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2008年10月30日 (木)

1968年がリバタリアンの原点

今朝の朝日に、久しぶりにエマニュエル・トッド氏が登場し、例によってトッド節をうならせています。「米国は解決ではなく問題をもたらす」「人類史上これに匹敵するひどい詐欺があっただろうか」「社会全体を考えずに自分のことばかり大事にする自己愛、自己陶酔の意識」と、さんざんに叩いていますが、とりわけ興味深かったのは、次の歴史認識です。

>40年前、フランスでは5月革命が起きた。英米でも、ポップス音楽や性の解放といった側面がより強かったが、同様の運動があった。当時の大スローガンは、「禁じることを禁じる(自由がすべて)」だった。

こんな考え方が経済の世界にも広がっていった結果が現状だ。経済を動かす連中が好き勝手に振る舞う。国家はもう動かない。暴力装置を独占し、社会を秩序立て、物事を禁止したり許可したりする国家が動かない。金融や経済の危機の背後には、こうした文化の変化があると思う。

本ブログでも何回か述べてきたことがありますが、やはり、「1968年」というのがリバタリアンの原点なのでしょうね。新左翼の活動家が今やネオリベのイデオローグというのは日本ではよく見られる現象ですが、そもそも思想の構造自体がきわめて相似的であったということなのでしょう。

最後のところで、今頃になって知ったかぶりするプロのエコノミストたちに皮肉をかませています。

>事態を予言する経済学者もいたが無視された。解決策は複雑ではない。だが、ほかのプロのエコノミストたちがそれを考えようとしなかったのは、考えないことで給料をもらっていたからだ。今回の危機で、そんな連中の高慢さも最初に破壊された。

訓練された無能ってやつですか。

(追記)

このあたりの事情を、日本の動きに即して見事にまとめているのが政治学者の大嶽秀夫さんです。NHKの視点・論点で語られた記録がありますので、引用しておきます。実に的確な認識だと思います。

http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/400/3191.html(視点・論点 「新左翼とその遺産」)

>新左翼と言いますのは、1960年代、つまり、現在定年退職を迎えておられる方々が、学生時代、大学生の頃に、世界で同時多発的に発生した社会運動と言っていいと思いますがこの新左翼と言いますのは、それまでの左翼、つまり共産党、あるいは共産主義国家、社会主義運動、労働運動、ケインズ型福祉国家と言われる、西欧の社会主義政権のもとで生まれた国家、そういうものに対して異議を申し立てるといった運動でありました。

>そういう意味で、それまで国家に対して、国民や、あるいは市民を守ってくれていると思われていたリベラル勢力というものが、実は、もう既得権益になってしまったと。
 あるいは、パターナリズムと言いますが、市民や国民に代わって、その利益のために行動しているという、非常にお前のためにやってやってるんだから俺の言うことを聞けという態度を見せた。それに対する非常に強い反発でありますね。
 これは当時、管理社会、あるいは管理国家に対する反対という形で登場したわけです。

>これが新左翼の第二の柱でありまして、先ほどの管理社会、管理国家というのと比べて、それに対して、むしろ大衆自身が加害者であると。
 そしてマイノリティ、在日韓国人、あるいは同和、部落の人、さらには女性といった、そういうマイノリティの人たちのアイデンティティを大事にしなければいけないという発想が登場して来たわけです。

>最初に現れたのが、全共闘世代の人たちが親になった段階ですが、親として丸刈りの強制、あるいは制服の強制というものに反対する。
管理教育に対する反対運動というのを、親の立場から起こし始めるということになります。
 これは第二臨調という、ネオ・リベラリズムと言われる、新自由主義の考え方と共鳴して、それまでの左翼に対しても、右翼に対しても反対するという運動として展開されます。

>小泉内閣というのは、非常にネオ・リベラル的、新自由主義的な、小さい政府を目指した政権でありますけれども、それが同時に、新左翼的な流れを汲む、こういった改革運動というものを取り込んでいたということを、良く示していると思います。

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コメント

"何も持たない平等"というヒッピーの自由と、
"何にも与しない平等"というハッカーの自由とが、
入り混じったニューレフト運動。

それが結果として"実力主義"(その力は暴力も含む)、
としての自由に回収されていく・・・というのが、
当時のニューレフトの内実も含め実際のとこなのでしょう。

でもやっぱり、"何も持たない、何にも与しない"裸の自由と、
反戦の"イマジン"には、未だ憧れを捨てきれません。
たとえその声が銃声で掻き消されようとも。

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