アルベドさん大勝利ぃ!   作:神谷涼

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 思えば、ここのモモンガさんが初めて会話した人間ってニグンさん……。



13:選べ

「……つまり、王国民自体に問題があると」

 

「現状では上が代わろうと唯々諾々と従うばかり。貴族に怒りを燃やし動けばまだしも、彼の民は反抗すらできません。亜人や魔物の脅威に対しても、自主的に備える民はわずかです」

 

 ニグンの弁舌が振るい始めていた。

 モモンガはチラリと情報に関わる配下に視線を向けるが、全員頷いて見せるのみ。

 彼の発言に間違いはない、ということだ。

 

「あの戦士団とやらは、民を守るための存在ではないのか?」

 

「いえ。あくまで王の護衛です。今回は、我々に内通する貴族を使った特例任務にすぎません」

 

 玉座に腰を沈め、モモンガは考える。

 思った以上に面倒な話だ。

 自身の範疇を超えている。

 

「戦士長抹殺と開拓村襲撃には『王の権威を弱める』『貴族を暴走させる』『民衆の危機感を高める』――という3つの小目的があり、究極的には民衆ないし帝国により『王国を滅ぼす』という目標に向かっているわけだな?」

 

「はっ、その通りでございます!」

 

「なるほど。ゆえに大局を見据えず、一時の情から戦士長を助けんとする貴族が、セバスを差し向けたと考えたわけか。確かにお前の視点では腐敗した貴族以下とも思えよう。納得いったぞ」

 

「些末な釈明にお時間取らせ、申し訳ございません!」

 

 ニグンが再び土下座同然の礼をする。

 

「よい。おかげで貴重な情報も多々手に入った。まだまだ聞きたい点はあるが……ニグン殿」

 

「は、ははーっ!」

 

 ニグンは平伏する。逆らおうなど、考えられない。

 

「私は、ニグン殿とその部隊の能力を高く評価している。彼の戦士長を追い詰めた手腕、実に冷静かつ現実的な戦術だった。セバスが手を出すまで、一切の損害も出さなかったな」

 

「稚拙な戦いを褒めていただけ、望外の喜びです!」

 

 じわりと、嫉妬の目がニグンに注がれる。

 人間風情が、至高の御方に認められ褒められているのだから。

 

「うむ。ゆえに、貴殿らを我が麾下に迎えたい。いかがか?」

 

「ははっ! 喜んで!」

 

 即答である。

 

「まあ、無理にとは――ん? よいのか?」

 

「無論です! 部下どもも説得し、御身に満足いただけるようこれからも精進いたします!」

 

 予想外の積極的な姿勢に戸惑う。

 デミウルゴスたちを見るが、嘘というわけでもないらしい。

 

「スレイン法国は宗教国家だと聞いたぞ。人間種以外を排斥するともな。私が人間種に見えるか? 貴殿らの信仰はそのように軽いのか?」

 

「以前の私なら、このような判断をせず、信仰に殉じたやもしれません」

 

 モモンガが首をかしげる。

 

「では、なぜだ。おためごかしはいらん。正直な胸中を教えてくれ」

 

「き、聞き苦しい言葉となりますが、よろしいでしょうか?」

 

 それはモモンガより、周囲のNPCに言っているように見えた。

 

「かまわん。この者らに手出しはさせんし、無理やり聞き出した内容で貴殿の扱いを変えはしない」

 

「わ、私は人間です。故国に妻子もおりません。神殿の精鋭たるべく、幼くして親とも離されました。部下には例外もいるでしょうが……わ、私のような人間は、ですね」

 

 ごくりと、彼の喉が鳴るのがわかる。

 安定化させた心が、恐怖に歪んでいる。

 ニグンは目を見開き、がくがくと震えながら、言葉を振り絞った。

 

「私自身が何より、大事なのです。死にたくない。苦しみたくないのです」

 

「…………」

 

 そうだった。

 それが人間なのだ、と。

 モモンガは遠い日を思い出すように、ニグンを見た。

 

「御身に抗ったり、裏切れば、私は死より恐ろしい目に合うのでしょう」

 

 沈黙に言葉を促されたと見たか。

 彼は釈明ではなく、言葉を連ねる。

 薄汚い言葉だ。

 しかし、これが真に誠意に溢れた言葉なのだと、モモンガにはわかる。

 

「…………そうかもしれんな」

 

「私が、ただ保身のために服従を選択したこと、御気を害されたでしょうか?」

 

「いや。つまらぬことを聞いたな。確かに人とはそういうものだ。己の腹の底、よくぞ話してくれた。貴殿らの安全は保障する」

 

 かつての日々を思い出し、少し泣きそうになった。

 鈴木悟は抑圧され搾取されながら、何の行動もしなかったし。

 モモンガは去り行くギルドメンバーをろくに引き止めず。現実で交流しようともしなかった。

 どうして、目の前の矮小な男を嗤えるだろう。

 今のモモンガ自身、アルベドへの想いにしがみつく矮小な身なのに。

 

「アウラ、マーレよ。この者ら……陽光聖典を、お前たちの領域で保護しろ。ペストーニャが世話の責任を持て。彼らは脆弱に見えるやもしれんが、戦術面では私に準じる熟練者だ」

 

 二人のダークエルフが明らかに不満を浮かべ。

 戦術の熟練者と聞いて、コキュートスが目を光らせる。

 

「ありがたき幸せ! これでも生まれついての異能(タレント)に恵まれた身! “ぷれいやー”たる御身にも必ずや役立ってお見せいたします!」

 

「なに!?」

 

 最後の言葉で、モモンガの苦い郷愁は吹き飛び。

 そのあたりを詳しく聞き出すこととなった。

 

 

 

 ニグンに部下を説得するよう言い、ペストーニャに護衛を付けて共に退出させる。

 

「思わぬ良き情報を提供してくれた。それに、ああも己の醜い在り様を吐き出せる者は稀少だな。良き人材を確保でき、私としては嬉しいのだが……人間を配下に加えたこと、お前たちは不満そうだな」

 

 NPCらを見回す。

 慌てて表情を隠す者もいれば、今も不快な表情を露にする者もいる。

 

「外の世界――少なくともこの近隣では、人間種が覇権種族です。利用価値は認めております」

 

 デミウルゴスが代表として発言した。

 アルベドが言えば、私心の判断となると思ったのだろう。

 

「そうだな。私は大いに人間を利用するつもりだ。あの戦士長とやらも、いずれ利用するが……配下にするよりは、うまく表で躍らせるべきだろうな」

 

「ならば、あの男も洗脳なり魅了なりすべきでは? あんな俗物を、栄光あるナザリックの旗の下に迎えるなど、私は反対です!」

 

 宝石の眼球を見開き、珍しく激しい剣幕を見せる。

 彼としては、モモンガを侮辱した人間が咎められもせず、認められ迎えられるなど、受け入れがたいのだろう。

 その後の釈明も薄汚い俗物だった。

 彼の創造主ウルベルトの好む“悪”から、かけ離れている。

 

「ああ、まさにそれだ」

 

 モモンガはじっとNPCらを見る。

 そして最後にアルベドを見た。

 

「多くの者は、あれを迎えるに不満を持っているな? だが、誰とは言わぬが持たぬ者もいる。これはカルマ値の影響なのだろう。私自身も時折、よからぬ感情が蠢くを感じる」

 

 アルベドをじっと見つめる。

 瞳が暗く空ろになり、舐めるような目がアルベドの魂までしゃぶろうとする。

 ソリュシャンに似た……いや、情欲ゆえになお暗い目だ。

 ぞわりとした恐怖に、アルベドが身をすくめる。

 

「……ああ、まさにそれが問題だ。お前たちは誰に仕えている?」

 

 首を打ち振り、内心の闇を払って。

 デミウルゴスを見る。

 

「む、無論、最後に残った慈悲深き至高の御方たるモモンガ様に――」

 

「違うな」

 

 冷たい言葉に、NPCたち全てが凍り付いた。

 席を外したペストーニャ、村に残ったユリを羨みたくなるほどに。

 主の言葉は絶望的に、全てのNPCにのしかかる。

 あれだけ体を重ねたアルベドやシャルティア、ソリュシャンも。

 この世の終わりを見る目で、モモンガを見ていた。

 それは、御方がギルドを放棄する予兆に思えたのだ。

 

「で、では……我々は……」

 

 NPCを代表するように絞りだして、何とか言葉を紡ごうとするデミウルゴスの姿に。

 モモンガは、迷子になった子供を重ねる。

 

「お前たちを真に支配するのは、お前たち自身だ」

 

 やさしく、可能な限りやさしく、母性を込めて、モモンガは言う。

 NPCたちの多くは意味がわからず、戸惑うばかりだ。

 

「わからないか?」

 

 モモンガは微笑み、玉座を立つ。

 

「かくあれと造られたにせよ、今やお前たちは自ら考え、動き、生きている。ゆえに、私はアルベドと愛し合い、我が子(パンドラズ・アクター)を抱きしめもできた」

 

 アルベドの髪を撫でてから、パンドラズ・アクターの前に立ち、その頭を帽子越しに撫でる。

 

「お前たちの愛情や忠義はとても嬉しい。さんざん口出ししているが、能力や結果よりも、お前たち自身で下した判断や機転をこそ、私は常に褒めているつもりだ」

 

 つかつかとNPCらの間を回り歩きつつ。

 

「お前たちもは自身の意志で私に仕えてほしい。私を逃げ道に使わないでほしい」

 

 再び玉座の方へ。

 デミウルゴスの前に立つ。

 NPCらは、一言一句を聞き逃すまいと、動かないままだ。

 

「お前たちは人形ではない。デミウルゴス、さっき私に反論したな? 狭義においてあれは、私に対する反逆にあたるのではないか?」

 

 モモンガはデミウルゴスより少し背が低い。

 下から覗き込むように見上げ、視線を合わせて問う。

 

「全てはモモンガ様のためです。不快とあらば――」

 

 どこか憮然とした口調のデミウルゴスだが。

 モモンガが溜息をつき、彼の唇に指を当て、言葉を止める。

 失望、ではない。

 しょうがないなと言った、どこか優しい笑みを伴った溜息。

 

「……やはりお前たちはどれだけ賢くとも、強くとも……子供なのだな」

 

「なッ!」

 

 意味を理解できず、デミウルゴスが狼狽した。

 

「私の我儘(わがまま)を止めたくば、己が我儘を自覚しろ」

 

 怒るのでなく叱るように、言った。

 

「お前の言葉は、ただの我儘だ。私のやり方が、私の我儘であるようにな」

 

 子供にするように、背伸びしてデミウルゴスの頭を撫でる。

 

「私のためと言いながら、お前たちは己の自己満足を満たしたいだけだ。私が、お前たちを以て……私の自己満足を満たしたいように」

 

 モモンガの目が暗く赤く、光る。

 デミウルゴスは、正面から見据える主の目が己を見ていないと感じた。

 

「私が何を以て満足するかもろくに知らず、己の望みをぶつけていないか?」

 

 ゆらりと肩越しに、モモンガはアルベドへと視線を向ける。

 

「アルベド。お前もきっと、デミウルゴスと同じなのだろう」

 

 紅い光は瞳からじわじわと溢れ出て、アルベドに這い寄る触手のよう。

 

「もっとも子供に溺れた私は……子供以下、か」

 

 小声で呟き、自嘲的な笑いがこぼれる。

 

「だが、たとえお前たち全員が私を見限っても。私は私の意志において、アルベド。お前を決して手放しはしない」

 

「……ありがとうございます」

 

 自身も〈正気(サニティ)〉をかけてもらうべきだったと後悔しながら。

 アルベドは必死に震えを抑え、答える。

 主の視線が鎖となり、アルベドを縛り上げる様が、誰の目にも幻視できた。

 シャルティアもソリュシャンも、他の一般メイドも……アルベドが羨ましいとは、思わなかった。

 

「さて……急にこんな話をしても切り替えられまい」

 

 アルベドから視線を離したモモンガは、既に紅い光を瞳から消している。

 

「だから、お前たちをここに集めた。今こそ、リアルでの私と、今に至る私について……語っておこう。私がお前たちに何を望み、何を望まないか。お前たちの創造主がどんな人間だったか。どうか、知ってほしい。あの人間を受け入れた理由もわかるはずだ。そして、お前たち自身で判断し、選べ」

 

 モモンガが再び全員を見回す。

 

「私に仕えるか……あるいは、私を見限るか」

 




ビッチ的解決策を持ち出したアルベドに対して、モモンガのターン!
エロが消えて病みが噴き出してます。
クライマックスかよって発言してますが、モモンガとしては「NPCだからって遠慮せず対等の立場になろうよ!」って方針。もちろん、主にアルベドに言ってます。
このモモンガは対等の恋人か、できれば格下の奴隷になりたいのです。

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