2019年07月27日
その46哲学青年との最後の日前編
2016年8月28日日曜日、私と哲学青年は疲れ果てていた。その日は哲学青年のアパートで二人仲良く寝ていようとした。囚われている私も捕らえている哲学青年も疲れは極限状態だった。しかし土曜日の夜、八王子の魔術師の医者から相模大野の不動産に行けとの話があったので、私たちは出かけなければならなかった。
私はもうちゃんと歩けなかった。薬が切れて真っ直ぐには歩けない。一方哲学青年は警戒して交番を避ける道筋を歩く。何とか電車に乗り、私たちは相模大野の駅に着いた。そして建物がやや大きめの不動産会社にたどり着いた。家賃は7万円以内、保証人無しなので条件は難しい。哲学青年は不動産屋の女性スタッフと話し、さっそく物件も車で案内してくれた。
ある住宅街、駅から遠く、しかも家々が乱立して右も左もわからない不思議な所だった。家は2階の3DKだった。そこは候補であり、私たちがどういう家に住めばいいのかわかった。6畳6畳4畳半の3DKがちょうどいい。6畳は私のアトリエ、4畳半は哲学青年の書斎、もう一つの6畳は寝室だ。哲学青年は本以外あまり物を持っていないのでこのくらいでいい。
後でわかったことだが、哲学青年はミニマリストだった。当時私は哲学青年のアパートに住んでいても、物が少ないから広く感じた。哲学青年はお金が無くとも品性があった。必要最低限の物は一つのタンスに全て収まっていた。衣服も黒のスーツしか持っていない。あとは大事な本をキチンと収められていた。哲学青年は良家の子女でとにかく品性が有った。哲学青年を愛した理由のひとつは哲学青年の持つ高貴な気品だった。
今回はいまいち見つからなかった。しかも私は実家に戻って荷物を取りに行きたいと言った。8月の終わりなので少し秋物の衣服と、なにかあっていいように貴重品を取りに行きたいと。哲学青年は真っ青になりつつも了解した。私と哲学青年は近所の蕎麦屋で待つことにした。
私は実家に戻った。そこで慌てて衣服と貴重品を持って蕎麦屋に向かった。私は哲学青年や八王子の魔術師の医者によってマインドコントロールされていたので、実家を急いで出た。蕎麦屋には汗だくになった哲学青年がいた。哲学青年は早く落ち着いてお酒が飲みたいといっていた。
ここでわからないことは、哲学青年は私と付き合ってからお酒を一滴も飲まない。私の目の前で大事にした酒類全部捨てたのだ。きっと願掛けしていたのかなあ……。
この蕎麦屋から哲学青年のアパートまでの道のりに交番がある。哲学青年と私はタクシーに乗った。哲学青年は自分のしていることを知っていた。哲学青年は犯罪をしていることを知っていた。
私と哲学青年との恋に障害は無い。しかしどうして哲学青年は犯罪沙汰の事柄をおこして私と結婚しようとしていたのだろう?私と哲学青年がベッドで眠るとき、哲学青年はいつもこう言っていた。
「光源氏と紫の上のように、君を略奪婚する。」
哲学青年!そんなことしないでも私たち普通に結婚できますよ!どうしてこう犯罪へ犯罪へと向かうのか、わからない……。
哲学青年のアパートに着いて私は実家から持ってきた大事な物を哲学青年に見せた。ダイヤモンドのロザリオやピンクヒスイのペンダント。アクアマリンの指輪など……。哲学青年は笑わなかった。多分哲学青年はとんでもないことをやっていることに苦しんでいただろう。ひとりのキリスト教徒の女性を奪っていることを……。