田中謙介プロデューサーの回想するアニメ艦これ
久しぶりに『艦これ』のアニメの話をしましょうか?
「このタイミングでですか? 来年に劇場版が公開、二期も並行して制作中、ってのが決まってるんでしたっけ」
今だから、ということもないけど、最近は人と会うたびに話を聞かれることが続いていてね。
特に、アニメが終わってから田中Pがインタビューに出ていたことを意外とみんな知らないようなんだ。
「アニメ終了後のインタビュー記事というと、『Newtype』の……、5月号でしたか」
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そう、それだ。
けっこう重要なことがいくつか書かれているんだけど、アニメ版の評価をするなかで、この記事があまり参考にされてないと感じていてね。だから相手に説明してみると、なかなかウケがいい。
「それで、どんな話をしたんですか?」
田中謙介プロデューサーと、集団制作
要点はふたつある。
ひとつは、アニメ版の感想を聞かれた田中Pが、アニメは大きな集団制作だなあ、と第一声で答えているんだ。スタッフらのイメージする『艦これ』の空気がそれぞれあって、結果的にキャンディ・アソートのような楽しさがあったと思います……と。
オブラートに包んで言ってるが、次のアニメではこういうのよりも、もう少し同じ空気感の艦これを見てみたい、でもぜいたくな希望かもしれません、とも付け加えている。
「各スタッフの意思統一ができてなくて、イメージもバラバラで一致してなかったってことですかね」
それは視聴者がみんな言いたいところだと思うんだけど、田中Pもそこはやんわりと認めるんだなあと。
で、次回はイメージを一致させたい、というだけのことを『ぜいたくな希望かもしれません』で締めくくるというのが、『大きな集団制作』に対する無力感、諦めのようなものが……。
「でも田中Pもゲームの開発者でしょう? 集団制作なら今までも経験していたのでは……。あ、『大きな集団制作』って、『大きな』を付けて区別してるのはそのせいか?」
プロジェクトの大きさ的に、ゲーム開発のようには意思統一しきれなかった、ということかもしれない。
あと、ゲームよりTVアニメは納期がキツいってことも調整の難しさに関係しそうだけど。
「艦これは特に、イメージの共有が難しい作品でしょうからね」
だからこそ、その共有にこそ時間的コストを注ぐべきタイトルだとも言える。
田中謙介プロデューサー、本来のコンセプト構想
次に、田中Pが『艦これ』のテーマというか、コンセプトを説明してる部分があるんだ。これがね、ちょっと一読しても意味が取りづらいような話し方になっている。
「というと?」
具体的には、ラストのMI作戦攻略に絡めてこういうことを言ってるんだ。
「艦これ」で言う「MI作戦」というのは、もちろん史実であった「ミッドウェー作戦」をそのモチーフとしています。
アニメでは、その悲しい記憶をどこかに宿した艦娘たちが、提督と自分たちの力で運命を乗り越えて「未来を変えていく」という筋立ては当初からの基本線で、そこは変わっていません。また同じ悲劇を繰り返すのかと絶望的な気持ちになったとき、前向きに努力を重ねた「吹雪」がキーとなって、状況や皆の気持ちに変化が生じて、自分たちで未来を変えていく。
「そこまでは理解できますね」
続いて、ゲーム版も含めたコンセプトの話へと展開する。
「忘れない」「でも未来は変えていける」それは、ゲーム本編、そしてアニメ版「艦これ」共通のメッセージにしていけたら、と思っていました。
「艦娘」のモチーフとなった出来事、そして失われた艦や人たち。それを忘れない、という思いが原点ですね。最後の最後まで頑張って、しかし絶望のなかで沈んでいった、失われていった思いの先にある未来、それが「今」なわけで。
その未来は変えていけるのだと。そんなことを「艦これ」をプレイした提督の方の何人かが感じていただけたら、それ以上の幸せはないです。アニメ「艦これ」も、表現や内容は違えど、そんな思いを表現しようとしていることは同じだと思います。
「ふむふむ……?」
理解が難しくなってくるのは、ここからだ。
アニメ「艦これ」のテーマは一見「史実の克服」のように見えますが、そうではなくって、物語全編を見ると「未来を変えていく」という軸がその水面下にはあったのだと思います。つらい過去があったとしても、未来は変えていける。
前向きな積み重ねで、いつか変えていける。希望のような思いを、吹雪や赤城に託して描きたかったのだと思います。
「え……? 『史実の克服』ではなくって『未来を変えていく』なんだ、って……どこが違うんですか? 運命を乗り越えて、MI作戦に勝つことが『未来を変えていく』だって言ってましたよね?」
そう思うでしょう。でも田中Pとしては、その両者ははっきりと分けられていることのようなんだ。
このインタビュー記事自体は、雑誌の2ページぶんもないボリュームしかないから、謎かけみたいな説明になっているが……。
だから田中Pが、別の原稿ではどういう意味でその言葉を使っているのか、というのを見ていく必要がある。
『未来を変えていく』というニュアンスの言葉は、私が知るかぎりでは、『海上護衛戦』(角川文庫版)に寄稿された解説のなかで使われている。
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田中謙介プロデューサーと、『海上護衛参謀の回想』
「よくお勧めしてる本ですよね」
よくも悪くも、田中Pが『艦これ』をどう考えているのか? を知る上では必読の本っていうところです。きっと座右の書なんでしょうね。
かつては『海上護衛参謀の回想―太平洋戦争の戦略批判』というタイトルでも出版されていた。戦後に記された批判的な戦記の例に漏れず、『巨大な組織の陥る、愚かな判断』が切実に表現されていて、かなり面白い。
巨大な組織といえば、さっきの『大きな集団制作』発言を思い出して、つらさもこみ上げてくるけど……。
ともかく、田中Pは解説のシメにこう書いている。
現在と過去、そして未来は、繋がっていると思います。
先の大戦の中で、また海上護衛戦や商船隊で亡くなられた数多くの人達の魂が安らかでありますようにお祈りいたします。
過去を変えることはできませんが、現在、そして未来は、変えていけると信じます。
「この解説は通して読むと、かなり泣かせますよね。ぼくは好きだなあ」
ここで『未来は変えていける』というキーワードが登場している。その対なのが『過去を変えることはできない』という言葉だ。
『過去』というのはもちろん、先の大戦という(敗戦の)史実を指しているわけだが、変えるべきなのは『過去』ではなく『未来』なのだ……、という考え方を田中Pは基本的に持っている。
『史実の克服ではない』、と否定しようとするのはそのためだろう。
「うーん、でも物語としてはミッドウェー海戦に勝って終わりますよね? それがどう『史実の克服ではない』に繋がるんですか」
そこは妙なところなんだ。ミッドウェーに勝って運命を変え、そして悲惨な敗戦を免れるにしても、それは史実という『過去』の、上書きにすぎないことだから……。
田中Pの言う『今』『未来』とは、あくまで終戦後の『今』の話であって、仮想戦記的な『あの時こうやってれば勝てた、負けなかった』というifの克服とは、相性が悪いテーマのはずなんだ。
「if戦争っぽいアイディアは『Newtype』のインタビューにも載ってましたね。ミッドウェー海戦で空母の防空が強化されていたら、攻撃目標を分散せずに絞ることができていたら、大和が後方に居座ってなくて合流できていたら……とか」
- 第12話より
あと『大鳳の建造が間に合っていれば!』なんていかにも仮想戦記的な、『if=たられば』の勝利フラグだろう。
だから田中P自身も『アニメ「艦これ」のテーマは一見「史実の克服」のように見えます』という印象で捉えている。
「その後に続くのが、『「未来を変えていく」という軸がその水面下にはあったのだと思います』で……。少し歯切れの悪い言い方ですよね。『水面下には』あったのだと思います、か……」
思うに、田中Pはそのコンセプトをアニメでうまく表現するイメージができていなかったのか、企画会議で各スタッフにうまく伝えられなかったんじゃないかと思うんだ。
対照的に、自ら原作を手がけている『いつか静かな海で』というコミカライズ作品では、なるほど、未来を変えていくとはこういう意味か……、と納得できるコンセプトが提示されている。
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そう。ただ、艦娘たちに『自分は護衛艦に生まれ変わる』という自覚がはっきりあるわけじゃないから、自衛隊ネタという点にはこだわらなくていいんだと思うけどね。
重要なのは、『いつかこの戦争が終わったら(この戦争とは違う方法で)平和な海を護りたい』という願いを艦娘たちが抱いているという、その心理描写の方だと言えるだろう。
1巻p60-61 駆逐艦・響
1巻p94-95 戦艦・金剛*1
2巻p48-49 水上機母艦・千代田
2巻p102-103 軽巡洋艦・神通
「確かにこういうページの描写があるだけでも、そのテーマは充分に伝わってきますね」
これらの想いが海上自衛隊の同名艦*2に受け継がれることを示唆している、というのは海上自衛隊マニアだけに伝わればいい話でもある。
なんなら人間に生まれ変わって平和活動に従事してもいいんだからね。自衛隊と無関係でも成立するストーリーだ。
『海上護衛戦』の解説からも窺えることだが、思想的に分類するなら田中Pははっきりと非戦論者だと言える。
しかし彼は旧海軍ファンであると同時に、海上自衛隊ファンでもあるからこういう漫画を作ってみようとしたんだろう。
「『いつか静かな海で』にクレジットされている『C2機関』というサークルは、自衛隊の同人誌も出してたんですっけ」
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日本海軍の鎮守府跡を取材した同人誌「ちんじゅふ。」や、食べ物系同人誌「このお漬物め! 」「カレーにするぅ?」などで知られる大人気同人サークル「C2機関」。
そのC2機関が発行した、自衛隊をテーマとした同人誌「そうかえん。」「かんかんしき。」「くうじき。」が一冊にまとまり、「りくかいくう。」として発行されます。
田中Pは『いつか静かな海で』の物語を、『万人受けするものじゃない』『100人中3人でも、心に響いてくれたら』と控えめに語っていたそうだが、『護衛艦の平和利用』というものへの希望が強い人なんだろうと思う。
つまり率直に言ってしまえば、『護衛艦はたくさん*3作ってほしい、でも一隻も戦争に使ってほしくない』、というのが軍船/護衛艦フリークである田中Pの気持ちなのだろう。
「それは解ります。っていうことは、そういう未来を想像させるようなストーリーにアニメでもしたかったと?」
だと思うんだ。それも、自衛隊の話とは無関係にね。
だが、それは田中Pが水面下で望んでいただけで、アニメの映像にうまく反映されなかった……、というのがあの画面のちぐはぐさに繋がっていたと考えられる。
さて、じゃあどうすればそれを表現できたのか? というのが問題となる。
思うに、『一見して史実の克服のように見えてしまう』理由から解決していくべきだ。なぜだと君は思う?
「うーん、さっき言ってたみたいに、いかにも仮想戦記っぽいってことですよね」
その通りだ。まぁ仮想戦記全般がそうというわけでもないと思うんだけど、『こうやったら勝てた、負けなかった』というのは、戦争を過去の知識として知っているからこそ言える話だよね。
敗戦から教訓を学ぶのはいいが、歴史を遡って再チャレンジするというのは、現実的にあってはならない『if(もしも)』だと言える。
第一、これはゲーム版の『艦これ』でもそうなんだけど、何度もチャレンジを続けて『正解』を見つけるというループ構造の解決法は、いわばチートでやる戦争であって、そんな戦争はどこにもない。
それに『正しいやり方なら戦争に勝てる』という考え方をしていけば、むしろ非戦論から遠ざかってしまうだろう。それは田中Pがもっとも見たくないものじゃないだろうか?
むしろ『負けた戦争を勝てるまでやり直したい』とでも言うような、執着心になってしまうからね。
そこで、ただの『史実の克服』にならないよう、ゲーム版の『艦これ』がどう配慮しているか……、そのゲームシステムに注目してみる必要がある。
艦これ――『艦隊これくしょん』というゲームの目的はなんだと思う?
「タイトル通りに受け取れば、艦娘のコレクションですよね。イベント海域でも、海域のクリアやボスの撃滅というより、新規艦のコンプリートがユーザーの勝利条件になってる気がしますし」
そうそう。さらにもうひとつ挙げられる。『育てた艦娘をロストしない』という目的だ。
単に図鑑(艦娘のカード)を埋めるだけなら、入手済みの艦娘を使い潰したっていいんだからね。
だが、艦これの開発側は、この『艦娘のロスト』という現象をユーザー側が全力で避けるよう、巧妙にコントロール、誘導しようとしている。
「轟沈のシステムですね」
ゲーム版における轟沈は、プレイ中のケアレスミスによって非常に発生しやすいように設計されている。ただしそれは、現状において『偶発的に発生するものではない』ことが明らかにされたシステムだ。
不可抗力や強力な敵によって引き起こされるものではなく、あくまでもプレイヤー(提督)の判断ミスに責任が集中するように作られてるんだ。
「誰かが轟沈報告したら、まず『無能提督』ってみなされるくらいですしね。逆に言えば、慎重にプレイしてさえいれば確実に轟沈を避けられるゲームにもなってるんですけど」
でもそれって、戦争シミュレーションゲームとしては不自然だとは思わない?
だって戦争というものは、戦術的勝利と戦略的勝利があり、大局的な目標のために自軍の損耗も勘定に入れながら行うものだ。
つまり『ここで突っ込めば戦略的勝利が得られる』=『ここで突っ込まなければ戦略的勝利を取り逃す』というシチュエーションにおいては、戦術的な敗北――戦争過程における犠牲も肯定されうる。
大抵の戦略SLGにおいても、自軍ユニットの扱いというのはそういうものだろう。
こうした戦争観については、田中P自身が『栗田ターン』について語っているインタビューを参照してもいい。
4Gamer:
私も最初,知人に勧められたときは,「ああ,また萌え系のゲームかな」と思っていたのですが,遊んでいるうちに,これはどうもそれだけじゃないぞ,と。それで「進撃」と「撤退」が何を抽象化してプレイヤーの体験にしているかに気がついたとき,これは本当に凄いと思いました。
実際,「艦これ」のお陰で,俗にいう「栗田ターン」(1944年に行われたレイテ沖海戦において,栗田提督が率いる艦隊がなぜか途中でレイテ湾への突入を回避した事例。「謎の回頭」とされる)が再注目されましたよね(笑)。
田中氏:
「艦隊これくしょん -艦これ-」はいかにして生み出されたのか。その思想から今後のアップデートまで,角川ゲームスの田中謙介氏に語ってもらった - 4Gamer.net
栗田ターンは,史実として考えると「いったい何やってるんだ! すべての犠牲を無駄にして! ありえないッ! 俺だったらッ!」となりがちですけれど,「艦これ」を遊んでいると「いや,ちょっと待てよ」っていう気持ちになる(笑)。“あの”栗田ターンが再考されるというのは,本当に面白いですね。
でも栗田ターンについて議論している人によく考えてほしいんですけど,あれは「艦これ」で言うと「あと3日くらいでサービスが終了する」というときに,ボス戦前なのに「撤退」ボタンを押すっていう選択ですからね?(笑)
「ああ、面白いですね。つまりゲームの艦これだと、道中で大破したから『撤退』を押したって再チャレンジができるけど、現実の戦争だとチャンスは一回きりだと」
そう、ゲーム版『艦これ』では『何度も再攻略できる』というシステムによって、『進撃』よりも轟沈回避のための『撤退』が最優先されるように作られているんだ。
田中Pが言うようなサービス終了直前……終了30分前とかね、それでも大破進撃*4は躊躇する、という人は多いんじゃないかな。
この『ボス到達前に大破したら即、撤退ボタンを押す』というルーチン作業は、『艦これ』というゲームのユニークな側面だし、大破撤退を選ぶごとに、『われわれは本当の戦争とは違う遊びをしてるんだな』という事実を噛み締められたらいいんだと思う。
「言い訳がましい『転進』でもなく、素直に『撤退』と言うのも潔いですね。撤退は恥じゃないんだという」
そこで、仮想戦記的な『史実の克服』はチートみたいなものじゃないか? という話に戻ってみよう。
この『轟沈しそうになったら絶対に撤退しなければならない』、しかも『轟沈の危険性は事前に判明する』という要素を加えた戦争は、果たして現実の戦争よりもイージーだと言えるだろうか?
「ううん……? リセットして再挑戦、てのができない条件ならキツいですよね。轟沈を避けるというより、『大破させられた時点で撤退確定』ってことですから。一隻でも大破したらもうアウト、という負け条件が加わってしまう」
そうなんだ。『艦これ』における戦争は、『犠牲の可能性を完全排除して攻略せよ』という、厳しいハードモードが大前提になっている。
回天、桜花といった特攻兵器を、運営のみならず艦娘自身も毛嫌いしているのはその端的な表現だね。
意図的な『轟沈戦法』も戦術として可能とされているが、そうしたプレイはユーザー間において非常に忌み嫌われている。
「だんだん理解してきましたけど、つまりアニメ版『艦これ』で欠けてるのってそこの表現なんですね? その……如月轟沈の後の演出が……という」
だと思うんだ。
如月轟沈の後で、視聴者の間では非難轟々のみならず、賛否両論もあったんだけど。むしろ見逃せないのは擁護側の主張だったろう。
擁護したい側*5の意見によると、『死が日常的な戦争においては、味方の死が軽く扱われるのはそれはそれでリアルなんでは?』という解釈をすれば納得できるよ、というロジックになっていた。
だがそれは、『艦これ』の基本コンセプトから最大限にかけ離れた擁護だというのは明白だろう。
「大事なフネのコレクションをバンバン轟沈させてでも続けるのが戦争なんだ! ということですからね」
百歩譲って、艦娘がそういう死に急いだ価値観を抱いているのはいいだろう。『死ぬまで戦わせろよ』と血気盛んなことを言う、天龍みたいなフネも実際にいるからね。
ただし、天龍のようなボイスにしたって、プレイヤー(提督)がその考えに反発を覚えるようゲームデザインされているわけだ。イヤ、お前を絶対に死なせるものか、バカを言うなと提督は考える。
そして艦娘たちへの責任が自分にのしかかる。『ほおっておけば死に急ぎそうな子たちだ』と思えるんだからね。
では、アニメ版の提督はどうだったろう? ……というと、致命的なことに何も語らないんだな。キャラクターとして登場させられないから。
言伝ての形で秘書艦(長門)が代弁するシーンはあるが、『二度とこんなことは起こさない』『絶対に繰り返させない』といった悔恨を伝えるということもないし、ストーリー上の行動でもそんなことを考えている素振りはない。
「まぁゲーム版の提督にしたって、誰でも一度は轟沈を体験すると思うんですよ。それで轟沈システムの詳細を学習して、『二度とこんな思いはまっぴらだ』と誓うことに意味があるという……」
そうだね。アニメ版のスタッフは、田中Pともども『轟沈する回は必要でしょう』と判断したそうなのだけど、それはゲームのプレイ体験との同期性を狙ったからだろう。
ただし演出として、轟沈後の感情の処理が、ユーザーのプレイ体験とは逆方向になってしまっていた。さっき挙げたような擁護の意見が、かえってアニメ版の方向性をよく言い表している。
本来なら、如月の轟沈回から提督の戦略スキーマは瞬時に切り替わっているべきなんだ。むしろ、そうしたほうが新たなジレンマを物語にできる。
自分が沈んででも勝たなければならない! と想っている艦娘たちに対して、提督は『絶対にそれは許さない』という命令を徹底させなければならないんだからね。
さらに、アニメの世界はゲームじゃないから『再攻略(リトライ)』のチャンスがない。
史実でも惨敗に終わったミッドウェー海戦をですね、作戦成功を狙いつつ、なおかつ犠牲を一隻も出さない、という前提のもと、ワンチャンスのみで達成しなければならなくなる。
これはゲーム版『艦これ』をよく遊んでいる人ほど、針の穴を通すように難しいオーダーであることは理解できるはずだ。
「ああ。ゲームでも攻略情報をネットで下調べしながら出撃したからって、そうそう一発クリアとはならないですからね。『また大破撤退か……』『また羅針盤が逸れた……これはキツいぞ……』ってなる」
『史実の克服ではない』ということを伝えるなら、この、クリア条件の落差を作るべきだったと考えられるんだ。
チート情報やif要素で勝つだけの話なら、まぁ予定調和でなんとかなりそうだと思えてしまう。
「合理的に対策を講じて勝つよりも、『一隻でも轟沈しそうになったら終了』という縛りを強調していた方が、よっぽどミッドウェー海戦の無理ゲー感は伝えやすそうですよね。『史実だと空母4隻・重巡1隻も喪失してたのかよ』ってのは、ちょっと興味があればすぐ調べられますし」
もっと言うと、太平洋戦争のシロウトから見れば『史実の敗北をアニメではどう回避したのか?』っていう戦術レベルの差なんて理解できないしね。
ロジックを組んで勝つだけだと、なんとなくみんな頑張って、力を合わせたら死線を乗り越えたんだな、くらいにしか映らない気もする。
……というのが私が最近、よく人に聞かれていた『艦これ』アニメの話なんだ。
つまり、一隻も失わせない、大破したら即撤退するんだという、絶対条件を与えてアニメの最終決戦を描く。『それは無理ゲーだろう』とわかる形でね。
そして、大鳳が間に合ってギリギリ勝つ。これも『ありえない話だろうそれは』という展開なんだ。ゲームなら、史実の起工順も無視して高性能なフネを揃えてから決戦に臨むことが可能だけど、現実はそうでないからね。
ゲームやアニメだから、犠牲を出さずに戦争できてるんだ。
現実では、犠牲を出さない戦争なんてありえないし、兵器を犠牲にしたくないなら、平和利用か抑止利用の途(みち)しかない。そして艦娘たちも、未来で――『いつか静かな海で』――そんな存在になれることを望みながら生きる。
こうすれば『過去を忘れない』『史実の克服ではなく』『未来を変えていく』という、田中Pが本来見たかったアニメ版のストーリーに近付けられるんじゃないか、と説明していたんだ。
「それは……、そういうアニメなら、見てみたかったですね。『艦これ』のコンセプトを込めていたっていう、主題歌の歌詞にも合う気がしますし。EDテーマの、こことか」
強く 強く 想い紡いで
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感じて 明日(あした)を
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「『静かな優しい海へ、君へと届け』っていうのは、『今』の視聴者たちに『私たち艦娘の、明日への想い』が届け、という意味になるのかな……。でも、田中Pがアニメをそういう風にできなかったのは何故なのか、というのが気になりますね」
そこは結局よくわからないところなんだ。先述したように、本人に明確なビジョンがなかったせいかもしれないし、『大きな集団制作』ゆえの抗えない干渉や、ビジョンの伝えづらさがあったせいかもしれない。
それこそ田中Pが、アニメ制作バージョンの『海上護衛参謀の回想』を、詳細に語ってくれるまでは闇の中の話……ですね。
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