「結論から」「全体から」「単純に」考えるのがベースです(写真:Ushico / PIXTA)

いま人間が行っている仕事の多くが、飛躍的な発展を遂げているAI(人工知能)に取って代わられるだろうという話はよく聞く。この点について注目すべきは、学校や企業における「従来の優等生」が持つ資質や能力は、AIが最も得意とする領域であるということだ。

つまり人間は今後、その上流、すなわちそもそも解決すべき問題や目的を見つけることにシフトしていくべき。『入門『地頭力を鍛える』 32のキーワードで学ぶ思考法』(東洋経済新報社)の著者、細谷功氏は、そう主張している。

そのため本書には、そのような能力=思考力を身に付けるための入り口としての機能を持たせているのだという。思考力とは「自分の頭で考える」ことであり、テキストのようなものはあってないようなもの。だが、自ら考えるためにも最低限の知識は必要となるからだ。

そこで、ここでは「思考」に関する32に及ぶキーワードを厳選し、それぞれの【WHAT】【WHY】【HOW】を解説しているのである。

・ 【WHAT】そのキーワードの基本的な定義と意味
・ 【WHY】そのキーワードが重要な理由
・ 【HOW】そのキーワードの具体的な活用方法
(「はじめに」より)

それぞれのキーワードについてこの順序で話が進められていくが、今回はその中から、本書のタイトルにもなっている「地頭」に焦点を当ててみたい。

WHAT:3つの思考力と3つのベースの組み合わせ

地頭力の中心は、「結論から」「全体から」「単純に」考える3つの思考力。「結論から」考えるのが“仮説思考力”であり、「全体から」考えるのが“フレームワーク思考力”、そして「単純に」考えるのが“抽象化思考力”。

そして細谷氏は、この3つの思考力と、そのベースとなる論理思考力、直観力、知的好奇心とを組み合わせ、「地頭力」の全体像と定義づけている。

近年よく耳にするようになった「地頭」という言葉は、コンサルティング業界や人事の世界では古くから用いられていたのだという。例えば、「地頭がよい学生を採用したい」というような言い方がなされていたわけだ。

つまり、ここでいう「地頭のよさ」とは、「知識を詰め込んだのではなく、柔軟な発想ができて新しい分野にも短期間で対応していく力を持っていること」となるのだろう。言い換えれば、先に触れた「従来の優等生」とは正反対の能力である。


(出所)『入門 『地頭力を鍛える』 32のキーワードで学ぶ思考法』(東洋経済新報社)

とはいっても明確に定義づけられていたわけではなく、言葉の使い方は人によってさまざま。そこで細谷氏は上記の図のように「地頭力」をビジネスに必要な3つの知的能力の1つとして位置づけ、図の上半分「ビジネス(あるいは日常生活全般)に必要となる知的能力」を、以下の3つに大別している。

①「知識力」(業界知識や各種専門知識等)
②「対人感性力」(対人的な感情や心理を扱う能力)
③「地頭力」(自ら考える力)
(143ページより)

「頭がいい」という状態は、「物知り」(知識力)、「機転が利く」(対人感性力)、「地頭がいい」(考える力)の3つがあってこそ成立するということだ。

なお、この図においては「3つの知的能力」が単なる羅列ではなく、「3つの座標軸」という形で定義されているが、そこにも理由があるようだ。それは「地頭と知識力」および「地頭と対人感性力」に直接的な相関関係がない(ベクトルが直行している)ことを意味しているから。

つまりは3つの能力のうちの1つに秀でることは、他の能力と関係がないということだ。

WHY:知識力には限界があるが地頭力には限界がない

次に細谷氏は、地頭力に軸足を置く形で、これら3つの能力を比較している、そうすることにより、地頭力が求められる理由を明確にしていくためである。まず焦点が当てられているのは、地頭力と知識力との違いだ。


(出所)『入門 『地頭力を鍛える』 32のキーワードで学ぶ思考法』(東洋経済新報社)

知識とは過去に起こったことの集大成であるので、そこには正解が存在する。よってすぐに記憶を呼び戻すことができるが、そこには限界もある。簡単な話で、知識力は有限だからだ。

言ってみれば知識の世界で重要なのは「答え」。専門家が強みを発揮できるのがこちらの領域だということになる。

対する地頭力の世界は、細谷氏の言葉を借りるなら「未来志向」。正解やプロセスが1つに収まり切ることはなく、つまりは無限の可能性を秘めているということだ。

ここで注目すべきは、答えよりも問いが大きな意味を持つ問題発見の段階では、「自ら考える力」が重要だということ。だからこそ、時に「素人」のほうが力を発揮する場合も十分にありうるわけである。

言うまでもなく、日本社会においてこれまで教育やビジネスの現場で求められてきた価値観は「知識型」。そのため、ビジネス環境を思考力重視へと変化させるに当たっては、これが大きな阻害要因となってきたと考えられる。

次に細谷氏が焦点を当てているのは、地頭力と対人感性力との違いである。地頭力を対人感性力と比較すると、「地頭力を発揮するためにはある程度『性格が悪く』なる必要がある」というのである。

つまり、こういうことだ。

地頭力では一貫性(論理的であること)を重視するのに対して、対人感性力では相手の矛盾を許容することも大切です。

地頭力では「まず疑ってかかる」のに対して、対人感性力では「まず共感する」ことが求められます。また、地頭力では「批判的に考える」のに対して、対人感性力では「批判はしない」のが求められる姿勢だからです。(145ページより)

なお、これは地頭力と対人感性力との「使いどころの違い」にも表れてくるという。

一般的に仕事を進めていく場合、まずは頭の中で考えたり計画したりし、次いでそれを実行していくという流れになる。いわば川上から川下へという流れだが、このとき地頭力(=思考力)が求められるのは川上の場面だ。

また、頭の中ではクールに考え、実行に際しては必ずしも合理性や効率性にこだわらないという柔軟性も必要だろう。そういう意味では、「人間心理の矛盾」を逆手にとることで相手の心理や感情に訴えること、それが知的能力のうまい使い方だと細谷氏は言う。

HOW:「結論から」「全体から」「単純に」考える

話を戻そう。先の図「3つの知的能力と『地頭力』の全体像」の下側には、地頭力を構成する要素を定義しているのだという。

上の部分にあるのは、「結論から」考える仮説思考力、「全体から」考えるフレームワーク思考力、「単純に」考える抽象化思考力。そしてそのベースとして、論理的思考力(ロジカルシンキング)、直観力、知的好奇心の6つの要素があるということだ。

・ 知的好奇心

「既知のものと未知のもののどちらに興味を示すか」がわかりやすい知的好奇心の強さの目安です。

・ ロジカルシンキング

ロジカルに考えるというのは、思考力の基本中の基本です(が、それがすべてだというわけでもありません)。

・直観力

知識と経験はここで思考力と深く関連してきます。思考の基になるのが知識と経験であり、そこから出てくるのが直観です。

・ 仮説思考力

限られた時間と情報で仮の結論を導き出してみるという仮説思考は、特に変化の厳しい現代に求められる能力です。

・ フレームワーク思考力

「全体から考える」フレームワーク思考は、思考の癖を認識し、矯正するために有効なツールです。

・ 抽象化思考力

「単純に考える」抽象化思考は、具体→抽象、そして抽象→具体という「具体と抽象の往復運動」によって生まれます。
(146~147ページより)

地頭力とは、これら6つの要素を組み合わせることによって、「結論から」「全体から」「単純に」考える力だといえるのだそうだ。

ところで気になるのは「そもそも地頭は鍛えられるものなのか?」という問題だが、細谷氏はこの問いに対して「地頭力の定義による」と答えている。この質問をする人は、「地頭力は生まれつき持った能力である」という定義を前提としているように見えるというのだ。

「地」頭力という言葉の印象から、そのように捉える人がいるのも理解できる。しかし、本書における定義はここまでに書いてきたとおりだ。知識力と比較して「知識を組み合わせて新しいアウトプットを生み出すための考える力」ということであり、そういう意味では「地頭力を鍛える」ことは十分に可能だということ。

後天的なものがゼロである能力はほとんどない

一般的に用いられる「○○力」は、それが知的能力であれ身体的能力であれ、「先天的なもの」もあれば「後天的なもの」もあり、その比率はさまざま。とはいえ後天的なものがゼロである能力はほとんどないはずなので、そういう意味では「地頭力を鍛える」ことも十分に可能だというわけである。


細谷氏はもう10年以上、「人間の知的能力に対する問題提起」という課題に取り組んできた。その過程においては2007年の『地頭力を鍛える――問題解決に活かす「フェルミ推定」』(東洋経済新報社)をはじめとする著作によってそれを表現し、人間の知的能力がどうあるべきかという問いに対する考え方を示している。

そして、それら前著を読む前、あるいは同時に読んでもらいたいという思いを抱いて書かれたという本書は、思考(法)を学ぶための入門書なのだという。これまで明らかにしてきたさまざまなキーワードについて、簡潔にわかりやすくまとめているのである。

いってみれば、「考える」に至るまでのベーシックな知識を身に付けるための1冊なのだ。