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「あいちトリエンナーレ2019」がついに、崩壊し始めました!
出展中の海外作家9組が、自作品の展示を中止するよう実行委員会に申し出たのです!
すでに、3組の海外作家が展示を中止している中、この9組が加われば、一気に12組の展示が中止されるという前代未聞の事態となるわけです。
以下、東京新聞より引用します。
トリエンナーレ混迷 「不自由展」中止 作家の離脱拡大
https://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201908/CK2019081502000151.html
<さまざまなポーズをしたピエロが人気を集める
ウーゴ・ロンディノーネさん作「孤独のボキャブラリー」>
愛知県で開催中の国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の企画「表現の不自由展・その後」が中止となった問題に抗議し、芸術祭メイン事業である国際現代美術展に出展中の海外作家九組が新たに、自作展示を中止するよう実行委員会に申し出た。
既に米国の非営利報道機関であるCIR(調査報道センター)など、三組が展示を中止しており、辞退を表明した作家は、国際現代美術展に参加する国内外の六十六組のうち、二割近くの計十二組となった。実行委は九組と展示継続を目指し、協議中。しかし展示の目玉として紹介されている作品もあり、事業に大きな影を落としている。
新たに辞退表明した九組のうち、ウーゴ・ロンディノーネさん(米国)は多様なポーズをしたピエロの彫刻四十五体を飾った「孤独のボキャブラリー」を出品。作品は公式ガイドマップの表紙になっている。ピア・カミルさん(メキシコ)は、開幕セレモニーを彩った布の作品「ステージの幕」の作者。モニカ・メイヤーさん(同)は、ジェンダーを題材にした来場者参加型作品で注目されている。
作品は、愛知芸術文化センター(名古屋・栄)など、各会場内で大きなスペースが割かれており、撤去になれば混乱は必至。
この九組は、既に展示を中止した韓国の作家パク・チャンキョンさんとイム・ミヌクさんの二人と、キュレーター(学芸員)のペドロ・レイエスさんとの連名で英文の声明を発表。脅迫を受けて中止された不自由展について、会期末まで継続されるべきだったと主張。再開まで自作を展示しないよう実行委に求めた。 (谷口大河)
<性差別や性被害について書いた紙をつるしていく
モニカ・メイヤーさんの来場者参加型作品「TheClothesline(ザ・クローズライン)」>
◆新たに辞退を申し出た他の作家は次の通り(敬称略、かっこ内は拠点)
タニア・ブルゲラ(キューバ、米国)、ハビエル・テジェス(米国)、レジーナ・ホセ・ガリンド(グアテマラ)、クラウディア・マルティネス・ガライ(オランダ)、レニエール・レイバ・ノボ(キューバ)、ドラ・ガルシア(スペイン、ノルウェー)
これだけの海外作家の作品が展示中止となれば、展示会の当初の企画内容が崩壊したも同然です。
ただ、今回展示中止中、もしくは展示中止申請中の海外作家の作品をみると、非常に政治的メッセージの強い作品ばかりだということに改めて驚かされます。
以下、「あいちトリエンナーレ2019」において作品の展示中止中、もしくは展示中止申請中の海外作家をまとめます。
■ウーゴ・ロンディノーネ
https://aichitriennale.jp/artist/ugo-rondinone.html
1964年ブルンネン(スイス)生まれ
ニューヨーク(米国)拠点
雲、虹、山などの、ロマンティックかつ自然そのものでもあるイメージを日常に投影し、現代生活の両義的な性質を明らかにする。《孤独のボキャブラリー》では、サイケデリックな衣装をまとったピエロたちが、夢を見る/おならをする/お願いする/嘘をつくなどの、一人の人間が24時間のうちに行う45のふるまいを示している。うつろな表情で深く考え込むようなポーズは、いわゆるピエロらしさとは異なる。彼によれば、「時間の感覚を超えていること、過去と記憶が断片的に潜在意識の中で繋がっていること、そして環境のあれこれとの曖昧な関係が私の作品を形作っている。歪められた現実ではなく、作品は現実を越えようとしているのだ」という。
<「孤独のボキャブラリー」>
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■ピア・カミル
https://aichitriennale.jp/artwork/A35.html
1980年メキシコシティ(メキシコ)生まれ
メキシコシティ(メキシコ)拠点
布を用いた大型インスタレーション他、様々な表現を通じてメキシコの近代化や都市景観にまつわる作品を制作。近年の代表作《Telón de Boca》は、多様な音楽が交わるチョポの露天市で行われる物々交換から着想を得たもの。予めデザイナーと用意した中古Tシャツを、街ゆく人や友人のバンドTシャツと交換して集め、一枚に縫い合わせた巨大な幕の内側には、24台のスピーカーが内蔵されている。バンドTシャツは、文化的、社会的そして個人的な情報の伝達手段である一方、米国市場向けに過剰生産されたそれらが市場で買い叩かれていることは、世界経済と取引システムの別の側面を象徴的に仄めかす。本作は観衆が参加可能な「舞台」として、モニュメンタルな音響空間を創り出す。
<「ステージの幕」>
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■モニカ・メイヤー
https://aichitriennale.jp/artwork/N04.html
1954年メキシコシティ(メキシコ)生まれ
メキシコシティ(メキシコ)拠点
メキシコのフェミニスト・アートのパイオニア的存在で、ジェンダー間の不均衡を可視化する作品を数多く制作している。彼女が1978年に始めた《The Clothesline》という参加型プロジェクトでは、ピンク色の紙に、参加者が日常生活で感じる抑圧やハラスメントなどを匿名で書いてもらったものを展示する。なかなか声を上げることができない人々が、その思いを告白するのに安全な環境を提供するとともに、社会構造から生じるダブル・スタンダードについて観客に気づきをもたらし、そこから対話や連帯が始まるきっかけを作り出している。
<「The Clothesline」>
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■パク・チャンキョン
https://aichitriennale.jp/artwork/A21.html
1965年ソウル(韓国)生まれ
ソウル(韓国)拠点
南北朝鮮が抱える諸問題や、アジアの美術史・戦争史、地域で共有されてきた宗教的な遺産を哲学的に紐解く作品や映画を制作。また朝鮮戦争停戦後、初めて南北首脳会談が開かれた2000年からは、南北朝鮮の過去と未来を考察し数多くの作品や論考を制作・執筆してきた。2014年には、SeMAビエンナーレの芸術監督を務め、ゴースト、スパイ、老婆のメタファーを用いたディレクションでアジアの現状を視覚的に表し、高い評価を受ける。朝鮮半島、日本を含む東アジア全域と米国の関係、そして東西冷戦時代の負の遺産を思索の軸に置き、20世紀の様々な強迫観念によって地政学的に凝り固まった二つの朝鮮とその周辺の国々における価値観に対して、批評的かつ詩的な表現で疑問を投げかけている。
<「チャイルド・ソルジャー 」>
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■イム・ミヌク
https://aichitriennale.jp/artwork/A28.html
1968年大田(韓国)生まれ
ソウル(韓国)拠点
国家の枠組みを超えた共同体が持つ可能性や、個人の潜在的な連帯の力を探求してきた韓国を代表するアーティストの一人。現代社会のなかで可視化されにくいコミュニティを見出そうと試み、また歴史のみならず身も心も南北に引き割かれてしまった人々の間で、なお共通する哀悼の意に着目し、「情」の可能性を度々表現してきた。その手法は作品ごとに、映像や写真といった視覚メディアにエコファーやガラスなど触覚を喚起する素材を組み合わせた大型インスタレーション、歌やパフォーマンスに参加型ツアーを取り入れた演劇的な作品、観客のささやかな能動的行為によって完遂する作品など、メディアやスケールは多岐にわたる。
<「ニュースの終焉」>
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■タニア・ブルゲラ
https://aichitriennale.jp/artist/tania-bruguera.html
1968年ハバナ(キューバ)生まれ
ハバナ(キューバ)/ニューヨーク(米国)拠点
若くして社会変革を目指したパフォーマンスやインスタレーションを発表。政治的権力の性質を明らかにし、移民、検閲、抑圧など国際社会の諸問題を、参加型作品として提示してきた。25年以上にわたる彼女の活動は、個人や機関との協働で長期的に行われるため、彼女は自身を「発起人」と定義する。《10,148,451》では、観客の腕に8桁の数字のスタンプが押される。それは世界にいる移民の数を示し、絶えず増え続けている。続く小部屋は涙を誘発する成分を含んだ蒸気で満たされており、観客はたとえ腕に押された抽象的な数字とのつながりを感じなくても物理的に「泣かされ」てしまう。その瞬間、鑑賞者は彼女の提案を実行する「市民」へと変わる。
<「10,148,451」>
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■ハビエル・テジェス
https://aichitriennale.jp/artwork/A27.html
1969年バレンシア(ベネズエラ)生まれ
ニューヨーク(米国)拠点
社会のなかで周縁に置かれたコミュニティが、人々の目には見えにくくなっている状況に焦点を当てる。ロンドン、リマ、東京、ベルリン、シドニー、リスボン、メキシコシティ、ニューヨークなど、世界各地の都市でインスタレーションや映像作品を制作。障害や精神疾患を抱える人々と協働した作品では、それぞれの場所の持つ社会的、政治的状況に関連しながら、病的であること、そして普通であることとは何かを問う。また映像制作における様々な手法を組み合わせることで、彼は古典的な神話、私的/集団的な記憶、そして歴史の新しい解釈を提示するような対話を切り拓く。
<「歩行者」>
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■レジーナ・ホセ・ガリンド
https://aichitriennale.jp/artwork/A04.html
1974年グアテマラシティ(グアテマラ)生まれ
アンティグア(グアテマラ)拠点
パフォーマンスを主な表現手法とし、ジェンダーや人種による差別など、社会的権力構造のなかに存在する人権侵害をテーマに扱う。差別が社会の倫理的価値観に影響を与える様子を探るかのように、パフォーマンスでは過激で極端な状況を演出し、観衆が見つめるなかそこに自分自身の体を差し出す。特に、原住民をはじめとする女性たちが経験する組織的暴力を示唆し、自身の母国だけでなく、他の国や地域の様々な社会的集団に対する暴力と、権力の乱用を告発する。
<「La Intención (The intention)」>
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■クラウディア・マルティネス・ガライ
https://aichitriennale.jp/artwork/A07.html
1983年アヤクーチョ(ペルー)生まれ
アムステルダム(オランダ)拠点
ペルーの歴史に関連した社会・政治的問題に関心を寄せて制作活動を行う。人々が生活で用いる道具やその使い方に、植民地主義がいかに影響を与えたかに着目し、その製造/保存/変容/流通のプロセスを問い直す。戦争やテロに利用された図像や、ヨーロッパが侵略する前の伝統的な南米の工芸品や儀式を思わせるモチーフを、複製/変形/解体/再構成した作品は、人々が歴史を解釈するために手がかりとするイメージがいかに戦略的に創造されたかを研究した結果である。彼女は戦争(戦後)、植民地化(脱植民地化)、記憶と追悼の関係を探求しながら、歴史を認識する(あるいはしない)瞬間の内にこそ、自作を位置づけたいと考えている。
<「・・・でも、あなたは私のものと一緒にいられる・・・」>
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■レニエール・レイバ・ノボ
https://aichitriennale.jp/artwork/T10.html
1983年ハバナ(キューバ)生まれ
ハバナ(キューバ)拠点
変わりつつあるキューバで忘れられかけている歴史や人々について、公的な資料などを精査したうえで、写真や映像、インスタレーションを制作。例えば《El peso de la muerte》は、銃弾を溶かして分銅に変えることで、ミニマルかつコンセプチュアルに命の重みを問う。また写真アーカイヴから毛沢東やフィデル・カストロら権力者の姿を消し去る《A Happy Day FC》は、神話や歴史を解体し、過去の出来事に対する想像力を喚起する。イデオロギーや権力に鋭いまなざしを向ける彼の作品は、過去の暴力や歴史と私たちをエレガントな手法で対峙させる。
<「革命は抽象である」>
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■ドラ・ガルシア
https://aichitriennale.jp/artwork/A01a.html
1965年バリャドリッド(スペイン)生まれ
バルセロナ(スペイン)/オスロ(ノルウェー)拠点
映像やインスタレーション、パフォーマンス、演劇、ドローイングまで、幅広い形態で制作を展開している。彼女は、制度によって管理される環境に対し、例えば観客が傍観者でいられない、議論が巻き起こるような演劇的状況を作り出し作品とする。その空間にはしばしばパフォーマーが介在し、観客のあらゆるタイプの行動や意思決定と共に、作品に影響を与えたり変化を及ぼしたりする。アーティスト、作品、観客をめぐる関係性を探ることで、コミュニケーションの過程に焦点を当て、観客が批評的な意識で作品に関わる重要性を視覚化する。
<「ロミオ」>
これらの作家の作品は、反体制・ジェンダー・反戦・反植民地など、ほとんどが政治的メッセージを発信するためのものばかりです。
「表現の不自由展・その後」も酷かったですが、これらの海外作家の作品も酷いものばかりです。
このままでは、「現代アート展=政治的メッセージ展」と一般に受け止められても仕方ありません。
海外作家自らが出展中止したいと申し出ているならば、どうぞご自由に!
「あいちトリエンナーレ2019」をきっかけに、現代アート展の多くがパヨクに乗っ取られ、「政治的メッセージ展」に成り下がっていたことが表面化しました。
これは、純粋なアートに対する冒涜であり、それを希求する一般人への裏切りでもあります。
現代アート展の再生には、「政治的メッセージ展」からパヨクを追放し、企画・運営の実権を取り戻すことが必要です!
最後までお読みいただきまして有難うございます。
「あいちトリエンナーレ2019」は、津田氏等を追放し、新たなアート展として再出発せよ!と思った方は、ランキングのクリックをお願いします。