(そして私に幻滅して支配者の地位から引きずり下ろすのだ。アルベドに跪いて情けを乞う日々を手に入れるぞ。見下されながら足を舐めて、無様に尻を振って見せたりして……ああ、シャルティアやメイドの性欲処理に使われ、蔑みの目でアルベドに……ハァハァ)
かっこよさげな展開ですが、モモンガさんの頭の中はこんな感じです。
「――といったところか。長話になってしまったな」
『ユグドラシル』についてゲームという言葉だけは避けたが。
モモンガはほぼ全てを話した。
リアルという世界の過酷な環境と社会構造。
その中で生きて来た鈴木悟という人間。
彼の知る限りのリアルにおけるギルドメンバー。
そして『ユグドラシル』という逃避先の存在。
異形種の扱いと、このギルドの発端。
リアルとの因果関係ゆえ生じていた、ギルド内の人間関係。
荒廃の過程と、最後に残った孤独の日々。
アルベドとの婚礼に至った思い。
「即答が難しければ各自、持ち帰って考えよ。この場におらぬユリとペストーニャには、他の者から伝えてやるがよい」
モモンガは深々と玉座に腰を下ろし。
アルベドの手だけを握る。
そのアルベドの手も、震えていた。
モモンガにはわかる。
その怒りは恐怖や絶望ではなく……怒りだ。
「お前たちに、もっと早く話さず。すまなかったな」
溜息をついて、モモンガは目を閉じ。
軽く上を向いて喉を晒す。
ここまで矮小な己を示したのだ。
望んだ通り、彼らは己を見限るはずだ。
(何せ、人間嫌いの連中が、元人間に仕えてられないだろし。でも思った以上にショック受けてるな……殺されちゃったりするのかな。何人かは味方してくれるといいんだが)
NPCたちを見回す。相当な衝撃だったらしい。
今にも暴走して暴れ出しそうだ。
(まあ、どうせリアルに未練もないし。アルベドに殺されるならいいか)
「全員が私を――」
葬りたいならば、せめてアルベドの手で……とは、続かなかった。
「無論! モモンガ様こそ我が主です!」
デミウルゴスが絶叫するように吠えた。
彼は宝石の眼球から大量の涙を流し、感情のままにその形態を目まぐるしく変える。
見えぬ敵を必死に探そうとする如く眼球を巡らせている。
第三形態すら見せ、内なる怒りを必死に抑えんとする姿に、モモンガは困惑した。
何に対して怒っているのか、わからなかったのだ。
(え、ええー? なにそれ)
そしてその有様は、最も理性的な守護者ゆえに過ぎず。
全員が怒っていた。
怒りながら、泣いていた。
憤怒と――なにより、己の不甲斐なさに狂わんばかりだった。
シャルティアも、血の狂乱状態の姿を見せている。
ここが尊ぶべき玉座の間でなければ、暴走したNPCらによって崩壊していただろう。
全員が必死に理性で己を抑え、言葉に変えて少しでも感情を吐き出そうとする。
「し、至高の御方らが、人間に嬲り者にされていた、とは、本当でありんすか……」
「り、りあるで、つらい目に合ってたのに、ぶくぶく茶釜様は……あんな、やさしく」
「モモンガ様ガ一人、維持費ヲ稼ガレル折、前衛職デアリナガラ護衛スラ……」
「執事でありながら、ただ立って見送るばかりだったなど……」
「ヘロヘロ様が……搾取され……瀕死の状態……」
モモンガとしては、細かく説明しなおしづらい。
実際、間違っていない案件も多いのだ。
(確かにそうだけど! そうなんだけど! もっと私の不甲斐なさを攻めろよ!)
誰もが慟哭し、絶望と悔恨と憤怒で魂を燃やす中。
ぺたぺたと小さな足音がただ一つ、モモンガの前へと進み出た。
それは小さな、イワトビペンギンに似た生き物である。
「……ん? どうした、エクレア。私を見限り、ナザリックの新たな主となるか?」
多くのNPCを忘れていたモモンガだが。
やたら濃い設定を付けられた彼のファーストネームは覚えていた。
「私、執事助手エクレア・エクレール・エクレイアー。餡ころもっちもち様により、ナザリック簒奪を目指すよう創られておりました。ですが、それも今日限りとさせていただきます」
フッ、と不敵な笑いを見せるエクレア。
階層守護者全ての目が。否、全NPCの目が、小さなペンギンに注がれる。
やり場のない怒りをぶつける獲物を、見つけたと言いたげに。
「――やめよ。エクレアを害したい者は、先に私を討て。抵抗はせん」
留められた殺気が、玉座の周りの空気を焼く。
「不肖エクレア。ろくに戦力ともなれぬ身ですが、一個人としてどうか、モモンガ様にお仕えさせてください。たとえモモンガ様がナザリックを去られようと、御身の住まいを必ずや完璧に掃除し続けてお見せいたします! 在るべき姿を捨てても、御身にお仕えしたいのです!」
ぺちょ、と転んだようにしか見えない土下座を見せてエクレアが叫ぶ。
「……み、見事だ! エクレア君!」
デミウルゴスが興奮と共に彼を讃える。
次々と他の守護者、メイドらも彼を讃える。
(ちょ、そうじゃないでしょ!)
期待と違う展開に、モモンガはさらに困惑する。
「あ、ありがとう、エクレア。だが私こそ、お前の忠誠に応えられる器と言えるかどうか」
「いいえッ! 誓って、モモンガ様以上の主はおりません!」
腹ばいで顔だけ上げた姿勢から、ペンギンらしく床を滑って足元に来る。
そしてもう一度、礼――土下座というか、うつ伏せになって見せた。
「どうか私の忠誠の誓い、お受けくださいッ!」
(わあ、かわいい)
少し、現実逃避気味になったモモンガは、ぼんやりとそんな姿を見て。
握り返しても来ないアルベドの手を離し、エクレアに両手を伸ばした。
「「えっ、も、モモンガ様!?」」
アルベドとエクレアが共に、取り乱す。
エクレアが抱き上げられ、ぬいぐるみのようにモモンガの膝上に収まる。
彼の頭にはまだ三人しか触れていない、豊満な乳房が乗せられ。
その手は優しく、エクレアを撫でる。
(手触りもいい……ナザリックの主を辞めて、アルベドはペットを認めてくれるかな)
ぼんやりとそんな、現実から外れた妄想に耽るがゆえに。
無心かつ無上の愛を、このペンギンに注いでいるように見える。
そしてNPCたちが、あまりの感情の嵐により、ついに。
ぷつんと糸が切れる時が来た。
「モモンガ様! 私ッ、私が先に忠誠を誓いましたッ!」
「母上ッ! わ、私は誓うまでもなく母上に付いていきます!」
「コノ身ハ既ニ御身ノ刀デゴザイマス!」
「外でも既に執事として名乗って参りました!」
「さんざん体で付き合った仲でありんせんか!」
「私もずっとお風呂で世話をいたします!」
NPCたちが一斉にモモンガに押し寄せる。
その様子は、姿が異形であれ、能力が超級であれ、子供にしか見えない。
「こ、こらっ、お前たちっ。エクレアが潰れてしまうだろうっ」
あるいはこれが彼らの“素”なのか。
ぐいぐいと我先にと押し寄せて来る。
コキュートスやセバスも混じっているのだ。
100レベルキャラクターも混じった筋力では、モモンガ自身危険である。
「ッ! 至高の御方を害するつもりですかっ! 落ち着きなさいっ!」
危険を察知したアルベドが割って入る。
比較的理性的なデミウルゴス、パンドラズ・アクター、セバス、ソリュシャンらが、はっと冷静に戻り、他のNPCらを留めた。
「そしてモモンガさ――いえ、モモンガッ!」
アルベドが、他のNPCの前で呼び捨てる。
「私はあなたの伴侶でしょう! そのペンギンより先に私を抱き寄せなさいっ!」
モモンガが、アルベドを見つめ返す。
その目は再び暗く病み、業火の如き光を渦巻かせていたが。
アルベドは踏みとどまる。
「アルベド……」
片手を伸ばし、彼女の白いドレスに触れると。
モモンガは玉座を立ち、アルベドの胸に飛び込んだ。
アルベドが抱き留めると。
モモンガは涙を流し、泣きじゃくり始めていた。
「ちょっ、ちょ、モモンガ様ーっ!?」
そしてエクレアは、上に放り投げられていた。
「きゃっち」
「あ、ありがとうございま――ふぎゃぶっ」
そして、彼はシズに抱き留められ、腕の中で潰されんとしていたが。
平時と変わらぬそんな光景には誰も目を向けず。
今度は汚くない、感動的な二人の姿に、NPC一同が貰い泣きしていたのだった。
涙を流す主は、どのような思いであの秘密を一人抱えておられたのか。
敢えて主を呼び捨てたアルベドは、どれほどの覚悟を以て対等の立場を名乗ったか。
心打たれぬNPCが、いるはずもない。
(やった……過程はともかく、アルベドが私をリードしてくれてる! 対等……むしろ私の方が格下になったと言っていいよな、これは! 今日からいっぱい甘えるぞ!)
無論、モモンガの真の胸中を察する者はいない。
(シャルティアとソリュシャンは、私に合わせてはくれないみたいね。いっそ、外から使えそうな人間の女でも、引き込むべきなのかしら……)
アルベドの胸中を真に理解する者も、また……。
設定された通りやってれば間違いないぞーと思ってたNPC陣。
真実を知って足元崩壊。
神と思ってた至高の御方は、泣きゲーヒロインだった案件。
あるいは何でもできると思ってた最高の母親が実は(各自で任意の内容を入れてください)。
つまりタイトルのようになった件。
NPCが感じ入ったり、忠誠心を強くした理由は、各人で微妙に異なるんですが。
とても書ききれないので省略。個人的に書きたいキャラも多いんですけどね……。
主旨たるエロから外れますが、希望あれば閑話として挟んでいきます。
と、昨日初めて誤字報告という機能に気づきました……指摘くださってた皆様ありがとうございます。
反映させていただいたり、わかりづらい箇所を前後修正したりしました。