「どう両立する 新政策と財政健全化」(時論公論)
2017年06月06日 (火)
神子田 章博 解説委員
日本の経済財政運営と改革の基本方針をまとめた、いわゆる「骨太の方針」の素案がまとまり、子育て支援の財源の選択肢として、はじめて社会保険方式の活用が示されました。新たな政策が打ち出される中で、必要な財源をどう確保し、財政健全化と両立させていくのか、今夜はこの問題について考えます。
解説のポイントは三つです。
①なぜ社会保険方式による子育て支援なのか
②逃げられぬ増税論議
③財政健全化の目標を緩めるのか
です。
6月2日にまとまった骨太の方針の素案には、主要な項目として、▼幼児教育や保育の早期無償化や待機児童の解消、▼高等教育も含め、社会全体で人材投資を抜本強化するための改革のあり方について検討を進めていくことが盛り込まれました。そしてこうした政策の財源については、歳出の見直しなど財政面での効率化と増税に加えて、新たに社会保険方式の活用を選択肢にあげ、財源確保の進め方について年内に結論をえるとしています。歳出削減や増税はわかるとして、なぜ社会保険が選択肢として示されたのでしょうか。その背景には、日本の財政の深刻な状況があります。
国の借金は、今年度末にはおよそ865兆円に達します。これに対し、今年度予算のうち借金を除いた収入はおよそ63兆円です。これを個人にたとえると、年収630万円の人が、8650万の借金を抱えている計算になります。しかも今年度の予算で歳出の3分の1を占める社会保障費は、高齢化に伴ってさら拡大してゆきます。こうした厳しい財政状況の中で、こどものための財源をなんとかひねり出そうと発想されたのが社会保険方式です。
その具体策は、骨太の方針には示されていませんが、自民党の小泉進次郎氏らが提唱する「こども保険」を念頭においているものと見られています。その内容は次のようなものです。
まず第一段階では、給与所得者と勤め先の企業から、それぞれ賃金の0.1%づつの保険料を集めます。国民年金の加入者の場合、月160円を徴収します。 こうして3400億円の財源が確保できることになります。この財源をつかって、児童手当を一人当たり5000円増やすことができるとしています。
そして最終段階では、給与所得者と企業から徴収する保険料を、それぞれ0.5%まで引き上げます。国民年金の加入者は月830円に引き上げます。これによって財源を1兆7000億円まで増やせるとしています。この場合、たとえば小学校に入学する前の子どもがいる世帯には、子供ひとりあたり、2万5000円を支給できるようになるといいます。現在の児童手当とあわせて、幼児教育や保育を実質的に無償化できる計算です。
しかし、この方式では独身世帯や小さな子供がいない世帯にとっては、社会保険料の負担が増えるだけで、不公平だという指摘があります。さらに社会全体で負担するといいながら、高齢者から徴収しないのは疑問だという声も出ています。
ではなぜより公平に負担を求める増税という発想にならなかったのでしょうか。
政府は、もともと2015年10月から消費税を8%から10%に引き上げる予定でした。それが二度延期されて、消費税の引き上げは、2019年10月に後ずれしています。新たな子供の財源を確保するためには消費税を10%からさらに引き上げる必要がありますが、10%でさえ二度も延期された消費税を、さらに引き上げるのは容易ではないというのが、社会保険方式の発想の背景にあったといいます。しかしいまの日本社会が大きな課題を抱え、その課題を解決するために予算が必要なのであれば、その必要性を丁寧に国民に訴えて、理解を得た上で、税率を引き上げて必要な財源を確保していくというのが本来のあるべき姿です。それを真正面から問うことなく、国民に不人気な増税論議から逃れているのではないでしょうか。
そしてもうひとつ気になるのは、国の財政健全化の目標を変更しようという動きが出ていることです。どういうことなのか、少し長くなりますが、まず現在の目標から説明します。
今年度の予算でみますと、その規模は97兆円あまり。歳入のうち、3分の1以上を国債つまり借金でまかなっていて、税金などの収入はおよそ63兆円にとどまっています。これに対し、歳出のうち、国債つまり過去の借金の元本の返済や利息の支払いをのぞいた支出、つまり政策を行うのに必要な支出にあたる部分がおよそ74兆円です。この収入から支出をのぞいた部分を、プライマリーバランス=基礎的財政収支と呼んでいます。今年度の場合は、収支はおよそマイナス11兆円で、その分国の借金が増えていくことになります。サラリーマンで言えば、給料をうわまわる額を生活費につかっていて、不足分を借金でまかなっているようなものです。
そこで国は、いますぐ借金を減らすのは難しいけれども、せめて借金がこれ以上増えないようにしようとしています。年度ごとの予算で、支出を抑え、収入を増やすことで、基礎的財政収支をバランスさせるのです。家計にたとえれば、月々の生活費をその月の収入の範囲内に抑えるようにしようということです。歳出抑制を地方でも行い、国と地方を合わせた基礎的財政収支を2020年度までに黒字化する。これが現在の目標です。
そのための具体策として、▼高齢者の医療費について、所得の高い人には現役並みの負担を求めたり、▼所得が一定水準を超える世帯に支給されている児童手当を廃止するなどの歳出抑制策を打ち出しています。
しかし、内閣府の試算によりますと、今後日本経済が毎年実質2%と安定した成長を続け、同時にこうした歳出削減努力を積み重ねたとしても、2020年度で8兆3000億円の赤字が見込まれています。
このように目標達成が難しくなる中でも、骨太の方針では、「あくまで目標は堅持する」としています。しかし政府内には、新たな指標を目標にしようと検討する動きがでています。
その目標とは、過去の借金の総額である累積赤字が、GDP・国内総生産に対してどのくらいの割合に達しているかというものです。いわば借金の額が増えても、稼ぎが多ければ返すことができるという考え方にたつものです。しかしこの目標では、年度ごとの基礎的財政収支が赤字になり債務残高が増えたとしても、GDPがそれ以上の伸びで拡大すれば、指標は改善することになります。実際には借金の総額は増えているのに、財政状況は見かけ上よくなっているように見えてしまい、財政再建にむけた取り組みが後退することにつながりかねません。
しかも、日本の2017年のこの指標は、250%を超える見通しです。日本以外のG7主要七カ国では、最悪のイタリアでも133%にとどまっています。日本にとってこの数字が少しぐらい良くなったからといって、到底胸をはれるものではありません。
そもそも骨太の方針とは、日本経済の成長を持続可能なものとするために、財政や成長戦略をどう考えていくか、経済政策の骨格を打ち出そうというものでした。しかし今年の方針の素案を読みますと、各省庁の政策がならんでいるだけで、小骨を束ねたようにしか見えません。目標に対して大幅に遅れている財政健全化を加速するために、限りある予算のどこを切りどこにふりむけるか、政策に必要な財源について国民をどう説得するか。
いまこの国に求められているのは、性根をすえた改革の道しるべです。
(神子田 章博 解説委員)