鈴木悟のちょこっとしたなろう   作:コトリュ-42

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死んだら神様に異世界転生してもらっちゃったけどなにか?

 ユグドラシルのサービス終了となる0:00。

 鈴木悟は光に包まれた。

 全てのデータが消えていく現象を、視覚的に表現したものなのであろうか? そんな皮肉にも似たオマケをあの運営が追加する訳はなかろうが、まぁそれなりに儚いお別れであった。

 もうしばらくすれば眩しい白い世界もシャットダウンされ、元の狭い部屋が見えてくるのだろう。それまでの間、軽く思い出に浸り、涙を流すくらいは構わないか。

 

『ようこそ、鈴木悟』

 

「え?」

 

 男か女か機械音声かも判らない何者かの発声に、ドキッと胸の奥が揺れる。

 ただそれよりも不意に本名を出され、「おいおい、運営がネット上で客の本名を出したら駄目でしょ。流石糞運営」と思わず声に出してしまったのは、自分でも失態だったと思う。

 咄嗟に「あっ!」と口を塞ごうとするも、自分の右手はどこにも無かった。

 

「な? え? あれ?」

 

 戸惑いながら周囲を見回し、加えて己の身体をまさぐる。

 何も無い。

 そう、周囲は白い空間で微かに発光しているだけであり、あるはずの身体も、まさぐろうとした両手も存在しなかった。

 仮想空間に入ったままか? ──最初に浮かんだ答えである。

 ユグドラシルから強制ログアウトする途中で不具合が発生し、意識だけ仮想空間内に残されてしまったのではないか、と考えたのだ。

 だがそれもオカシイ。

 DMMORPGが始まったばかりであればいざ知らず、現在では完璧とも言える安全対策が成されている。例え貧困層であっても容易く整えられるほどに。

 

「このまま待つしかないのかなぁ? ん~、四時起きだから早くしてほしいのに……」

 

『ほほっ、心配無用じゃぞ。お主はもう死んでいるのじゃからな』

 

 白い空間の中に別の白い塊が造り出され、まるで長い髭をたたえた老人であるかのような輪郭を作り出す。

 そして、その白い塊はまさに齢を重ねた老人の口調で、鈴木悟を驚かせた。

 

「は? 死んでいる?」

 

『見た方が早いじゃろう。ほれ』

 

 白い老人は己の傍らに四角い窓を作り出し、どこかの部屋を映し出す。

 そこには椅子に座った黒髪の中年男性が、目と耳を覆う機械らしきものを取り付けたまま、涎を垂らして全身脱力の状態で眠っていた。

 いや、眠っているのではないだろう。胸は上下しておらず、座っている椅子からは──股間から漏れ出たと思われる──色付きの液体がしたたり落ちている。

 部屋着の胸部に皺が寄っているのは、強く握ったせいであろうか? 左程苦しまずに逝けたのなら幸いだ。

 

「お、俺?」

 

『そうじゃよ鈴木悟。死因は心臓麻痺であろうなぁ。日付が変わるころに起こったようじゃ。ちなみに儂は糞運営とやらではない。神じゃよ』

 

「あ、はい」

 

 老人らしき白い塊の発言を軽くスルーし、悟は考える。

 考えられるということは脳が存在するはずだ。老人の白い輪郭が見えるのであれば、視覚が失われていないことになる。

 ならば最悪ではない。死んだとしても手も足も出ない状況ではないだろう。

 

「えっと、それで、あの、お……私に何か御用ですか、神様さん?」

 

『妙な呼び方じゃが、まぁいいじゃろ。では鈴木悟よ、異世界へ転生させてやろう。ついては神の恩寵を授ける。何か希望はあるか?』

 

 異世界に、転生。

 なんとも疑問ばかりが募りそうな単語である。ただ、元の世界に生き返るよりはマシな提案に思えてしまうのは、疲労がたまっていたからであろう。

 無論、異世界とやらがデストピアでなければの話だが。

 

「いきなり死んだと言われて、次に異世界へ転生ですか? 話が急過ぎる上に、神様に何の得があるのでしょう? 私に恩寵とやらを授けていったいどうしようと?」

 

『ああ、儂はたまに人間界へ降りるのじゃが、そのとき目に付いた死者を異世界へ転生させておる。え~、お主の記憶から適切な言葉を借りると──“ガチャ”じゃな』

 

「は? ガチャって、あのガチャ?」

 

『そうそう、厳密にいうと“無料ガチャ”じゃな』

 

 なんだそれ。

 鈴木悟の感想はシンプル。加えて、からかわれているのではないかとの疑念が一つ。

 ついでに有料ガチャがあるのかツッコミたくなる。

 

「はぁそうですか。でしたら残念でしたね。あなたが引いたガチャはハズレですよ。課金するべきでしたね」

 

『ふははは、ハズレかどうかは転生した先の行いで決まろう。授けられた恩寵を自分の力だと思い込んで傲慢に振る舞ったり、不自然に惚れてくる異性を集めてハーレムを形成したり、わざと元の世界より低い文明に転生させていることにも気付かず、己の知識をドヤ顔で広めたり、自身の力だけでは実現不可能であることも忘れて、周囲の賛美を前に「またなんかやっちゃいましたか」とほざいたり──とまぁ、色々とな』

 

「な、なんか、ボーナスを全て注ぎ込んだ課金ガチャを思い出しました。ウルトラレアを引くのは……大変、ですよねぇ」

 

 複雑な心境を吐露したような神様を前に、悟もため息が漏れる。

 無料だろうが課金だろうが、最終的に重要なのはやはり運だ。世の中にはランチの金額だけで、“願い事を叶えてくれるという貴重な指輪”を当てる者もいる。

 しかし、それならば──と悟は思う。

 神様が引いた“鈴木悟”はハズレなのか、ウルトラレアなのか、と。

 

「はは、今後の行いで価値が決まるガチャとは面白いですね。なんだかやる気が出てきましたよ」

 

『おお、それは重畳。それで、授けて欲しい恩寵はどのようなものにする? 儂のお勧めとしては、生前のゲームで用いていた能力じゃが』

 

「ゲーム、の、能力? ですか?」神様が使う単語としてはガチャ並みに不自然だ。どこの世界に、神の恩寵をゲームに転用するヤツがいるというのか? 祈りを捧げる信者たちもビックリであろう。

 

『実を言うとな』輪郭だけの白い老神は、髭を撫でるような仕草で語りはじめる。

『少し前までは無形の恩寵や奇跡を授けていたのじゃがのう。使いこなすのに多くの時間と経験を要してしまい、まともな行動を起こす前に死ぬことも多かったのじゃ。せっかくの転生が無駄、というわけじゃな』

 

「は、はぁ」そんなものなのかと悟は困惑する。

 

『だがの、ゲームの能力に変換して授けると、こりゃまたビックリ! 異世界へ渡って数秒で完全に使いこなすのじゃよ。おかげで転生者の生存率は飛躍的に高まった──とはいえ、弊害もあるのがのう』

 

 神様の裏事情など聴いていいものかと思いつつも、悟は「はぁ、弊害ですか?」と会話を続けてしまう。

 

『はっきり言うと“慢心”じゃな。授けられた力が神の恩寵であることを忘れて、己の実力であると思い込んでしまうんじゃ。無論、個人差はあろうが、たいていの者らは朝日を百回見る頃になると、己の努力と才能による“力”であると認識し始める。ほほ、面白いじゃろ?』

 

 じゃろ? と言われても、ああそうですか、としか言えない。

 そんな話を聴かされても、自分の場合はどうすればよいのか? 慢心しないために生存率が下がるような愚行を犯せというのか? それとも、生き残るためにゲームの力を授かるべきなのか? でもまぁ、死んでいる現状よりはマシなのだろう。

 

「えぇ~っと、それでは神様。私の場合はどのようにすれば?」

 

『ん? 面倒じゃからゲームの能力でいいじゃろ? お主はゲームしながら死んだんじゃから、他に選択肢はなかろうが』

 

「ああ、そういえばユグドラシルをしながら死んだのでしたね。あはは、ではゲームのアバター、モモンガでお願いします」

 

 ゲームしながらの死亡、という情けない死に方に膝を落としたくなるが、今は唯の白い光なので何もできない。

 ただ反射的に「モモンガはアンデッドですけど、大丈夫なのですか?」と口から零していた。

 

『アンデッド? ん~、それは困るのぅ。死して転生させるのに、その先が死者とは……。ぬぅぅ、お主には悪いが転生は人間の姿とさせてもらおう。じゃが、能力はそのまま使えるようにしておく。姿も変身できるようにしておこう』

 

「へ、変身って。いやそれより人間の姿って、私の? ですか?」

 

『人間と言っても、異世界で造り上げた肉体じゃ。そうせんと魔法も使えんし、経験を積んでの能力強化もできんからのぅ。それに今の肉体のままで“転移”すると、異世界の細菌やウィルスと混ざり合って謎の病原体が出来上がるだけじゃし。まぁ、抗体などを備えたこの世界対応型の人間モドキに、そなたの意識を入れ込む感じじゃな。ちなみに、転生なら赤子でよいと思うかもしれんが、輪廻の外から送り込むと無関係の魂を弾いてしまう。それは流石に酷かろう?』

 

 説明されてもよく分からないし、悟の言いたかったことは能力や転生内容に関してではない。

 外見である。

 自分の外見に自信があった訳ではないので、せっかく転生するのであればちょっとイイ感じに盛ってほしかった──とまぁ、それだけなのだ。

 

「はぁ、ではお任せします」

 

『ふはは、そんなに悲観しなくともよいぞ。転生先は剣と魔法でモンスターと戦う、ファンタジー感満載の楽しい異世界じゃ。それにお主と同郷の者も何人か送っておいたから、上手くすれば出会えるかもしれんぞ。まぁ、転生させた時代は最低でも百年ほど違うが……』

 

「(百年って、それ無理だろ)」と小さく呟きつつも、悟は奇妙な事実に驚愕する。

 

「え? ちょっと待って下さいよ。私以外にも転生させるってことは、ユグドラシルをしながら死んだ人が他にも居るって──」

『いや、ゲームをしながら死んだのはお主だけじゃ。他はトラックに轢かれたり、トラックに轢かれたり、トラックに轢かれたり、トラックに轢かれたり、轢かれたと勘違いしてショック死したり、ナイフで刺されたり銃で撃たれたり、突き落とされて電車に轢かれたり、過労死したり、と様々じゃな』

 

「なんて色とりどりの死に方……。いやそれより、トラックに轢かれ過ぎだろ!」と呆れながらも、悟はゲームしながら死んだのが自分だけであることに頭を抱えたくなっていた。

 元の世界ではニュースになるかもしれない。もちろん、失笑される小さなネタとして。

 ただ、脳内ナノマシーンの安全性に問題を提起することになるだろうから、ユグドラシルの運営には少しばかり謝っておきたい。

 今はもう白い光の塊であるが故に、どうにもならないが。

 

『ふむ、では最後に……。異世界へ持っていきたい物はあるかの? 要望は何でも聴くぞ。儂は神だからのぅ』

 

「な、なんでも、ですか?」

 

『ふほほ、手のひらサイズの通信端末なんかも問題ないぞ。ああ、ゲームキャラの所持品は恩寵の内じゃから、その他に要望があれば──だがのぅ』

 

 ふと、悟は考え込んでしまう。

 生活していたアーコロジーには、己の理解を超える原理不明のテクノロジーが無数に存在していた。そのどれかを持ち込めるのであれば、異世界の暮らしも快適なモノになるだろう。

 スチームバス、空気清浄装置、冷蔵庫、複合携帯器、そしてテレビなど。

 だが同時に、快適とは言い難い感情も湧き上がってしまう。

 社畜生活の名残を持ち込みたいのか、と。

 

「ひとつ、確認したいのですが……。中身空っぽの器だけ、ってことはないですよね」

 

『ふはは、用心深いヤツじゃのう。複雑な電子機器であろうと完璧に再構築して、異世界でも使えるようにしておくぞ。まぁ、燃料は魔力にさせてもらうがの』

 

 自信満々の即答からして、神にはたいした手間でもないのかもしれない。

 それならば──と悟は持っていきたい“想い入れのあるモノ”を神へ提示し、異世界への旅立ちを受け入れた。

 

『よろしい。では鈴木悟よ。異世界で思うがままに生きるがよい。その生き様が儂にとってハズレかどうか、じっくり楽しませてもらうとしよう。あぁそれと、お主の要望である“ナザリック”なるモノは、向こうの世界で引き渡す。どんなモノかは知らんが、世界の記憶から完全に同じモノを創り上げるので、安心するがよいぞ』

 

「ありがとうございます、神様。異世界がどのような場所か分かりませんけど、楽しく過ごしてみたいと思います。それでは」

 

 特に向かうべき扉がある訳でもないので、一歩を踏み出そうにも方向すら不明だ。それに踏み出す足も無い。

 だけど、己の存在が薄れていく感覚だけは如実であった。

「おおぉ、これが異世界転生なのか」とちょっぴり喜んでしまう自分が怖い。現実世界の鈴木悟は死んでいるというのに、悲壮感など皆無であり、これからの転生生活に期待さえ持ってしまう。

 それに、神様に頼んだ“持って行けるモノ”。

 本当にそれが可能であるのなら、異世界ではお約束とも言える“無双”が可能となる。そう、世界征服すら実現できるのだ。

 

「ああ、本当に楽しみだ」

 

 鈴木悟は小さく呟くと、白い光の中へ消えていった。

 後に残るは白い空間。

 広いのか狭いのかもよく判らない、微かに発光している空虚な世界。

 

 かくして、鈴木悟は死亡した。

 死因は心臓麻痺。

 DMMORPGというゲームプレイ中の病死であった。

 彼の死はフルフェイスヘルメットにより通報され、録画されていた映像から不審な点は無しと処理された。訃報がニュースに載ることはなく、遺体は事務的・機械的に処分。数時間後には、彼の存在など誰も気に留めず、管理データの一部に数値として残るのみ。

 無論、彼の魂が異世界へ渡ったことなど誰も知らない。

 現実世界で生きる者たちは誰も……。

 

 

 ◆

 

 

 異世界転生なんて言われても、たいして気にするようなことではない。

 森の中で目覚めるのも、空気が美味しいとか思うのも、汚染されていない大地ってこんなものかと感心するのも、いまさら語る必要もないだろう。

 ただ、人間の姿で豪華な神器級(ゴッズ)ローブを着込んでいるのだけはいただけない。

 馬子にも衣装、なんて口が裂けても言えない状態だ。

 似合っていないにも程がある。

 中年サラリーマンがいったい何のコスプレをしているのか? と笑われる前に困惑されること間違いなしである。

 

「はぁ、でもまぁ、便利といえば便利だなぁ」

 

 分不相応なローブに関しては仕方なしとして、恩寵の方を確認する。

 魔法やアイテムボックスについてだ。

 強い日差しが枝葉に遮られて丁度いい塩梅になっている森の中で、軽く魔法を唱えては、闇の中から見覚えのあるアイテムを取り出してみる。

 

「おお、飛べる飛べる」

 

 〈飛行(フライ)〉の魔法だ。

 地上数十センチのところを、ふよふよと魔王のごときローブを着込んだサラリーマンが漂う。

 実に奇妙である。

 

「アイテムは……、ユグドラシル最終日のままだなぁ」

 

 取り出したものは、貴重品枠の中に入れてあった小箱だ。

 三重の鍵がかけられており、盗賊スキルをコンプリートしたカンストプレイヤーでも手を焼くほどの宝箱である。

 

「ふふ、よかった。ちゃんと残っている」

 

 箱の中に見えるは数冊の書物。

 著者の一人はギルドメンバーの“ぷにっと萌え”。モモンガこと鈴木悟だけにこっそりと手渡した秘蔵の書物、“誰でも楽々シリーズ”の作者である。

 だが、“悟”が手にしたのは“ぷにっと萌え”の書物ではなかった。

 もう一人の著者が書き上げた、呪いの品とでもいうべき怪書。

『己の妄想を詰め込んだ』と声高に宣言していた傑作にして十八禁──その名も“誰でも楽々異世界ハーレム術”。

 エロゲー・イズ・マイライフこと“ペロロンチーノ”の、誰にも見せられない最悪にして最高の書物である。

 

「まさか役立つ日が来ようとはっ!」

 

『モモンガさんが異世界に転移したときにでも使って下さいよ』との冗談と共に預けられた書物は、辞典のごときぶ厚さと重量で悟の二の腕を刺激し、奇妙な輝きをもって──足を踏み入れてはいけない別世界への扉を開く。

 

第一章 「異世界での心得」

 基本は偉そうにすること。

 相手が命の恩人であっても、アンタ呼ばわりでタメ口。

 上から目線で、常にイキるべし。

 王様が目の前にいても頭は下げない。

 強気に出てくる奴がいたら、神様から貰った恩恵を自分の力であるかのように振る舞ってぶちのめそう。

 

「え~っと、頭がオカシイのかな?」

 

 速攻で本を閉じ、木々の生い茂る深い森を見上げる。

 遠い昔友人であったペロロンなんとかさんは、不治の病にでも掛かっていたのかもしれない。残念な人だとは知っていたけど、これほどとは。

 

 自分のことは棚に上げ、悟は役に立ちそうにない書物を片手にため息を吐く。

 

「まぁでも、他にやることないし、読むだけ読んでみるか」

 

第二章 「ヒロイン」

 異世界へ行ったら、そこが森であれ街中であれ、ヒロインが登場する。

 もちろん主人公好みの異性であり、都合よくピンチに陥っている。

 危険な場所で薄着だったり、ミニスカートをひらひらさせていたりするけど気にすんな!

 とにかく助けよう。

 助けたら無条件で惚れてくれるし、異世界の案内役も務めてくれるぞ。

 なんてご都合主義! 神様最高!

 んじゃ、ハーレム要員第一号確保だぜ!

 

「……第一号って、二号が登場する前提? ペロロンさん、エロゲのやり過ぎな──」

「きゃああぁぁ──!! 助けて──!! 誰かー!」

 

 森の奥から、いや外縁側かも知れないが、助けを呼ぶ女性の声が轟いた。

 声質からすると若い女性であろうか? 隠せていない色艶から察するに、大人の女性かと思われる。

 

「マジかっ?! タイミング良過ぎだろ! って感心している場合じゃないな。とにかく助けないと!」

 

 ゲームで言えばチュートリアル、一種の強制イベントみたいなものかもしれない。だけど行く手を遮る枝葉の感触や土の踏み具合から、現実的な緊張感が押し寄せてくる。

 流されるように女性の声が聞こえてきた方角へ向かうが、助けを呼ぶということは、近くに危険な何かが居る、もしくは有るということだ。

 助けられないほどの危機──なんて状況に出会ったらどうすればいいのだろう?

 

 悟は不慣れな森の中を“死の支配者(オーバーロード)”の身体能力でゴリ押ししながら、異臭漂う広い空間へと走り込んでいた。

 

「だ、大丈夫ですか!? いま助け──」

「ぐぎゃああああああぁぁああああぁぁ!!」

「あぁ! ありがとうございますぅ! モモンガさまぁ!!」

 

 振り抜かれる巨大な斧頭を持つ武器(バルディッシュ)。緑色の微光が軌跡を描く。巨人のモノかと思われる生首が空を飛び、奇妙な色の鮮血が周囲の樹木を染める。

 場に撒き散らされているのは巨人の肉片であろうか? ピクピク動いていて気持ち悪い。

 

 一見すれば、あまりに凄惨な現場だ。とても直視できるものではない。

 だが悟は目を離せない。広場の中央で、“頭を失いながらも再生しようとしている巨人”の背を踏みつけている女性から。

 飛び込みたくなるほどの大きな胸──は好みだ。

 純白のドレスが映えるスタイル抜群の成人女性──もドストライクだ。

 一本一本が芸術品かと思える黒檀のごとき長い黒髪──もイイよね、っとペロロンに語ったこともある。

 神すら嫉妬する美しい顔──は誰だって大好きだろう。

 頭に生えた二本の角──は、……ん?

 身体を隠せるほどの大きな黒い翼──は、え? なにそれ?

 

 結論として、悟は『どこかで見たことのある女性だなぁ』と名前を思い出すことを拒否していた。

 

「モモンガさまぁぁああ!! 助けてくださってありがとうございますぅ!!」

「だあぁぁあああ! ちょっとまてぇぇ!! 〈次元の移動(ディメンジョナル・ムーブ)〉!」

 

 〈次元の移動(ディメンジョナル・ムーブ)

 第三位階の短距離転移魔法。

 一般的には、間合いを詰められた魔法詠唱者(マジック・キャスター)の逃走用。

 あるアダマンタイト級冒険者の“美姫”などは、相手の背後に回り込むために用いたと言われているが真偽は不明だ。

 なお、どこかの“守護者統括”から逃げる場合にも有効である。

 

「どうして逃げるのですかぁ?! モモンガ様!」

 

「怖いからだよ! てかなんで此処にいるんだアルベド!?」

 

「もちろんヒロインだからですわ! さぁ、ヒロインのピンチを救ったのですから子作りいたしましょう! すぐそこの洞窟に簡素ではありますがベッドを用意しております! ああ、心配は無用ですわよ。モモンガ様は天井のシミを数えているだけでよいのです。全てはこのアルベドにお任せをっ!」

 

 ギンッという効果音が聞こえそうなほどに見開いたアルベドの瞳は、完全に獲物を狙う野獣のソレだ。

 この場合、獲物は“モモンガ”こと“悟”なのだろう。

 ほんと異世界転生主人公はモテて困る。

 

「すとぉぉぉおっぷだアルベドォ! 異世界で初めて出会ったヒロインとその日にやっちゃう主人公はいないの! 精々中だるみしそうな中盤以降に、盛り上げイベントとして出てくる程度なの! ペロロンさんの秘伝書にもそう書いてあるの!!」

 

「んぐっ、“至高の御方”の秘伝書にそのようなことが……。失礼いたしましたモモンガ様。では小作りに関しましては、『中盤』となるまで現状維持とします。ですがその時になりましたらモモンガ様、幾晩でも精魂果てるまでまぐわいましょうね!」

 

「うっ」

 

 語尾に巨大なハートマークが見えそうなほどのアピールに、悟は軽く頷くことしかできない。もちろん目線は外している。まともに見るには怖過ぎるのだ。

 

「え、え~っと、それでアルベドは何をしていたんだ?」

 

「はい、私は“ヒロイン”なので、モモンガ様に助けてもらえるよう森の中でモンスターに襲われておりました」

 

 襲っていたの間違いだろ、と突っ込みたいのは山々だが、それはそれ。

 聴きたいことは他にも山ほどあるのだ。

 どうしてナザリックのNPCが生き生きと動いているのか? 異世界に居るのか? “悟”の姿をしている人間の己を、どうしてモモンガと呼ぶのか、呼べるのか?

 

 でもまぁそれより、どうしてお前がヒロインなんだ?! と声を大にして問いたい。いやマジで!!

 



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