「……つまり、王国民自体に問題があると」
「現状では上が代わろうと唯々諾々と従うばかり。貴族に怒りを燃やし動けばまだしも、彼の民は反抗すらできません。亜人や魔物の脅威に対しても、自主的に備える民はわずかです」
ニグンの弁舌が振るい始めていた。
モモンガはチラリと情報に関わる配下に視線を向けるが、全員頷いて見せるのみ。
彼の発言に間違いはない、ということだ。
「あの戦士団とやらは、民を守るための存在ではないのか?」
「いえ。あくまで王の護衛です。今回は、我々に内通する貴族を使った特例任務にすぎません」
玉座に腰を沈め、モモンガは考える。
思った以上に面倒な話だ。
自身の範疇を超えている。
「戦士長抹殺と開拓村襲撃には『王の権威を弱める』『貴族を暴走させる』『民衆の危機感を高める』――という3つの小目的があり、究極的には民衆ないし帝国により『王国を滅ぼす』という目標に向かっているわけだな?」
「はっ、その通りでございます!」
「なるほど。ゆえに大局を見据えず、一時の情から戦士長を助けんとする貴族が、セバスを差し向けたと考えたわけか。確かにお前の視点では腐敗した貴族以下とも思えよう。納得いったぞ」
「些末な釈明にお時間取らせ、申し訳ございません!」
ニグンが再び土下座同然の礼をする。
「よい。おかげで貴重な情報も多々手に入った。まだまだ聞きたい点はあるが……ニグン殿」
「は、ははーっ!」
ニグンは平伏する。逆らおうなど、考えられない。
「私は、ニグン殿とその部隊の能力を高く評価している。彼の戦士長を追い詰めた手腕、実に冷静かつ現実的な戦術だった。セバスが手を出すまで、一切の損害も出さなかったな」
「稚拙な戦いを褒めていただけ、望外の喜びです!」
じわりと、嫉妬の目がニグンに注がれる。
人間風情が、至高の御方に認められ褒められているのだから。
「うむ。ゆえに、貴殿らを我が麾下に迎えたい。いかがか?」
「ははっ! 喜んで!」
即答である。
「まあ、無理にとは――ん? よいのか?」
「無論です! 部下どもも説得し、御身に満足いただけるようこれからも精進いたします!」
予想外の積極的な姿勢に戸惑う。
デミウルゴスたちを見るが、嘘というわけでもないらしい。
「スレイン法国は宗教国家だと聞いたぞ。人間種以外を排斥するともな。私が人間種に見えるか? 貴殿らの信仰はそのように軽いのか?」
「以前の私なら、このような判断をせず、信仰に殉じたやもしれません」
モモンガが首をかしげる。
「では、なぜだ。おためごかしはいらん。正直な胸中を教えてくれ」
「き、聞き苦しい言葉となりますが、よろしいでしょうか?」
それはモモンガより、周囲のNPCに言っているように見えた。
「かまわん。この者らに手出しはさせんし、無理やり聞き出した内容で貴殿の扱いを変えはしない」
「わ、私は人間です。故国に妻子もおりません。神殿の精鋭たるべく、幼くして親とも離されました。部下には例外もいるでしょうが……わ、私のような人間は、ですね」
ごくりと、彼の喉が鳴るのがわかる。
安定化させた心が、恐怖に歪んでいる。
ニグンは目を見開き、がくがくと震えながら、言葉を振り絞った。
「私自身が何より、大事なのです。死にたくない。苦しみたくないのです」
「…………」
そうだった。
それが人間なのだ、と。
モモンガは遠い日を思い出すように、ニグンを見た。
「御身に抗ったり、裏切れば、私は死より恐ろしい目に合うのでしょう」
沈黙に言葉を促されたと見たか。
彼は釈明ではなく、言葉を連ねる。
薄汚い言葉だ。
しかし、これが真に誠意に溢れた言葉なのだと、モモンガにはわかる。
「…………そうかもしれんな」
「私が、ただ保身のために服従を選択したこと、御気を害されたでしょうか?」
「いや。つまらぬことを聞いたな。確かに人とはそういうものだ。己の腹の底、よくぞ話してくれた。貴殿らの安全は保障する」
かつての日々を思い出し、少し泣きそうになった。
鈴木悟は抑圧され搾取されながら、何の行動もしなかったし。
モモンガは去り行くギルドメンバーをろくに引き止めず。現実で交流しようともしなかった。
どうして、目の前の矮小な男を嗤えるだろう。
今のモモンガ自身、アルベドへの想いにしがみつく矮小な身なのに。
「アウラ、マーレよ。この者ら……陽光聖典を、お前たちの領域で保護しろ。ペストーニャが世話の責任を持て。彼らは脆弱に見えるやもしれんが、戦術面では私に準じる熟練者だ」
二人のダークエルフが明らかに不満を浮かべ。
戦術の熟練者と聞いて、コキュートスが目を光らせる。
「ありがたき幸せ! これでも
「なに!?」
最後の言葉で、モモンガの苦い郷愁は吹き飛び。
そのあたりを詳しく聞き出すこととなった。
ニグンに部下を説得するよう言い、ペストーニャに護衛を付けて共に退出させる。
「思わぬ良き情報を提供してくれた。それに、ああも己の醜い在り様を吐き出せる者は稀少だな。良き人材を確保でき、私としては嬉しいのだが……人間を配下に加えたこと、お前たちは不満そうだな」
NPCらを見回す。
慌てて表情を隠す者もいれば、今も不快な表情を露にする者もいる。
「外の世界――少なくともこの近隣では、人間種が覇権種族です。利用価値は認めております」
デミウルゴスが代表として発言した。
アルベドが言えば、私心の判断となると思ったのだろう。
「そうだな。私は大いに人間を利用するつもりだ。あの戦士長とやらも、いずれ利用するが……配下にするよりは、うまく表で躍らせるべきだろうな」
「ならば、あの男も洗脳なり魅了なりすべきでは? あんな俗物を、栄光あるナザリックの旗の下に迎えるなど、私は反対です!」
宝石の眼球を見開き、珍しく激しい剣幕を見せる。
彼としては、モモンガを侮辱した人間が咎められもせず、認められ迎えられるなど、受け入れがたいのだろう。
その後の釈明も薄汚い俗物だった。
彼の創造主ウルベルトの好む“悪”から、かけ離れている。
「ああ、まさにそれだ」
モモンガはじっとNPCらを見る。
そして最後にアルベドを見た。
「多くの者は、あれを迎えるに不満を持っているな? だが、誰とは言わぬが持たぬ者もいる。これはカルマ値の影響なのだろう。私自身も時折、よからぬ感情が蠢くを感じる」
アルベドをじっと見つめる。
瞳が暗く空ろになり、舐めるような目がアルベドの魂までしゃぶろうとする。
ソリュシャンに似た……いや、情欲ゆえになお暗い目だ。
ぞわりとした恐怖に、アルベドが身をすくめる。
「……ああ、まさにそれが問題だ。お前たちは誰に仕えている?」
首を打ち振り、内心の闇を払って。
デミウルゴスを見る。
「む、無論、最後に残った慈悲深き至高の御方たるモモンガ様に――」
「違うな」
冷たい言葉に、NPCたち全てが凍り付いた。
席を外したペストーニャ、村に残ったユリを羨みたくなるほどに。
主の言葉は絶望的に、全てのNPCにのしかかる。
あれだけ体を重ねたアルベドやシャルティア、ソリュシャンも。
この世の終わりを見る目で、モモンガを見ていた。
それは、御方がギルドを放棄する予兆に思えたのだ。
「で、では……我々は……」
NPCを代表するように絞りだして、何とか言葉を紡ごうとするデミウルゴスの姿に。
モモンガは、迷子になった子供を重ねる。
「お前たちを真に支配するのは、お前たち自身だ」
やさしく、可能な限りやさしく、母性を込めて、モモンガは言う。
NPCたちの多くは意味がわからず、戸惑うばかりだ。
「わからないか?」
モモンガは微笑み、玉座を立つ。
「かくあれと造られたにせよ、今やお前たちは自ら考え、動き、生きている。ゆえに、私はアルベドと愛し合い、
アルベドの髪を撫でてから、パンドラズ・アクターの前に立ち、その頭を帽子越しに撫でる。
「お前たちの愛情や忠義はとても嬉しい。さんざん口出ししているが、能力や結果よりも、お前たち自身で下した判断や機転をこそ、私は常に褒めているつもりだ」
つかつかとNPCらの間を回り歩きつつ。
「お前たちもは自身の意志で私に仕えてほしい。私を逃げ道に使わないでほしい」
再び玉座の方へ。
デミウルゴスの前に立つ。
NPCらは、一言一句を聞き逃すまいと、動かないままだ。
「お前たちは人形ではない。デミウルゴス、さっき私に反論したな? 狭義においてあれは、私に対する反逆にあたるのではないか?」
モモンガはデミウルゴスより少し背が低い。
下から覗き込むように見上げ、視線を合わせて問う。
「全てはモモンガ様のためです。不快とあらば――」
どこか憮然とした口調のデミウルゴスだが。
モモンガが溜息をつき、彼の唇に指を当て、言葉を止める。
失望、ではない。
しょうがないなと言った、どこか優しい笑みを伴った溜息。
「……やはりお前たちはどれだけ賢くとも、強くとも……子供なのだな」
「なッ!」
意味を理解できず、デミウルゴスが狼狽した。
「私の
怒るのでなく叱るように、言った。
「お前の言葉は、ただの我儘だ。私のやり方が、私の我儘であるようにな」
子供にするように、背伸びしてデミウルゴスの頭を撫でる。
「私のためと言いながら、お前たちは己の自己満足を満たしたいだけだ。私が、お前たちを以て……私の自己満足を満たしたいように」
モモンガの目が暗く赤く、光る。
デミウルゴスは、正面から見据える主の目が己を見ていないと感じた。
「私が何を以て満足するかもろくに知らず、己の望みをぶつけていないか?」
ゆらりと肩越しに、モモンガはアルベドへと視線を向ける。
「アルベド。お前もきっと、デミウルゴスと同じなのだろう」
紅い光は瞳からじわじわと溢れ出て、アルベドに這い寄る触手のよう。
「もっとも子供に溺れた私は……子供以下、か」
小声で呟き、自嘲的な笑いがこぼれる。
「だが、たとえお前たち全員が私を見限っても。私は私の意志において、アルベド。お前を決して手放しはしない」
「……ありがとうございます」
自身も〈正気
アルベドは必死に震えを抑え、答える。
主の視線が鎖となり、アルベドを縛り上げる様が、誰の目にも幻視できた。
シャルティアもソリュシャンも、他の一般メイドも……アルベドが羨ましいとは、思わなかった。
「さて……急にこんな話をしても切り替えられまい」
アルベドから視線を離したモモンガは、既に紅い光を瞳から消している。
「だから、お前たちをここに集めた。今こそ、リアルでの私と、今に至る私について……語っておこう。私がお前たちに何を望み、何を望まないか。お前たちの創造主がどんな人間だったか。どうか、知ってほしい。あの人間を受け入れた理由もわかるはずだ。そして、お前たち自身で判断し、選べ」
モモンガが再び全員を見回す。
「私に仕えるか……あるいは、私を見限るか」
ビッチ的解決策を持ち出したアルベドに対して、モモンガのターン!
エロが消えて病みが噴き出してます。
クライマックスかよって発言してますが、モモンガとしては「NPCだからって遠慮せず対等の立場になろうよ!」って方針。もちろん、主にアルベドに言ってます。
このモモンガは対等の恋人か、できれば格下の奴隷になりたいのです。