「エネルギーを知らない馬鹿者が多すぎ」運動医科学の権威に、叱ってもらう!
20〜60代の日本男性の肥満者(BMI=体重÷身長の2乗が25以上)の割合を28%くらいに留める。これが国の目標。なのに、平成28年の調査でその割合は32.4%。はっきり言って横這い状態。
それもこれも、「間違った情報を垂れ流すあなたたちマスコミが悪いんですよ!」と怒り心頭の学者がいる。運動医科学の専門家、森谷敏夫さんだ。
ビビりながらも『ターザン』、イマドキの太りやすいカラダについて話を伺った。今まで信じてきた、太る&痩せるの知識がいま覆る! 先生、それってホントですか?
落ちた体重の正体は、水分です。
Tarzan(以下 T)ここ数年の糖質制限食について、どう思われますか?
森谷先生(以下 森) 医者の考えもあるし、絶対ダメとは言いません。ただ押さえておいてほしいのは、人間のカラダは本来、何をエネルギーとして使っているのかということ。
T 糖質と脂質、ですよね。
森 そうです。安静時の代謝を分析すると、糖質が50%、脂質が50%の割合で使われています。どんな人間でも1日のエネルギーの半分を糖質で賄わないと話が合わない。ここまではオッケー?
T ハイ。
森 で、(立ち上がって足踏みしながら)動いたら安静時より3倍エネルギーを使う。脂肪は大きい分子だから利用するときに酸素が80個必要。一方、糖質の代謝は6個の酸素で事足りるので効率がいい。だから人間は運動中により多くの糖質を使う。というわけで、アスリートは1日のエネルギーの7割以上を炭水化物で摂る必要があるわけです。なのに、1日の炭水化物の量を総エネルギー量の30%に減らしてどうするの? (掌を上に向けて)足りないじゃん!
T 足りない分のエネルギーは脂肪から動員されるんじゃ?
森 「私、3日間の糖質制限で2kg痩せたの」と言う女子学生がよくいます。でも1kgを体脂肪に換算すると7,200キロカロリー。4日間まるまる断食するのとちょうど同じエネルギーです。もし2kgの脂肪が落ちたとしたら8日間断食したことになります。そんなはずはない。それに、脂肪2kgといえば容積にして500mlのペットボトル4本分。それが本当にカラダから取り除かれたとしたら大変なことですよ!
T じゃ、落ちた体重の正体は…。
森 それは炭水化物にくっついている水分です。
T 水分!
ドライフラワー症候群にご用心。
森 92年に報告されたアメリカの臨床栄養学のこんなデータがあります。1日405キロカロリー分の食事しかしない超低エネルギーダイエットを4日間続けたらどうなるかという実験です。体脂肪の減少はほとんどなく、でも体重は多い場合で4〜5kg減る可能性があるという結果でした。
体重が落ちると脂肪が落ちた!とみなさん勘違いしがち。体内に蓄積されている糖質、グリコーゲンには1個の分子に水が3〜4倍結合しています。だから筋肉や肝臓は水分をたっぷり含んで重い。炭水化物を抜くとグリコーゲンが枯渇するので逆の現象が起きる。
体内の水分がなくなって肌もカサカサ、それで「痩せた」と言っている。これが“ドライフラワー症候群”です。
T “ドライフラワー症候群”って初めて聞きました。そういう症状があるんですか?
森 僕が作ったんだよ! 「®」つけてや!(笑)
20年以上の追跡調査の結果。1日に糖質を60%摂っている人のすべての病気の死亡率を1とすると、低糖質食の人は男性で約1.5倍、女性では1.35倍死亡率が高いという結果が。
Fung TT et al. Ann Intem Med. 2010: 153(5)289-298
T 分かりました、ドライフラワー症候群®(笑)。でも先生、ダイエットの初期には水分が抜けることで体重が減ったとしても、その後ダイエットを続けていけば別のエネルギー代謝経路が働くのでは? 肝臓で行われる糖新生によるケトン体(脂肪やアミノ酸の代謝物)とか。
森 安静時の代謝を1,600キロカロリーとして、その半分の800キロカロリーを全部ケトン体でカバーするの? それは無理があるでしょう。
ケトン体に関するストーリーは非常に単純。アメリカの糖尿病の男性が認知症になって、奥さんがいろいろ勉強したら中鎖脂肪酸からケトン体というものができるらしいということが分かった。そうだ! ケトン体だ! と。それで中鎖脂肪酸のココナツオイルをたくさん食べさせたら認知症が改善した。
著名な医学系の先生がそのたったひとつの症例を学会で発表して、人間は糖質をカットしてもケトン体で生きていけるんだということに。
T たったひとつのケースで、そんなことになったんですか!?
日本人が太った理由は。
森 うん、医学系ではね。確かに、炭水化物を摂らずに4〜5日間、飢餓のどん底状態になるとケトン体を優先的に使うシステムに切り替わります。
そういうシステムに変われないことはないが、炭水化物があるのにわざわざ変える必要はないという意見もある。しかも糖質という効率的なエネルギーを使えないとしたら、できるだけエネルギーを節約する生活しかできません。それに、脳は1日400キロカロリーのエネルギーを必要とします。糖質をカットしたら、筋肉を分解して糖新生をするしかない。
理論的には1日100gの筋肉をなくしていけばなんとか生きていけるでしょう。でもこれはアフリカの飢餓難民の子どもたちと同じ状態。己のカラダを脳に食べさせているのと同じことです。筋肉がどんどん減って、将来は全員車椅子状態ですよ。
T うう、なんだか怖い話ですね。それじゃあ筋肉を減らさずに太らないためには、どの程度の糖質量が適当なんでしょうか?
森 2009年にアメリカ栄養士会で報告された4,000人のデータでは、総エネルギーの47%以下の低炭水化物摂取は過体重や肥満の発症に有意に関与していたとあります。逆に最も肥満のリスクが低いのは47〜64%。
これは日本の食事摂取基準の炭水化物のエネルギー比率の目標量、50〜65%に相当します。日本の栄養学の第一人者が引用している8万人の追跡データでも、低糖質より高糖質の食事をしている人の方が死亡率が低いという報告があります。
T それだと、わざわざ減らす必要はないということですよね。現在の日本人は炭水化物過多で、余った糖質は脂肪に変換されるから適正量をコントロールすべきという論法が大勢を占めていますけれど。
森 余った糖質は脂肪になりません。
T へ? 脂肪に? ならない?
森 余った糖質が脂肪になるのはラットの話。ラットに7割や8割の高糖質食を食べさせたら、それは脂肪になる。当たり前だよ。脳がほとんどなくて糖質が必要ないんだから。
T 人間には当てはまらないんですか!? これまで、いろんなエラい先生たちにそう教わってきたんですけど……。
森 それを初めて人で証明したのが1999年、アメリカ生理学会で発表された論文。棺桶みたいな装置に人を寝かせて24時間、炭酸ガスと窒素と酸素の量を測定して代謝量をコンピューターで分析したデータです。
それによると、タンパク質や炭水化物の摂取量を増やしても代謝が上がったり熱に変換されてほとんど消費されますが、脂肪を増やすと余った分は24時間以内にすべて体脂肪になる。脂肪過多で体脂肪が増えるというのは、ラットも人間も一緒です。
でも、人間では糖質は体脂肪にならない。たとえ過剰な炭水化物を摂っても、肝臓で1日10g以上の脂肪を合成することはできないという結果が出ています。つまり、日本人が太ったのは脂肪過多の食生活になったから!です。
アメリカ生理学会の論文集で発表された衝撃的なレポート。被験者に4日間同じものを食べさせて体重が変わらない条件を整えたうえで、すべての栄養素を1.6倍に増やして与えたところ脂肪だけが体脂肪として蓄積された。
T ウエ〜ン。
森 だって寿司をいっぱい食べて、それをどんどん脂肪にしてたらどうなるの? 脳は脂肪をエネルギーとして使えないんだよ? 丼を食べて翌日2kg増えたとしたら、それは水分を含んだグリコーゲンの重さ。それが自分の本来の体重ということ!
糖質、タンパク質、水分。
T ヒック、わ、分かりました。脳のためにちゃんとごはん食べます。でも、朝は食欲があんまりなくてつい抜いちゃうこともあるんですけど。
森 全然ダメ。低炭水化物食をしている糖尿病の患者のデータでは、朝食を食べた方が抜いたときより昼食後の血糖値の上昇が95%少ないことが分かっています。朝食で糖質をカットしたり欠食した後ランチを食べると、普段より95%血糖値が上昇する可能性があるんです。
T 血糖値スパイクというやつですよね。えーと、ということは…。
森 脳卒中や心臓血管系の病気のリスクが高まります。
T 血中の多すぎる糖質が血管を傷つけるからですか?
森 というより、血液中の遊離脂肪酸がものすごく増えている状態だからです。朝食を抜くと血糖値が下がったままですよね。
T ハイ。
森 血液中の少ない糖質を筋肉が使ってしまったら脳のエサがなくなります。だから脳はアドレナリンなどのホルモンを出して、中性脂肪を分解し、遊離脂肪酸を血液中にどんどん放り込みます。安静時の状態であれば、筋肉は脂肪を優先的に使いますから。
ところが、グリコーゲンが少ないと、それに結びついている水分も少ない。遊離脂肪酸によって血液がどろどろになる。さらにアドレナリンの作用で血管が収縮するので、脳卒中や心筋梗塞で突然倒れてしまうこともあるわけです。
T 食後に血糖値の上昇率が上がるということは、その前の段階で遊離脂肪酸が血液の中で渋滞しているということなんですね。これもまた、怖い話です。じゃあ朝、食べられない場合は、糖質を含むスムージーなどを取り入れてもいいんですか?
森 そういうふうに、朝スムージーとかで済ませているから、今の若い子の筋肉がなくなっているんです!
T うわぁ、スミマセン!
森 体内でのタンパク合成は1日24時間進んでいます。夕食で200gのステーキを食べても夜寝ている間にアミノ酸の代謝はとっくに終わっているんです。だから、朝食でタンパク合成のための刺激を入れなければならない。朝食でのタンパク質不足は筋肉へのダメージが一番大きい。十分なタンパク質がないと筋肉のタンパク合成を促す酵素、mTOR(エムトール)のスイッチが入らないからです。
T すると、糖質だけじゃなくタンパク質も必須なんですね。
森 一般の人でも1日に体重1㎏当たり1.2gのタンパク質は必要。体重60㎏なら1食につき必要なタンパク質は約24gです。
歩くだけでも、いい。
T えーと、24gというと鮭ひと切れに納豆小パック1個くらいですね。それにごはん。つまり、和食の朝定食を食べてればいいのか…。さらに、漬物とか野菜を先に食べておけば完璧ですねっ。
森 ベジファーストで痩せるというけれど、あれもおかしいです。
T ふえ〜? もう驚き疲れました。
森 欧米人のように1品ずつ食べる食生活ならまだしも、日本人の食事スタイルなら野菜、ごはん、おかずをちょっとずつ食べる“三角食い”で十分。血糖値が急激に上がることはありません。一方、胃からは食欲を促すグレリンというホルモンが分泌されますが、このホルモンを抑制するのが糖質とタンパク質です。先に野菜だけを食べて膨満感を感じても満腹感は得られません。それに野菜→タンパク質→ごはんという順番で食べると太らないというエビデンスはないんです。
T ってことは、低脂質の和食の三角食いで太りにくくなる…?
森 運動も欠かせません。カテーテルを使って糖尿病の人と普通の人の糖代謝を計測すると、脳も他の臓器も代謝量は同じです。ただ筋肉の糖代謝に大きな違いがあるんです。糖尿病の人の筋肉は糖代謝異常を起こしているんですよ。
T ひょっとして、普通の人も運動しないと同じことが?
通常、カラダに取り入れた糖質は、2割が脳で消費され、7割が筋肉で消費される。その他の臓器や脂肪細胞はほとんど糖質をエネルギーとして使わない。ところが糖尿病患者の場合、筋肉で消費される糖質量が激減。
森 カラダに取り入れた糖の7割は筋肉で使われます。運動することでAMPキナーゼという酵素が活性化し、筋肉の細胞に糖を取り込むグルコース・トランスポーターという輸送体が働きます。その結果、インスリンに頼らずに糖代謝ができるんです。
ところが糖尿病に陥ると筋肉がなまくらになってインスリンにすべてを頼らざるを得ない。それで膵臓が疲弊してしまいます。また、運動不足の人も同じようにインスリンにばかり頼ることでグルコース・トランスポーターが減り、糖をうまく代謝できなくなるんです。
T 運動不足で筋肉の性能が落ちるんですか! そのAMPキナーゼとかグルコース・トランスポーターを働かせるにはどんな運動をしたら!?
森 なんでもいいんです。歩くだけでも。1か月くらいのウォーキングやジョギングでグルコース・トランスポーターは1.9倍くらい増えるといわれています。筋トレは運動後も糖の取り込みが起こるから、なおいいですけどね。
T こうしちゃいらんない! 駅まで走って電車内でスクワットします!
森 それより、食わずに運動しないから太るんだ! とちゃんと読者に伝えてや!
教えてくれたひと
森谷敏夫(もりたに・としお)/1950年、兵庫県生まれ。80年に南カリフォルニア大学大学院博士課程修了。京都大学大学院人間・環境研究科教授を経て、現在は京都大学名誉教授、京都産業大学・中京大学客員教授。専門は応用生理学とスポーツ医学。
取材・文/石飛カノ 撮影/山城健朗
(初出『Tarzan』No.749・2018年9月13日発売)