「む、そこに居るのは誰だ?」
バイザーの無い鉄の兜。太陽のマークがある鎧に盾。
懐かしい声は記憶にあるものにそっくりだ。
「ソラール?」
まさか、そんなはずは無い。
だと言うに、男は大げさに笑って立ち上がる。
「貴公か? つくづく縁があるな! 実は難儀しておったのだ。会えて良かった」
わっはっはと快活に笑う。
道を知っているか、と問われ、彼女は一瞬硬直した。
「……ここがどこなのか心当たりがないと? いや、だが本当にソラールなのか?」
「おいおい、どうした。冗談はよせ」
思わず向けた剣に、手の平を向けたソラールは慌てる。
見れば見るほど記憶にある彼だ。
しかし、どんな事があれば出会えると言うのだろうか。
デーモン遺跡にいたソラールが、ここに居るはずがない。
「本当に心当たりはない。ここはどこなんだ?」
「迷宮都市オラリオ――神々が住まう大都市。ここはそこにある迷宮の62階層だ。深層にあたる。本当に、何も覚えていないのか」
「聞いたことの無い都市の名だな」
覚えていることと言えば黒い闇に飲み込まれたことだけだ、と言うソラールに嘘はなさそうだった。
「……顔を見せてほしい」
「貴公、ますます疑い深くなったな」
後ずさった姿に何を思ったのか、笑いながら顔をさらす。
篝火に照らされた横顔を見て、無意識に生唾を飲む。
「私の名を言ってみろ」
「友の名を忘れるわけがないだろう。シトロンだ!」
この地であまり知られていない名を告げられ、今度こそ認めるしかない状況に、シトロンは頷く。
間違いなく、太陽の戦士ソラールであると。
「貴公がここに居るわけがないと思っていたのだ。許してほしい」
武器を修めたシトロンに、ソラールは首を振った。
「その変わり話してくれるのだろう? 俺達はどういう状況なんだ。変な生物はひっきりなしに壁から出てくるし、見たこともない物が多い」
鎧に付いた埃を払い、彼は首をしきりにかしげている。
「どうやら異界とでも言うべき場所へ、迷い込んでしまったらしい」
「異界?」とソラールは聞き返す。
「世界が重なっているのではなくか?」
「私達の故郷より、この世界はずっと安定している。地上では人の子や亜人もいて、神々すら人の子のように暮らしていた。何より亡者が――ダークリングの呪いを受けた、不死人がいない。この場であったのは貴公が初めてだ」
「貴公、担がれているのではないか? それに神だと?」
呟いたソラールに「私も最初は信じられなかった」と返す。
「神々は見ればわかる。完全体とは言えないはずなのに、本当に、見ればわかるんだ」
「貴公が言うなら、そうなのだろうが……しかし神々が人に交じって暮らしているのか? なんとも恐れ多いというか……」
最終的に悩み出してしまったソラールに「理が違うのだと思う」と付け足す。
「オラリオは迷宮から出る資源を元に栄えているらしい。ここではソウルではなく金銭でやり取りをしている。何頭かモンスターを倒して魔石を得れば、生活には困らない」
「そこはロードランと変わらないのだな。ソウル自体はモンスターとやらから得られるようだが……。しかし人間性は得られないのか。困るな」
「大丈夫だ。この更に下に時たま出る場所があった。私達がここに来たように
出るまでにいろいろ教えることは終わるだろう。
礼を言ったソラールに首を振り、エスト瓶を補充する。
「行こう。やっかいな人間も多い……避けて通るべきだな。長い道のりになる」
迂回路を検討しながら、シトロンは呟くように言う。
この迷宮はやっかいだ。
深く広いくせに地上付近は狭くなり、下に居る人間は後ろ暗さを抱え、潜んでいる者が多い。シトロンもその一人だが。
出会わない方が幸せな人間というのは、世の中に沢山いるものだ。
*
神々は飽きていた。
だから地上に降りて、力の殆どを封じて生活を始めた。
生活の糧が必要で、面白おかしく暮らしたい。
故にファミリアを作り、恩恵を与え、力を与えた。
だから子悪党みたいな神々が多い。
そう認識していると言えば、ソラールは「捻くれてないか?」と思うものの、シトロンがが嘘をついたことが無いのを思い出し、言葉には出さなかった。
「迷宮には特定のモンスターが出る。階層があり、だいたいは同じ場所にいる。私達がいたロードランと違うのは、壁から生まれてくることだ。殺せば死ぬが、つきぬ供給が約束された水のようでもある。気を付けないと囲まれる」
何度殺されたかわからない、と続ける。
「ただ、たまに言葉の通じる相手がいる。そういうモンスターがいたら、できれば殺さないでほしい」
「ほう? 何かあるのか」
ああ、と小さい返事に満足しながら、ソラールは解説を聞いていく。
「彼らは
淡々とした口調は、慣れ親しんだものだった。
「関わるなら気をつけろ。上の人間はモンスターを受け入れない。彼らの味方をすれば、地上全てが敵に回ると思った方が良い」
「貴公は交流を深めているのだろう?」
「ああ。迷宮で一番最初に出会ったのが彼らでな、いい人達だと思っている」
迷宮に居る方が多いからな、と踏み出した足が石を砕く。
落とし穴が無いか確かめながら進んでいるため、ペースは緩やかだ。
「しかし私は呪われている。純粋な人間とは言いがたく、ここの出身ではない。要件は満たせない。彼らもそれは認めた」
「なるほど、そうか。呪いのことは隠しているのか?」
「知っているのは
「うーむ、では俺もそうした方が良いのだろう」
「……。良い方がいらっしゃれば、打ち明けても大丈夫だろう」
三階層は上がっただろうか。
すさまじい強敵の連続で、疲れた様子のソラールに「もう少しだから」とシトロンは背中を押す。
一行は淡々と進み、階層の雰囲気が変わってきた所で、シトロンは前方を指す。
「あそこだ」
岩陰に開いた小さな穴。茂みに隠れて見逃しがちな場所に潜り込むと、煌々と焚かれた篝火がある。周囲を壁で囲まれ小さな洞穴のようになっていた。
「安心しろ。ここはモンスターがわかない。さて、今日は休もう」
それからこの階層にいるモンスターの種類、弱点と連携、倒すまでの手順を丁寧に教えたシトロンは、ソラールが勝手が違う事を理解するまで口を止めなかった。
かつて祭壇場にたむろしていた心折れた騎士が、なにかと世話を焼いたように。
「貴公、ずいぶんここで強くなったのだな。 迷い込んでから長いのか?」
「ああ。五年かそこらになるだろうか。もう少し長いかもしれない」
「ロードランへの帰還の道は……言うまでも無いか」
「全くわからないんだ。私も突然迷宮に迷い込んでしまったらしい」
神々に訪ね歩いてみたり書籍を当たったが、とんと検討が付かない。
「迷宮には秘密が多いと聞く。探索すれば何かわかるかもしれないが……」
嫌なことを思い出したように、シトロンは息を吐く。
「そうだソラール、階層を超えて攻撃するモンスターもいる。前兆を見抜けばそれほどでも無いが、当たったらまずい。身軽にしておいてくれ。隠れ住んでるやっかいな犯罪者も多い。奇襲を受けると詰むかもしれない」
「おう!」
あからさまに変わった話題。
何かあるなとは思ったが、ソラールは持ち前の気の良さで受け流す。
それと、とシトロンは雰囲気を変えて念押しするように言った。
「故郷のことは口に出さない方が良い。神々は変わった者がお好きだから、目をつけられれば煩わしいことになりそうだ」
「何かあったのか?」
神に対して煩わしいとは不敬だが、ここまで不機嫌そうなのも珍しい。
「……説明が難しい。地上に出たらわかる」
どこか気に入るファミリアに入団し、パーティを組めとシトロンは言う。
私達は目立つから一人はまずい、とも。
「ソウルの業による武具の交換も人目を引く。呪術類は魔法と呼ばれ、あまり種類を持っている者はいないようだ。エルフと言う耳の長い長寿の種族がいるのだが、彼らくらいだという」
「俺達の特徴とは当てはまらんか?」
「耳が尖ってないから無理だろう? 私はチビで、貴公はエルフにしては大柄だ。多種類持っているだけで煩わしい勧誘や嫉妬を受ける。大きなファミリアに入りたいなら止めはしないが」
「うーむ、貴公はずいぶん嫌な目にあったのだな」
「そこそこにだ。どこにでも転がる話だ」
騎士の兜に盾と剣、胴体は魔術師の格好という不格好な姿は、本来シトロンの固定装備では無い。騎士然とした装備を取らないのも人目を避けるためだった。
同じ事にならないようにという気遣いに、ソラールはありがたく頷く。
「貴公、呪術やらの習得には余念が無かったな。その関係か?」
「本来は三種類しか無理だそうだ」
「俺はちょうど三種類だな」
なら平気か、とソラールは独りごちた。
しかし、こうまで言う地上とは一体どのような所か。
わくわくしてしまい、ソラールは自然と明日が待ち遠しくなった。
「そういえばファミリアについてだが、俺は太陽の戦士だ。さすがに改宗はできんぞ」
「神々がそれでいい、と言えば大丈夫だ。主神を変えることも認められている」
「そんなことが!? ……ううむ、貴公の所属はどこなのだ? たくさんあるのであろうか」
「ああ」とシトロンは言い、少し考えた後「ミアハ・ファミリアに仮入団している」と付け足す。
「仮入団……お試し期間という奴か?」
「ああ。冒険者は――この迷宮に入るにはギルドに冒険者登録をしなければならないのだが、担当官に所属しろと言われた」
しかし恩恵を受ければ神に仕えなければならない。まともな神なら良いが、性質の悪い神もいる。
合わない神だと思っても、ちょっとやそっとじゃ移籍できない。最初から許されなかったり、無理な条件や金銭を要求される事になる。移籍先の神と喧嘩になってまずいことに発展する場合も多々あるので、慎重に選ばなければならないのだ。
「俺が思うより厳しい条件なんだな」
「だから仮入団という制度があるのだろう」
ふと思い出したようにシトロンは言った。
「アポロン・ファミリアは太陽と弓のエンブレムなんだが――」
「おお!?」
「主神の神格がダメだ。太陽を気に入っているからと言って、安易に入るのは止めた方が良い」
「お、おお……そうなのか」
美しい者が好きで、周りを美形で固めている。欲しいと思った人間を地の果てまで追いかけ、追い詰め、諦めさせてファミリアに入団させる欲の深い神だ。
聞いたソラールは落ち込んだ。
「太陽を掲げる神が……。度量が小さいな」
「間違っても殺すなよ。ここでは禁忌だ」
「俺の国でも高貴なる方々がそのような事をすることは……ままあった。珍しいことではない。俺には俺の目的があるからなぁ。……可哀想だとは思うが、神々を討ち果たすのと比べられるとなぁ」
「……太陽はまだ見つからないか」
「残念なことだ」
「探している太陽の事も、異界であれば別の可能性があるのではないか」
不器用な慰めの言葉に「そうだなぁ!」とソラールは息を吹き返した。
長い旅を続けていたソラールにとって、異世界に来たのも不思議の一つが増えた程度。驚くべき事でもなく、自分の目的のために歩くのも普通のことだ。
「貴公の仮入団先の神は良い神か?」
「神格者ゆえ問題は起きていない。約束も守っていただいている……が、不死人と知れば何かと隠さなければならないだろう。迷惑はかけられない。――続きは次の篝火で話そう。そろそろ体力も回復しただろう」
二人は篝火から離れる。
すぐさま現れた
シトロンは右手に呪術の火を収束させ、投げた。